12拒絶
目が覚めるとベッドの上。陽気な小鳥の声、柔らかな朝の日差し。
日付は九月二十五日――私がこの世界に来て次の日。
「死に戻った……? ていうか、記憶が残ってる」
先ほどまで私がどのような状態だったか、鮮明に思い出せる。
レンの病みの部分に触れ、怖くて逃げて森へ。
でも、雨に打たれて死ぬほど衰弱していたつもりはないんだけど。
何がトリガーなのか……よくわからないままだが、記憶を持ったままなのは好都合だ。
制服に着替えてレンがいるリビングへと足を運ぶ。
正直まだ考えはまとまっていないが、動かないとそのまま恐怖で部屋から出られなくなってしまいそうだった。
「ハヅキ、おはよう」
いつも通りの笑顔。だが、私が記憶を持ったままだからか、見慣れたはずの笑顔は、ぎこちなく感じられた。
きっとレンは、私が記憶を持っていることに気づいていないはずだ。
「おはようございます、レンさん」
笑顔を浮かべようとしても、上手く笑えず。咄嗟に指で頬を押し上げた。
私の行動を不思議そうに見つめていたが、特に何か言われることはなかった。
朝食をいただく前に、私はレンに言葉をかけた。
「私、実は死に戻る前の記憶、残ってるんです」
「……どの記憶?」
レンは貼り付けていた笑顔を取り払い、すんとした表情で私を見つめた。
ただ動揺していたのだろう、瞳だけは揺れ動き、一瞬だけ金色から赤色に変わった。
――赤い瞳になる条件ってなんだろう。そんな設定も私は知らない。
「えっと、私がネックレスを外してイオさんと図書室で会った――」
言い終わる前に、レンはテーブルを強く叩いた。思わず体が跳ねる。
私の驚いた様子を見ていたレンは、小さな声で「ごめん」と呟いた後、ひとつ息を吐く。
「逃げた君は、俺が見つけた時には……冷たくなっていたんだよね」
レンは目を伏せ、眉を顰めていた。
思い出したくないものを口にしているのだから、当たり前だろう。
その姿を見て、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「探して、くれてたんだ」
「当たり前だろう。君は俺の唯一の存在だ。俺はもう君がいないと何も手につかないほど、依存しきってるんだから」
愛おしそうに、でも苦しそうに、レンは私を見つめていた。
いつ、どうして、何をきっかけに? そんな疑問が湧いて出た。私じゃなくてもレンを好きな女性はたくさんいるはずだ。もっと美人もいただろう。もっとレン好みの清楚系もいただろう。
それなのに、なぜ私なんだと。
「聞きたいことがいっぱいありそうだね、ハヅキ」
「はい、たくさんあります。ありすぎて、どれから聞いたら良いのか、わからないくらい」
レンはその言葉をどう捉えたのか、少しだけ緩めた表情。
「俺のことに興味を持ってくれて、ありがとう」
その時、初めて私はゲームの設定や外見ばかり気にして、目の前にいるレンを見ていなかったのではないかと殴られた気分になった。
「じゃあ、食事をしながらお話、聞かせてください」
レンの用意してくれた食事をいただこうと椅子に手をかけたタイミングで、大きな音を立てて扉が開いた。
「レン! ハヅキちゃん!」
走ってきたのだろう。イオは息を切らし、肩を大きく上下した。
「イオさん? どうしてここに?」
九月二十五日なら、前日にイオとは挨拶を交わした程度のはず。
それなのに、今目の前にいるイオは、何もかも知っているような雰囲気に見える。
イオは私の前まで来たかと思えば、私の手首を掴んだ。
「レンにハヅキちゃんは渡せない」
「それを決めるのはイオ、お前じゃないよ」
冷静を装っているレンだったが、杖を持つ手は震えている。
私がイオの元に行くかもしれないという恐怖のせいだろう。
杖は怪しい黒い霧を産み、瞳は赤みを帯び始めた。指先には新しく傷が刻まれる。
私はそれを阻止するように言葉を投げかける。
「レンさん! また自死するつもりですか?」
「……ハヅキ、いつから気づいて?」
金色の瞳に戻り、杖にまとわりついていた黒い霧は消え去った。
「死に戻る前だと思うんですけど……私が雨の中意識を失う前、レンさんらしき声が聞こえて来たんです。たぶん、死に戻るための呪文ですよね?」
私が逃げる時に魔法を仕込んでいたのだと思われる。
最初は私の死に戻りのためかと思った。だが、『死に戻りは実在するのか』のレポートに呪文と条件が書いてあったのだ。
死に戻りは自身にしか掛けられないことを。
だが、発動条件を決めることはできる。
例えば、私が死にそうになっていた時、とか。
「やっぱりレンが死に戻ってたのか? レポートの日付が全部一緒だったもんな。しかもそのレポートは全部、ハヅキちゃんが来る前の日付だったし、おかしいと思ってたんだ」
二人とも記憶があることに、レンは大きくため息を吐いた。
「……そうだよ。最初はハヅキのためだった。ハヅキはこの世界から拒まれていたから」
レンは少し間を置いてから続けた。
「ここに来てすぐ頭痛に苦しんでただろう? あれも拒絶の1つだ。図書室の二階から落ちたことも、同じ理由……この世界が君を弾こうとしていたんだ」
世界は私を拒み続け、レンはそれを阻止し続けた。
「察しはついているだろうけど、理由は俺がハヅキを無理矢理連れてきたから」
イオの予想が間違いではなかったのが、今確定した。
――レンは私のことが好きなんだ。
勝手にありえないと目を背けていたが、まさか本当に私に惚れて連れてきていたなんて……誰が想像できるだろうか。
「ハヅキが死んで元の世界に戻った時、一度は諦めてたんだ」
レンがまだ死に戻りを会得していない時、どうやら私はこの世界の乙女ゲームをプレイしていて、レン以外のキャラクターの攻略をしていたようだ。
「でも、俺以外を攻略していく君に、心が掻き乱された。どうして俺以外の男に"かっこいい"とか"好き"なんて言葉を使うの? てね」
それはイオだったり、他の攻略対象だったり。その度にレンは邪魔しようとしていたらしい。だが、ゲームの中ではそれは上手くいかず。
それならもう一度、自身の元へ連れてきてしまおうとレポートの作成を始めたのだとか。
「……そもそも、なぜ外の世界の私を認知できるようになったんですか? というか、私が他の人を攻略していることもわかってるってことは、この世界が乙女ゲームだということも知っているんですか?」
「うん。きっかけは、山羊がうっかり別世界の資料を吐き出してしまったからだね」
そこで別世界の存在を知った。最初は純粋な興味で別世界について調べていた。いろいろ試していた結果、私の存在を感知したのだと。