10彼からの好意
イオに言われた通り、私はネックレスを自分の部屋に置いてきて、図書室に来た。
今は図書室の隅で静かに小説を読んでいる。
本当は、自分がこの世界に来た理由や記憶が曖昧な理由など、調べたいことはたくさんあった。
だが、なぜか本を探す気にはなれなかった。理由はわからないが、胸の奥で恐怖を感じていたからだ。
全然頭に入らない物語をぼんやりと読み進めた。
読み終わった頃に足音が聞こえてきた。いつの間にか、三限目の授業が終わったようだ。
私の側まで来たイオは、私を見て笑顔で手を振った。
「これから俺が知ってることを全部話すから。これちょっと持ってて」
イオは私に杖を持たせた。それはイオのものとは違うようで、イオはイオで杖を片手に持っていた。
杖先同士を当てると、イオは私を見つめた。
『ハヅキちゃん、聞こえる?』
口を開いてもいないのに頭にイオの声が響く。私が頷くと、歯を見せて笑ったイオ。
「じゃあ、これで話すから杖を握っていてくれ」
手が少し震えるのを感じながら、私は杖を握った。胸の奥がざわざわと騒ぐ。
私はそのざわつきを無視して頷いた。イオも頷き杖先を当てる。
その瞬間、イオは真面目な表情を見せ、口を閉じ語り始めた――。
レンはずっと外の世界にいる、とある人物に恋焦がれていた。
どうやってその人物を知ったのか、それは俺にはわからない。だが、その人物を認知し始めてからレンは、図書室で調べ物をし、山羊に複製を頼んでいた。
最初はその様子を、俺は勉強熱心だなとしか思っていなかったんだ。でも、ある時レンが「あの子のために――までに――しないと」と呟きながら、慌てた様子で図書室へと足繁く通っていたのを目撃した。
俺は人に興味を示さないレンがそれほどまでに必死になってることが気になって、レンに質問をしてみたんだ。「一体何をそんなに急いで調べているのか」てな。
もし自分が手伝えることであれば、手伝ってやろうと考えていた。
しかし、レンに「秘密。手伝いもいらない」と一蹴されてしまった。
――その後、レンは図書室で調べ物をしなくなった。
どうやら書き途中のレポートを先生に確認してもらった際、人権侵害だと言われ止められてしまったらしい。
俺がそれを知ったのは、レンの作成したレポートが飾られてから知ったことだ。
そのレポートは、ハヅキちゃんに渡した『異世界との繋ぎ方』というレポートだった。
序盤はつらつらと引用を交えて論理的に説明。ただ、方法の記載は黒く塗りつぶされてしまっていて、詳細不明。
なお、野生動物なら実験として可能と先生に言われ、レンは先生と共に召喚の実験をしたことも書かれていた。
でも、成功の有無は伏せられていた。
加えて、他のレポートも次々と発表されたが、どれも日付が同じ。
気づかれないように小さく書かれていたが、レポートへの日付記入は必須。書き換え不能な魔法を施されていた。それだけ必死だったと言うことなのかもしれない。
そのレポートが公開された数日後、見たことも話したこともない女の子がレンと一緒にいた。
俺は、きっとこの子のためにレンは異世界と繋いだんだなと納得してた。
本人に直接確認はしていなかった。けれど、ハヅキちゃんがそれらのことを調べていることを知った。
もうこれは確定だろうと思って、俺はこの話をしているわけだ。
そうイオは締めくくり、杖先を離した。
黙って最後まで聞いていたが、私は思わず首を傾げた。
「私、調べものなんてしてませんよ? その、レポートってなんですか?」
手元には恋愛物語。他には冒険ものや学園もの。私の周りにあるのは、フィクションの話ばかりだった。
レンに「図書室には面白い小説がたくさんあるから、僕を待つ間はそれを読んでいて」と言われていたからだ。
「そんなこと……」
そう言いかけたところで、イオは私が積み重ねている本のタイトルを見て言葉を失った。
「昨日ハヅキちゃんが調べてたんだけど……もしかして死に戻ってる? いや、次の日になってるから、ハヅキちゃんの記憶だけ消されてるのかな」
「ちょっと他のやつにも聞いてくる」とイオは歩いていく。
そこには真っ白な毛をした山羊――やぎ?
頭がぐわんと痛む。山羊の姿はうっすら思い出せるのに、どうして会ったのかは思い出せない。
「やっぱり、山羊も覚えてた。ハヅキちゃんだけ覚えてないみたい」
「誰かに妨害されてるってことですか?」
「そこからか〜」
イオは肩を落とした。
「まず、レンは君が好きすぎて、この世界に引き摺り込んだ」
それに誤りはないとでも言いたげな言葉に、私は首を傾げた。
「流石にそれはないんじゃないですか?」
「なぜ、そう言い切れるの?」
「レンさんの好きなタイプとは真逆ですし、第一好きな子を束縛したいタイプ――かなと」
ゲームで知り得た情報を口走ってしまった。最後に取ってつけたかのように濁すが、なぜかイオは納得したように頷いた。
「なるほどな。そのせいでハヅキちゃんは、自分に好意が向くことはないと思ってるわけか」
「あ、はい。そうです」
私は何度も頷く。
……スルーしてもらえてよかった。
イオは「そっか」呟きながら、顎に手を添えた。
数分思考した後、「仮に」とイオは強調した後言葉を続けた。
「仮にだけど、レンがハヅキちゃんを好きだったとする。そしたらこの世界に連れて来られた理由も、異世界と繋ぐ理由も理解できるよな」
もし本当に別の世界に好きな人がいたら、確かにレンは自分の元へと呼び寄せようとするだろう。
『他の男と結ばれるなんて耐えられない』『俺と結ばれないならいっそ殺してしまおうか』などと口走るタイプだし。
「確かにそうですね。……でも、もし連れてくる相手を間違えたとしたら?」
「うわー、なんてめんどくさい」
イオは苦笑いを浮かべ肩をすくめた。
「レンが間違えるわけなくないか? もし間違えて連れてきたんなら、すぐにでも元の世界に帰すだろ」
「……そう言われると、たしかに?」
私が納得していると、イオは確認するように私の顔をじっと見つめた。
「すげー今更だけど、自分が異世界から来たって認めてるってことでいいか?」
「あ……。そう、です」
今日の私、うっかりしすぎだ……。
イオが言いふらさないように釘を刺しておくしかない。
「言いふらさないでくださいね? レンさんに怒られちゃう」
「言わない言わない。てかそれは覚えてんだ……」
どこまで覚えていて、どこまで忘れてんだ? イオは眉間に皺を寄せていた。