1出会い
「やっとレンと結ばれた〜!」
一人、部屋のベッドで黙々と遊んでいた私、蓮月。
高校二年生。最推しのレンは、私より一学年上だ。
私がやっていたのは、乙女ゲーム――マジックナイトプリンス。
そのゲームの最推しのレンの攻略をようやく終えたのだ。この高揚感は、難しいバトルゲームをやり遂げた時と似ている気がする。
レンはなんと、超絶イケメンなのにサブ攻略。
そしてサブなのに攻略の制約がかなり多く、サブに本気出しすぎってよく言われていた。
「これからきっと、レンのいろんな姿が見られるんだよね。楽しみだな〜」
攻略の最中は、レンはあまり自身を語らず。
でも、ちゃんと他人とヒロインとでは扱いが違う。ヤンデレ要素も含まれているのだが、私はそれが大好物。見え隠れする怖さがまた、たまらない。
また、このゲームは結ばれてからが本番と言っても良い。そのくらいクリア後の甘々とキャラクターの深掘りがすごいのだ。
エンディングにたどり着くと流れるムービーも終わり、次の画面へ。
『エンディング後へ進みますか?』という問いかけに、私は迷わず『はい』のボタンを押す。
すると、突然ゲーム画面が歪み、中から複数の黒い手が伸びてきた。
薄い紙のような見た目の割に、力強い。逃げようとしたが、すぐに手足を掴まれてしまう。
私は悲鳴を上げる間もなく、意識を失ったのだった。
◇
瞼の裏がじわりと熱い。
目を開ける前から、そこがいつもの部屋ではないと直感した。
布団も枕も、体にしっくりくる感触がなくて、まるで知らない誰かの腕の中にいるみたいだ。
草木の匂いに混じって、知らない人の匂いがする。
恐る恐る目を開けた瞬間、視界いっぱいに広がったのは――私を見下ろす美形だった。
「っ!?」
私はすぐに起き上がり、慌てて距離を置いた。
美形に膝枕をしてもらってしまうなんて……恥ずかしくて死にそう!
私を膝枕してくれていたのは、銀髪に金色の瞳を持つ男だった。
何事もなかったように立ちあがり、私に笑いかけてきた。それはとても爽やかな笑顔だった。
いや、まてよ? がっつり美形に寝顔を見られたってことだよね。
どうしよう、なんで人間ってそんな無防備な姿を晒す瞬間があるわけ?
今すぐこの美形の記憶を抹消させていただきたい。
「……よく眠れたかな? 君、すごく気持ちよさそうに寝ていたから、起こすのがためらわれたんだけど」
どこかで見たことがあるような容姿に、聞いたことのある声。
こんなかっこいい人がいたら、絶対覚えているはずなのに、思い出そうとすると痛む頭。
……とりあえず何か話した方がいいだろう。
「起こさず見守ってくれて、ありがとうございます……?」
一体私は何を言っているんだろう。間抜けな私の言葉に、美形はおかしそうに笑った。
あまりにも現実離れした美形――しかも知っているキャラクターにしか見えないのだ。
上手く働かない頭で考えていると、無意識に視線が下に落ちる。
「あれ? 制服……これ、私のじゃない」
でも見覚えはある。どこで……? あ、確かゲームの――
いやいや、落ち着け私。冷静に分析しよう。
髪は癖っ毛で焦茶色のまま、声も私。つまり転生じゃなくて、現実世界の体そのまま迷い込んだってこと……?
「大丈夫?」
私が一人で百面相をしていたせいか、心配そうに私の顔を覗き込む。
美形の顔が至近距離にあるのは心臓に悪い。
思わず後退りして、一定の距離を置いてから質問をした。
「あの、ここはどこですか?」
周辺は木々で囲まれていて何もわからない。森の中なのかもしれない。
眠っている間に森に捨てられたのか、それとも最初からここにいたのか。何もわからない。
「ここはマジックナイト学園の敷地内の森だよ。散歩をしていたら、君を見つけたんだ」
聞き覚えのある学園名。見覚えのある男。
――もしかすると、私の遊んでいたマジプリの世界なのかもしれない。
そしてその仮説が正しければ、今目の前にいる男は、レンに違いない。
……そんなことある?
「そうだったんですね。……私、蓮月って言います。お名前聞いてもいいですか?」
「僕の名前はレン。この学校の学長の息子だよ」
よく存じ上げておりますとも。そう心の中で思いつつ、やっぱりレンなんだなと少しだけ実感が湧く。
最推しが目の前にいる。そう思うと、なんだか落ち着かなくなってきた。
ただ、レンはヒロインのような清楚な美少女がタイプ。私とは正反対だ。
推しと結ばれたいなんて思ったことは、ほんの……ほんのちょっとだけしかないし。
――とりあえず一応落ち着いている風だけでも装っておこう。
「ところで、君はどうしてこんなところで倒れていたんだい?」
「それが――えっと、突然黒い手に引きずり込まれて……気づいたらここに」
貴方と結ばれた途端、この世界に引きずり込まれました〜なんて言えるわけもなく。私はだいぶ詳細を端折って説明をした。
レンは「そうなんだね」と頷き、私をじっと見つめてきた。
レンと生身で会話できることは、正直とても嬉しい。だが、たぶん私はこの世界のヒロインではない。
もしかしたら、正規ヒロインがいるかもしれないし、何が起こるかもわからない。
それならば、距離を取っておくのが得策だろう。
「私は帰りますね。ありがとうございました」
アテはないが、なんとかなるだろう。私はレンとは逆の方向へと歩き出す。
しかし、すぐに「待って」と絡めとるように手を取られた。
優しい笑顔のままなのに、なぜか「逃げられない」と直感する。
「どこへ行くつもりだい? ……この世界に、君の帰る場所なんてないんじゃないのかな?」
まるで最初から知っていたかのような口ぶりに、私は唖然としてしまった。
「どうしてわかったんですか?」
まさか知って……いや、そんなはずない。きっとただの勘違いだ。
この森で昼寝をする生徒なんていくらでもいるんだから。
そう思ってレンをまっすぐ見つめる。彼は苦笑いを浮かべ、まっすぐ空を指差した。
「……空から君が降ってきたからだよ」
レンはなぜか、少し迷ったような表情でそう言った。
レンから聞くと、突然時空が裂け、私が落っこちてきたのだと言う。
よく無傷でいられたなと思っていると、レンは笑顔で付け足した。
「落ちてきた君を受け止めたのは僕だよ」
「……え?」
ちょっと待って。つまり私は……レンの腕の中にダイブしてたってこと!?
よりによって初対面で!?
熱くなる全身に、私は勢いよくしゃがむ。レンがいなければ今頃発狂していたことだろう……。
「そんなに照れなくてもいいのに」
頭上から楽しそうな声が聞こえてきて、私は耳まで赤くなったのを感じたのだった。