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魔術学院騒動記  作者: いさ
第四話 『海の王』
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第四話 「海の王」 第八幕

 学院まで急いで戻ったタキ=ヤンフゥはそのまま中央の研究棟へ乗り込むと、同じ研究チームの魔導師と相談中だったユエ=ルィエンを無理矢理連れ出した。とにかく工房区へ急いで行けとだけ告げてユエを追いやると、タキは次にドール教室に居るケイの元へ向かう。

「ケイ、一緒に来て!」

娯楽室で静かに読書中だったケイは、乱暴に開け放たれた扉とタキの切羽詰ったような声に驚いて振り返った。それから秀麗な眉を顰めてタキの腕を見る。

「まずは怪我の手当てをしましょう」

「ダメよ、急いで戻らないと! リーユン達だけじゃきっと大変だもの」

早くと急かすタキに静かに首を横に振って見せ、ケイは棚から薬品の類を取り出してタキに視線を向ける。ケイが儚い外見の割りにかなり頑固である事を知っているタキは、言い争いをするよりもさっさと手当てを済ませて貰った方が早いと判断し、渋々ではあったが大人しくソファに腰を下ろした。そんなタキに微笑み掛けながら、ケイが手早く傷口の消毒をしていく。

「何があったのか、説明していただけますか?」

手当てをしながら尋ねるケイに、タキは掻い摘んで要点だけを出来るだけ分かりやすく説明した。話が終わるまで黙々と手当てを続けていたケイだったが、タキが全てを話し終えると深い深い溜息を吐いた。

「タキ。貴女が怒るのはもっともですけれど、もう少し周囲の事を考えてから行動して下さい」

手当てが済み、ケイは薬品を元通りに仕舞ってからやっとタキの目を見て語り掛けた。

「直ぐにでも腕輪を外したかった気持ちは分かります。ですが、それでもし誰かが命を落としていたらどうするつもりだったのですか?」

それから少し間を置いて、ケイは静かに言葉を続ける。

「リーユンの事、大切なのでしょう? 軽率な行動で彼に怪我をさせて、平気なのですか?」

タキは思わず視線を逸らせた。カッと頭に血が上ると制御が利かなくなる性分である事は十二分に承知しているし、カイリ=ドールからも散々言われている。気を付けているつもりでもちょっとした事がきっかけで暴走してしまうのは、タキにとっても本意では無い。

「……ごめんなさい」

「謝るのは、私にではないでしょう?」

微笑みながら紡がれる優しい声音に、タキは縋る様な視線をケイへ向けた。

「許してもらえるかしら」

その言葉にケイは更に微笑を深くして立ち上がる。

「タキに私達を呼ぶよう指示したのはリーユンでしたね? 彼は早くタキに傷の手当を受けて貰いたかったのでしょう」

クスクスと微かな笑い声を立てながら、ケイは上着を取りに自室へ向かった。それを一瞬呆けた表情で見送ったタキだったが、言われた内容を理解すると、嬉しいと思う気持ちが湧く反面、同時に自己嫌悪も覚えた。

 タキは小さく唸った後、ソファから勢い良く立ち上がって気合を入れ直す。

「ウジウジ悩むのなんて私には似合わないわ。そんな暇があったらさっさと戻って手伝うべきよね」

そこへ外出の準備を終えたケイがタキの上着を持って戻って来た。礼を言って上着を受け取ったタキは、素早く上着を羽織ると玄関へ駆け出す。ケイもその後を追い掛けた。

 二人が工房区へ続く通りを走っていると、前方によく見知った姿を発見する。

「先生!」

タキの呼び掛ける声に、今朝から姿の見えなかった担当教師カイリ=ドールとメム=シャウレインドッティ、フェイ=マオシーの三人が足を止めて振り返る。カイリは煤けて薄汚れた教え子の姿を確認すると、心底嫌そうな表情を浮かべた。

「タキ、説明を……いや、やっぱ良い。何も言うな」

とにかく工房区へ向かおう、とカイリが再び走り出すと、ケイがその隣へ進み出る。

「先生、大丈夫ですか?」

全身ずぶ濡れで酷く疲れた様子のカイリを心配そうに見上げながらケイが声を掛けた。一瞬きょとんとした表情を浮かべたカイリだったが、自らの顔を一撫でして苦笑を滲ませ、ケイへちらりと視線を流し、肩を竦ませる。

「久し振りに船に揺られたからな」

カイリが酷く船に酔うと言う事はケイも良く知っている。顔色が優れない原因として完全に的外れと言う訳では無いのだろうが、メムとフェイを含め、黒位の三人が三人共疲れきっている事の説明としては些か不十分過ぎた。心配を掛けまいとしているのか、ただ単に説明が面倒臭いのかは判断が難しいが、ケイにはそれが無性に歯痒く感じられた。カイリを挟んでケイと逆サイドを走る教師の存在が、その気持ちに拍車を掛ける。

 五人が工房区の爆発現場に辿り着いた時にはまだ幾本かの黒い煙が空へ向かって細く伸びていたが、消火活動は粗方終わっている様だった。工房の壁は魔術で作られた蔦により補強がされていて、消化に使われたのであろう水が周辺の地面を濡らしている。無残な姿となった知り合いの工房を見上げ、カイリは暫く呆けていた。ゆっくりと視線を横へ流すと、とても良い笑顔を浮かべているフェイの姿が映る。カイリはもう一度視線を建物へ向け、何とも情けない、呻き声とも嘆き声ともつかぬ声を漏らした。フェイはそんなカイリの様子を心底楽しそうに見やると、嬉々として言葉を紡ぐ。

「後で学院にカイリ宛の請求書を送るから、楽しみにしててね~」

「ああぁぁあぁぁぁぁ…………」

その場に膝をついて号泣でも始めそうなカイリを慰めるかの様に、メムがカイリの肩を叩いた。その視線は前方の煤けた壁に掛けられた看板に向けられている。

『魔導ファクトリー』

それはウィズムント国営の工房である『ウィズムント魔導器製作所』に匹敵する程の巨大な民間経営の魔導器工房である。経営者は惨状を楽しそうに眺めているフェイ=マオシーその人だ。

「ある程度ならば私が立て替えてやるから、そう落ち込むな」

メムの慰めの言葉に更に追い討ちを掛けられた気分になり、カイリは盛大な溜息を吐く。そうして気持ちを切り替えるように勢いを付けて立ち上がり、真面目な面持ちとなって周囲に視線を巡らせた。

「取り敢えず、状況を確認しよう」

「あ、僕は勝手に行動させてもらうね~」

フェイは一言そう言い残し、工房の研究員らしい人物を見付けて駆けて行った。カイリが複雑な表情でその後姿を見送っていると、カイリの姿に気が付いたリーユンとルゥが皆の元へ近付いて来る。その後ろからは頭部に布を巻きつけた、褐色の肌をした法浄貴人の子供が二人付いて歩いてきた。リーユンはカイリの眼前で足を止めると、カイリの姿を見て不思議そうな表情を浮かべ、首を傾げる。カイリは頭から足の先までずぶ濡れで、磯の香りがしたのだ。

「先生、何があったんですか?」

「それは俺の台詞だと思うが」

すぐさま返されたカイリの声に、リーユンは少し赤くなる。

「そ、そうですよね。えっと……」

何からどう説明すれば良いのか分からないのか、言いよどんでいるのか、リーユンがしどろもどろになっている後ろで隠れるようにしてくっつて居る二人と、カイリの視線が合った。

「そいつらは誰だ?」

二人の煤け具合が今回の惨状の関係者だと物語っている。二人は怯えた様に体を竦ませ、縮こまってリーユンの陰に隠れた。そんな二人をカイリから庇うかの様に、タキが間に割り込んで言う。

「この子達は被害者よ」

それからタキは本日三度目となる状況説明をカイリへ伝えた。港での騒ぎ、怪しい男、怪しい木箱、取引現場、『砂の手』、木箱の中身に付けた名前、かなりぼかしながらではあったが、其処まで話した所でカイリが訝しげに呟く。

「セルパン・ディウー?」

ギクリとタキの説明が途切れた。

「そ、そうよ。リーユンに名付けてもらったの。可愛いでしょ?」

それでね、と何事も無く説明を再開しようとしたタキを睨み付けて黙らせると、カイリは再び呟いた。

「セルパン・ディウーとは古の蛇神の名だな」

タキが口元を引き攣らせながら視線を逸らす。カイリはタキを胡乱な眼差しで見下ろしてから、リーユンに向けて問い掛けた。

「で、その木箱の中身って言うのは何だったんだ?」

「海竜の子供です」

何らやましい事の無いリーユンはタキとルゥの心配を余所に、あっさりと答えてしまった。流石にある程度は答えを予期していたのだろうカイリは盛大に溜息を吐き、共に話を聞いていたメムは驚きの声を上げる。

「海竜だって?」

その声に反応したのは勿論フェイだ。

「何なに? 海竜がどうかしたの~?」

フェイと一緒に魔導器関係の被害を調べていたユエも興味深そうに会話に参加する。

「海竜ってさっきフェイさんが調べに行ってたってやつ?」

フェイは早速ユエ相手に語って聞かせたらしい。カイリが呆れた表情を浮かべてフェイを一瞥する。

「おい、院長の指示もまだなのに言い触らすなよ」

「え~、別に良いでしょ、カイリの教え子なんだから~」

「海竜を調べていたって、どう言う事ですか、先生?」

「それじゃぁやっぱり港の騒ぎと密輸って関係があったの?」

「ええ!? じゃあ沖に出たモンスターって海竜の事だったのか!」

「お前たち少し静かにしないか!」

好き勝手騒ぎ出した皆を一喝して黙らせると、メムは素早く考えを纏めてフェイに問い掛けた。

「フェイ、海竜が言っていた『クォレウス』と言うのはもしかして、海竜の子供の事じゃないか?」

「あ~、あり得るね。『クォレウス』が固有名詞だとしたら意味が分からなくて当たり前だ~」

「おい、ちょっと待て。何の話だ?」

メムとフェイの会話に付いていけないカイリが怪訝そうに問うと、フェイが「そう言えばカイリは寝てたんだっけ」と海竜が語った上位古代語をそのまま伝える。

「そう言う事は、すぐに伝えて欲しかったぞ」

「寝ている方が悪い」

訴えを一蹴されて落ち込むカイリを無視し、メムはタキに向かって指示を出す。

「海竜の子供を連れてすぐに港へ向かうんだ」

それからフェイに向き直って口を開こうとするが、それを制する様にフェイが片手を挙げた。

「おっけ。分かってるよ~。他の執政官にも連絡を入れて、船の入出港をもう一度詳しく洗い直す。多分『砂の手』が絡んでるだろうから、連邦にも協力を要請するね。そこの法浄貴人の二人とルゥ君を借りて行くよ~」

指名された三人は驚いた様に互いの顔を見合わせるが、一つ頷きを返して大人しくフェイの後を付いて行く。先を歩くフェイに、ルゥが纏わり付くようにして話し掛けた。

「なぁなぁ。執務館のでっけー通信機を使うのか?」

「勿論使うよ~。あれじゃないと流石に他国までは声が届かないからね~」

「おー! 俺もしゃべりたい!」

そう言ってはしゃぐルゥに、クロとシロが不思議そうに尋ねる。

「そんなに大きいのか?」

問われたルゥは身振り手振りを交えながら、それがいかに巨大であるかを熱心に説明し始めた。何故ルゥが政治に関わる人物しか入れない執務館の内部を知っているのか、この際問わない事にする。

 まるで遠足の様な気楽さを醸し出しながら去って行く四人に生温かい視線を送りながら、カイリが口を開いた。

「リーユンとタキ、ケイは海竜の子供を。メムはアレッシオとジャッキ、それから院長にも連絡を取ってから港へ。ユエと俺はもう少し此処を何とかしてから合流する」

教え子達が了承の返事を返す中、一人不平を表したのはメムだ。

「馬鹿者。カイリはとっとと学院へ戻るんだ。此処は私がやるから、お前は大人しく休んでいろ」

「しかし……」

「煩い。ほら、お前達。早くこの馬鹿を連れて行け。こいつが大人しく休まない様ならベッドに括り付けるか簀巻きにでもすると良い」

メムがカイリをグイグイとリーユン達の方へ押しやるが、カイリはまだうだうだと言い募って抵抗を見せる。いい加減苛々したメムがカイリの襟首を掴んで力任せに引き寄せると、近い距離で目線を合わせながら低く囁いた。

「私が信頼出来ないのか」

その真摯な響きにカイリは言葉を飲む。それから「分かった」と短く一言残すと、リーユン、タキ、ケイを伴って学院へ戻って行った。ユエはそんな遣り取りを複雑な表情で眺めていたが、それを周囲へ気付かせないように直ぐに笑顔を作る。

「それじゃ、俺達も働きましょうかね」

ユエの言葉に頷きを返し、メムも行動を開始した。

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