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魔術学院騒動記  作者: いさ
第四話 『海の王』
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第四話 「海の王」 第八幕

 リーユン=ルルディヴァイサーはクラスメイト二人が語った話を整理するので手いっぱいであったが、突如としてターバンの二人組が騒ぎ出したので思考を中断して二人組を宥めにかかる。そんなリーユンの手を振り払い、二人組の内一人がタキ=ヤンフゥに詰め寄った。

「嘘を吐くな! 荷物は薬だと聞いている」

「嘘じゃないわよ。リーユンだってルゥの部屋で見たでしょ」

 頭ごなしに嘘吐き呼ばわりされたのに腹を立て、タキがムッとした表情ではっきり言い返す。話を振られたリーユンも急ぎ今朝の記憶を掘り起こし、確かにクゥ=ラ=ルゥの自室で見慣れない白い蛇のような生き物が居た事を思い出す。

「……あれ、海竜だったんだ?」

「そうだ。俺のペットにしたんだぞ」

 リーユンの質問に肯定を返し、ものすごく自慢気にとんでもない事を言うルゥに、リーユンは引き攣った笑顔を向ける事しか出来なかった。

「そ、そうなんだ。僕、知らない間に海竜の名付け親になっちゃってたんだね」

 幾分遠い眼差しとなるリーユンに、ルゥが満面の笑顔で頷く。

「うんうん、良い名前だよな」

 そんな二人の遣り取りに毒気を抜かれたのか、受け取るはずだった荷物が海竜だと分かってショックを受けたのか、ターバンの二人組は力無くその場に座り込んだ。

「海の王を売買するなんて」

 途方に暮れた様子の二人組と視線を合わせるように、リーユンもその場にしゃがみ込む。何と言葉を掛けようか考え、軽く首を傾がせて言葉を紡いだ。

「ねぇ、どうして『砂の手』で仕事をしているの?」

『 砂の手』と言えばご禁制の動植物を平気で売買し、窃盗、強盗、殺人すら厭わない組織だと言われている。けれど、この二人の反応を見る限りでは言われている程の悪人とは思えなかったのだ。

 ターバンの二人組は互いに視線を合わせ、戸惑った様子で暫く黙り込んだ後、意を決したようにリーユンを真っ直ぐ見つめて口を開く。

「買われたんだ」

 三人は思わず息を呑んだ。

「我らは、物心付いた頃にはもう『砂の手』に居た。買われた時の事を覚えている訳ではないが、そう聞いている」

「買われた……って、人身売買は四大陸諸国連合の条約で禁止されてるのよ? もしそれが本当なら行政に訴えるべきだわ」

 タキは心の底から憤慨しているらしく、きつく握り締めた手指が震え、血の気を失って白くなっていた。

 しかし、ターバンの二人組はゆっくりと首を左右に振ると、頭部を覆っていた布を取り外し始める。厚手の布が取り払われ、とても良く似た、タキとさほど年齢の変わらない幼い二つの顔が露わとなった。『砂の手』のメンバーが子供だと言う事も十分驚きの要素ではあったが、日焼けでは作り得ない法浄貴人特有の滑らかな褐色の肌と、頭髪の間から覗く狼人族の証である耳を見て、リーユン達三人は再び沈黙する事となる。

「この世に存在を認められていない我らが訴えても、取りあってもらえない」


 この世にハーフは存在しない。


 それが一般的に信じられている認識であった。たとえ人間と人間、竜族と竜族等の同族同士の交配であっても、人種が違えば子供の出生率は極端に低下する。運良く生まれたとしても、両親のどちらか片方だけの特徴を受け継ぐのが普通なのだ。そして、奇跡的に二種族両方の特徴を併せ持った子が生まれたとしても、病弱であったり、短命であったり、精神を病んでいたり、その症状は様々だが、何かしらの問題を抱えて生まれてくるのが常だった。そう言った事情もあり、人々は異種族間の婚礼に対して、また、その子供達に対して、あまり良い感情を持ってはいない。

「そうやって諦めて逃げてたら、いつまで経っても何も変わらないわよ」

 沈黙を破るタキの声が思いの外力強く、四人はハッとしてタキに視線を向ける。

「たとえ周りがあなた達を居ない者って決め付けても、あなた達はここにこうして存在してるもの。それが紛れもない現実で、あなた達はこれからも、この現実で生きてかなきゃいけないんでしょう? だったら戦いなさいよ。周りに認めさせなさいよ」

 早口で捲し立てる間に感情が高ぶったのか、ポロポロと涙を零しながら叫ぶタキの姿を、ルゥを除く三人が呆然と見上げる。しゃくり上げ、言葉が詰まって何も言えなくなってしまったタキを引き継ぐ形で、ルゥが珍しく真面目な面持ちで言葉を発した。

「少数ってさぁ、やっぱ、色々あるよな。でもって、それって大抵自分じゃどーしよーもねぇ事が理由だったりして頭来るんだけど、そーゆー時にさ、自分側に付いてくれる奴って必ず居ると思うんだ。俺はその点すっげー恵まれてると思うけど、お前らだって独りじゃねーんだし、お互いの為に何かしてやろうって思わねー? そう考えると、ちょっとくらい自分がしんどくても、さ。なんつーか……なあ?」

 ルゥはうんうん唸りながら何とか言葉を続けようとするが、元々考えるのは苦手なのだ。早々に思考を切り上げてパッと顔を起し、続きの言葉を待っていた皆に視線を戻し、

「以上、話終わり」

と、ニッと口端を持ち上げて言った。

「ほんと、ルゥはシリアスが長続きしないわね」

 落ち着きを取り戻したらしいタキが呆れて溜息混じりに零す。それでもルゥの伝えたかった事は理解出来たと、そう伝えるかの様にタキはルゥの頭部を優しく撫でた。

「そう……。そうだね、このままじゃいけないよ。だって君たちが此処に居るって、とても素晴らしい事なんだ」

 リーユンの言葉に、ターバンの二人組は怪訝な表情を浮かべる。

「珍しい、ではなくてか?」

「素晴らしい事、だよ。だって、それだけ二人のご両親が種族を超えて、お互いを大切にして愛し合っていたって事でしょう? だから君たちの誕生を望んで君たちが生まれた訳だし。本当に真剣に君たちが必要だったから、奇跡のような確率であったにも関わらず君たちが生まれたんだと僕は思うけど……って、タキ、どうしたの?」

 突然横合いからタキに抱きつかれ、リーユンは体勢を崩して地面に倒れ込んだ。地面に手をついて上体を起こし、縋りつくタキに視線を落とす。見下ろしたタキはリーユンのローブに顔を埋めて、肩を震わせて泣いていた。

「え……と、僕、何か酷い事言った?」

 リーユンがどうして良いのか分からずにおろおろとタキの様子を窺う。その様子を見て「もしかして」と口を開いたのはターバンの二人組だった。

「もしかして、その子もハーフなのか?」

「え?」

 リーユンは驚いた声を上げ、ターバンの二人に視線を向ける。二人は興味深そうにタキを見ており、リーユンも視線をゆっくりとタキへ戻した。そう言われて改めて良く見てみると、タキは黒髪が特徴的なウィズムント人にしては少し明るい、焦げ茶色に近い髪の色をしている。ハーフではないかと言われて体を硬くしている事からも、それが事実なのだろうと推測出来る。リーユンは優しくタキの背中を撫でながら言う。

「色々、辛い事があったんだね。気付いてあげられなくてごめんね」

 タキはリーユンの言葉を受けて慌てて体を離し、ブンブンと勢い良く首を横に振って笑顔を浮かべた。

「気付かれるのが怖くて黙ってたんだもの。謝るのは私の方だわ。……ごめんなさい」

「教室内で知らなかったのはリーユンだけなんだけどな」

 余計な一言を付け加えたルゥを殴りつけて、タキは慌ててリーユンに弁解する。

「別にリーユンを信用してなかったとか、そう言う訳じゃないのよ」

「大丈夫、気にしてないよ。僕だって皆に話していない事はあるしね」

「ま、そーゆーのも追々話していけたらいいなって事で、お前らもちょっと吐き出してみねぇ?」

 ルゥに無邪気に笑いかけられ、ターバンの二人組みは悩みつつも小さく頷きを返した。

「んじゃまずは名前からいってみよっか」

「ツヴァイ」

と、二人が声を揃えて答える。「へ?」と間抜けな声を出して、ルゥは二人をまじまじと見つめた。そして少しの間の後に問い掛ける。

「えーと、どっちがツヴァイ?」

「我々二人でツヴァイだ」

「一人一人に名前が無い……のか?」

 確認するように問うルゥに対して、二人は至極当然の事のように頷いた。

「それはいかん!」

 ルゥが叫ぶ。そして続けた。

「よし、俺が付けてやる」

「それ、ただ単に名前を付けたいだけだったりしない?」

 胡乱気なタキの視線を当然の如く無視したルゥは、二人を順に指差しながら嬉しそうに告げる。

「クロとシロ。決まり!」

「髪の毛の色そのままじゃないの!」

 タキは思わず突っ込みを入れてしまうが、名付けられた当の本人達は何やらモジモジと照れ臭そうに、嬉しそうにしていた。

「本人が気に入ってるみたいだから、良いんじゃない……かなぁ?」

 リーユンも少々引き攣った笑顔を浮かべる。

「まあいいわ」

 タキは溜息を一つ吐いて気持ちを切り替えると、クロとシロと名付けられた二人に向き直る。

「それで、二人はどうしてずっと言いなりになってるの? 『砂の手』がどんなに卑劣な集団かは分かってるんでしょう?」

「我々が『砂の手』の一員として働いているのは、買われたのだけが理由ではないのだ」

 そう言って二人はそれぞれの手首に嵌められている鈍色をした腕釧(わんせん)を三人に示す。

「これは任務を負って組織を離れる時に付けられる物だ」

 期限までに組織に戻らなかったり、無理矢理外そうとすると爆発する。そして二人の腕釧は少し特別で、身に着けている腕釧がお互いの起爆装置となっているのだ。つまり、自分が組織を裏切るような真似をすると、大切な兄弟を死なせてしまう事になる。それを聞いたリーユン達三人は勿論憤慨した。

「何よそれ。外しなさいよそんな物!」

「や、あの、タキ? ちゃんと話を聞いてた?」

 今にも腕釧に掴み掛かろうとするタキをリーユンが押し止める。

「聞いてるわよ。でも魔術師が五人も集まってるんだもの、何とかなるわよ」

「そうそう。二人の腕釧を同時に外して放り投げて、五人でアクアヴェールとマジックシールドを重ね掛けすればへーきだって」

 そう言うが早いか、タキはクロの、ルゥはシロの腕釧を掴むと、「せーの」でひっぺがしてしまった。それを後方上空へ勢い良く放り投げると、二人はそれぞれ術を発動させる。リーユンとクロ、シロも慌てて魔術を展開した。白と淡い黄色のグラデーションを纏う式と薄青い式とか入り乱れ、目に見えぬ壁と水の膜とを作り出すと同時、放物線描く腕釧が目も眩む程の閃光を放った。

 激しい爆音と地響きとが周辺を震わせる。

 五人は魔術ごと爆風に吹き飛ばされ、路地を数メートル程転がった。

「いってぇ~……」

 ルゥが壁に打ち付けたらしい頭を押さえながら起き上がる。リーユンも悲鳴を上げる鼓膜に顔を顰めつつ、爆心地を見る為に伏せた姿勢から上体を起こした。そして吹き飛ばされた時の体勢に戻り、目を閉じる。このまま気絶してしまいたいと言う誘惑に駆られるが、溜息を一つ吐いて意を決して立ち上がると、まずは四人に怪我が無いかどうかを確かめた。擦り傷や打ち身はあるけれど、魔術のお陰で皆何とか大丈夫な様だ。タキは出血の止まりかけていた腕の傷から再び血が滲み始めていたが、

「大丈夫よ」

と強い調子で言われてしまい、リーユンはそれ以上何も言えなくなってしまった。

 リーユンは気持ちを切り替え、前方へ視線を向けて考えた。巨大な工房はかなり頑丈な作りをしていたらしくて大破する事はなかったのだが、流石に全くの無傷と言う訳にはいかなかった。壁にはぽっかりと穴が空き、現在も少しずつ壁が崩れて落ちている。早く何とかしないと壁がごっそりと剥がれ落ちてしまうかも知れない。そして、穴から覗く真っ赤な炎。何やら有毒な物が燃えているのか、黒い煙がモクモクと立ち上っていた。逃げ惑う人々の悲鳴も聞こえてくる。

 建物の崩壊を防ぐのと急いで消化するのと人々を避難させるのと、どれを優先させるのが一番被害を最小限に抑える事が出来るのか。迷ったのは一瞬。リーユンは結局全てを優先する事にした。

「タキはユエとケイさんを呼んで来て。ルゥは魔導師達の避難を。クロとシロは僕と一緒に消火活動と落壁の阻止。頼んだよ!」

 四人はしっかりと返事を返し、それぞれの役割を果たす為に動き出す。リーユンも魔力を蓄え、術式を編み上げながら、炎を吹き出す穴へと駆け出した。

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