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魔術学院騒動記  作者: いさ
第四話 『海の王』
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第四話 「海の王」 第七幕

 『魔導の心亭』で食事を終えたリーユン=ルルディヴァイサー達三人は、満足そうに食後の珈琲を楽しんでいた。

「最初はびっくりしたけど、すっごく美味しかったわ」

タキ=ヤンフゥは手紙を書く為の紙をテーブルに広げながら声を弾ませる。クゥ=ラ=ルゥも同意を示すように何度も頷いて見せる。

「俺でもちょっと想像できない味だったな。なかなかイケる」

「気に入ってもらえて良かったよ」

美味しいという自信はあったものの二人の口からはっきりと感想が聞けて、リーユンはホッと安堵の息を漏らして珈琲を口に運ぶ。それから手紙の文面を考え考え書き出し始めたタキの手元を何となく眺めながら、気に懸っていた疑問を口に出した。

「そう言えば、カイリ先生の用事って何だったんだろうね」

「んー、よっぽどの事じゃねぇと食事ほっぽってかないからなぁ」

過去、食事の時間に拘って何度も用事を断っていた事を思い出し、ルゥも不思議そうに首を傾がせる。つい先日などはワジェソレス連邦からの使者を迎える為、学院長とウィズムントの執政官、黒位の魔術師と魔導師が招集された事があったが、歓迎の食事会が催された時もそれを断って隔離教室に戻り、生徒と昼食を取ったくらいだ。

「よっぽどの事、かぁ。魔物が出た、とかはさすがに無いかな。ウィズムントは孤島だし」

リーユンが笑いながら言った冗談に、ルゥが興味深そうに身を乗り出す。

「いいねぇ、魔物の襲撃! 俺さぁ、一度でいいから魔物と全力で戦ってみてぇ!」

「あはは。わざわざウィズムントまで飛んで来る魔物なんて居ないよ」

「そりゃ飛ぶのはちょっと無理かもしんねーけど、海の魔物なら襲撃の可能性あるだろ」

心底楽しそうなルゥの発言を聞き、ハッとして表情を険しくしたのはタキだった。

「ねぇ、ルゥ。もしかして……」

急に真剣な面持ちで口を開いたタキを怪訝そうに見つめ返し、ルゥは大きな丸い目をパチパチと瞬かせる。

「もしかして、何だよ」

察しの悪いルゥに苛立ちつつ、タキは一度リーユンに視線をやってから、手元の紙をトントンと叩いた。「砂の手」の連中から下っ端四人組を保護して欲しいと言う要望書だ。ルゥは漸くタキの言わんとする事に気付き、あっと声を上げる。

「そうか。じゃあ今朝の港の騒ぎも!」

「えぇ、その可能性が高いわ。たぶん先生はそれを調べに行ったんじゃないかしら」

「……えーと、すごく嫌な予感がするんだけど、先生がわざわざ出向いたのって、二人が関係してるから、なのかな?」

リーユンの物言いたげな視線と台詞に、タキとルゥの二人は慌てて首を横に振った。

「違う、違う。朝市を見に行った時に商船が事故ったって騒ぎんなってたからさ」

「そうそう。その時にモンスターを見たとか言ってる人がいたの」

「リーユンの言った通り魔物が出たとなると、先生も動くかなぁって。な?」

「ね?」

タキとルゥは引き攣った笑顔を浮かべながら視線を交わし合う。リーユンは大きく溜息を吐いてから、困ったような笑みを浮かべて言った。

「そう。二人がそう言うなら僕は何も言わないけど、あんまり無茶な事はしないでね」

心底心配そうな視線を向けられて、二人は少々気まずそうにしながらも頷く。

「大丈夫だって。たぶんきっとおそらくそんな大事にはならないだろうと思うから」

ルゥがフォローのつもりか、不安が増しそうな、何とも曖昧な台詞を付け足す。尚更心配そうな表情を見せるリーユンに申し訳なく思いながら、タキは書き終えた手紙の封を閉じた。

「お待たせ、書き終わったわ。そろそろ出ましょうか」

「ん、そうだね」

珈琲を飲み干し、『魔導の心亭』の主人と女将に挨拶を伝えて勘定を済ませた三人は、店を出ようと扉を開けた所で動きを止める。正しく表現すると、扉を開けたルゥが目の前に立っている二人組を見て動きを止め、動きを止めたルゥを不審に思ったタキがルゥの視線の先を追って動きを止め、突然入り口で固まって見つめ合う四人に戸惑ったリーユンがどうすれば良いのか分からずに動きを止めた。

 一番初めに立ち直ったルゥが前方に立ち塞がる二人組を突き飛ばし、リーユンとタキに向かって叫ぶ。

「走るぞ!」

ルゥは地面に倒れ伏す二人組を軽快に飛び越え、振り返る事無く駆け出した。タキも直ぐにリーユンの手を掴んで引き、ルゥの後を追い掛ける。

「ちょ、ちょっと。一体何が……」

「話は後! とにかく逃げるわよ!」

朝食が済んで出勤の時間になっているのだろう、三人は人通りの増えて来た工房区の通りを駆け抜ける。突き飛ばされたターバンの二人組も急いで立ち上がると、逃げる三人の背中を鋭く睨みつけながら赤く揺らめく術式を編み出した。

「おいおい、こんな街中でやるってーのか」

咎めるような言葉とは裏腹に、心底楽しそうな口調でルゥが言う。ルゥは石畳で舗装された地面を靴底で擦りながら急ブレーキを掛け、振り返りざまに術を発動させた。こんな時だけなんとも驚異的なスピードである。

「ファイアーランス!」

二人組も同時に同じ術を完成させた。激しく燃え盛る紅蓮の火槍が六本、人込みを突っ切って交差する。行き交う人々は突然の出来事に悲鳴を上げ、パニック状態だ。

「ちょっとなに勝手に盛り上がってるのよ。私も混ぜなさい!」

タキが嬉々として、この場に相応しくない間違った台詞を叫ぶ。リーユンが何か言葉を発するよりも早く、タキは得意な炎の魔術をこれでもかと乱射する。逆巻く火炎が広い通りで踊り狂い、熱風が人々の肌や髪をなぶる。石畳は焦げて煤け、あちこちに飛び火し、周辺はパニックを通り越して阿鼻叫喚の様を呈してくる。

「二人とも! ここは工房区だよ!? 下手に魔術を使ったら大変な事に」

リーユンの必死の言葉も全く届いていないようで、四人は益々ヒートアップして高度な術を行使し始める。タキが二人組に向かって駆けながら、自らの身を守るように炎の棘を発動させる。タキの体から発生した炎が生き物のようにターバンの二人組を狙うが、二人はぴたりと呼吸を合わせて落ち着いた様子で術を構築した。

「アクアヴェール」

「ケイブイン」

魔術の発動と同時、炎は突如として現れた水の膜に遮られ、綺麗に舗装された石畳の通りが大きく陥没する。急に足下の地面が無くなり、タキは浮遊感を感じながらも新たな魔術を作り出す。

「スネークバインド!」

穴底から勢いよく伸びて来た蔦を足場にして落下を免れたタキ。彼女が体勢を持ち直す前に追撃しようとしていた二人組が、タイミング良く放たれたルゥの落雷に怯む。

「サンダーストーム!」

雷の上級魔術はルゥの十八番だ。突如として上空に現れた紫電がターバンの二人組に向けて突き進む。二人組は追撃を諦め、急いで防御の為の術式を編み上げると、サンドシールドを発動させた。石畳の隙間から勢いよく吹きあがった砂が二人組の周囲を包んで強固な盾となる。ルゥの放った落雷は全て砂の表面を滑って地面へ吸い込まれていった。

「何よ。最初に戦った時より断然強いじゃない」

ルゥの魔術とサンドシールドで出来た死角を利用して、距離を詰めていたタキが不敵に笑う。握り締められた右の拳には魔力が込められ、砂の盾を打ち砕こうと大きく振り上げられる。僅かな溜めを挟み、力を込めて拳が振り下ろされたその時、周囲の被害を最小限に食い止めようと奮闘していたリーユンが叫んだ。

「タキ! 避けて!」

「え?」

リーユンの声が聞こえるのと視界の端に銀の光が見えたのはほぼ同時で、タキは咄嗟に体を捻って銀の一閃をかわそうとする。数歩たたらを踏んで下がるものの、左腕に鋭い痛みを感じて視線を落とす。左腕はざっくりと肉が切り裂かれ、衣服に血が滲んでいた。鋭く裂かれた傷口を右手できつく押さえ、タキは二人組と距離を取る。ルゥはタキを庇うように前へ躍り出ると、ウォータースウォームの魔術を編み上げた。大量の水が瞬時に空中に出現し、膨大な水圧でターバンの二人組が構築したサンドシールドを押し流す。二人組の内、左側に立っている人物の手には血で濡れた刃物が握られていた。

「タキ、大丈夫?」

駆け付けたリーユンがタキの腕に手早くハンカチを巻き付けながら、ターバンの二人組を見据える。

「この二人が何をしたのかは知りませんけど、少しやりすぎじゃないですか。大人しく自警団へ出頭してください」

静かに発されるリーユンの口調は普段通りの穏やかなものではあったが、タキとルゥには何となくリーユンが怒っている様な気がした。ちらりとリーユンの横顔を盗み見て、それは確信に変わる。

(うわ、目が笑ってねぇ)

(普段穏やかな人が怒ると怖いって、本当なのね)

口元に形だけ穏やかな笑みが張り付いているのが、より一層恐ろしい。けれど、自分達の為にそれだけ怒ってくれているのだと思うと、二人は何とも言えない気持ちになった。元はと言えば自分で蒔いた種である。タキとルゥがお互いに視線を合わせてまごまごしていると、ターバンの二人組が初めて口を開いた。小柄だとは思っていたが、声音は子供のそれで、西方の訛りが強い。

「我々は、荷物を返してもらいたいだけだ」

「荷物?」

リーユンは怪訝そうな表情を浮かべ、タキとルゥへ視線を送る。二人は思わず顔を逸らした。

「アレを取り返さないと、我々は粛清される」

二人組の切羽詰まった様子と穏やかでは無い台詞に、リーユンは困惑を深めて眉尻を下げた。

「ねぇ、二人とも。一体何をしたの?」

「別に、悪い事は……してないわよ」

歯切れ悪くボソボソと呟くタキに、リーユンは怪訝と困惑の浮かんでいた表情に僅か笑みを覗かせた。

「二人が悪事を働くなんて思ってないよ。そう言う事じゃなくて、事情を……」

言葉を続けようとしたリーユンだったが、周囲の人々の視線を痛いほど感じて言葉を飲み込んだ。通りの向こうの方からは魔術師団と兵士団が数名こちらへ向かって来るのが視界に入る。

「リーユン、逃げよう」

ルゥがリーユンを急かすが、リーユンは首を横に振って動こうとしない。

「ダメだよ。きちんと事情を説明しなくちゃ」

リーユンとルゥの遣り取りで、ターバンの二人組も兵士達の存在に気が付いたらしい。背後から迫る魔術師と兵士に対し、二人組は敵意も露わに術式を編み始める。

「待って!」

リーユンが慌てて二人組へ駆け寄り、式に介入して構築を妨げるが、攻撃の意思有として魔術師達が臨戦態勢となる。体内に満たした魔力を練り術のイメージを鮮明に思い描く事で魔力に属性を付与する。赤や緑の術式が魔術師達の身を彩り始めたのを視界に捉え、リーユンは一瞬の躊躇いを振り切って二人組の手を取り、タキとルゥの元へ駆け出した。

「本当は逃げたくないんだけど」

嫌そうな表情を浮かべるリーユンを見上げ、ルゥがニッと悪戯っ子の顔で笑い掛ける。

「逃げるが勝ちって言うじゃねぇか」

「何事も話し合いが大切だよ。タキの怪我の手当ても早くしたいのに」

五人は小柄な身を人込みの中に隠しながら、力強く石畳を蹴って通りを駆け抜ける。リーユンは大人しく手を引かれるままに付いて来ている二人組に視線を向けた。

「まあでも、取り敢えずは逃げるしかないんだね」

「ごめんなさい、リーユン。落ち着いたらちゃんと説明するわ」

タキは珍しく落ち込んでいる様子で、視線をリーユンに合わせずに力無い声で呟いた。

「そうだね。兵士さん達に説明するよりも、まずは僕達の話し合いが必要みたいだ」

リーユンはターバンの二人組の手を離して唐突に立ち止まると、驚いて振り返る四人が見守る中で魔術を発動させた。

「ホワイトミスト」

リーユンが紡ぐ呪を合図にして、工房区の商店街に濃いミルク色の霧が立ち込める。

「そんなに長く足止め出来るわけじゃないから、急いでここを離れよう」

突如として発生した濃霧に、再び周囲が騒々しさを増す。魔術師や兵士もパニックを起こす住民の対応を余儀無くされ、右往左往する人々に阻まれて思うように追跡を続けることが出来ない。魔術師や兵士の視線を逃れ、混雑する通りから細い路地へ入って更に右へ左へと網の目状に入り組んだ小道を進む。先導するのはルゥだ。

「こっちだ」

商店街から続く細い通路を曲がり、複雑な路地を進みながら、五人は工房区の中心地へ移動していく。勤務時間中ともなれば裏道には人の姿はほとんど無く、赤煉瓦の壁を背にして五人はようやっと息を吐いた。

「タキ、怪我を見せて」

荒い呼吸を整えながら、リーユンはタキの腕に巻き付けたハンカチを解く。裂けた布地から覗くタキの白い肌には、痛々しい赤い線がはっきりと刻まれている。傷口の周辺をそっと拭い、まだ完全には血が止まっていないがそれ程深手ではない事を確認すれば、もう一度きつめにハンカチを巻き付けた。

「思ったより深くはないけど、ちゃんと先生に診てもらった方がいいね」

「えぇ、そうするわ」

タキが頷いたのに笑顔を返し、リーユンは改めて四人の顔を順に見やる。

「で、何がどうしてこう言う状況になったのか、詳しく説明してもらえるかな」

リーユンに促され、タキとルゥはお互い視線を交わし合いながら、ぽつぽつと今朝の出来事を話し始めた。朝市へ行くと港が騒々しかった事、そこで怪しい男達がいた事、後を付けた先の海岸で取引現場に遭遇した事、そこでターバンの二人組と戦闘行為があった事、助けた見返りに譲り受けた荷物が海竜の子供であった事。そこまでの経緯を聞いて驚きの声を上げたのは、リーユンではなくターバンの二人組の方だった。

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