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魔術学院騒動記  作者: いさ
第三話 『秘薬』
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第三話 「秘薬」 第六幕

 リーユン=ルルディヴァイサーとタキ=ヤンフゥは、ユエ=ルイェンに連れられて砂浜へと戻ってきた。砂浜ではレイルズ=フェリオット=ウォフリー教師によってクゥ=ラ=ルゥの怪我の手当てがされており、その横ではケイが今にも倒れそうな程に青白い顔をして何事か思案していた。

「それじゃぁ、戻ろうかねぇ」

ユエが場の空気にそぐわない酷くのんびりとした口調で皆に声を掛け、手当ての済んだルゥを軽々と抱き上げる。リーユンは具合の悪そうなケイの傍らへ駆け寄り、その身体を支えて歩くのを手伝った。ケイは今度ばかりは大人しく助けられる事にしたようで、黙ってリーユンの肩に手を置いて歩く。タキはその様子を離れた場所から眺めていたが、ふいと視線を逸らして小走りで先を行くユエを追い駆け、ルゥを抱えて歩くその足を軽く蹴飛ばした。

「………………………………」

ユエが無言でタキを見下ろす。タキはぶすっとした不貞腐れた表情でそっぽを向いていた。ユエは多少歩くスピードを落としてタキに歩調を合わせ、ずぶ濡れになったタキの頭部へ向けて問い掛ける。

「先輩にいきなり蹴りを入れるとは、一体全体どういう了見だろうね」

「私は疲れてるの。先輩風吹かすならおんぶくらいしなさいよ」

ユエは再び無言でタキを見下ろすが、タキは足元に視線を落としたままユエを見ようともしない。ただ背後の気配を探っているのだろう事は傍らにいるユエには見て取れた。背後からは三つの足音が聞こえている。ケイとリーユンとウォフリーだ。ユエは前方に視線を戻すと、溜息混じりにタキに言った。

「俺が荷物抱えてるの、見えてる?」

「そんなちびっこいの、居ても居なくても一緒でしょ」

「あのねぇ。お前そんなずぶ濡れで……あーもう、分かったよ」

落ち込みまくっているタキを見るのは非常に珍しい事だったので、ユエは思わずタキの我侭を承諾してしまった。ルゥを抱えたままタキに背を向けてしゃがみ込むユエの背中に、タキは遠慮なく覆い被さる。濡れて冷えた身体にユエの暖かな体温が伝わってくる。ユエは片手でルゥを、もう片手でタキを器用に支えながら、軽く勢いを付けて立ち上がった。

「よっこらしょっ……ぅお、重っ……!」

タキはユエの言葉を阻止する為、首に回した腕に力を込める。

「って、こら、タキ。首絞まってる、首絞まってるッ!」

かなり本気で切羽詰ったユエの声に満足したのか、タキは両腕の力を抜いてユエの肩に縋る形に戻す。ユエはわざとらしく溜息を吐いて歩き出した。

 そんな二人の遣り取りを背後からついて歩く三人は微笑ましく見ている。

「タキとユエってすごく仲がいいですよね」

リーユンの言葉を聞いて、多少体調がましになったらしいケイが穏やかな表情で頷く。

「あの二人は兄妹みたいなものですから」

ケイの台詞に反応したのはウォフリーだった。

「私から見れば君たちは全員仲の良い兄弟みたいに見えるけどね」

「え?」と、リーユンがウォフリーを振り返ると、

「ぎゃあ!!」

「いってぇーー!」

「あはははははっ!」

と、ルゥ、ユエ、タキの声が同時に聞こえ、リーユンは背後に向けた顔を直ぐに正面へ向ける事になった。ルゥはユエの腕から放り出されて地面に打ち付けたらしい頭をさすり、ユエは顔面を押さえてしゃがみ込み、タキはユエの背中から降りてそんな二人の様子を見て笑い転げている。

「ど、どうしたの?」

リーユンとケイ、ウォフリーの三人は、ルゥ、ユエ、タキに追い付いた所で歩みを止める。リーユンは青い眼を瞬かせて声を掛けると、タキが笑いすぎて零れるらしい涙を拭いながら振り返った。

「ルゥが、目が覚めた途端、ユエの顔を思いっきり殴り飛ばしたのよ」

「え、まだ操られてるの!?」

リーユンが更に驚愕に目を瞠り、ルゥに駆け寄ろうとするのをタキ手を振って止める。

「あは、違う違う。ルゥはただ、ユエの顔にびっくりしただけなの。……ぷっ」

話している内にその衝撃の瞬間を思い出したのか、タキは堪らず噴き出して、お腹を押さえながら前屈みになって笑い続ける。リーユンは安堵しつつもほんの少しだけ脱力して、痛がる二人を心配そうに見下ろした。

「うう、操られて味方を襲って、挙句の果てに気を失って眠りこけるルゥを優しく運んでやってる人間に対する態度か、これが」

ユエが顔を押さえる指の隙間から恨めしげなくぐもった声でぶつぶつ呟くのを聞いて、ルゥがハッと顔を上げる。それから神妙な顔をして首を右に傾け、すっかり暗くなってしまった空を見上げ、目を閉じて俯き、恐る恐る視線だけをユエへ向ける。どうやら今までの出来事を反芻し、しっかりと思い出したらしい。

「あー……、えーっとー……、……悪かった」

ルゥは軽く飛び跳ねるようにして立ち上がり、しゃがみ込んだままのユエに近付いてその肩にぽんと手を置いて謝罪の言葉を紡ぐ。

「でもな、目が覚めていきなりユエの顔がどアップであったら、誰だってびびって殴りたくなるって」

「失礼な! 目覚めと共にこの俺様の麗しい顔を拝めるなんて、これ以上ない程の至福の一時じゃないか」

冗談なのか本気なのか分からないユエの抗議に、ルゥは不服そうな視線を送って言った。

「えー、マジキモイ」

その一言で更にタキの笑い声が大きくなり、ユエの抗議も益々ヒートアップしそうになったので、リーユンはこれ以上街中で騒ぐのはまずかろうとルゥに話し掛ける。

「あ、そうだ、ルゥ。あの、えっと……。そう! これを港の倉庫街で拾ったんだけど」

何とか話題を見つけ出したリーユンは、ローブのポケットに仕舞い込んであった小瓶を取り出した。

「あー! 俺の青い砂!」

ルゥはリーユンの手元を指差して叫ぶと、小走りに駆け寄って小瓶を受け取る。小さな両手で大事そうに瓶を掴み、目の高さまで持ち上げてじっくりと観察する。

「出来る限り零れた分を拾い集めたんだけど、少し減っちゃったね。ごめんね」

以前見せて貰った時よりも明らかに砂の嵩が減っているのが分かり、リーユンは申し訳なさそうに謝罪の声を掛ける。ルゥはと言うと、何故謝られるのか分からないとばかりに驚いて、勢い良く首を横に振った。

「リーユンが謝ることねーよ。セファンの気配に気付かなかった俺が悪いんだ。せっかくジュンが手伝ってくれたのになぁ」

「え? ジュンが?」

予想外の言葉を聞いて、リーユンが目を丸くする。

「そうなんだよ」

リーユンの声に肯定を返し、ルゥが楽しそうに話し始める。

「あいつさ~、イイ奴だよなぁ。おもしれーし。最初はもっとお堅いヤな奴だと思ってたけど、話してみたら全然イメージ違うのな」

そう言ってルゥはけらけらと笑い出す。リーユンはルゥとジュンが仲良くなっている事に純粋に驚いたが、同時に嬉しく思った。

「そっか、ジュンが……」

自分にとって大切な人達が仲良くしてくれるのは、素直に嬉しいものだ。リーユンは自然と浮かぶ笑みに頬を緩め、ルゥの頭を撫でた。そんなリーユンに近付いて、顔面パンチから立ち直ったユエがそっと耳打ちする。

「そのジュンからの伝言なんだけど」

笑いを含んだ声音で告げられた内容に、リーユンは思わず噴き出してしまった。人にはそうやって言うくせに、自分は親切にも砂拾いまで手伝っているのだから、ジュンは本当に良い奴だとリーユンは改めて思う。

「今度は僕も砂拾いを手伝うよ。ジュンも呼んで三人でやればすぐ瓶いっぱいになるよ」

リーユンの言葉に、すっかり調子を取り戻したルゥが飛び上がって喜んだ。

「っしゃ、これで白竜祭までに瓶十個達成できるぜ!」

どうやらルゥは今年の夏に故郷で開催される五十年に一度の大祭、白竜の飛来を祝う祭に参加する気らしい。

「俺が行くまで浮遊島が無くならないように、白竜に頼んで青い砂を持っていってもらうんだ」

「なにそれ、その為に砂を集めてたの?」

呆れた口調でタキが言う。続いて、ユエとケイが順に発言した。

「まぁ、ルゥらしくていいんじゃない?」

「そうですね。いつか、浮遊島まで行けると良いですね」

ルゥはグッと右拳を握り締めて力強く頷く。

「おうよ。浮遊島行けたら、空から手ぇ振ってやるな」

見えるわけないでしょと言うタキの突っ込みを無視し、ルゥは元気良くウィズムント魔術学院へ向けて駆け出す。途中、足を止めずに器用に振り返って言った。

「リーユン! 明日さっそく三人で砂集めしよーぜ!」

リーユンは笑顔で頷いて、再びケイに手を貸しながら歩き出す。賑やかに遠ざかる六人を物陰から眺めながら、カイリ=ドールが背後に居る人物へ向けて声を掛ける。

「だ、そうだ」

カイリと同様、六人の様子を伺っていたジュン=エンシェンは憮然とした表情と口調で溜息を吐いた。

「勝手に決めやがって」

悪態を吐いてはいてもまんざらでも無い様に見えるのは気のせいか、カイリは楽しそうにジュンの言葉を聞く。そんなカイリの笑う気配を察知したらしいジュンが、不機嫌を隠さずに問い詰めるようにカイリの眼前に指を突きつけ、

「それより、あんた。いつからそうやって見てたんだよ」

と、低く凄みを利かせた声を出す。カイリはゆっくりとジュンを振り返り、考える振りをしてから肩を竦めて言った。

「ルゥが街灯に登りだしたあたりだな」

「見てたんならあんたが止めろよ!」

ジュンは小声で叫ぶという器用な事をやってのけながら、なおもカイリに詰め寄る。

「あんたがあの時あのチビを止めてたら、俺が苦労する事なんか無かったんじゃねぇか!」

カイリはジュンから視線を外し、飄々とした態度のまましれっと呟く。

「そんな事をしたら俺が苦労するじゃないか」

「うっわ、むかつく」

カイリと話せば話す程ジュンの苛立ちが募る様で、「それでも担任か」と騒ぐジュンを「まあまあ」とカイリが宥める。

「そのおかげで今度リーユンとデート出来るんだから、良いじゃないか」

「デ……って、あんたなぁ!」

ジュンはカイリのあまりな台詞に言い返そうと口をパクパク動かすが、何を言っても無駄な気がして全てを大きな溜息の塊に変えて吐き出した。しかし、直ぐにキッと視線を上げてカイリを睨み付ける。

「あんたの生徒は多少は認めてやってもいいけどな、あんたの事だけは絶対に認めねぇ」

絶対に、の部分に目一杯の力を込めてカイリに言葉を投げつけると、ジュンはさっさと魔術学院へ向けて歩き始めた。一人取り残されたカイリは建物の壁に背を預け、星が瞬く夜空を仰ぎ見る。

「嫌われちゃった。……くすん」

「やかましい!」

カイリは即座に返って来たジュンの怒声に首を竦め、こちらを睨み付けるジュンに対してにこやかに手を振って見せた。ジュンは今度こそ本当に呆れ果てたらしく、もう振り返る事無く足早に進んでいく。その後姿が見えなくなるまで見送って、カイリはおもむろに懐から紙とペンを取り出した。真新しいページに教の日付と生徒の名前を書き込むと、それぞれの名前の横に「+1」と記す。それから何かを思い出したように、ルゥの所だけもう一つ「+1」を付け足す。ページの下部に補足として「夕飯遅刻」「当番さぼり」と記入し、満足そうにメモを懐に仕舞い込む。

 学院に向けてのんびりと歩き出しながら、カイリは小さく呟いた。

「ジュン=エンシェン。やっぱりうちのクラスに欲しいな。あいつが居ると俺は更に楽だろうなぁ。……もう一度メムに掛け合ってみるか」

その日、夜の街にジュンのくしゃみが何度も響き渡ったらしい。



~ 秘薬 終 ~

第三話「秘薬」はこれにて完結です。お付き合いくださいましてありがとうございました。

引き続き、第四話をお楽しみください。

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