表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術学院騒動記  作者: いさ
第三話 『秘薬』
16/32

第三話 「秘薬」 第四幕

 ユエ=ルイェン、ケイ、タキ=ヤンフゥの三人はリーユン=ルルディヴァイサーの呟きに気付いて、しゃがみ込んだままのリーユンに視線を向ける。

「ジュンって、確かシャウレインドッティ教室のアイツよね」

タキがマリアンヌちゃん二号暴走事件の際にジュン=エンシェンと出会った時の事を苛立たしく思い起こしながらリーユンに問い掛けるが、リーユンは愕然と魔術壁(マジックシールド)の中を凝視したまま動かない。気の短いタキは答えないリーユンをさっさと無視して立ち上がると、魔術壁を破壊する為に右手に魔力を集中させ、力一杯壁を殴り始めた。

「おい、無茶をするな」

ユエが慌ててタキの腕を掴み、止めさせようとするものの、タキはユエの手を乱暴に振り払って魔術壁を殴り続ける。

「なんなのよ、アイツ。何考えてるのよ」

怒り心頭と言った様子のタキを止めるのは無理だと悟ったユエは一度リーユンに視線を向けるが、こちらも呆然と座り込んでいて使い物にならないと判断したのか、ケイへ視線を移した。ケイも平気な振りをしているがかなり消耗しているのが分かる。ほんの僅かの間逡巡したユエだったが、ケイに何事か耳打ちするとその場を離れていく。ユエからの伝言を受けたケイはリーユンの隣に膝をつくと、パンッと軽くリーユンの頬を叩く。叩かれた左頬を無意識の仕草で押さえたリーユンは、両目を瞬かせて何事かとケイに視線を注いだ。

「ユエが魔術壁を破壊します。呆けている暇はありませんよ」

澄んだ翠の瞳に見つめられて多少気持ちが落ち着いたらしい。リーユンはケイにしっかり頷き返し、勢いよく立ち上がってユエの姿を捜す。ユエは何処に仕舞い込んでいたのか、ゆったりとした衣服のいたる所から魔導器の部品を取り出しては組み立てていた。パイプの様な筒状の棒を三本繋げて長い一本の棒を作り、曲線を描く板を幾つも取り付け、複雑に絡み合うコードを先に組み立てた棒や板に設置された接栓座に差し込んで、大小様々な魔石を手際よく嵌めていく。

「よし」

最後の魔石をカチリと嵌め込んで固定し、ユエが魔術壁を振り仰ぐ。完成した魔導器は右腕から右肩、胸の辺りまでを覆うような作りになっていた。ユエはヘッドギアの様な形状をした頭部パーツに手を伸ばし、グラスを眼前に引き下げると、本体とコードで接続されたグローブを右手に装着する。グローブにも台座が組み込まれ、磨き込まれた半球状の小さな魔石が幾つも輝いていた。それなりに重量がありそうな魔導器を軽く揺すり上げて改めて担ぎ直し、ユエは最終的な接続具合を確認する。組み上げられた魔導器は肩パーツや頭部パーツを除けば、全長およそ一三○センチ、直径二○センチ程の円筒形をしていた。

 あからさまに嫌な予感がする。

 ユエは嬉しそうに魔導器の滑らかな表面をポンポンと叩くと、こちらを不安そうに窺うリーユンを安心させるかの如く笑いかけた。

「まだ一度も実験した事が無い試作品なんだけど、相手に不足は無いねぇ」

不安を煽る様な台詞を言うや否や、ユエは魔導器の筒先を魔術壁へ向けると、右手の平のグローブをギュッと鳴らし、指先を魔石へ触れさせる。石の輝きが増し、魔力が注ぎ込まれていく様子が分かる。本体の表面に光が走り、取り付けられた魔石が順に点灯して行き、魔導器が作動する時に発するキーンという独特の高い音が砂浜に響き始めた。

「消し飛べえぇぇぇぇっ!!」

「!!!!?」

思わずユエの行動に見入っていたリーユンだったが、楽しそうでありながら酷く物騒なユエの台詞で我に返り、慌ててケイとタキをそれぞれの腕に抱える。魔力を両足に込めて脚力を増強し、強く砂を蹴ってその場を飛び退いた。円筒形の魔導器から放射された青白い光線は魔術壁にぶつかると激しいスパークを発生させる。黒く淀んだ魔術壁の表面を眩い光が錯綜し、半球を描く曲面には徐々に罅が走り出す。ユエが更に魔力を注げば放射光は勢いを増し、壁を打ち破り、魔術壁は粉々に砕けて派手な音を立て、崩壊した。ユエは魔導器の操作を止め、魔術壁が散っていく様子を満足そうに眺めながら頷く。

「やっぱり俺は天才だなぁ」

などと自画自賛に耽っていた最中、魔導器のコードが数本バシッと音を立ててコネクタ部分から弾け、黒煙が四、五本細く立ち上った。響いていた魔導器の作動音も低く鈍くなり、やがて魔導器は完全に沈黙を保つ。

「………………………………」

六対の視線がユエに突き刺さる。

 ――六対。

 その違和感に最初に気が付いたのはリーユンだった。魔術壁破壊の様子を見守っていたリーユンとタキ、ケイの三人。それから突然の出来事に戦闘を中断して驚愕の表情を浮かべているジュンとルゥの二人。そして、岩陰に隠れるようにしてこちらの様子を窺っていた人物が一人。

 リーユンがそちらに向かって駆け出そうとするよりも早く、ルゥが行動を起こした。瞬時にして小柄な体を覆う白紫の術式が輝く。

「ライトニングボルト!」

前方へ突き出されたルゥの右手から、勢いよく紫電が放たれた。闇を切り裂くように水平に光が突き進む先には、黒煙を噴き上げる魔導器を取り外そうと四苦八苦しているユエの姿がある。まさかルゥがそういった行動に出るとは予想していなかったリーユン達だ。驚きのあまり咄嗟に身体が動かず、慌てて防御の魔術を創造し始めるものの、ルゥの魔術を防ぐのには到底間に合わない。

「ユエ!!」

タキの悲鳴に近い声が響くと同時、ユエの身体を包み込むように足下の砂が盛り上がる。砂の壁は雷撃を全て受け止め、放電してしまった後に静かに崩れ去った。防御の魔術を発動さたのはジュンだ。魔術を阻止されたルゥは再び標的をジュンに定めると、猛然と駆けだして鋭い右蹴りを放つ。

「…っ、リーユン! アイツを捕まえろ!!」

ルゥの攻撃を後方へ飛んでかわしながら、ジュンが叫ぶ。その意図を理解しかねるリーユンをタキが厳しい声音で促した。

「行くわよ、リーユン」

普段の調子を取り戻したタキは踵を返し、岩場から逃げ出した人物を慌てて追い掛ける。リーユンも未だ困惑の表情を浮かべながらもタキの後に続いて海岸を走る。夜の闇に二人の姿が飲まれていくのを横目で見送りながら、ジュンは魔術で蔦を出現させてルゥの動きを止めようとする。しかし変身(トランス)状態のルゥは動きが素早く、地面から幾本も伸びて絡め取ろうと追い縋る蔦を、四肢と羽を使って容易く避けていた。飛びかかる蔦の群を潜り抜け、とうとうルゥがジュンに肉薄する。ジュンの眼前に飛び込む鮮やかな水色の色彩と冷たい金の双眸。咄嗟に両腕を交差させて防御姿勢を取るジュンを、ルゥは口端を吊り上げて嗤った。黄金色の瞳が楽しげに細められる。次の瞬間、強烈な右ストレートを喰らって吹き飛んだジュンは、砂浜を二転三転してから何とか立ち上がった。

「こっちは手加減してるってのに、こんのクソガキが」

ルゥの拳を有る程度いなした筈なのに、攻撃を受け止めた両腕は痺れて感覚が薄い。受け身でも殺しきれなかったダメージが忌々しく、ジュンは顔を顰めて毒突く。

「大丈夫ですか?」

柔らかな声に気付いて視線を動かせば、ジュンの前方に彼を庇うようにして立つケイの姿が見えた。頼りない月光の中でも其れと分かる程の蒼白な顔。ジュンは感覚の戻りつつある右腕でケイを押し退け、

「あんたよりはよっぽど大丈夫だ、下がってろ。……おい、そこのおっさん」

後半、やや張り上げた声で、何とか魔導器を外し終えたユエに呼び掛ける。

「おっさんって、傷付くなぁ。何か期待してるようだから言っておくけど、俺が魔導器無しで何か出来るわけも無いでしょうが」

おっさん呼ばわりされたユエは案の定嫌そうな表情を浮かべ、筒状の魔導器を杖の様に右手で支えてどこか偉そうに長身を反らす。開き直ったようなユエの物言いに、「はぁ?」とジュンが説明を求めるのも無理のない話だった。

「彼は、魔術を扱えません」

ジュンの疑問にサラリと答えたのはルゥを牽制しているケイだ。ジュンは心底驚いたらしく、一瞬警戒も忘れてマジマジとユエを眺める。

「嘘だろぉ」

ドール教室のユエ=ルイェンと言えば、問題児としては言わずもがなではあるが魔導師としてもそれなりに名が知られている。隔離教室に所属してはいても赤の色冠は伊達ではなく、ウィズムントが誇る稀代の黒魔導師フェイ=マオシーとの共同開発の話が持ち上がっているのは有名な話だった。魔石と呼ばれる魔力の伝導率が良い石に術式を組み込み、石に魔力を流すだけで知識のない者でも魔術を扱えるようにと考えられたのが魔導器だ。そんな魔導器の開発には少なくとも魔術の知識、扱い方は備えていてしかるべき物である。

「呆けている暇はありませんよ」

放心したようなジュンにケイが鋭く声を掛けた。ジュンは切迫した声に促され、慌ててルゥに向き直る。ルゥはその小柄な身体の何処に魔力を蓄えているのか、眩い紫の魔力をオーラの様に全身に纏い、上位魔術の発動準備を始めたところだった。魔力は徐々に濃度を増し、細く縒られた魔力がルゥの足元から驚異的なスピードで術式を描き上げていく。

「まずいな」

ジュンはルゥの魔術を止める為、急いでストーンブラストの魔術を発動させた。土属性の基礎的な魔術は呼吸と等しい気安さで編み上げられ、ジュンの周囲には瞬く間に石の飛礫が出現した。小さな石飛礫は見えない力に押し出され、猛スピードでルゥに襲いかかる。飛礫が空を裂く音に続いて鳴り響くのはスパーク音。ルゥが纏う濃密な魔力は石飛礫を物ともせずに完成に近付いていく。

 術者を怯ませる以外の方法で構築中の魔術を阻止するのは難しい。ジュンは舌打ちしたい心持ちでルゥを睨み、隣に立つケイへ尋ねる。

「どうすんだよ、アレ」

「手加減無用でいきます」

間髪を入れずに応じたケイの姿が陽炎の様にゆらりと消えたかと思うと、瞬きする程度のほんの一瞬の後にはルゥの目の前にまで距離を詰めていた。ケイの眼前には地面に突っ伏して伸びているルゥの姿がある。

「何だ、何が起こったんだ?」

いつの間に移動して来たのか、ユエが緊張感のないのんびりとした声でジュンの背後から問いを投げた。頭上から聞こえる声に不機嫌になりつつも、ジュンは先ほど目撃した事柄を見たままに伝える。

「あれは、魔力で脚力の増強をしてたな。一瞬の内に間合いを詰めて鳩尾に蹴りを一発。身体がくの字になった所で顎を蹴り上げて、返す動きで側頭部に踵を落としてた。……あの女、見かけによらずえげつねーのな」

手加減無用と宣言してはいたが、仮にもクラスメート相手に対してあの情け容赦の無い猛攻はどうなのか。いかにもたおやかで儚げな、エルフ族然とした容姿からはかけ離れた行動には、隔離教室生徒のハチャメチャ振りを知っているジュンをもってしても度肝を抜かれた感覚が拭えない。

「格闘技でケイに勝てる子はそうそう居ないだろうねぇ」

再び頭上から届くユエの声に、ジュンは眉間に皺を寄せた。挑発とも揶揄ともつかない楽しげなユエの声はジュンの神経を逆撫でする。わざとそんな声音を出しているのだと気付かせる程度に演技的なのも気に食わないし、ユエの声が頭上から降ってくるのも腹立たしい。

「すぐに追い抜いてやる」

そう吐き捨てたジュンのセリフははたしてどちらに対してのものか。ジュンは衣服に付いた砂を払い落して踵を返す。

「リーユンを待たなくてもいいのかい?」

「そこのチビを鎖にでも繋いでおけ、とだけ伝えてくれ」

振り返らずに返されたジュンの憮然とした声に、ユエは思わず噴き出した。

「子守をさせて悪かったね。伝言はちゃんと伝えておくよ」

砂を踏んで歩くジュンの足音が遠ざかるのに、新たな足音が重なる。ジュンと入れ違いに砂浜に姿を現したのはレイルズ=フェリオット=ウォフリーだ。必死に走って来たのだろう、ケイとルゥの元へ辿り着いた時には汗だくで息も切れ切れになっていた。

「だ……大丈夫、かい……?」

ウォフリーは乱れた呼吸の合間にケイへ気遣う言葉を掛け、「大丈夫です」と告げるケイへ小さく笑みを返してから、深く呼吸を繰り返して息を落ち着けると、倒れたままのルゥを抱き起こす。ジュンは出来るだけルゥを傷付けないように手加減していたが流石に全く傷を負わせないという事は不可能だったらしく、ルゥの衣服は所々破れ、肌には血が滲んでいた。ウォフリーは懐からハンカチを取り出して、そっとルゥの傷口を拭う。砂を払い、血を拭き取る動作の間、ウォフリーは今一度ケイを見上げて心配そうに問い掛けた。

「君も相当参っている様に見えるけど、本当に大丈夫?」

ケイは今度は頷くのみで、直ぐに視線をユエへ向ける。心配そうな眼差しでケイを見ていたユエだったが、ケイの紡ぐ次の言葉を聞いて険しい表情に変わる。

「ユエ、先ほどの岩場の人影は、やはりロン=セファンでしょうか」

嫌な名前を聞いたと言わんばかりにユエは片方の眉を跳ね上げ、思案気な面持ちでタキとリーユンが消えた方角を見やる。ウォフリーはそんな二人の遣り取りに怪訝さを隠さず首を傾がせ、

「セファン教師が、どうかしたんですか?」

と、問い掛けるものの、ケイとユエはその質問には答えず、未だ意識を失ったまま動かないルゥに視線を落とした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ