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05. 地元じゃ負け知らず

挿絵(By みてみん)

ウィンが店に慣れたころ

ジェイは彼を連れ、小さなワゴン車で市場に仕入れに出かけた

いつものように少し遠いが小さな漁港を選ぶ

アクセスは悪いが値段が安く、直売所ではマイナーな魚も扱っていて料理に地元感を出せるのが気に入っている


「よお、ジェイ

 今日は可愛いコ連れてんじゃねぇか

 マリーンと真逆だな」


顔なじみの魚屋の店主がウィンを見て声をかけてきた

ウィンは髪を切るのを面倒くさがり、長いまま無造作に後ろで束ねている

胸も尻もつるっぺただが、睫毛の長いくりっとした瞳は少女に見えなくもない


「は? 馬鹿言え

 ありゃ男だ、ただのバイトだよ」


「なんだ、相変わらずマリーン一筋か

 ここらもちょいちょいガラの悪いのがいるから気を付けろよ」


内陸育ちなのかウィンは魚市場が珍しいようで、尻のポケットに両手を突っ込んだままキョロキョロとあたりを見回して落ち着かない


「ねぇジェイ、ちょっと見てきていい?」


「ああいいよ、市場は初めてか」


「うん、魚の市場は初めて」


そう言ってウィンはうさぎが跳ねるように市場の奥へと入っていった


店々で魚の名前を訊きながら生魚の匂いが漂う直売所を抜け、市場の端まで行くとさすがに人が少なくなる

ウィンが引き返そうとしたときだった


「おい、見ねえ顔だな」


ガラの悪そうな声が聞こえてきたので振り向くと、金髪でアロハにビーサンを引っ掛けたチンピラを絵に描いたような男が近付いてくる


(なんだ? このテンプレ野郎)


無視して戻ろうとしたが男はまた声をかけてきた


「無視すんじゃねえよ、チビ」


やれやれとため息をついてウィンは男に向き合った


「なんすか?」


「なんだ、日本語わかるんじゃねぇか

 いいもん売ってやろうか

 強いのから弱いのまでいろいろあるぞ」


ということは非合法な薬物か何かだろうが、どう見てもカネを持ってなさそうな子供に売りつけるとはセンスがない

恐らく自分より弱そうなヤツにしか声をかける度胸がないのだろう


「昼間っからこんなとこで?」


「夜になったら駅裏の駐車場に来てみろよ」


「いらないっす、んじゃ」


ビビっているのを見透かしたウィンは、それ以上相手にする気が失せてくるりと背を向けた


「おい、待てって」


男は帰ろうとするウィンの肩を掴んできた

ウィンはポケットから右手を出して振り払う


「てめ、この野郎!」


声を荒げて殴りかかってきた男を睨み返したウィンは、片足を一歩引き、左手をポケットから出そうとした


「おい、うちのになんか用か?」


男の拳がウィンめがけて繰り出された瞬間、その拳をウィンの目の前で受け止めたのはジェイの掌だった


「ジェイ、さん

 あんたの舎弟だったんすか」


金髪の男は慌てて拳を引っ込めた


「だったらなんだ?」


ジェイが薄ら笑いを浮かべて近付いて行くと、男は逃げ腰になって後ずさりした


「いや、その」


「ガキ相手でないと調子出ねえのか?」


「ジェイ」


(なんだ? また誰か来たぞ)

ウィンは声の方を見た

髭面にサングラスの男がこちらへやってくる

ジェイと同じくらいの年恰好、背も同じくらいだがガタイはいい

金髪アロハが急にペコペコしだした


「すまねえな、ジェイ

 こいつ見境なくて」


「ヨシキか

 若いもんの躾くらいしとけ

 やたらとカタギに絡むんじゃねえよ」


「カタギ? こいつが」


ヨシキと言う男はじろじろとウィンを睨め回す(ねめまわす)と鼻先で笑った


「こんな物騒なガキ、よくまぁ傍に置いとくよな

 おまえこそカタギボケしたのか?」


「ただのバイトだよ

 てめえには関係ねえだろ」


そう言い捨ててジェイはウィンの肩を抱いてその場から離れた


「つれねえな、ジェイ

 昔は二人でいろいろやらかした仲なのによ」


ヨシキも捨てゼリフを残して消えた


「大丈夫か? ウィン」


「うん、なんでもない」


「んじゃ、ポケットの中の物出せ」


「え? お釣りをちょろまかしてなんかいないよ」


そう言うとウィンは左右のポケットをひっくり返して見せた


「違う、左の尻のポケットだ」


ウィンはペロッと舌を出してポケットから小さなナイフを摘み出した

キッチンにあった果物ナイフだ


(コイツ、けっこう喧嘩慣れしてんな

 右利きだと思わせておいて左にナイフを隠してやがった)


「護身用だよ」


「日本じゃこんなんでも職質の対象になるぞ

 こいつは俺が預かっとく、てか、これウチのじゃねえか」


ジェイは顎をしゃくってウィンに魚の入った発泡スチロールを運ばせた


「さっきのヤツは?」


「俺も昔はちょいと悪かったってだけだよ」


彼がウィンを詮索しないのと同様、ウィンもジェイにそれ以上訊くことはなかった

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