エピローグ
タイ、カンボジアの国境近く。
まるで首都クルンテープにでもありそうな洒落たオープンカフェで、ジェイとウィンが向かい合って座っていた。
「こんな田舎にずいぶん小奇麗な店があるじゃねえか」
店は立派に見えるがジェイは衛生面を警戒して熱い紅茶を飲んでいる。
「近くに詐欺師のキャンプがあるからね、そのせいで賑わってる。困ったもんだ」
冷たいタイティーをストローでかき混ぜながらウィンは答えた。
「ついでに僕らの仕事も大繁盛だけどね。今月はアジトが7カ所ほど摘発されたよ」
「おまえが危ないことはないんだよな」
「大丈夫、心配なのはわかるけど僕はこの仕事に誇りを持ってる。母さんの仇討ちってだけじゃなく、正義の味方ってやりがいあるだろ」
「マリーンも言ってたな、ウィンが決めたことを邪魔する権利はないって」
「フラれる理由にしちゃ上出来だ。でもさ、こんなとこに来てていいの? マリーンは」
「いまは安定期だ、カイラ叔母さんが来てくれてる。生まれたらずっと忙しくなるから動けるのはいまのうちだ」
「なんだ幸せアピかよ。何しに来たのさ、僕の方は用事はないよ」
「ああ、俺の忘れ物だ」
ニヤッと笑ってジェイが立ち上がった。
「待って!」
すぐにウィンも立ち上がって後ろに飛び退ったが間に合わない。ジェイの右ストレートが顔面にヒットするのを腕でガードしたが、3メートルほど吹っ飛ばされ道路の真ん中にひっくり返った。
「いったいなぁ、プロはシロウトを殴っちゃいけないんだぞ」
「ガードするなっ、それに俺はプロデビューしてねえ」
「わざわざ殴りに来たっての?」
「そうだよ。てめえ、マリーンに手ェだしただろっ」
「なんでいまさら蒸し返すんだよ、せっかく空気読んで黙って消えてやったのに」
「あんときは、マリーンがおまえと行くっていうならしょうがないと思ってたんだ。だがマリーンは俺を選んだ、つまりお前は俺の女に手を出したってことだろが」
「なんだよお、そのヤンキー理論」
「うるせえ、早く立て!」
突然湧き起った喧嘩騒ぎにあっという間に野次馬が集まってくる。そして男たちは二人を取り囲み、手に手に札をかざしてどっちが勝つか賭け始めた。
「僕だって我慢したんだ、本気出せばマリーンは落ちてた! いまごろ二人で世界旅行だったさ」
「嘘つけ、そこらのビッチと一緒にすんじゃねえ!」
日本語なので聴衆に分からないのをいいことに言いたい放題だが、マリーンがここにいたら二人とも引っ叩かれていたはずだ。
「黙って殴られろや、あれはその価値がある女だ」
「はあ? 僕に譲られたのが悔しいだけのくせに」
二人の殴り合いは警官が来るまで続いたが、遠巻きに見ている女たちからは笑い声が聞こえてきた。
「คนญี่ปุ่นก็มีผู้ชายโง่ ๆ เหมือนกันนะ」
(日本人でもバカな男はいるのね)
「ไม่มีผู้ชายคนไหนไม่โง่หรอก」
(バカじゃない男はいないわ)
その頃、ジェイの店では二人の女がくつろいでいた。
「マリーン、ホットミルク飲むでしょ?」
「ありがとうカイラ叔母さん」
マリーンは温かいカップを両手で包んだ。妊婦が初めてのジェイは無駄に気を遣ってくるので、女同士の方がよほど気が楽だ。
「ねえマリーン、どうしてジェイを行かせたの? もめるに決まってるじゃない」
「あの二人はちゃんと喧嘩した方がいいのよ」
「そうなのかい?」
「あの人が病院を抜け出してきた時は、刺されても仕方ないと思ったけどひと言も責めなかった。いろいろ飲み込んでしまって、それで拗らせたみたい」
「よっぽど惚れてんだね」
「あら、ジェイがいままで一度も浮気しなかったとでも?」
「へええ。で、あんたは会わなくていいの?」
「私は初恋なんだって、思い出は大事にしなくちゃ」
Piʻo maila i ka lani ākea
Kou nani e hōʻike ʻia nei
Ilihia ka manaʻo ke ʻike aku
I ke awaiāulu a ke aloha
マリーンが歌い出すとカイラが大口を開けて笑い出した。ハワイでは有名な嫉妬深い男の歌だ。
大空に弧を描き
あなたの美しさが姿を現すと
圧倒され心がさらわれる
愛で心が縛られる
歌声は波間に流れてゆき、男は争い女たちは笑う。
神はしろしめす、世はこともなしと。
第二部 了




