45. 3Years Later(3年後)Day-6 浮雲
(ジェイはうまくやったかな)
一片の白い雲が浮かぶ青空を見上げ、ウィンは堤防の上に横たわっていた。
(そういえば、ここでもフラれたっけ)
マリーンと二人で散歩した道、ジェイの店の屋根が小さく見える。
恋人にしてよといくらせがんでもハナも引っ掛けられなかったけれど、不思議といつか願いが叶うと思っていた。
(もう答えは出てたのにジェイはビビりすぎだ。好きでもないヤツと3年も一緒にいるかよ。でもまぁ、あんだけ煽ればさすがに決めるだろ)
「よお、生きてるか?」
頭の上から聞こえてきた声に反応して、身体をねじると脇腹に激痛が走った。
(ちっ、まだいてえ)
堤防を伝って声の主、佐久田刑事が近づいてくる足音がする。
「生きてますよ。何か?」
ウィンは寝転んだまま答えた。
「近所から通報があってな、生きてるかどうか確かめてくれって。またずいぶんとやられたな」
「昨夜のヤツは3人組のコソ泥よりも手強い相手でした」
「親父のためか?」
「主にマリーンのためですよ。あの二人がうまくいかなくなったのは僕のせいでもあるし、ジェイの事故も僕のせいらしいし」
「てっきりマリーンと駆け落ちでもするのかと思ってたよ」
「彼女は僕みたいな根無し草は嫌いなんです。確かなもの、仕事でも家族でも信じられるものが欲しいって人です」
「まぁ、女はたいがいそうだな。おまえさんはここで用心棒をやるつもりなのかい」
「いいえ、誰の仕業かわかったんで。交渉できる相手です」
「マフィアの報復とかじゃないのか?」
「昨日の夜、店の裏手で見張ってたら僕の同僚が現れました。ボスの命令だそうです」
「内輪のトラブルか」
「じゃなくて。そもそも3年前にここに父親がいるって教えたのは彼ですよ。お父さんに会いたくないかって、それでノコノコ会いに来た僕に大事なものができてしまった」
「大事なものねえ」
「僕は孤児で天涯孤独、お金に執着もない。そういう人間は操りにくいんです。うちのボスは猜疑心がキツくてね、人の弱みを握ってないと落ち着かないんですよ。いまの僕はマリーンを人質に取られたら身動きできない、正社員採用にあたってそういう状況を作りたかったってことです」
「あんたのボスは"ファミリー"の出だったな、血縁でないヤツは弱みを握りたいってわけか」
「あの人、ホワイトハッカーってことになってますけどあんまり信用しない方がいいですよ」
「そのボスのおかげで俺は出世させてもらったわけだが、っておい」
ウィンが右手で押さえている脇腹から血が滲み滴りだしていた。
「病院に行こう、俺のツケが効くとこがある」
「警察病院ですか? やだなあ」
佐久田はウィンの脇に手を通してゆっくりと立ち上がらせた。
「僕が死んでも二人に言わないでくださいね」
「そこまでの傷じゃないだろ」
「警官は傷の重さがわかっちゃうからつまらない。マリーンなら大騒ぎしながら手当してくれるだろうな。最初に会ったときもそうだった。ジェイなんか、すげぇイヤそうな顔してやんの」
「アイツはそうだろう」
「ところで、佐久田さんはなんでここに?」
「俺はジェイの一件以来、東南アジアのというかおまえさんの担当なんだよ。来日したときは窓口になるように言われてる」
「なんすかそれ。そう言えばマリーンは僕が来たときに全然驚かなかった、もしかして僕の入国を話したとか」
「ちょっとだけな。おまえさんが来ればなんか起きそうだし、実際、起きたし」
「警官のくせにゆるゆるっすね」
歩みを止め呆れた顔で空を仰いだ。白い雲は形を変えたがまだ頭上にぽっかりと浮かんでいる。
「どうした?」
「白い雲になって何のしがらみもなく、自由に漂いたいと思ったことがあったけど」
「ああ、そういうのわかるな」
「でも今は、僕が死ねば少なくとも二人は泣いてくれる人がいる。それも悪くない」
「三人だ、俺も泣くぞ」
「あぁそれはいらないんで」
「こらこら遠慮するな、オジサン泣いちゃうぞ」
「そういうウザ絡みしてると若いコに嫌われますよ」
「安心しろ、オッサンは何やっても若いコには嫌われる」
空は高く、トンビが白い雲をめがけて上昇していく。肩越しに振り返ったがジェイの店の屋根はもう見えない。
「夏が終わった」
「? まだ6月だぞ」
彼は微笑んだが、佐久田にはそうは見えなかった。




