42. 3 Years Later(3年後)Day-5 ピロートーク
昼近くになってやっと起きることができたマリーンは、枕元のサンドウィッチを見て、ひどく空腹だったのを思い出した。体を起こすと素肌にシーツを纏ったままだ。
(夢ではなかったんだ)
頭の中はぼんやりしたままだが、空腹には勝てずサンドウィッチに手を伸ばしてベッドの上でかじりだした。
(美味し)
寝室のドアがノックされ、ウィンがコーヒーを運んできた。
「コーヒー飲むでしょ?」
「ありがとう」
彼はコーヒーをカップに注ぎながら、警察に連絡したと告げた。
不用心なのでマリーンは昨夜はホテルに泊まって自分が留守番をしていた、コソ泥が入った来たので追い返そうとしたらバルコニーの柵が壊れた、というような話をして佐久田刑事に警備を強化するように頼んだという。
「佐久田さんが動いてくれたの?」
「彼とは仕事で付き合いがあるから、僕の頼みは聞いてくれるはずだよ」
「警察関係の仕事もするの?」
「僕の会社は企業情報の保護が主でさ、ほら、最近話題のランサムウェアの攻撃から守ったり、暗号を解除したりするんだ。そういうことで警察にも協力しているんだよ」
「そうなんだ」
「母さんみたいに弱い人が犯罪者たちにいいようにされるのは我慢できないからね。意外だった?」
「そんな真っ当な仕事をしてるようには見えないもの」
マリーンはコーヒーを飲み終えるとカップを渡した。
「さあ、着替えるから出てってよ」
「なんでいまさら」
「言わせないで、明るいところで見られたくないからに決まってるでしょ」
「すごく綺麗なのに」
「嘘つかないで、オバサンになったって思ってるくせに」
「オバサンなんて、僕はマリーンなら100歳になっても抱く自信はあるよ」
ぶっとマリーンが吹き出した。
「あなたたちって、本当に親子なのかもね。変なとこが似てる」
「え?」
ウィンが驚いて股間を覗き込んだので頭を引っ叩いた。
「バカ、そこじゃないわよ。ジェイが昔、同じことを言ったの」
「ジェイのくせにナマイキだな」
そう言うとするするとベッドの中に入ってきた。
「ちょっと」
「マリーンはいつだって綺麗で可愛い、僕の女神だよ」
「地上に降りたらただの女でしょ」
「ありがとう、降りて来てくれて」
「それで、あなたは何しに来たの?」
マリーンはキスをしようとするウィンの顔を押しのけて訊いた。
「マリーンに会いに」
他に何の用事が、という調子で答えてきた。
「じゃあ、もう目的は果たしたわね」
「追い返すの? たった1回で」
「3回よ、って回数の問題じゃない」
「うーん、ホントはね、もしもマリーンが幸せそうだったら会わずに帰ろうと思ってたんだ」
「幸せそうに見えない?」
「僕の予想ではさ、カルガモの母さんみたいにぞろぞろ子供連れて、楽しそうに暮らしてると思ってたんだ。でも3年前とあんまり変わってない、それって僕のせいだよね。
僕のやったことか、それとも僕が生まれたことがいけなかったのかなって思って」
「ジェイはあなたが生まれたことを喜んでたわよ、生きててくれて良かったって」
「マリーンは?」
「生まれたことがいけないなんて一度も思ってない、いろいろとやり過ぎではあるけどね。だけどそれでなんでこうなるの?」
「ジェイがマリーンを幸せにできないなら僕が幸せにする。ねぇ、僕と一緒に行かない?」
「行くって、どこへ?」
「どこへでも、マリーンが行きたいところならどこでも」
それは明らかにダメ元で言っただけに聞こえる言葉だった。
「そうね…悪くないわ」
マリーンは鼻で笑って答えた。
「えっ、ホント?」
「あら、本気じゃなかったの?」
「も、もちろん、本気だよ」
「でも、一つだけお願いがあるの」
マリーンはウィンの瞳をまっすぐに見つめて微笑んだ。




