41. 3 Years Later(3年後)Day-5 明けの明星
東の空はまだ仄暗い。
マリーンが目覚めたときはベッドに一人だったが、ふっ、ふっ、ふっ、と規則正しい呼吸音が聞こえてくる。起き上がるとウィンが窓の縁に手を掛けて、プルアップをしているのが見えた。
僧帽筋が盛り上がり肩甲骨が別の生き物のように動く。うっすら光る汗で肌が艶やかに光って(BBQにしたら美味しそう)とマリーンは思った。
その動きに見惚れている彼女に気づいて、ウィンは窓の淵から飛び降り、振り返って笑顔を見せた。
「眠れた?」
「少しは。眠れないと思ったんだけど疲れてたのかしら」
「もうじき朝だ、ほら、明けの明星が見える。金星だよ、僕のヴィーナス」
そう言って窓を指差しマリーンを抱き寄せた。つんと汗の匂いが鼻を刺したが不快ではない。目の前の大胸筋があまりに見事なので、思わず指で突いてみると、ウィンがくすぐったそうに笑った。
「よく我慢したわね」
「かなりキツかったよ」
「どうして?」
「昨夜はヤケになってたでしょ、誰とでも寝ちゃいそうだった」
「滅多にないチャンスじゃない」
「マリーンは特別だから大事にしたい、僕の初恋だもの」
「あなたにしてはずいぶん遅いのね」
「ずっとわからなかった、なんでマリーンのことを考えるとこんなに苦しいのかって。僕は女の人を好きになったことがなかったんだ、ただ、柔らかくて優しくて気持ちいいからくっついてただけ」
「大人になったのね」
「マリーンのことをちゃんと考えてなかった。僕は守らなきゃいけないのに、守られてばかりだった」
ウィンはマリーンの背中にまわると脇から両手を差し入れた。唇がうなじを這い、掌に柔らかな胸を納める。
「昔、こうして怒られた」
囁きながら左手がウエストをなで腰骨に降りていく。
「ココ、弱いでしょ」
返事が吐息になった。反射的にマリーンは身をよじって逃げようとしたが、ウィンの右手はそれを許さなかった。
「ん、もう、怒るわよ」
「ほんとはね、ジェイと約束したのはひとつだけ」
「え?」
「マリーンが嫌がることはしないって約束。だから、イヤだと言えば僕は手を放すよ」
「ズルい、それを女に言わせるの?」
「言わせない」
小さなウィンだった頃もやたらとキスが上手かった。それが生きるために覚えたのだと思うと悲しくさえあったのに。
(最初っから私の負け、もう言い訳が見つからない)
「マリーン、マリーン、僕を愛して。あの夏を終わらせて」
3年前の淡い夏の恋が溶けてゆく。
「小さなウィンはもういないのね」
「子供だった僕はもう終わり」
微笑むマリーンの瞳に明けの明星が映っていた。
(金星はヴィーナス、でも明けの明星は堕天使ルシファ)
ジェイは神はいないと言った、いてもいらないと。そう思えたらどんなに楽だろう。
(私も堕天使…)
それでも
ウィンの黒曜石の瞳に吸い込まれていく快感は何ものにも代えがたく。だからもう考えないことにした、いま、この時だけは。
それが二人の初めての朝だった。




