04. アヴェ・マリア
ハワイ仕込みの絶品パンケーキは綿あめみたいに軽いのにバターの濃厚な香りが鼻を抜けて、ウィンはもちろん甘党でないジェイさえも手が止まらない
争うように食べる男たちに目を細め、マリーンはコーヒーを淹れ始めた
「ウィンはいつも朝早いけど、もしかして腹減って目が覚めるのか?」
「そうだよ、ジェイ」
「俺らは朝が遅いからさ、先に食っていいぞ、キッチンのハムとか卵とか適当に使っていいから」
「料理したことないんだ」
「そうか、後でハムエッグの作り方おしえてやるよ」
「うん」
ウィンは最後のひとかけらを飲み込んで頷いた
「今日は波が少ないから、腹ごなしにSUPでもやらねえか?」
「SUP?」
「ボードに立って漕ぐやつ」
「ああ、見たことある、僕にできるかな?」
「初心者でも覚えやすいからいけるよ」
その日は雲が多かったが海は凪いでおり、暑くもなく寒くもなく、SUPでぷかぷかと浮いているのにはちょうどいい日和だ
ウィンはバランスをとるコツをすぐに覚え、海豚のようにジェイの周りをぐるぐると漕いで回った
ジェイは親指を立てて、出来のいい生徒に俺のおかげだとアピールしている
不意に
ウィンが漕ぐ手を止めた
ちょうど雲間から現れた太陽が二人を照らし、ジェイは目を射る眩しい日差しを掌で受け…
その耳に美しいボーイソプラノの歌声が聴こえてきた
Ave Maria!…
Jungfrau mild,Erhöre einer Jungfrau Flehen,
日の光にきらめく波の上を歌声が真珠の粒となって渡っていく
ジェイは口をぽかんと開けてその声に聴き入っていた
歌い終えたウィンは微笑みながら再び漕ぎだした
「おまえ、すげえ歌が上手いんだなぁ」
岸辺に戻るとジェイがウィンに言った
「そうかな…これしか知らないんだ」
「ハワイアンとか歌ってみないか?
おまえが歌って、マリーンが踊ればウケると思うんだ」
「ハワイアン?」
「マリーンが教えてくれるよ、ダメ元でちょっとやってみろよ」
「うん」
ウィンはニコッと笑って頷くと、ジェイの唇に軽くキスをした
「おおお、なんだよ」
思ったより柔らかい感触が少しばかり気持ちよくて、それを悟られないようにジェイは目をぱちくりさせた
「SUPを教えてくれたお礼のキスだよ」
(こいつの故郷じゃ男同士でもやるのかな?
まぁ、そういう文化もあるか)
「日本ではあんまり男にはやるな
いや、女でも親しい人だけにしとけ」
「ふーん」
ウィンは腑に落ちないという顔で首をかしげた
雲間から零れる光の帯は天国への階段、または天使のはしごと呼ばれる気象現象だが、ジェイが振り返ったときはすでに閉じられていた
◆ご存じとは思いますがアヴェ・マリア
https://www.youtube.com/watch?v=4juEkry6Nb8