29. 街角の少年
タイ、ミャンマーの国境近く
日本から捜査協力に来ている佐久田刑事は、首筋の汗を拭きながら現地の通訳兼任の警察官と町の商店街を歩いていた
「あそこの店で飲み物買って道キキマス、日陰で休んでクダサイ」
「ああ、頼みます」
彼の言葉に甘えて佐久田は木の陰に入って待つことにした
タイの暑さは日本の盛夏同様に堪える
ポロンとウクレレの音がした
聞こえてきたのはここらでは珍しいハワイアンの歌声だ
のびやかな高音が心地よい
辺りを見回すと辻角で歌う少年がいた
ウクレレを弾く可愛らしい顔の少年の前に空き缶が置いてある
佐久田は100バーツ紙幣を缶に入れた
「ありがとう、日本のオジサン」
「おや、よくわかったね、日本語も上手い」
「ここらでそんな格好してるの日本人だけだよ
僕を買ってくれるの?」
日本なら冗談だがここでは日常だ
佐久田は笑いながら首を横に振った
「残念ながらオジサンは警察だからだめだ」
「なあんだ」
代わりに佐久田は更に100バーツ取り出して見せた
「教えてくれたらもう少しチップあげるよ」
「何が知りたいの?」
「このジャングルの奥に何があるか」
「もちろん知ってるよ
ミャンマーの国境のジャングルには詐欺師の村があって、外国からたくさん連れて来られて監禁されてる」
少年はスラスラと答えた
この辺りでは秘密でもなんでもない、つまり大っぴらに犯罪行為が行われているというわけだ
「そんなに大規模なのか」
「ああ何十人もいる
でも、そんな格好で行っちゃだめだよ
軍隊か武装警察でなきゃやられちゃう」
「そりゃ、物騒だな」
「昔は麻薬の一大プランテーションだったけど潰されちゃってね、いまはマフィアが詐欺の電話を掛けまくってる」
佐久田はその言葉に「おや」と眉を上げた
かつてその麻薬組織を潰したときには佐久田も捜査に加わっていた
ジェイが組織を裏切りもたらした情報がかなり役に立った事件だが、こんな子供までが知っているとは意外だった
(コイツ、本当にただの子供か?)
「道はわかるか?」
「まっすぐ西に向かえば見えてくるよ
隠してないもの」
「ありがとう」
佐久田は100バーツ紙幣を渡した
少年は空き缶のカネと一緒に左の尻ポケットに突っ込んだ
「名前は?」
少年は答える代わりに手を出した
佐久田が苦笑いして硬貨を渡そうとすると、通りかかったバイクから声が聞こえた
「เฮ้ วิน ช่วงนี้กำลังรวยเลยเหรอ?」
(よお、ウィン、儲かってるか?)
ウィンと呼ばれた少年は舌打ちした。
「นายทำให้ฉันเสียโอกาสทำเงินเลยนะ」
(おまえのおかげで儲け損ねたよ)
じゃあね、サクタサン」
佐久田が指先でつまんでいた硬貨を掠め取り、少年は雑踏へと消えて行った
風に乗ってアロハ・オエを歌う声がかすかに聞こえてきた
木陰にたたずむ優しい人
去りゆく前に
もう一度あなたを抱きしめよう
また会えるその時まで
さようならあなた さようなら愛する人
(第一部 了)




