28.終宴のとき
病室を訪れた佐久田刑事は、まだ顔色の悪いマリーンにタブレットの動画を見せていた
現場検証は終わったが無くなったものがないかの確認のためだ
「いかがですか?
いわゆる窃盗の痕跡はなかったのですが」
「はい、特別変わったことは
壁に掛けてあったウクレレが無くなってるくらいで」
「それはビンテージとか高価なものですか?」
「いいえ、普通に楽器屋さんで売ってるものです」
そう言うマリーンの声にはほとんど生気がなく、涙さえ見せないのがかえって危ないなと思いながら、佐久田は彼女を見つめていた
マリーンはまだ信じられないといった顔で動画を見ている
いちばん信じられないのは銃を向けてきたのがジェイだということだろう
ジェイは外傷はないがまだ目覚めていない
(バカ、早く起きて何があったか話しなさいよ
怒っていいのか泣いていいのかわかんないじゃない)
「本当に薬物は出なかったんですか?」
「出ませんでした
錯乱してたならば考えられるのはフラッシュバックかと」
「でも、クスリを絶ってもう3年以上経ってるのに」
「稀にそういうこともあるんですよ」
バルコニーの壊れた柵のところでビデオを止めた
「海からは何も見つかっていないんですよね」
「ええ、手首が落ちてたんですけど人形のもので、どこかから流れてきたんでしょう」
「すみません、ちょっと疲れました」
マリーンはタブレットを佐久田に返した
「どうぞ、休んでください
それにしてもあの朝ちょうど退院が早まるなんて」
「全然連絡がとれないから心配でタクシーで戻ったんですけど…」
「お子さんは残念なことをしました」
「不安定な時期だったんで仕方ないです。やはり神様はお許しにならなかった」
「え?」
「私、避妊してたんです」
「それは…何故また」
「昔ジェイが何をしていたかヨシキに聞いて知ってて…佐久田さんもご存じですよね
彼は直接に手出ししてなくても、難民の女性や子供まで攫ってたなんてあんまりひどい話で
私は彼と幸せになることは叶わないと思いました」
「許せませんか?」
「彼を許すことも、忘れることもできなかった」
「あの組織を潰せたのにはジェイの情報も役立ってるんです、償いはしています。あなたが責任を感じることじゃない」
「私なりのけじめのつもりでした
アフターピルを使ったんですけどあれは100%じゃないので、もしも妊娠できたら神様がお許しくださったと思うことにしていたんです
それは思い上がりでしたけど」
「確かピルは部屋にはなかったですよ」
「サプリの瓶に入れてましたが」
「今回のことで家中の薬やサプリは全部調べましたが、ピルは出てきませんでした」
(ジェイは知らないはず、では)
「ウィンは見つかっていないんですね」
「私たちも参考人として探しているんで、写真を提供していただけると助かります」
「わかりました」
スマホを取り出すとマリーンは写真フォルダを開いた
「え?」
「どうしました」
続けざまにスマホを何ページもスワイプした
「ない、ないわ」
「写真がないんですか?」
「クラウドからも消えてる
そんな、ウィン?」
マリーンは瞳を閉じた
そこにはまだ3人の笑顔が残っているはずなのに浮かんでこない
(思い出さえ許してくれないの)
夏は残像すら残さず、跡形もなく消えた




