26. サラ
バルコニーに白い服を着た少女がいた
いや、それは髪をほどいたウィンだ
怒鳴りたいのを我慢して、ジェイはゆっくりと近付いていった
「これはどういうつもりだ?」
彼を見つめるウィンは悲し気にそっと睫毛を伏せ、笑った
「とうとう思い出してくれなかったね」
「俺はおまえに会ったことがあるのか?」
ウィンは首を横に振った
風が吹き髪が舞い上がった
朝日の中に浮かび上がったウィンの笑顔を見てジェイはうめき声をあげた
(何故、いままで気付かなかった)
「サラ、なのか?」
「やっと思い出してくれた
体を張った甲斐があったよ」
「まさか、そのためにあんなことしたのか?
なんで言わねえんだよ!」
「仕方ないじゃないか、まるで思い出さないし、名乗り出てもなんの証拠もないって言われたらそれきりだ
そう、あんたが捨てたのは僕の母さんだよ」
ジェイはすべてを理解した
「サラは、生きているのか?」
「僕が7つのときに死んじゃった」
乾いた声…ジェイは言葉が出ず俯いた
「タイの奥地、ミャンマーの国境あたりだったよね
母さんは日本のヤクザにさらわれて売られただけじゃない、薬漬けにされてボロボロだった
あんたは母さんに手を出して連れて逃げたけど、結局、母さんは捨てられて助けられた村で僕を産んだ
種無しなんてとんでもない」
「知らなかった、彼女が妊娠してたこと
捨てたんじゃない、逃げる途中ではぐれてしまったんだが、おまえにとってはどちらでも同じか」
微かに首を振りジェイが言うと、ウィンは残念そうに微笑んだ
「もうちょっと早く気付いてほしかったな、城嶋 勝さん
母さんが僕にWinってニックネームを付けてくれたんだ、いつか父さんが迎えに来るから同じ名前にしようって
日本語も一生懸命練習したよ、バカみたいだね」
自分を産んでくれた人を、育ててくれた人をそんな風に言わねばならないウィンにどう詫びればいい
タイ人とのハーフ、売春宿で育った、髪を切らなかったのもサラの面差しに似せるため、そして名前
(最初に会った時に思い出してもおかしくなかった)
後ろめたさが記憶を押し込めたのか、それさえ綺麗ごとの言い訳にしかなるまい
「謝ってすむことじゃないな」
それには答えずウィンはテーブルの上に乗っていた白いナフキンをふわりと払いのける
レストランには場違いな黒光りする銃が現れた
ジェイは驚かなかった
「やはりおまえが持っていたか
こんなもんどこに隠してた、マリファナも」
「使ってなかった客間だよ」
「そうか、それでカイラを追い出したかった」
ジェイの中でまた一つパズルのピースが嵌った
「あん時の組織にはヨシキもいたからな、ついでに復讐したってわけだ」
「別にヨシキを狙ったわけじゃない、銃はたまたま見つけたから貰っといただけだ
あいつが死んだのは間抜けだったからだよ
ちゃんとスジを通せば半殺しくらいで済んだのに」
その言葉の冷たさにジェイはぞっとした
この子をこんなにしてしまったのも自分なのだ
「銃のこと知らん顔してたのは何故?」
「マリーンを巻き込みたくなかった」
「やっぱりね
あんたがマリーンを好きなのはしょうがないよ、彼女、圧倒的だもの
僕だって大好きだし、この夏は嘘みたいに楽しかった
でも家族になりたいなんて、母さんのことなかったことにされるなんて無理だ」
ジェイはテーブルに歩み寄り銃を取り上げた、ずしりと重い本物だ
「息子に家族になろうなんて馬鹿げてる、腹も立つよな
俺を撃てば気がすむか…そんでもおまえを殺人犯にするわけにゃいかねえ」
その言葉にウィンの顔に暗い笑顔が広がった
「何言ってんの? 逆だよ、ジェイが僕を撃つんだ」
ウィンは両手を大きく広げ、バルコニーの端に立った




