24. 夏残響
ハイシーズンが過ぎた店はかなり客が減っていたが、ジェイはそんなことはまるで気にならなかった
元々ここは夏に1年のあらかたを稼いで、あとはぼちぼちというような店だし、とにかくマリーンのことで頭がいっぱいだ
店を早仕舞いしたその日は月が明るく波は静かだった
ジェイはウィンを誘って二人乗りのシーカヤックで入り江に漕ぎだした
沖に出るとゆらゆらと波の動きに梶を任せ、ウィンの華奢な肩越しにジェイは昔話を始めた
「若い頃の俺は本当にロクでなしでな、ヤクザの下働きに雇われて調子に乗ってた」
子供に話すようなことでないのは百も承知だが、家族になると言う限りは話すべきだとジェイは思っていた
「フィリピン、カンボジア、ミャンマー、タイにも行ったよ
クスリの売人、デリヘルの運転手、挙句は女たちの見張りという名の小間使い」
「僕の国にはいっぱいいるタイプだ」
ウィンは年寄りの繰り言を聞くように軽く受け流した
「いつの間にか立派な犯罪者になってて、たった一人の女さえ守れなかった」
振り返ったウィンの横顔は月よりも冷たく笑う
「救ってくれたのはマリーンとこの店の前のオーナーだ
捜査協力で俺は執行猶予が付いたが、すっかり病んじまってクスリに逃げて、ひどい中毒になっちまった
そんな俺を人間扱いしてくれたんだよ」
「この国の人は優しいね」
「マリーンは何も聞かずに俺を受け入れてくれた」
「それで尻に敷かれっ放し」
うるせえとジェイはウィンの頭を小突いた
「もしも、もしもだが…生まれてきた子がおまえにそっくりでも、俺の子として育てるつもりだ」
「えええっ?」
「ずっと思ってた、俺は種無しなんじゃねえかって
2年以上いっしょに住んでるがまるで音沙汰なしだったからな」
さすがにウィンは声をあげて笑った
「だからって僕の子だなんて、それはない、それだけはない、誓うよ」
「それくらいの覚悟はあるってことだ
マリーンはおまえに居てほしいと思ってる、俺もそうだ
彼女は母親になるし、おまえも普通に家族になってさ、普通の幸せってのも悪くねえだろ」
「キモッ!」
ウィンは一声叫ぶとパドルで波を叩いた
その拍子にパドルは手から離れて流されていき、それを追ってウィンはアザラシのようにするりと海に入っていった
「おい、待てよ」
ウィンは泳ぎは苦手かと思ったが、すぐに浮かんできて泳ぎ出すとパドルを拾ってきた
船縁に手を掛けたのでジェイが脇に手を入れ持ち上げると、濡れた肌が月明かりに照らされ艶めかしく光る
その姿にジェイは目を見張った
(うへぇ、こんなのに乗っかられてマリーンはよく堪えたなあ、美形が嫌いってのはホントかもしれねえ)
「お帰り、人魚姫」
「鼻に水が入った」
ウィンは顔をしかめ、ジェイには泣いているように見えた
「家族ができて学校に行けば幸せだって?
僕の幸せは僕が決める!」
そう言って手の甲で顔をぬぐうのを見てジェイはため息を吐いた
(すまんなマリーン、俺じゃこいつを引き留められないかもしれない)
彼岸が近い
夏の残響はもう消え入りそうだった
そしてマリーンが入院して1週間後、退院許可が出たと連絡があった




