10. 夏・色
ジェイの説教? が功を奏したのかはともかく、ウィンがマリーンのベッドに入ってくることはなくなった
その代わりときどき部屋を抜け出して夜遊びをしているようだ
マリーンはなるべく昼型の生活にしようと、ウィンを連れて買い物に出かけることが多くなった
ウィンは眠そうだったがマリーンが声を掛けると嬉しそうについてきた
商店街まではだらだらの坂道が続くので、荷物が多いときは自転車を使う
ある日の買い物帰り
長い坂道を自転車に荷物を積んで押しながらゆっくり下っていくと、だんだんブレーキが追い付かなくなりどんどん加速し始めた
「あはは、マリーン、止まらないよ」
ウィンは笑いながら自転車と一緒に走っていたが、マリーンは途中で加速が尋常ではないのに気付いた
「待ってぇ、危ないから止まってぇ」
大声で叫んだが自転車は交差している国道にどんどん近付いていく
「だめよ、自転車を離して!」
「うわあああああ」
ウィンは悲鳴を上げて自転車と共に突進していったが、国道のギリギリ手前で背の高い男が飛び出してきた
男は両手で自転車のハンドルを掴まえてウィンもろともに引き留め、はずみでウィンは自転車から手を離し地面にひっくり返った
「危ねえな
なんだ、ジェイんとこのチビじゃねえか」
「ありがとうございます、あっ」
後ろから走ってきたマリーンが男の顔を見て固まった
「よお、マリーン、久しぶり
相変わらずイイ女だなぁ」
「ヨシキ…ありがとう、助かったわ」
「どうだ、これから一杯」
ヨシキは返事を待たずにいきなりマリーンの手首を掴んできた
甘く青臭い匂いが鼻を突いてマリーンは顔をしかめる
「やめてよ、子供の前で」
「コイツただのガキじゃねえだろ、目を見りゃわかるよ
野良猫じゃねえ、山猫の目だ」
ヨシキの聞いた風なセリフは呂律が回っていない
マリーンはそれが酒のせいではないのに気付いて手を振り解こうともがいたがヨシキは離さない
「マリーンを離せ!」
立ち上がったウィンがヨシキの腰にしがみついたが、ヨシキはヘラッと笑ってウィンの腹を思いっきり蹴り上げた
「おいおい、命の恩人にずいぶんだなぁ」
腹を押さえてうずくまるウィンにマリーンが駆け寄った
「子供になんてことするの!」
「じゃ、マリーンまたな」
ヨシキはフラフラとした足取りで国道を渡って去っていった
「ウィン、大丈夫?」
「…大丈夫だよ、何アイツ、元カレとか?」
「そんなとこ」
「ふん、未練たらしいヤツ」
ウィンはパンパンと土ぼこりを払って立ち上がったが、その様子を見ていたマリーンは怖い顔をしている
「ポケットの中の物、出しなさい」
「え? お釣りは」
「その件いいから、左のお尻のポケット」
ウィンは膨れっ面で左尻ポケットから黒い折り財布を取り出した
「しょうがないわね、私が交番に届けておくわ」
マリーンが手を出すと、ウインは渋々財布を渡した
「ほっとけよ、あんなヤツ」
「後で変なインネン付けられる方が面倒なの
さ、擦りむいたとこ手当てしてあげるから帰りましょ」
二人はひっくり返った自転車を起こして、散らばった荷物を積み直した
「ありがとう、守ってくれたのよね」
ウィンは頭を撫でられたが、子ども扱いされてあまり嬉しそうではなかった
日差しは夏模様だが
梅雨が始まりそうな頃だった




