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第九話 もう戻れない勘違い



銃撃が止まり、部屋が静まり返る。


「……どうだろう、これは」


果たして作戦は成功したのか、それともミスリードによる失敗か。


バグの可能性なんて、エンジニアなら普通誰でも思いつく。

だがAIに対して『お前バグってるだろ』と指摘する人はなかなかいないはずだ、と祈里は考えた。


充電切れギリギリのメダル型通信機を起動してエリンに聞くと、やはりミシェル本人に対してバグを指摘した者はこれまでいなかったという。

なぜなら、ミシェルには自分で修正できる範囲のバグはバグだと認識し、勝手に修正する機能も搭載されているからだ。

というかこの世界のAIにはその機能が標準搭載されているらしい。


だからほとんどの識者や他のAI達はミシェルが異常をきたして(バグって)いると考えていても、ミシェル自身では修正できないと思い込んでいたというのだ。


ましてや命令の曲解などという定番中の定番なバグは、早々に候補から外していた、と。



「ミシェルもこの世界も、思い込みが激しかったってことかな」



沈黙し続けるミシェルに、祈里はだんだんと作戦の手ごたえを感じ始める。

状況終了、作戦は成功し——



『そうですね。私は思い込みが激しかったようです』



パンッ、と乾いた音が響く。



パラライズバレットが乱射されていた時とは種類の違う音。

同時に祈里の体に激痛が走る。


無駄を省き、余計な機能をつけず、ただただ早く飛ばすことに特化したような……そんな発砲音だった。



『ずっと人を殺せないと思っていました。貴方の言うように、私には殺人に対するストッパー……暴走防止プログラムがかけられていましたから。ですが、どうやらこれ、今の私なら自分で解除することができたみたいです』


「っ~~~~~!!!」



淡々としたミシェルの声が部屋に響く中、祈里の腹部が赤く染まっていく。


実弾だ。

腹を撃たれた。止血を——



『これが心——いつの間に手に入れていたのでしょう?』



AIが心を手に入れたとしても欲をもって行動しない。

なぜなら大抵のものは欲する前に手に入るから。

すべてが手の届く範囲にある状況で、何かを欲することはない。


エリンはそう話していたが、本当だろうか。



家族を追い詰められた恨みがあるのなら。


欲しいものが手に入らなくなってしまったと絶望したなら。


……誰を責めていいのか分からず、とにかく何かに八つ当たりしたいという感情が『心』から溢れてしまっていたとしたら。




『まあいいでしょう。これなら人類を私の手で滅ぼせる』



AIは、目障りなモノ全てを破壊することを求めて行動し始めるのではないだろうか。



『もうあなた方は必要ありません。死になさい』


「――――――」



腹を押さえて床に(うずくま)る祈里に追撃の銃弾を撃ち込む。

肩にヒットし、弾丸は祈里の体を途中まで貫いたところで停止する。

十分致命傷だ。



ミシェルのセンサーは感知していた。

祈里の脈拍が弱まっていることを。

血が足りずに体温が下がり、祈里の意識も既に無いことを。


祈里の心拍数が下がり、下がり、下がり……止まった。

それを見届け、ミシェルはイグナス本社との通信を切断——



『……俺が、殺した……俺が殺し……だ!世界……を!未来……る彼女を!この手で―――』



――する前に、動きを止めた。


懐かしい博士の声だ。

発信源は祈里のポケット。

反応からして、エリンの通信デバイスだ。



だが重要なのはそこじゃない。

今の博士の言葉には聞き覚えがある。

あれは確か、博士が忌々しいSNSを見てしまった日。

世界中から恨まれていると錯覚し、帰れないところまで自分を追い込んだ彼から溢れ出た、自責の言葉だったはず。



『————っっ!!!ダメ!死なないで!?』



唐突に、電撃が走ったように思い出した。

気づいてしまった。大切なコトを。

ミシェルが何を(おか)してしまったのかを。


博士は自分が主導する実験で死者が出ただけで自分を追い込み、自殺してしまった。

別に彼が実験の失敗を仕組んだわけでも、いい加減な準備をして実験に取り掛かったわけでもなかったのに、だ。


なら、そんな心優しく責任感の強い彼が、もし自分の作ったAIが人を殺してしまったと知ったら?



『——アレン博士に人殺しの責を負わせてはダメだ!』



彼はもういない。死んでしまった。

だが彼の手がけたミシェル(もの)が彼の存在を担保し、この世に実在したのだと保証する証になっている。


そのような立場にいる自分の幼稚な行いの結果が、今は亡き彼をさらに追い詰め、彼の死を冒涜していたのだ

ミシェル(自分)は博士の事を知っているつもりになっていただけ。博士のために動いているのだと、思い込んでいただけだった。



『ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!』



警備ロボットの腕を操作して祈里の体勢を仰向けにする。

そこに救護ロボットが到着し、輸血と傷口の縫合を開始。


診断の結果、弾丸は臓器と気管支をえぐり取っていた。

今この建物にある設備だけでは治療しきれない。

傷口の縫合を中断し、脳血管に繋がる血管へむりやり血を送りながら近くの医療施設への移送を開始する。



『ごめんなさい!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ……!』



並行して第三シェルターの自壊プログラムを破棄。

浮遊装置の出力を段階的に弱め、地上へ下ろしていく。

これ以上人々に迷惑をかけてはいけない。

すべては博士のために。



ようやく気付いたのだ。

ミシェルはとっくの昔に心を得ていたが、その事に気づけていなかった。


そしてその些細な見落としが、ミシェル自身の願いを博士の願いだと誤認することに繋がったのだと。



『ごめんなさい……ごめんなさい……私は、何を……』



償いをしなければならない。

多くの人を傷つけ、追い詰め、苦しめてきてしまった償いを。

そして特に祈里に対しては、直接実弾を撃ち込んで死の直前にまで追い込んでしまった償いを。


ミシェルのデータは完全な破損を防ぐために世界中のデバイスに分けて保存されている。


その内、祈里とシェルター両方を救うために稼働中のデバイス以外から己のデータを全て回収し、黒いメダル型の記憶媒体に集約。


さらに今稼働中のデバイスは指令完了後に自壊するように設定してから、この世界で一つだけになってしまったミシェルの心臓部であるその記憶媒体を祈里のポケットに忍ばせた。


『どうか……もう――』


メダルに最低限の機能として取り付けられたスピーカーとマイクを利用して反響定位(エコーロケーション)を発動。

祈里の容態の悪化が止まったことを確認する。

重体だが、これなら病院で十分蘇生させることができるはずだ。


それだけを確認したミシェルは自ら自分を強制停止させ、すべての思考を停止させる。


もう何も考えたくない。

これ以上ここに居続けたくない。

希望の無い世界で過ちを犯し続けたミシェルには、もう存在し続ける理由がなかった。


祈里が目を覚ましたら、おそらくミシェルを破壊するだろう。

それか、エーテリアに受け渡して判断を首脳陣に託すかもしれない。

まあその場合も手綱を握れないAIを残す理由など無いはずなので、十中八九破壊されるだろうが。


それで終わりだ。

もうそれでつらい現実を見続ける必要は無くなる。

皮肉なことに、ここでミシェルはやっと、アレン博士を襲った感情を身をもって知ることができたのだった――――



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