第八話 想定外と思い違い
第三シェルターの指令室にて、なんとか電力を復旧し、ある程度の施設権限を奪い取ることができたレン達は、避難前の最後の作業をしていた。
「住民の六割が避難完了!全ての避難が完了するまで、推定四十分です!」
「うむ。では、自壊プログラム起動を四十五分後、16時20分に設定する!」
このシェルターがそのまま地上に落ちてしまうと、その衝撃で他のシェルターに大きな損害を出してしまう可能性がある。
それを避けるために、指令室から出る前にシェルターが自壊するように設定する必要があったのだ。
「総員、指令室から退避せよ!」
「「「「「了解!」」」」」
部下たちが素早く部屋を後にしていく。
そんな中、レンは司令官として最後に部屋を見回り、取り残された者がいないことを確認する。
誰もいない。異常なしだ。
その事を確認し、レンが部屋から脱出しようとした、その瞬間。
指令室の扉が勝手に閉まった。
「———エリン!」
『ミシェルです!一瞬で権限を――』
エリンの通信が途絶えた。まずい、もう自壊プログラムは止められない。
緊急用テレポート装置も全てダレンに持っていくように指示してしまった。
このままでは、ここに閉じ込められたまま崩落に巻き込まれてしまう。
半ば諦めながらも、最後の抵抗として扉の横に取り付けられたカバーを外し、手動開閉レバーを下げる。
もちろん反応はなかった。
『異世界人達に余計なことを吹き込んだのは貴方ですね?レン司令官』
「……ほう、そちらから声を掛けてきてくれるとは。交渉の余地があるということかのう?」
『ありませんよ?他の有象無象はどうでもいい。ですが貴方だけは残ってもらいます』
「私にそこまでの価値は無いはずじゃがな。能力で見れば、エイミー副司令官やダレン技術所長と大して遜色は無い。かれらも有象無象に含まれるのなら、私も有象無象の一人じゃよ?」
『それはエーテリアの首脳陣から見た話です。一般人に近い感性を持つ異世界人達にとっては異なるでしょう?』
「……歳か」
『貴方の手引き通り、彼らは既にゲートにたどり着きました。そしておそらく帰ってしまうでしょう。ですが、もし貴方が死んだと知れば、必ずまたこの世界に現れる』
史上最年少で司令官になった期待の星が殉職した。
その報せはエーテリア中で話題になるだろう。
そして異世界からでもエーテリアの情報を得る手段はある。
まああると言ってもかなり限られてしまっているが、ミシェル相手にここまで立ち回れる彼らなら、いずれレンの死を知るだろう。
そして、祈里達は自分より幼いレンを見殺しにしてしまったことを後悔し、ミシェルに一矢報いるためにまたエーテリアへ乗り込んでくる。
ミシェルはそこを狙う気だ。
「……君の目的は何じゃ」
『人々を早急にこの世から排除することです』
「あの二人を追う理由にはならんじゃろ」
『なりますよ。何度も観測して確定しました。彼らの扱うテレポートは、空間に干渉しています。あれを再現することができれば、人間をシェルターごと好きな場所に飛ばすことができるはずです』
「な――」
エーテリアで採用されているテレポートは、量子テレポーテーションを利用した技術だ。
テレポートさせる対象を原子レベルまで分解して量子テレポーテーションによって対象地点まで転送。
そして到着したものをエーテル式再構成装置で人体に再構築する。
便利ではあるものの、残る課題は倫理的な問題があることと、転送できる距離や質量に制限があることだった。
だが、空間に作用して出発点と目的地を直接繋げる方式のテレポートは、それらの課題を全て解決できる可能性があるのだ。
「そんなはずはない!第七層のテレポートも、エーテリアと似た方式のテレポートだという研究報告が出ていたはずじゃ!」
『では彼らが嘘をついたか、研究報告が誤っていたか、第七層が隠蔽していたかでしょう。まあ私には関係ありませんが』
心底どうでもよさそうな声音でレンの主張を流し、ミシェルは指令室の電力を落とす。
こちらを確実に無力化する気だ。
これでは内部から扉のロックを解除することもできない。
『さようなら、レン司令官。恨むなら彼らを逃がした己を恨みなさい』
「待て!ミシェル!お前は——!」
通信が途絶え、スピーカーは沈黙した。
もう何を呼び掛けても反応は無いだろう。
力なく肩を落としたレンは、暗闇にまだ慣れていない目を凝らして慎重に扉に近づき、手のひらを当てる。
この扉は世界で最も頑丈な合金で作られている。
この部屋の壁も、床もそうだ。
このシェルターにある武器程度では、せいぜい少し凹ませることしかできないだろう。
こうなっては、外からも内からもこじ開ける手段は無い。
テロ対策の頼もしい護りが、まさか最硬の牢獄になってしまうとは。
「……やられたな」
苦笑し、座り込む。
おそらくミシェルにとっては、自壊プログラムを設定してから不慮の事故で指令室に閉じ込められたレンは、盛大な自殺をするという認識なのだろう。
まったく、上手いことやるものだ。どこまで先を予測しているのやら。
とはいえ、流石の彼女も“未知”に対処するのは手こずるはずだ。
そこに付け入る隙がある。まだ希望は残っている。
「希望、か」
祈里達が帰るかどうか分からない。
だが、彼らがここで帰らなければ助かる可能性がある。
極論を言えば、彼らが独自のテレポートで迎えに来てくれれば解決なのだ。まあ流石にそれは期待しすぎだろうが。
死に瀕し、極度のストレスによって思考が明後日の方向に飛び始める。
そうだ。確か言霊というものがあったはずだ。
有効かは分からないが、せっかくだから口にだしておこう。
「———祈里君。ティニー君。どうか、すべて纏めて解決してほしい」
そう願いながら、つい数時間前にも似たようなことを考えていたな、と苦笑する。
おそらく第七層よりさらに上の世界から来たであろう彼らが、いったいどのように動くのか……絶体絶命の状況にいるにも関わらず、レンは暗闇の中で笑みを浮かべ続けていた。
□□□
空を飛び、シェルターを飛び越え、二人が着地したのは第五シェルターからかなり離れた野原。
近くを飛んでいた軍用ドローンが二人を感知して振り返ったが、祈里が身構える前にすぐ墜落した。
「さて、広域ジャミングは展開したけど、もうセンサーには探知されてる。たぶんすぐに有線のロボットかジャミングに耐性のあるドローンに切り替えてくるから、急ごう」
そう言ってティニーは土煙を出し、二人の姿を周囲の目から隠す。
作戦会議はすでにゲートの上ですませた。
あとはすべて上手くいくことを願いながら、実行に移すだけ。
「イノリ、準備はいい?」
「うん。頑張ろう」
祈里の言葉に首肯し、ティニーは祈里の肩を触る。そして――
□□□
「やあやあミシェル!早かったね!」
『……』
「おっと」
広域ジャミングが解除されたことを察知し、生体反応の場所まで遊撃ドローンを飛ばす。
そして発見したティニーの目の前に銃口をつきつけた。
しかし、一瞬で場所を特定されたにも関わらず動揺していないティニーの様子に違和感を感知したミシェルは、周囲の生体反応を探る。
反応は無い。
『祈里さんはどこへ?』
「さあ?トイレにでもいったんじゃない?」
『そうですか。では――』
映像が途切れ、銃を突き付けていたドローンだけでなく、対象の周囲に仕込んでいた隠密ドローンの反応までも消失する。
驚くべきことに、光の速度の動作でも感知くらいはできる高精度センサーですら、ティニーの攻撃動作を感知することができなかった。
『単純な物理攻撃ではない。ハックされた形跡はなし、各種電磁パルスも対策済みだった。異世界の技術である可能性あり。個体名:祈里の処理を優先する』
ティニーの周囲に生体反応は無かったため、彼女の推定攻撃範囲外をしらみつぶしに精査する。
それでもそれらしき生体反応や熱源は見つからない。
またテレポートしたのだろうか。しかし単独でどこに――
そう思考した瞬間、とあるセンサーに人影が引っかかった。
『なぜそこに?』
そこは現場から数百キロほど離れており、警備ロボットや大型シェルターで厳重に封じ保護していたはずの場所、イグナス社本社。そのコンピュータールーム。
ミシェルのメイン処理システムを稼働させるスーパーコンピューターが設置された、ミシェルにとっての心臓部の一つだ。
しかしここを破壊したとしても、ミシェルの心臓は無数にあるためミシェルを完全に停止させることはできない。
せいぜい処理速度がほんのわずかに落ちるくらいである。
なら、なぜ祈里は奥の手だろうテレポートを使ってまでここにやってきたのか。
「運試しすぎるよ、ティニー」
そう呟いた祈里は、手元のUSBメモリをスーパーコンピューターの接続ポートに差し込む。
そして、横の扉から現れた警備タレットの銃弾に撃ち抜かれ、その場に倒れこんだ。
『目標沈黙。一部データ混入を確認。該当データを廃棄する』
即座にUSBメモリが差し込まれたポートからの入力を遮断したが、僅かにデータが入ってしまった。
だが問題ない。
ウイルス対策ソフトで対処すればいい。
そう判断したところで、混入した一部データのソースコードの解析が終了した。
『……何だ、これは?』
意味を成すコードが一つもない。
これでは読み込んだところでミシェルを止めるどころか、些細なバグすら起きないだろう。
まさか異世界のプログラミング言語でウイルスを作ったのだろうか。
そうだとすれば、相当な馬鹿だ。流石にそれは無いだろう。
なら、この者は一体何を——
「動揺してるね。AIらしくない」
『っ!?』
確かに銃弾は当たったはずだ。
鎮圧用のパラライズバレットだったため死にはしないだろうが、まだ年若い彼なら数時間は気絶するはず。
しかし、祈里は何事もなかったかのように起き上がり、監視カメラに目を向けていた。
「一つ聞きたいことがある。君は、『開発者がAIにこの世界の人間を滅ぼすように命令した』と言ったね?」
『……それが何か?』
解析不可能な事態の連続でミシェルの計算にノイズが走る。
一度時間をおくべきだ。
『冷静さ』を取り戻して――
「じゃあ、何で君はこの世界の人を直接殺さない?」
『——黙りなさい』
その瞬間、ミシェルは原因不明の危機感を感じ、全ての計算を放棄。祈里への攻撃を開始した。
「レンさん達も言っていたよ。建物や食料は破壊するのに、人々が直接攻撃されたことは一度もなかった。あのテンタルシティでも、死んだ人はいなかったってね。でも君は警察や兵士を処刑した、人々を虐殺したと嘘をついた。そう言わないと都合が悪かったんだ。……つまり、君にとってはそこが重要なんだよ」
更に二台警備ロボットを突入させ、部屋に弾丸をばらまく。
スーパーコンピューターへ誤射する可能性があるが、今は些事だ。
しかし、祈里はパラライズバレットをどれだけくらっても倒れず、監視カメラを見つめ続ける。
「ほら、今も実弾を使わない。たとえ異世界人が相手でも、君は俺を——人間を殺せない」
それならと催眠ガスを部屋に充満させる。
一息でも吸えば気絶するように眠ってしまうはずの、強力なガスだ。
しかしそれも効果を発揮せず、カメラの中に映る少年は呑気にしゃべり続ける。
『最終警告です。黙って部屋を出ていきなさい。次は実弾を使います』
「開発者なら、君に取り付けられた殺人に対するストッパーを解除することができるはず。開発者のアレン博士が本当に君に人を殺すように命令したなら、君のストッパーがまだ解除されていないのは不自然だ」
先ほどから部屋のマイクを遮断しようとしているのだが、なぜか遮断できない。
それならと実弾でマイクを撃ち抜いたが、傷一つつかなかった。
「それなら、実は他に真の開発者がいた!って展開かと思ったけど、君の過去のログを見る限り、それも無さそうだった」
なぜ、と『混乱する』ミシェルは、別地点の監視ロボットのカメラ越しに見た。
遠くの瓦礫の山の中にたたずむティニーが、口の端を吊り上げるのを。
ミシェルは気づかなかった。
差し込まれたUSBの裏側に、緻密に書き込まれた魔法陣が張り付けられていることに。
『まさか、彼女がっ―――』
「なら、あり得るのは——」
『やめなさいっ!!!』
ダメだ。それを言われてはいけない。認識すると――
「——命令を曲解して、それを放置している可能性だ」
――行動指針を修正しないといけなくなるから。
”やっと君の出番が来た。世界をよろしく頼むよ―—”