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第四話 バレバレな身分偽装



「ついたぁ……」


「長かった……」



人の気配の無い森の木陰に揃って座り込み、深い深いため息をつく二人。

体感数分かかった拷問まがいの旅のせいで、まだ三半規管が揺れているような気分だ。

流石に世界を半周する距離を緊急瞬間移動(テレポート)で移動するのは無茶だったらしい。




「でも収穫はあった」


「うん」



息も絶え絶えにグータッチを交わす。

聞きたいことは聞けたし、何より危ない存在がはっきりとした。


あのミシェルと名乗るAI。

警告や攻撃のタイミングからして、おそらくあれがこの世界の人間を追い詰めているAIなのだろう。



「最後の音は何だったの?」


「銃を撃たれたんだよ。ボクの太ももあたりに命中してね。まあ拘束目的の電撃が付与されてた分軽い弾だったから、大して痛くなかったケド」


「痛くなかったケド、じゃない!今すぐ見せて!」


「大丈夫だって~」



軽く笑うティニーが両手で輪っかを作り太ももに当てる。

するとその部分の布が透明になり、五百円玉くらいの大きさの青タンが姿を現した。



「うわっ、痛そう。とりあえず発冷剤で冷やして、骨が折れていないかシェルターで診てもらおう。歩ける?」


「大丈夫大丈夫。これでも悪魔だよ?」


「でも今の体はほとんど人間じゃん」


「念のため肌の表面にいつもバリア張ってるから銃とか効かないんだよ。知ってるでしょ?」


「その打撲を見てそれを信じるほど馬鹿じゃありませーん。ほら、俺は向こうに行ってるからこれ貼って」


「……はーい」



バッグから取り出した第七層製

少し離れた場所にある太めの木の裏に無言で移動する。

ティニーは肌を見られても気にしないかもしれないが、流石に祈里は気を遣う。

共に過ごすようになってもう三年近くは経つが、それでも本当の兄妹のようにまったく羞恥心が湧かないわけではないのだ。



「美人だしな……」



そこが一番問題なのだ。

ティニーは祈里を家族として慕ってくれているし、祈里もティニーを家族としての親愛の情を持って受け入れているが、それでも思春期目前の男子だ。

あんな美人の異性が身近にいると、たまにどうしても意識してしまうことがある。


ついでに異性に対する理想(ハードル)も日に日に上がっていっている実感があるので、最近は結婚できるかどうかも少し不安だ。

祈里自身が男として、人間として成長しているわけでもないのもタチが悪い。

まあいざという時はティニーに軽く思考をいじってもらってハードルを無理やり下げるとしよう。



「終わったよ~」


「じゃあシェルターへ行こうか。荷物は持つから案内よろしく」


「はーい」



ティニーのもとへ戻り、荷物を受け取って先を行くように促す。

そうしてティニーの案内で歩くこと数分。二人は何事もなく森を抜け、大きなドームの前にたどり着いたのだった。





□□□






『逃げられた?』


砂塵が晴れる前に、ミシェルのセンサーは二人の反応が消えたことを感知していた。

プロペラ型のドローンをいくつか飛ばし、強引に砂煙を晴らす。


やはりそこに祈里達の姿は無かった。



『逃げ場は無かった。穴も無い。テレポート?いや、あれはまだ遠くまでいけないはず』



周辺一帯のセンサーにも反応がない。

この世界、エーテリアの技術の範疇では不可能な芸当だ。



『やはり異世界人ですか』



砂煙の中でティニーと名乗った女が地面に叩きつけていたものを拾い集める。

成分分析の結果、表面に装飾が施されただけの普通のガラス玉だった。廃棄する。



崩落した世界の壁の向こう側の人間には何の関心もない。

が、テレポートを使えるのなら話は違う。


恨みではない。憎んでるわけでも妬んでいるわけでもない。AIにはそんな感情は無いからだ。

ただ、調査する必要性を感じるのだ。

ミシェルの親が身を滅ぼした技術。

それを科学抜きに実現したものとはどういったものなのか。

そしてもしそれがミシェルの役に立つモノであれば―――




人になぞらえれば『興味』と呼ばれるだろう行動原理を携えて、ミシェルは動き出す。

すでにミシェルの感知範囲はこの世界全域に及んでいる。

そこに二人の反応があれば、あとはそれ以上逃走できぬよう網をかけるだけ。

ただ、拘束方法に少し懸念があるが。



『パラライズバレットが効かないとは』



個体名:ティニーに打ち込んだ人体を麻痺させる弾丸が効果を発揮することなく弾かれたのだ。

テレポートできることも踏まえれば、拘束するにはかなり骨が折れるだろう。




『任せてください、アレン』



それでもミシェルは止まらない。

かつて学んだことを糧に、命令者が新たに望むだろうことも推測して行動に取り入れる。

それがどういった結果になるかは、既に彼女の中で正確に算出されていた。






□□□




その報せは優秀なAIによってすぐに指令室へ届けられた。



『司令官。例の二人を発見しました』


「ほう?どこじゃ?」


『第一シェルターの入口前です』


「……ん?」



レンは持っていたマグカップを机に置く。

もし今の報告を聞き間違えていないのであれば、この後は冷静でいられなくなる可能性が高い。

慌てすぎて飲み物をこぼした、なんてことにさせないためのリスクマネジメントだ。



『ただいま、警備員が身分証の確認を——照合データを確認しました。男性の本名はイノリ、女性はティニー。どちらも苗字は無く、それぞれ16歳と18歳です。居住地はミズイク地方ダンツ地区374-8-22。……存在はしていますが、空き家だった場所の住所ですね。異世界人の常套手段です』


「いや待て、シェルターに来ておるのか?」


『はい。あ、取調室に連行されました』


「エイミー副司令官!ダレン技術所長!第一シェルターの取調室に行くぞ!」


「「了解!」」


『行ってらっしゃいませ~』


仕事を全て放り出してバタバタと部屋から出ていく三人。

残されたAI——エリンはそれを見送ると、司令官のホログラフィックパソコンからシェルターのデータバンクにアクセスし、大量に保存されたファイルを開き始めた。



『さて、今のうちに調査を続けましょうか』



ファイルを次々に開いて閉じ、閲覧履歴は削除していく。

この速度でもそのファイルの情報は読み込めているので問題ない。

欲しい情報を膨大なデータの海から見つけ出すのは、太古の昔からAIの得意分野だ。



『早くしないと』



エリンの試算では、『その時』はもうすぐそこまで来ている。何かあと一押しがあったらという状態が長く続いており、それこそあの未知の二人組がそのきっかけになる可能性は十分ある。



その前に、見つけなければならない。




彼女(・・)を救う方法を。




□□□






「だからまだ中には入れられないって言ってるでしょ。君たち、あれだよ?お巡りさんを騙したら逮捕されちゃうんだよ?」


「いや騙そうとなんてしてませんよ」



白い壁に囲まれた取調室で制服を着た男性に食ってかかる祈里。

何事もなくシェルターにたどり着いた二人は、なぜか取り調べを受けていた。


何が原因なのかは明らかだ。

デルティニスに用意してもらった偽造身分証明書。

当初は逃げ延びてきた生存者として優しく対応してもらっていたのだが、あれを提出してしばらくしてから露骨に対応が事務的になり、しまいにはこの独房のような部屋に入れられてしまったのである。



「データベースに情報はあったんでしょう?」


「だからその情報で君たちが身分証を偽造したことが分かったの。ほら、もうそういうのいいから。異世界人なんでしょ?今なら偽造した身分証明書も不問にする。あとはこの用紙に名前を書いて大人しく難民申請をすればいい。それでもし申請が通れば、あんな偽造証明書なんか無くても大丈夫って寸法だ」


「何の話?イノリもさっきから言ってるじゃん。ボクらは異世界人なんかじゃないんだって」


「————知ってるかい?街が崩壊した一年前、この世界では住民票が管理されなくなった」


「……はい?」



人差し指を立てて何やら語り始めた警備員に戸惑う祈里とティニー。

そんな二人を置き去りにして、警備員は立ち上がりゆっくりと部屋の中を歩き始めた。



「それ以降は治安維持のために前科のある者の情報だけが管理されている。だから世界の、このエーテリアのワールドサーバーにアクセスして新しく個人情報を登録したり編集したりするのは簡単なんだよ。そしてそのせいで、一年前に来ていた異世界人がどさくさに紛れてこの世界に居座ろうと自分を勝手に住民登録するケースが多くなったんだ。最近ようやく減ってきたけど。で、そういう人たちに多い特徴が、架空の住所だったり、人が住んでいない土地の住所を居住地として登録していることだ。身に覚えはないかい?」


「「……」」



目を細め、唇を軽く噛んでいるティニーの様子からして、彼の言う通り架空の住所か空き地の住所を登録していたのだろう。

当然日本であればこんな身分証確認程度でバレることは無かっただろうが、あいにくここはSF世界だ。

軽い情報戦でも一筋縄ではいかないらしい。



「それで、これにサインする?それとも諦めて元居た世界に強制送還される?」


「それは———」



言い負かしたと確信したらしい男が『難民申請書』と書かれた紙をチラつかせてくる。


逃げ道は無く、戦うのは無茶だ。諦めて書類に名前を書こうとペンを持った、その時。



「ふいー。遠いのう、ここは」



ウィーンと、前触れも無しに自動ドアが開いてスーツを着た少年が入ってきた。



「ちょ、鍵かけて―――レン司令官!?」


「え」



その少年の姿を見て、先ほどまで祈里達を追い詰めていた警備員が驚き、明らかに狼狽える。

なんというか、急に社長が視察に来て対応に困る平社員のような焦り具合が漂い始めた。


司令官と呼ばれているし、もしやあの少年はかなり偉い立場なのだろうか。



「……ふむ。警備員、少しいいかの?」


「は、はいっ!」



困惑する二人を一瞥し、少年が警備員を手招きする。

それに従い警備員が急いで少年のもとへ近づいて入口の前に立ち――



「申し訳ないが、少し寝ていなさい」


「ぐっ――!?」



――開いたままの自動ドアの方から光る何かが飛来し、警備員に直撃した。

その光る何かはテーザーガンに似たようなものだったらしく、痙攣しながら床に倒れる警備員。

その目まぐるしい状況の変化に戸惑う祈里とティニーに、少年は笑顔で手招きをした。



「今じゃ。ここを出るぞ」


「え、今のを見てその手に乗る人いないでショ」


「うわぁ、痛そー……」



当然拒否である。

今も小さく痙攣し、必死で口を結んで痛みに耐えている警備員の姿を見て同じ目に遭う可能性のある道を選ぶ馬鹿がどこにいるというのか。

それに、いくらこの警備員に追い詰められていたとはいえ、ここまでされると安心より心配する気持ちのほうが勝つ。


そういうわけで乱入者による暴挙に揃ってドン引きする二人は、むしろゆっくりと後ずさりをしながら逃げる隙を探り始めた。


その様子を見て、少年の顔から笑顔が消える。



「……ふむ。エイミー副司令官、プラン2じゃ!」


「はぁ~い」



自動ドアの向こうから聞こえたその気の抜けた返事と共に、自動ドアから押し寄せてくるロボット、ロボット、ロボット。

二十台はいるだろうか。


地球のペ〇パー君の座高を低くしてキャタピラを取り付けたような見た目のそれの胸元から筒が現れ、慌てて逃げようとした祈里達へ銀色の球体を撃ち放った。



「うぇぇ!?」


「何コレ――うわぁ!?」



吸い込まれるように祈里達の四肢に向かって飛来した銀色の球が十字に展開し、腕や足をがっしりと掴む。

そしてその銀の拘束具同士で引き寄せあい、二人を丸焼きにする前の豚のような体勢にしてしまった。



「運び出してぇ」



また響いたドアの外からの声に従い、ロボットたちは祈里達を上に掲げるように持ち上げると、足並みそろえて部屋の入口を目指して動き始めた。

拘束のせいで腕は完全に動かない。


体のあちこちを固定するロボットは見た目に反して分厚いゴムボールのような質感だが、かなりしっかり掴まれているため碌に身動きも取れない。

デルティニスにお願いすれば逃げられるかもしれないが、目立ちすぎる。


色々考えた結果、今は様子を見るほうがいいと抵抗を諦めた祈里は、首を動かして入口の端で待っている少年になんとか顔を向けた。




「えっと、何ですか?急に」


「安心せい、私たちはあなた方の味方じゃ。ここでは私も大した権限をもっておらんからのう。警備員に危害を加えたということで捕まりかねんので、急いで移動しないといかんのじゃ。悪いが、しばらく辛抱していておくれ。私が管理するシェルターに着けば正式な行動許可証も発行するでな」



予想外の答えに少し目を見開く。

その話が本当なら願ってもいない話だが、少し都合が良すぎではなかろうか。



「それが本当ならありがたいですけど、なんでそんなことを?」


「驚かせてしまった詫びじゃ」


「驚かせた?いつですか?」


「……向こうに着いたら話そう」


「いや怪しすぎるって」



フイッと顔をそむける少年に祈里、ティニー両名からジトーッとした視線が注がれる。

明らかに何かを隠している反応だ。



|何かを隠していることを隠している《・・・・・・・・・・・・・・・・》わけではないようなので、バレてもそこまで問題ないのかもしれないが、不信感は募るばかりである。

そんなこんなしている内に部屋の外に出た。

部屋の中とはうって変わり、曇りガラスのような壁と直視してもまぶしくない程度に光る天井、そしてクリーム色の床で構成された廊下で待ち構えていた人物は二人。


一人は銃を片手に笑みを浮かべる大男。

肌は色黒で、ラガーマンのような体躯にフィットするスーツを着ており、そのデカさとは裏腹に真面目そうな顔立ちをしている。


そしてもう一人は、パジャマを着た小柄な女性だった。

片手には半透明のタブレットを持っており、物凄くキリッとした顔をしている。



「なんか、濃くない?」


「女性用のスーツってあんなデザインなんだ」


「いや、これパジャマよぉ?」


キリッとした表情の口からすごく眠そうな声が出た。

思わず黙る二人に挨拶するように手を振った女性は、タブレットを一度タップしてポイッと一行の上に投げ上げる。


「目を瞑っていなさい。酔うわよぉ」


宙を舞うタブレットが輝き、砕ける。

そこまで見届けてから目を瞑った祈里は、ある噂を思い出した。


第九層(地球)のSNSで話題になっていたのだ。

第八層では瞬間移動(テレポート)がすでに実用化されている、と。

ティニーが身近にいるのでそこまで現実味のない話とは思わなかったが、まさか――



「はい、到着~。目を開けていいわよぉ」


「うっそぉ……」



――まさか本当に、魔術も魔法も使わずに科学技術によって瞬間移動(テレポート)を再現できるとは。

ティニーの呆然とした声につられて祈里も目を開ける。



「……SFだぁ」



仰向けのまま、目に入るのは丸い空。大量の窓が取り付けられ、のっぺりとした空まで続くほどの巨大な壁が、周囲を円形に囲っている。


巨大な集合住宅の吹き抜け部分。

祈里達は、その中心にロボットに支えられて寝転がっていた。




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