第三話 新たなドローン
「ちょうど星の裏側あたりに新しい街がいくつかできてるみたい。大崩落の穴をこう、グルーっと囲む形で」
「そこ以外には?」
「無いネ」
「遠いなぁ……瞬間移動しかないか」
瓦礫の山の上で腕を組み悩む祈里。
瞬間移動は距離に関わらずエネルギー消費量が一定だ。
しかしそもそものエネルギー消費が激しいらしいので、できれば避けたかったのだが……流石に他の移動手段では世界を半周するのは時間がかかる。
そうなれば食料が尽きる方が早いだろう。
「仕方ない。じゃあ——」
『すみませーん!』
ティニーに悪魔状態になってもらおうとした瞬間、声をかけられる。
振り返ると、少し離れた場所で、先ほどの軍用ドローンとは違い一般的な見た目をした空飛ぶ機械が一台ホバリングしていた。
「ティニー」
「うん」
『あのぉ―――え?え?じゅ、銃?ナンデ!?」
銃を構え、祈里の影に隠れ、臨戦態勢に入る二人。
基本は祈里の銃で対処するが、いざという時は隠れてティニーが魔術を使うという万全の態勢だ。
そんな二人の殺気立った様子に、ドローンは奇声を上げながらゆっくりと後退していく。
「あ、でも今度は銃がついてないね」
「自爆型かも」
『じ、自爆?何の話ですか?』
演技かもしれないので警戒は緩めないが、わりと常識的な反応に少しホッとする。どうやら先程のドローンよりも殺気立ってはいないらしい。
「何か用ですか?」
『あ、はい。私は人々の生活をサポートする自立思考型スーパーミラクル美少女AIのミシェルと申すモノなんですけど』
「え、すっごい自信」
「開発者の趣味がダダ洩れてるけど大丈夫?」
『えっと、お名前を伺ってもいいですか?』
「「あー」」
人の自己紹介に対して好き放題言っていたくせに、自分たちの自己紹介となると言葉に詰まる二人。
偽名を使うか悩んだのだ。
だがまあ変に嘘をつく必要もないかと考え直し、祈里は先に名乗りを上げた
「——祈里です」
「じゃあティニーです」
『祈里さんとジャアティニーさんですね』
「ティニーです。変な言い方してすいません」
『あ、ティニーさんですか。ありがとうございます。それで、あなた方はここで何をしていらっしゃるんですか?』
「「……」」
再度揃って押し黙る二人。
凄く、もうびっくりするほど凄く回答に困る質問だ。
客観的に状況を見たら誰でもシンプルに疑問に思うことなだけにタチが悪い。
崩壊した都市の瓦礫の上で軽装の男女二人が壊れた軍用ロボットを前に談笑している。
なるほど、お世辞にも口がうまいとは言えない祈里達では、どう言い訳しても無理がある光景だ。
(どうしよう)
悩む祈里。
背後のティニーは背中をツンツンつついている。
『あれも壊しちゃおうか?』という意味だろうが、流石に襲ってきたわけでもないのに壊すのは人としてどうかしているだろう。
誤魔化すと確実にボロが出るし、強引にドローンを壊して解決するのも気が引ける。
そんな状況に悩み焦る祈里の中の悪魔が囁いた。
じゃあもう面倒臭いからいっそ開き直って正直に話すのはどうだろうか、と。
「……下見です」
『下見?何の下見ですか?』
「引っ越しです。もともとかなり田舎に住んでいたんですけど、不便だし最近周りが色々と物騒になってきたので、いっそ別の地域に住もうかなと」
『……え、その考えでここに?』
「はい」
『正気ですか!?建築基準法違反な建物だらけな上に生活インフラ終わってますよ!?』
「でも隣人トラブルは無さそうですし」
「隣人どころか誰もいないからネ」
『えぇ……』
概ね想定通りの反応だが、引かれるのは辛い。
だからといって『この街がこんなに壊れているとは思わなかったんですよ!』と言うこともできない。
なぜなら、あくまで今の祈里達はこの世界の住人という設定だからだ。
実態が不法入国者ならぬ不法入世界者である以上、いつでも公権力やその他諸々に逮捕・拉致される可能性が付きまとう。
それでもティニーと一緒に拘束されるなら何とかなるが、別々に拘束されるとかなり詰んでしまうのだ。
ただの一般人と、危険回避以外ではあまり自分に都合のいい魔術を使えず身体能力も人並みな悪魔には、普通の手錠すら外すことができないのである。
なので、余計なリスクを負わないために一般的なことを知らないのではと疑われる発言は極力避けなければならない。
まあ今の段階でもすでに常識を疑われているわけだが。
『い、良い場所は見つかりましたか?』
「この惨状の中で見つかるわけないでしょう。何を言っているんですか?」
『話を合わせただけなのに酷い!?』
それにしても随分と感情豊かなAIだ。
第八層から地球に輸入されていたAIは、元から地球にあったものより性能が数段良くなっただけという感じで感情表現はこんなに激しくなかったが、この世界ではこれがデフォルトなのだろうか。
まあ技術は莫大な財産だ。
これまで積み上げてきた技術をポッと出の者たちに全て開示するほど、お人好しではないというだけだろう。
「逆に、ミシェルさんは何をしているんですか?」
『あ、私ですか?私はただ見回りをしていただけですよ。人がいる街ではなくなりましたけど、人々の生活を見守っていた頃からの日課だったので』
「見回り……さっき軍用ドローンに襲われたんですけど」
『対応範囲外です』
そりゃそうか。
ミシェルには銃器に対応する武装が見当たらない。
空撮したりラジコンのように操作して遊ぶような、そんな種類のドローンだ。
そんなことを考える祈里の背後から、ティニーがヒョコッと顔をのぞかせた。
「いっそミシェルさんに聞けば?」
「あ、確かに。ミシェルさん、この辺りで快適に過ごせそうな場所はありますか?」
『っ……無い、です』
ミシェルの声のトーンが下がり、ティニーがゆっくりと顔を引っ込める。
明らかに地雷を踏んでしまったような雰囲気に、空気が凍った。
押し黙るドローンを前に内心で困っていると、後ろからトントンと背中を押すように叩かれる。
この空気を何とかしろという合図だろう。
それにしてもこの妹はいつまで背中に隠れているつもりなのだろうか。
「……すみません、変なことを聞きましたね」
『い、いえ。他の事であれば私でも対応できるかもしれませんので、気軽に申し付けてください』
「あー……じゃあ、この街で何が起きたのか教えてもらえませんか?」
『あれ、有名だと思うんですけど。あ、現地にいた私の話を聞きたいということですね!』
「そうですそうです」
『かしこまりました!ではここは足場が不安定ですし、よければ私についてきてください!』
空気を入れ替えるように威勢のいい声で承諾したミシェルは、ブーンと瓦礫の山の下のほうに飛んでいく。
それを見て、二人は顔を見合わせた。
「なんか怪しくない?色々と」
「それな」
軍用ドローンがうろついている街をあのドローンで毎日見回りをしていて傷一つない時点できな臭いし、そもそも生活インフラが壊滅しているというのに、どうやって動力を得ているのか。
そう考えると、感情豊かなのもこちらの警戒を解いて油断させるためのように思えてきた。
「一応避難シェルターを目的地にした『鍵』を作っといてほしい」
「分かった」
ティニーが一瞬だけドレス姿になり、すぐに元の姿に戻る。
その手には、表面に銀色の回路が張り巡らされた水色の石を握っていた。
「この世界風に見た目変えといたヨ」
「流石ティニー」
「フッフッフ」
テレポート鍵。
割ることで登録した者たちを設定された場所に瞬間移動させることができ、ついでに発動時に周囲の電子機器を短時間ショートさせてその前後に保存されたデータも都合よく破壊することができる便利アイテムだ。
海外旅行をしまくっていた時に色々と願いを盛り込んで開発したもので、これを使えば監視カメラなどの周囲の目を気にすることなくいつでも瞬間移動できるため、かなり重宝している。
『祈里さーん!ティニーさーん!』
「あ、すいませーん!今行きます!」
瓦礫の山の下から呼びかけてきたミシェルに返事をし、グラグラと揺れる足場を下っていく。
果たして飛び出てくるのは鬼か蛇か。
手を振る代わりに左右に揺れながら飛ぶドローンに誘われ、二人は街の中心部へと下って行った。
□□□
『まず、一年ほど前にとある人工知能が人類を排斥し始めた事は知っていますよね?』
「……はい」
『え?そこは大丈夫ですよね?』
「「ダイジョブデス」」
何それ知らん!とぶっちゃけたい気持ちを押さえて頷く二人。
もう話の先が大体見えたが、とりあえず続きを聞くべきだろう。もしかしたら想像と異なるかもしれない。
『名実ともに最高の性能を誇っていたその人工知能は、躊躇うことなく街への攻撃を開始しました。街の防衛機構を操り建物を次々に壊し、逃げる人々を警備ロボットを利用して追い立て、反撃してくる警察や兵士たちは軽々と拘束し、処刑する。初めにすべての街や軍事施設に電子回路のみを焼き切る特殊な電磁波を照射されたせいで、AIが操ることが出来なかった最新鋭の武器や旧式の通信機器も使用できなくなり、人類は世界の果て、『ゲート』と呼ばれる『断絶層』の大崩落が起きた穴付近へと追いやられてしまいました。……まあご存じだったとは思いますけど』
「ええ、まあ」
スラスラと語られた話は予想以上に想像通りの内容だった。
人類がAIの反撃に遭い、危機に追いやられる。数多のSF物語で使い古されてきた、ド定番の展開だ。
だからこそ怪しく感じるが、とりあえず知ったかぶりで話をやり過ごす。
まあ逃げる準備もできたので、もしその話が祈里達の常識の無さを測るブラフだったとして結果的に祈里達の正体に勘づかれたとしても、特に問題はない。
何かしらのアクションを仕掛けられたら瞬間移動で世界の裏側まで移動し、安全圏でデルティニスにミシェルを破壊するかミシェルのデータを消すようにお願いすればいいのだから。
『このテンタルシティは世界の中心と呼ばれていたこともあって、他の都市よりも防衛戦力が多く備えてありました。なのでその分被害も大きく、他の都市よりも念入りに建物が壊され、人々も一人残らず殺されてしまったようです』
「それっ……」
「———それは、民間人もですか?」
『はい。AIは基本的にすべての人に対して平等ですから』
その展開も定番だ。
定番だが、現実に起きたとなると話の受け止め方も変わってしまうものらしい。
ショックでつい押し黙る祈里。そんな彼に代わって顔色を変えずにティニーが質問を投げかける。
「なんでAIはそんなことを?」
『私も詳しくは分かりませんが、おそらく管理者権限を唯一持っていた開発者から人類を滅ぼすように命令されたのでしょう。一般人の権限では他者を害する命令はできませんから』
彼女のアシストに無言で感謝しながら祈里は平常心を取り戻そうと呼吸を整え、ふと街へと目を向けた。
確かに、意識してよく街を見るとあちらこちらに黒いシミのようなものが見える。
何も知らないと建材が何かで焦がされた跡かのように見えるが、まさかアレが——
「……」
急に気分が悪くなり、胸の上あたりに吐き気が込みあがってくる。知らず知らずとはいえ、惨劇が起きた現場を観光気分で歩き、荒らしていたことに気づいたのだ。
落ち着け。動揺するな。
このまま少し頭のおかしい奴として振舞わなければ、今までのやり取りに違和感を持たれてしまう。
「そういえばアレみたいな黒いシミがここまで結構あったと思うんですけど、あれってもしかして、被害者の方たちの遺体の跡とかそういう――」
『あ、いえ。あれは最初に威嚇で乱射された対物レーザービームで焼け焦げただけですね』
「え」
「なーんだ、そうなんですネ!あれ、イノリン喉押さえてるけどどしたの?喉乾いた?ハイ水筒」
黒いシミの正体をさりげなく祈里に共有しながら既知だっただろう答えに白々しくホッとした表情を浮かべ、祈里が黙ってしまったことへのフォローも欠かさない。
神すぎる、いや、悪魔すぎる妹の手厚いフォローだ。
そんな妹のパスに素直に乗っかり、ありがたく水筒を受け取って口に含む。
そして口をゆすいで一度吐き捨て、今度はゆっくりと水を飲んで喉を潤した。
「——ありがとう。土ぼこりをかなり吸い込んじゃったせいか、ちょっと喉がイガイガしててさ」
口の端から少し漏れた水を指で拭い、心からの感謝の言葉と共に水筒をティニーに返す。
これでずっと後ろに隠れていた分の貸しはチャラ、というかむしろ貰いすぎてこちらが何かお釣りを返さないといけないくらいだ。
とりあえずなんとか頭が落ち着いたので、現状を整理する。
ひとまず山場は乗り切ったと言っていいだろう。
この街で何が起きたのか、この世界の人類に何が起きたのかが分かったのはかなり大きい。
そのような具体性の薄い質問をデルティニスにすると、かなりエネルギーを消費してしまうからだ。
もちろんミシェルの話の真偽は定かではないが、情報の裏どりはまた避難シェルターででもすればいいので問題ない。
流石に崩壊した街に取り残されたAIと世界の反対側に避難している人々が揃って誤情報を掴んでいたり口裏を合わせているとは思えないし、いざという時はそのあたりの事だけをデルティニスに尋ねれば間違いなしだ。
「ありゃ、じゃあもういっそ帰っちゃう?住めそうな場所もなかったし」
「そうだね」
ティニーも同じ考えだったらしい事にホッとしつつ、ミシェルに目を向ける。
あとはこのドローンに別れを告げて街を離れ、テレポート鍵を割るだけだ。
「じゃあミシェルさん。俺たち、今日はもう帰ります」
『はーい。ところで、祈里さんたちはここまでどうやって来たんですか?』
「それはほら、歩いてですよ」
『へー』
平坦な声音の反応。しかし、空気が変わった。具体的に何かそういった兆候があったわけではないが、何となく周囲を取り巻く空気が冷たくなったような、そんな気がした。
『祈里さん。一つ大事なことを忘れていませんか?』
「……大事なこと?」
焦らすような不穏な前振りに嫌な汗が背筋を伝う。
おそらく何かを見落としたのだろう。
ティニーが祈里にしか気づかれない程度に体を強張らせ、祈里の推測を肯定する。
『この街を囲んでいた電磁バリア、どうやっても人が通れない出力だったはずなんですけど、どのように通り抜けたんですか?』
「っ……!?」
言葉に詰まった。この局面では致命的すぎる。
というかそれが事実なら祈里達の主張はもう最初からわりと破綻していたのではなかろうか。
いくらなんでも泳がせすぎである。
いや、もしかしたら何とかなるかもしれない。
考えろ。何か新しい技術とか秘密の抜け道とかをでっち上げて――
「それはですね――」
『動かないでください』
そうして言い訳をしようと瞬間、前方からはミシェルの剣呑な警告が、背後からはドンッと何か頑丈なもの同士が高速でぶつかったような音が響く。
思わず振り向いたのと背後から特大の砂埃が舞い上がるのは同時だった。
この砂埃はおそらくティニーの仕業だ。
先ほどの音からしても、もう街の外に出たり隠れたりする余裕はないらしい。
なら仕方がない。
土が入らないように口を腕で守りながら息を吸い込み、叫ぶ。
「使って!」
その瞬間、世界から音が消え去り、世界が暗闇に包まれ、体の感覚が消える。
一拍おいて、気分が悪くなるような浮遊感に襲われた。
これだから緊急瞬間移動は嫌なのだ。
目的地が近い分には通常のものと変わりないのだが、目的地が遠い場合は乗り心地ならぬ移動心地が段々と悪くなっていくのである。
天地がひっくり返り、上下左右にシェイクされ、ついには体が高速縦回転を始める。
その間に胃の中のモノが何度も逆流しかけるので口を両手で必死に押さえ、体を縮めて耐えること数十秒。
突然視界がひらけ、祈里は明るい世界に放り出されるのだった。