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第二話 死へのカウントダウン



引っ越しの話が決まった夜から四度日付が変わり、とうとう出発の日になった。

外はあいにくの雨だが、今日に限っては関係ない。

なにせ、今回の移動手段は、誰もが一度は夢見る瞬間移動(テレポート)なのだから。



「翻訳機よし。服装もよし。ティニー、お願い」


「はーい」



ティニーが目を閉じ、大きく息を吐きだす。

そして次の瞬間、その背に漆黒の翼を生やして宙へと浮かび上がった。



「……強欲な者よ。汝の願いは何だ?」



黒く、露出の少ないドレスを纏う悪魔は、黒い口紅をつけた口元を曲げて笑う。


悪魔デルティニス。

かつて父の部屋で初めて出くわした時はその雰囲気に飲まれ、軽く睨まれただけですぐに気絶してしまったものだ。


でも今は違う。

初対面時とは異なりその美貌から放たれる威圧感に屈することなく、祈里はデルティニスの目を直視した。



「願いの悪魔デルティニスよ。どうか俺たち二人を第八層の『テンタルシティ』まで送ってほしい」


「……心得た。対価として、汝の最も愛するものをいただこう」


「分かっている」



デルティニスの体が淡く発光し、願いを叶える条件が整ったことを報せる。

それを見てホッと一息ため息をついた祈里は、ふと大事なことを思い出した。



「あ、ごめん。ついでに第八層で生活する資金もお願い」


「心得た。……偽造した身分証明書はいるか?」


「じゃあそれも」



頷いて再度体を発光させたデルティニスが指を鳴らすと、祈里の目の前に小さな巾着袋が現れる。

慌ててキャッチし開けてみると、中には祈里の顔写真がプリントされたカードとシルバーの指輪が入っていた。



「証明書はいいとして、指輪?」


「電子決済機能が付いた指輪型デバイスだ。チャージは済ませている」


「やるね。流石ティニー」


「デルティニスだ。我が名を気安く(はぶ)くな愚か者」


「すんません」



キッと睨んできた悪魔に両手を挙げて降参の意を示す。

この状態の彼女はいつもピリピリしているのだ。

普段のティニー曰く、別に怒っているわけでもイライラしているわけでも無いが、なんとなく威厳を出さないといけないような気がするらしい。


まあ変に煽ったりしなければ突っかかられることはないのでいいのだが。



「では、手を」



デルティニスが差し出してきた左手を握る。

すると互いの手首に黒い縄が現れ、二人の手をしっかりと結び付けた。



「出発する」



その言葉と共にデルティニスが上を向き、右手を挙げる。

すると、周囲の景色がゆがみ始めた。



同時に世界が回り、暗転していく。

何も見えなくなり、だんだんと体の感覚も薄れて――




「到着だ」


「……早っ」



気が付くと、二人は打ち壊された建物の残骸の中に立っていた。



「ん?」


「……あれ?ここ、テンタルシティのはずなんだけど」



いつの間にか元に戻ったティニーが首をかしげる。

祈里達が目指していたテンタルシティとは、第八層の中で最も大きな都市だ。

地球なら確実に観光地になる高さの建物がバンバン建ち並び、そのビル群の間を空飛ぶ乗り物たちが()ける巡る。

そんないかにもSFらしい街並みが広がっているというのが事前情報だったのだが……



「なんか、映画でよくあるエイリアンの侵略とかで滅亡した世界の街みたいだ」



見渡す限り、瓦礫の山だ。

いくつか原形を保っている建物もあるが、ほとんどが真ん中から折れていたり大きな穴が空いていたり、粉々に崩れ去ってしまっている。

一目見て、この街は崩壊したのだと分かる光景が広がっていた。



「おかしいなぁ。まさか座標間違えた?」


「いや、テンタル病院っていうのがあるから間違えてはなさそうだけど」


「……あ、ほんとだ。っていうかイノリ、読むの早いねぇ。その翻訳機、ボクの分も買ってきてもらえばよかった」



人の気配こそないもののあまり傷がついておらず、周囲では唯一原形がそのまま残っている建物を指さす。

コンタクト型翻訳機のおかげで、悪魔ではない祈里も異世界の言語で書かれた建物の看板を読むことができるのだ。

貯金を切り崩し大枚をはたいた成果が早速出たことに内心で喜びながら、他に何かないか周囲を観察する。


その時、遠方が激しく光った。



「……隕石でも落ちたのかな?」


「待って。上見て」



珍しく緊迫したティニーの声につられ、上を見上げる。

そこには、月明りを背に歪な形の円盤が浮かんでいた。


ドローンだ。そこはいい。

問題は、ドローンの下にライフルのようなシルエットがあることだ。




「よし逃げよう。ティニー、家に――」


「ダメ。気づかれてる」



ティニーの言葉に同意するように、明らかに軍用ドローンな見た目の物体が急降下してくる。

似たような物の写真を授業中に教育AIから見せられたことがある。

その時見たのは第三次世界大戦時に地球で使われた軍用ドローンで、銃部分の軽量化と反動軽減の結果威力が低くなったため、基本的に索敵や牽制に使われていたそうだ。


なら死ぬことはないか、と安心することはできない。

なぜなら、その写真の軍用ドローンに取り付けられていた銃器はあんなに大きくなかったからだ。



『手を上げなさい』


「「はい」」



女性の声に従いすぐに両手を上げる二人。

とりあえず相手方は理不尽に発砲するほど殺気立ってはいないらしい。



『では10秒数えます。その間に別れを済ませなさい』



チャキッ、と音を立てて二人に狙いを定める銃。

訂正、普通に殺気立っているようだ。


今からティニーに祈里を連れて瞬間移動(テレポート)してもらうのは難しい。

瞬間移動(テレポート)などの重い願いを叶えるためには、ティニーにデルティニスになってもらい祈里が願いを言うという、独特のタメ(・・)がいる。

そんな如何にも『何かしますよ』と主張するような行為をしていると、すぐに発砲されかねないのだ。




『10,9,8,……』


「え、詰み?」


「だね。楽しかったよ、イノリン。お互いまた来世で会えるといいね」


「やかましいわ!」



ちなみにティニーだけなら普通に瞬間移動(テレポート)できるし、なんならおそらく銃弾もなんとかできるので、場を混乱させないように分身か何かを残して死んだと偽装でもして逃走する算段だろう。

その魂胆が見え透いているのに悪びれることなく死を覚悟したような綺麗な笑みを浮かべる悪魔娘にヘッドロックをかけながら、何とか逃げ道は残っていないか考える。



「………………だめだ」


『7,6,5,……』



立っている場所が不安定な瓦礫の山なこともあり、下に穴を開けて通路を作ってもらっても脱出は無理そうだ。

上空に飛ばしてもらう方法も一瞬考えたが、銃付きドローン相手にただ逃げ場をなくすだけだろう。


なら、道は一つしかない。

ティニーも察したようで、借りてきた猫のように静かだったのが急にバタバタと暴れ始めた。

そんなティニーを押さえるような動きでしれっとドローンに背を向けて――



『4,3,2——』


「壊して」


「おっけー」



ティニーが後ろに手を振った瞬間、ガシャンッという破壊音が鳴り響く。

振り返ると、ドローンは見事に真っ二つになっていた。



「はいこれ撃ち込んどいて」


「あいよ」



ティニーが渡してきた銃でドローンの残骸に弾痕をつけ、ついでに転がっている中くらいの部品を瓦礫の山の下まで蹴とばしておく。

ティニーが悪魔だと周囲にバレると『天使』やらなんやらが襲ってきて色々と面倒なことになるらしいので、極力悪魔としての活動の痕跡は消すようにしているのだ。

当然詳しく調べられたら銃で破壊したわけではないとバレるだろうが、それでもわざわざ銃で偽装したことで他の物理的な攻撃手段を隠し持っていたという線を追わせることができるだろう。

まさか魔術で破壊したとは思わないだろうし、それを行った少女が悪魔だとは夢にも思わないはずだ。



「銃の扱いにも随分慣れてきたネ」


「誰のせいだろうね」


「私のおかげでしょ」


「そんなに褒められたことでもないけどね?」



鼻高々にそう言いながら腕を組むティニーにつっこむ祈里。

以前地球で海外旅行に行ったときに、ティニーがうっかりふざけて魔術を使っている場面を変な過激派宗教団体の構成員に目撃されたせいで襲撃にあったのだ。


その時は一週間耐えてティニーのエネルギーを貯め、構成員たちの記憶を消すことで対処したのだが、今考えるとあれが今回の引っ越しの転機、地球は安全だというやや盲目的な信頼が無くなったきっかけだったのかもしれない。



「まあいいや。じゃあ逃げよう」


「地球に?それともこの世界の別の街?」


「……もうちょっとこの世界で粘ってみたいな。安全な街が無いか調べてほしい」


「りょーかい」



ティニーが地面に手を付けて目を瞑り、手の接地面がわずかに発光する。

そして五秒もたたずにティニーは手を離し、困ったような顔を祈里に向けた。



「ねえ、地図にあった街で無事なところが一つもないんだけド」


「……へ?」






□□□





『ドローンが破壊されました』


「……ほう」



前時代的な厚みのあるディスプレイが立ち並ぶ臨時指令センターにて、手元のホログラムに浮かび上がったメタリックなボールからそう報告を受けた少年は、好奇心に染まった目を再びディスプレイに向けた。


彼の名はレン。

歳はついこの間12になった。

まだ子どもとして扱われる歳であるにも関わらず、年齢離れした判断能力と技術力、そして年齢相応の柔軟な発想力でこの指令センターをまとめる司令官にまで上り詰めた天才だ。


レンが指示を出すまでもなく画面が巻き戻され、再び再生が始まる。

破壊される直前のドローンの映像では、少年少女が二人、争っているのかじゃれあっているのか判別し難い動きをしていた。

しかし次に少女が腕をこちらに振った瞬間、キンッという音と同時にドローンカメラが沈黙する。

やはり(・・・)、ただのカップルではなさそうだ。



「そもそもどうやってテンタルシティへ入ったかじゃな」



この世界の全ての街は破壊され、絶縁服も貫通する電磁バリアを地中まで張られてしまったことで生身の人間では立ち寄れない場所になってしまっている。

なら、そんな場所に観光でもしに来たかのような軽装で立っていたあの二人はなんなのか。


生存者とは思えない。

街が封じられてもう半年以上になる。

食料は全て念入りに燃やされ、住む場所もほとんど破壊されてしまったあの街でそんなに長く生存することは不可能だ。



「バリアを突破する手段を持っていることは確定だな!」


「別に分かったところで使わないでしょうけど、そんな方法があるなら後学のために是非とも教えてほしいわぁ」



共に映像を見て盛り上がり始めた部下達を他所に、レンは部屋の正面に設置された超大型ディスプレイで何度も映像を巻き戻し、ドローンが破壊された瞬間を観察する。



「……銃では無い。かといってドローンが耐えれない強度の電磁パルス(EMP)を使われたわけでも無さそうだのう。壊れる直前でも通信状況は変わらず、映像も乱れていない。背を向けたのは武器を隠すためか、あるいは隠そうとしたと思わせるためじゃな。この少女が腕を振ったのは——何も持っていない。ブラフかのぉ」


「司令官?何か気になることが?」


「ドローンの破壊方法が分からんのだ。旧式のものとはいえ、『ミシェル』が開発したセンサーに武器の存在を察知させずに破壊するなんぞ、今のエーテリアの技術どころかおそらくミシェル自身でも不可能じゃ。ならその方法が分かれば、ミシェルへの対抗手段になるじゃろ?」


「「『確かに』」」


「いやエリンは気づいておったろうに」


『冗談ですよ、司令官』



脅迫し、悠長に10秒も待ったのは、彼らの反応を見るためというのもあるが、彼らがドローンを破壊する手段を持っていないとセンサーが判断していたからだ。

もし彼らが武器を持っていたら刺激することは無かっただろう。

必死こいて少ない資材をかき集めて作った耐電磁バリア仕様の軍用ドローンをこんなことで失うわけにはいかない。

まあ結果的に、見事に壊されてしまったわけだが。



試験的に(ふざけて)載せたクラッカーを使ういいタイミングだと思ったのにのう」


『損害賠償を請求しますか?』


「どちらかというと、銃器をチラつかせて精神的苦痛を与えた我々が請求を受ける立場だな!踏んだり蹴ったりだ!」


「まあ裁判所も無いから訴えは踏み倒せるでしょうけどねぇ」


「それもそうか!不幸中の幸いだな!」


『いえ、つい二日前に臨時裁判所を開設することが決まったので無理ですよ』


「「じゃあ終わりねぇ(だ!)」」



エリンのトドメの言葉に爆笑しながら慣れた手つきで操作パネルを操り、送られてきたメールに目を通し、たまにホログラフィックマイクに話しかける大男とパジャマの女。


こんなふざけた者たちでも、一応この世界の人類の命運を背負う技術責任者と副司令官なのだ。

各地の収集ドローンの監督や各種プロジェクトへの認可出し、食料品の輸送・管理状況の確認など、やるべき仕事はしっかりやっているので、テンションのおかしさも黙認されているのである。

重圧と多忙な仕事のストレスで一周回ってハイテンションになっているのではと思うかもしれないが、そういうわけでもない。


彼らは弱冠12歳にして十円ハゲができたレンとは違い、最近のストレスチェックで全く問題無し(フルフラット)判定のストレス値一桁代を叩き出した化け物だ。

これはもう踏んできた場数がどうとかの次元ではないので、おそらく精神構造からして常人とは違うのだろう。



『司令官。付近のドローンを動かすこともできますが、彼らを捜索しますか?』


「いや、いい。次は接触する前に破壊されるだろうからの。残念じゃが、これ以上ドローンを壊されるわけにはいかん」


『かしこまりました。では何かございましたら、またお声掛けください』


「ありがとう」



通信を終了したホログラム出力装置から視線を外し、再び不審者二人の映像に視線を戻す。



「いっそ、彼らの方から訪ねてきてくれんかのう」



思わず己の口から飛び出た都合の良すぎる願いに、苦笑しながら首を振る。

あの街から逃げてきた身なのだから、ここがテンタルシティからどれだけ離れているかはよく知っている。

それに彼らの身なりはとても綺麗だ。おそらくあの周辺に生活拠点があるのだろう。

そこに身を守る手段と食料の確保手段もあるのなら、わざわざこんな僻地にある避難シェルターに来る必要は無い、



『希望を持つのは素晴らしいことですよ』



そんなレンの考えを察したのか、再度起動したエリンに優しく声をかけられた。



「盗み聞きとはいい趣味じゃな」


『呼び出しマイクがオンになったままでしたので』


「おっと、すまんの」


『いえ。では失礼します』


「うむ」



今度こそ呼び出しマイクがオフになっていることを確認し、椅子に深く腰掛ける。



「希望を持つ、か……」



近々、このシェルターの者たちも第九層へ移動することが決定した。

しかし向こうではこちらの現状を発表出来ていないため、日に日に現地の人々からの反発が強くなっているらしい。



「かといって、第九層にも輸出しているAIが暴走した、なんて発表できるわけがないからのう」



そんなことを発表したら、第八層の人々はウイルス兵器をばら撒いたテロリストのような扱いをされて本格的に移住を拒否されてしまうだろう。

幸いAIはこの世界から人類を追い出すことが主目的のようで、第九層に手を出すことはないという意思表示もあったが、それでも第九層に住む数十億の人々全員に理解を求めることは難しい。

なので、まず移住を済ませるために今は公式発表はできないのだ。



「まあ問題を先送りにしているだけなんじゃが」



人の口に戸を立てられない以上、いずれ移住した者達から口コミでこの世界の実情が広まってしまうことは確実だ。

そうなると、今度は移民達が迫害されてしまう恐れがある。



「……ぜーんぶまとめて丸く解決する方法はないものか」



どうせ希望を持つなら、欲張って。

そんなレンの願いを叶える者、あるいはモノは果たして現れるのか。

その答えを知るのは、神ぐらいだろう。




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