エレノネーラ帝国物語 襲われたシュジュ村と覚醒した予言の子
追放されたヴィンチセオリは自分の手で予言の子を探そうとします。そのころ、セオルドも怪しげな行動を起こします。シュジュ村のエフィ達は無事か。予言の子はどこにいる?いろんな秘密が明らかになるこの完結編では、亡くす人、失う人が出てきます。エフィが予言の子なのか。クリスは?アニスは?エレノネーラ帝国を滅亡から救うのは誰か?セオルドの目的は?
その頃、王はヴィンチセオリの姿をテラスで見送った。
「すまぬ。ヴィンチセオリ。私にもっと力があれば、お前をこんな目に合わせずに済んだのに。だが私はいつかお前がこの国に帰ってくることを信じ待っているぞ。
・・・わが友よ」
傍で、王妃も悲しい表情で王の手を握りヴィンチセオリが去るのを見届けた。
「王様・・・」
地下の黒魔法師殲滅部隊では、魔法省のトップの座に就いたセオルド・ドメチが
高笑いしながら両手を上にあげ
「これでこの国は私のものだ。わが手中に権力のすべてを入れ いずれこの国をわがものに。ワハハハハハ」
その周りには数名の黒マントを羽織った人物がセオルドにひざまつき
「王よ。われらが偉大な王よ。われらはこれからも貴方様に忠誠を誓いましょう。
あなたの敵はわれらの敵。邪魔するものはわれらにお任せを」
暗い部屋の中で、ランプの光しか差し込まぬ場所で、黒魔法に魅了された魔法省の魔法師が、セオルドに忠誠を誓う。その中の黒マントの1人がセオルドに歩みより
「我が王セオルド様、ヴィンチセオリには息子がおります。あの者はいかがいたしましょうか。今後われらの計画に邪魔になるようならば始末いたしますが」
セオルドは目をきらりと光らせてから
「アリオンか。騎士団長の奴にはうかつに手をだせまい。・・・まあよい。父親がいなければ奴も赤子のようなもの。今は余計なことはせぬほうが賢明だろう。放っておけ」
「ははあ。しかしいざとなれば我らにお任せください」
黒マントの男は、セオルド・ドメチにひざまつき、ニヤリと笑った。
エレノネーラ国から追放されたヴィンチセオリは、ただただ雪の中を、杖をついて歩き続けた。何日歩いても景色は一向に変わらない雪と氷の世界。ヴィンチセオリは、
この世界を美しいと思っていた。インスタラ王国には四季があり、花や木がおおい茂りこれはこれで美しい景色ではあった。だがヴィンチセオリはこの雪と氷の国が凛とした近寄りがたい雰囲気を出していることに、潔さと美しさを感じていた。
それから数日間、歩いたヴィンチセオリは、やっと友のいるシュジュ村に着いた。
あらかじめ水鏡で現状を知らされていた長老は、驚くことなくヴィンチセオリを温かく迎え入れてくれた。久しぶりに温かい食事と眠る場所を提供されたヴィンチセオリは、
長老と2人きりになった時に
「ギデオン、私の事は水鏡で知らせておいたから今更隠すこともないが、都は今危険になりつつある」
長老はヴィンチセオリが何を言わせんとしているかを察知しており
「ヴィンチセオリ、お前もお互い歳をとったものだ。もうそろそろ魔法省は退き若い者にあとを譲ってはどうか。アリオンと言ったかな。お前の息子は優秀だそうじゃないか」
「まだまだ修行の身。まだ子供よ」
ヴィンチセオリは我が子のアリオンが褒められたことに謙遜しながら
「で、ギデオン、あの子に会わせてもらえないか」
「まあ、待て。今夜はもう遅い。また明日にしてはどうだ。子供たちも驚く」
ヴィンチセオリは焦る気持ちを抑えて
「分かった。では今夜はここで世話になろう。すまぬな。追放の身で迷惑をかける」
「何を。いまさら。お前がここに来てくれて私は嬉しい。ヴィンチセオリ。さあ、ゆっくり休め」
そう長老は言うとヴィンチセオリを置いて小屋を出て行った。
1人になったヴィンチセオリは、長老が女たちに準備させた料理を口にしながら、
これからどうしようかと考えた。考えながらエレノネーラ帝国に残したアリオンの事を
考えていた。まだ20代の子供に大きな責務を負わせて事にヴィンチセオリは後ろめたさを感じていた。
{アリオン、すまぬ}
そう考えながら、ヴィンチセオリはいつの間にか眠りに入っていた。
翌日、珍しく雪は止み、薄光がヴィンチセオリの眠るベッドを照らし始めたころ、
大きな声でヴィンチセオリは目を覚ました。深い眠りから目が覚めたヴィンチセオリは外を見た。雪が残る木に、1人の子供が登って下にいる子供に雪玉を投げて遊んで
いる。ほほえましい光景だ。あの子たちが昨日長老の言っていた子供か。ヴィンチセオリは窓を開けて
「子供たちよ。こちらにおいで。聞きたいことがあるのだ」
呼ばれた子供はヴィンチセオリの窓際に近寄り
「おはようございます。あなたがエレノネーラ国から来られたヴィンチセオリ様ですね。長老様から聞いています。昨夜はよくお休みになられましたか」
ハキハキと答える子供にヴィンチセオリは微笑むと
「うむ。よく休ませてもらった。ときにお前たちはこの村の子供だな」
2人は顔を見合わせて
「はい、このシュジュ村の者です。僕はクリス、こっちがアニスです。ヴィンチセオリ様。」
「そうか、それでこの村にはもう1人子供がいるはずだが」
「いいえ、ここには僕たち2人しかいませんよ。ねえ、アニス」
「えっ!ええ、そうです。ヴィンチセオリ様。子供は私たち2人だけです。昔はもっといたらしいのですが今は私たちだけで・・・」
ヴィンチセオリは長老の本心を知った。
どうあってもあの子に・・・エフィに会わせないつもりか?
前にギデオンには、エフィが予言の子供の疑いがあると言っていたが、それがこの答えか。ここに3人の子供がいるということは、アリオンから聞いている。
ヴィンチセオリは、長老のエフィに対する想いが痛いほど理解できて責めることが出来なかった。15歳という小さな子供に、この国の未来を託すには重荷すぎることに、
ギデオンは苦しみこの子供達に芝居をさせたのだ。
ヴィンチセオリは苦笑しながらこの2人をよく見た。少女は栗色の長い髪でえくぼのある娘。少年は茶髪で活発そうな子供だ。
「・・・そうか。ありがとう。遊びの邪魔をしてすまなかったね。私はこれから長老に会うとしよう」
ベッドから起き上がると、ヴィンチセオリは大きな伸びをした。こんなにゆっくり休めたのは何日ぶりだろうか。追放されてから安心して夜を過ごすことはなかった。狼や魔物がいつでるかわからないため、いつも気を張っていたせいだ。
ヴィンチセオリはフードを被り小屋から出てきた。
アニスとクリスは湖の方へ向かっている。ヴィンチセオリは2人の後ろ姿を見ながら、
長老にいる小屋に向かって、また雪が降りだした道を歩いた。
「・・・・早いな。ヴィンチセオリ。今呼びに行こうと思っていたのだが。まず食事にしよう。それから、子供たちに会わせることにしよう」
「それならさっき会ってきたぞ。なかなか素直な子どもたちだ」
「そうか・・・。それでここでのお前の要件は済んだな」
「そうだな・・・。これから儂は、インスタラやアナガイや国に行こうと思っている」
「そうか・・・。旅立つはいつだ。」
「これからすぐに・・。」
「すぐか。元トップとはいえ多忙。達者で」
ヴィンチセオリは、長老の答えを責めることなく、
{ギデオン、もう少しそなたの気持ちが整理できるまで待つとしよう}
「我が友よ、次に会うまで健やかに過ごせ。」
そう言い村を後にした。振り返るとヴィンチセオリを見送ろうと、長老以下村人と、2人の子供が見える。何か長老に話しているが風吹でよく聞こえない。
「アニス、クリス、ご苦労だったな」
「いいえ、長老様。たいしたことはしてないです。僕たちはただあの方に姿を見せるように言われたまでで・・・」
「でも長老様。エフィをあの方に秘密にするのはなぜですか?言われた通り子供は2人と言いましたが」
「うむ。それでいい。アニス。今は・・・な」
「‥‥そうですか」
3人がそう話しているころ、エフィはただ家から出ることを禁止され、暇を持て余していた。
「ああ~あ。なんで僕は外に出ちゃダメなのだろう。もうアニスやクリスは、長老様の家の方に行っていたのに・・・。いいや。僕も出ちゃおっと」
エフィはマントを羽織ると神木を目指して歩き出した。
自然とあの湖での出来事が浮かんでくる。そこにいた王女の顔と夢に出てくる女の人の姿がなぜかだぶる。
「まさかね」
シュジュ村から馬に乗ってインスタラ王国へ向かうヴィンチセオリ。
追放されたことでヴィンチセオリには、余るほどの考える時間が出来た。単独行動が
できることは、ヴィンチセオリにとってチャンスでもあった。誰もヴィンチセオリを監視する者がいない今こそ、ヴィンチセオリは、王女暗殺事件の黒幕や、予言の子の事を考えることが出来る。
ヴィンチセオリは王女が嫁いだインスタラ王国へ入った。隣国のため、エレノネーラ国からの出稼ぎも多いと聞く。なにかしらの情報が入っている可能性も高い。
インスタラ王国は今、エレノネーラ国では考えらえない温かい日差しの射す、夏の季節を迎えていた。ヴィンチセオリは、市場や人の暮らしを観察した。皆、明るい笑顔で生き生きしていた。何人かに話を聞いてみると皆同じ答えが返ってくる。
「ここはいい国ですよ。隣のエレノネーラ国には悪いが、あそこに住もうという気にはなれないな。」
皆、口をそろえて言うのだ。
ヴィンチセオリは嫁いだ王女に謁見し、襲撃事件の詳細を聞くことにした。
本当はアリオンに聞く予定であったが、ヴィンチセオリの追放が、セオルドにより早められ、結局、アリオンに聞くことができなかったのだ。
嫁いだ王女は幸せそうであったが、追放されたヴィンチセオリの事を心配していた。
ヴィンチセオリは、王女に恭しく挨拶した後
「王女様、あの襲撃事件の事を、私にお教え願えませんか。王女様にとっては、御辛いことではありましょうが、あの事件が現在の発端と私は考えております」
王女はヴィンチセオリが父王によって国を追放されたこと、その原因が自分の事件だということを知っており、ヴィンチセオリに同情していた。
「ヴィンチセオリ殿、あなたほどの実力のある方が追放されるとは、私は大変心が痛みます」
王女は、自分が生まれる前から父王に仕えた、魔法省のトップが今は、放浪の身。
それでも自分を気遣うヴィンチセオリに王女は余計心を痛めた。王女はヴィンチセオリに協力したいと考え
「ヴィンチセオリ殿。分かりました。私の覚えている範囲でお話しましょう。婚姻の日の事は知っていますね。私は騎士団の護衛のもと、エレノネーラ国を出発しました。
馬車の前後左右に騎士団の方が付いてくれました。初めは順調でした。しかし、都を離れて3時間くらい経った、国境近くに差し掛かる頃に異変が起こりました。まず、異変を感じ取ったのは、後方で護衛をしていた者でした。私は、馬車のなかで後方の護衛の者が、前方のアリオン隊長に報告する声が聞こえたのです。正体不明の者が10人
くらい追ってきていると聞こえました。アリオン隊長はすぐに体制を整える事を指示し、私に安心するように、声をかけてくれました。しかし、どんどん私たちとの距離が近く
なり、とうとう私たちは黒装束の者に囲まれるように走り続けていました。国境がもう少しという所で、私たちの隊は完全に囲まれ、停車させられました。そして黒装束のリーダー格の者が、呪文を唱えたのです。すると、魔物が国境近くの森から出没し、騎士団に襲い掛かりました。私は何もできず、馬車の中で侍女と震えておりました。アリオン隊長は果敢に抵抗してくれましたが、多勢に無勢。私は馬車から出るように言われました。そして、黒装束の者がアリオン隊長に切りかかった時、私自身も覚悟しました。
すると、突然、森の方から光が天に昇るのを見ました。それと同時に、湖の氷が音をたてて、割れていったのです。皆は慌てて馬を操りながら、体勢を整えましたが、何人かの者が氷の割れ目に落ちていきました。でも、我が騎士団の者は誰も落ちることなく、まるで氷が私たちを避けているようでした。私たちの周りを金色の光が包み、アリオン隊長は騎士団の部下に私を避難させるように指示し、私たちは難を逃れることが出来たのです。ただ、残念ながら、光の正体は私には何もわかりません。あの光が何だったのかは・・・」
王女はヴィンチセオリにそう話すと、その時のことを思い出したのか、身震いをして、両腕で体を抱えた。ヴィンチセオリは
「王女様、御辛いことをお聞きし、申し訳ありません。しかし、王女様の話で事の真相がわかってきました。確認したいので、いくつか質問させて頂いてよろしいでしょうか?」
王女はヴィンチセオリの問いに
「私でわかることであれば、答えましょう。何ですか」
「まず、王女様。その黒装束の者たちに見覚えのある者はいませんでしたか?
また、聞き覚えのある声はいかがでしょう。そして、その者たちは逃亡後、どの方角に向かったか、ご存じですか?」
王女はヴィンチセオリの多くの質問に、記憶を思い出すように、しばらく考え込んでいたが、ふとヴィンチセオリの考えが分かったのか、信じられない表情でヴィンチセオリを見ると
「ヴィンチセオリ殿。そなたはあの者たちが、エレノネーラ国の者だと言いたいのですか?まさか、そんなはずはありません。そのような者が母国に居るはずはありません。
エレノネーラ国は父上が平和に治め、大地は荒れていますが、治安はそなたの息子
アリオン殿によって保たれています。なぜそのような者がいるというのですか?」
王女はヴィンチセオリの言葉が信じられないといった顔で答えたが、ヴィンチセオリは
「王女様、私もそう願っています。しかし、王女様。エレノネーラ国を根底から覆そうと策略しているものが確かにいるのは、隠しようのない事実です。奴らは黒魔法の闇に染まり、私利私欲に権力を欲しがる者たち。魔法省でさえ、その存在に気づくことが
遅れ、なかなかシッポがつかめていないのが現状です。それゆえ、現在、何もかもが後手、後手に回っています。その者たちは闇に潜んでなかなか姿を見せません。その存在を知っているのは、魔法省の幹部の中でも、私が信用できる者たちのみです」
ヴィンチセオリは王女に心配をかけたくないものの、こればかりは王女の情報が必要なため、真実を話した。
「そんな。ヴィンチセオリ殿、私は信じたくありません。これが真実だとすると父上や母上は悲しみます」
王女の顔が青ざめた。母国が今、そのような状況ということに自分は何も知らず、ここに嫁いできた。父や母は大丈夫だろうか?王女は心配であった。
「王女様、我が国は騎士団と私が必ずやお守りいたします。そのためにも、敵の事を知る必要があるのです」
王女は青ざめた表情をしながら、ヴィンチセオリの声に一呼吸置いてから
「・・・分かりました。ヴィンチセオリ殿、そなたの言葉を信じて、私にできることをしなければなりませんね。・・・たしかに黒装束の者が逃亡した方向は、我が国へ続く道でした。ですがその者たちは皆フードを被っていましたから、顔はよく見えませんでした。しかし、声には、今思えば聞き覚えのあるような・・・。たしか、母国で毎年行われる力試しの試合会場の中で聞いたように思います」
「王女様、それは本当でございますか?一体どの試合でのことでしょう」
ヴィンチセオリは、新しい情報を得て、身を乗り出して聞いた。王女は天を仰ぎながら記憶を辿り
「あれは・・・、確か、今年の決勝戦でのことだったと思います。2名の内、1人はそなたの息子アリオン殿でしたが、もう1人の声に似ていたような・・・」
ヴィンチセオリは記憶を辿った。
{確か、今年の親善試合の決勝は息子アリオンと、レオンいう者が戦ったはず。
レオンは、魔法省の中で黒魔法師殲滅部隊の管轄の者だ。その者の師匠は・・・!!セオルド・ドメチ!あやつの弟子がレオンだ。何度か、会議にも付いてきていた。
やはり、この一件を裏で操っていたのはセオルドだったのか。ヴィンチセオリは、辛く、悲しかった。旧友であり、ライバルでもあったセオルド。どこで道を違えたか。あやつは、私に勝ちたいがために、闇に落ちたか。もう救うことは出来ないのか。しかし、奴をこのままにすることは出来ぬ。}
ヴィンチセオリは、決心した。だが、これほど辛く悔しいことはなかった。
王女はヴィンチセオリの硬い表情を見て
「ヴィンチセオリ殿、大丈夫ですか?顔が真っ青だけれど・・・。何かわかったのですか?」
ヴィンチセオリは苦しい胸の内を悟られまいと、上ずった声で
「王女様、もう1つ。インスタラ王国にエレノネーラ帝国から不審な者が入国したという情報はご存じありませんか」
王女は、ヴィンチセオリがこんなに硬い表情で、自分と向き合ったことはないと思いながら
「そういえば、昨夜、王子様が言っていました。護衛の者が黒いフードを被った者を見たとか。この国の者ではなかったそうです」
ヴィンチセオリはこの国で、闇の者が動きを見せていることを知り、驚愕した。
そして、王女にひざまつきながら
「王女様、これから私は我が国を救うためこの国を出ます。これは急を要することです。向かわなければ・・・」
「向かう?どこに?それでしたら、誰か供をつけましょう。1人では危険ですから」
王女は、あまりにもヴィンチセオリの表情が険しく顔色が悪いことを心配して提案した。だが、ヴィンチセオリは、
「王女様、それには及びません。むしろ単独行動の方が、動きやすいのです。
心配はいりません。このヴィンチセオリ、この剣と命にかけてわが国をお守りします。
王女様、どうかお体をご自愛なさいますように。それでは、失礼いたします」
ヴィンチセオリは、王女にお辞儀頭をし、王女の部屋から出て行った。
ヴィンチセオリが出ていった後、王女は、母国にいる王や王妃の事を考えていた。ヴィンチセオリの言うように、危機的状況ならば、母上や父上も御辛い立場に居られるのでは。このまま、私はこの国にいていいのだろうか。ヴィンチセオリが言っていたように、信用して待てばよいか。王女は判断できなかった。王女は、傍に控えていたエレノネーラ国から連れてきた侍女に、
「大丈夫よね。ヴィンチセオリ殿は強い。母国には魔法省もいてくれるから・・・」
自分に言い聞かせるように王女はいった。侍女も
「王女様。大丈夫でございますよ。騎士団は最強ですから」
そう言われて、王女は
{そうね}
と、いう風な表情ながらどこか不安気な表情をした。
ヴィンチセオリは王女から情報をもらうと、今度はエレノネーラ帝国の反対側の隣国のアナガイア王国に向かった。この国は王妃の母国であり、今でも付き合いがあったため、容易に王妃の父親、前国王に謁見することが出来た。前国王は、初老だが、
今でも威厳があり、民から信愛されていた。謁見したヴィンチセオリに、穏やかな声で、
「エレノネーラ国から来られたヴィンチセオリ殿。王妃は健やかであろうか?国王と仲睦まじくしておるか。王女が嫁いだ今、寂しさで元気をなくしてはいないだろうか」
ヴィンチセオリはひざまつきながら、
「王妃様は健やかに王様の元で過ごされております」
王はそれを聞くと安心し、少し声を小さくしながら、
「それは良かった。寂しさのあまり、禁術といわれる魔法を使ったのではないかと心配していたのだ。」
「禁術?」
「そうだ。あの子は我が一族の中でもなかなか高度な魔法を使える娘であった。
隔世遺伝なのか私の母しか使えなかった魔法を、あの子だけが使うことが出来た。
しかし、それは禁術ゆえ、使わないことに越したことはない」
ヴィンチセオリは王妃がそんな高度な魔法を使えたことは王からも聞いたことがなく、初耳であったが、今はそれよりも大事なことがあった。
「王様、今日私が、謁見を申し出たのには理由がありまして」
王は、腰を上げ、
「なんだ。申してみよ」
ヴィンチセオリは、ひざまつきながら改まって
「私はエレノネーラ国を追放された身でございますが、エレノネーラ国の情報を得るため、諸国を旅しています。王様、この国で何かエレノネーラ国についての情報はございませんか」
王は、ヴィンチセオリが追放されたことは噂では知っていたが、本人の口から聞き、少し驚いた。
「そなたほどの実力者と、信望の熱い者を追放までしなければばらなかったのには何か理由があるのであろう。・・・まあ詳しくは聞くまい」
王はヴィンチセオリの顔をみて、護衛の者に警護の者を呼ぶように命令し、席を外させた。そして、ヴィンチセオリに小声で
「それはどういうことだろうか。エレノネーラ国になにかあったのか?隣国ゆえ、交易で人の出入りはあると思うが、ここ最近、エレノネーラ国からの渡航者に異変があるとは報告は受けていないが」
「そうでございますか・・・」
そこへ、警護隊長を先頭に護衛の者が
「王様、お連れしました」
警護隊長はヴィンチセオリの隣にひざまつき、
「王様、急な呼び出しいかがされましたか?」
隣にヴィンチセオリの姿を捉えながら言った。
「隊長。ここに居るのは隣国の魔法省のヴィンチセオリ殿だ。ヴィンチセオリ殿はそなたに、エレノネーラ国について聞きたいことがあるようなのだが、答えてやってくれ」
王の命令に、警護隊長は、ヴィンチセオリの方を向いて、いぶかしげに
「ヴィンチセオリ殿。私に聞きたいこととは何でしょうか。エレノネーラ国についてと言われましてもインスタラ王国よりは情報は少ないと思いますが」
「それでも構いません。隊長殿。お聞きしたいのは、ここアナガイア国にエレノネーラ国から、正体不明の者が入国していないかということです。わがエレノネーラ国は今、不穏な動きがありまして、それを今、私が調査しているのです」
ヴィンチセオリは、王妃の父親に心配をかけまいと、すべてを話さずに切り出した。
「そうことですか。そうですね。確かにエレノネーラ国からの入国は以前に比べると多くなってきました。部下の話によると、夜にもエレノネーラ国から入国してくる者もいるとか。ただ、多くは交易が目的な商人です。ただ、気になる点が1つあります。
この事はまだ調査の段階なので、王様にも報告はしていません。我が国の魔法師、
それも高度な魔力の持ち主が、何名か行方不明になっているという報告が、昨日入ってきています。それと同時に、黒装束を着た者を見たという部下の話もあります」
{黒装束!それは、セオルドの配下の者では・・・}
ヴィンチセオリは、セオルドがここアナガイア国まできて何をしようとしているか気になった。
「それは真でしょうか。できれば、見たといわれる部下の方にお会いしたいのですが・・・」
「王様、どうされますか?」
「それは構わぬ。部下の者と会わせるのだ。ヴィンチセオリ殿も納得するであろう」
「ありがとうございます。王様」
ここアナガイア国の騎士団は魔物が少ないため、警護団として、そのほとんどが
王族の護衛と見回りを任されている。
部下の話によると、ある晩の見回りの際に、路地裏から黒装束の者が出てくるのを見かけた。と、
アナガイア国では見ない服装だったので後をつけると、1軒の家に入って行ったと。
窓から覗いたが、中はうす暗く、顔や人数を確認できなかったらしい。ここで追跡をやめ、団長に報告をしたとのことであった。
ヴィンチセオリは、それでも情報がつかめたことに喜び
「かたじけないです。隊長殿。この事はさっそくエレノネーラ国に持ち帰り、協議したいと思います」
ヴィンチセオリは逸る心を落ち着かせながら、アナガイア国をあとにした。
ヴィンチセオリは拠点としているインスタラ国に向かう際、エレノネーラ国にマントとフードで身を隠しながら潜入し、酒場に寄った。酒場は情報収集ができる絶好の場所で皆、酒が入ると気が大きくなるため口をすべらすことが多いのだ。酒場の隅で酒を飲むふりをしながら、聞き耳を立てていると、2人組の者が
「それにしても今度の魔法省の御偉いさんは、恐ろしい人がなったものだ。うちの隣の奴が、黒魔法師とかの疑いをかけられて連れていかれたよ」
その言葉にもう1人の者は
「おい、下手に物言わない方がいいぜ。うちの知り合いもその魔法省トップという
セオルドという奴に歯向かって、牢獄行きで連れていかれたよ。セオルドという男は、情け容赦のない冷酷で残忍な者らしいから、口は閉ざしとかないと。どこにスパイが
いるかわからないからな」
周りを見渡しながら、体をすぼめてその男は忠告した。
「それに比べて、ヴィンチセオリ様は良かった。国民を守ってくれたよ。あの方が追放されてからこの国はおしまいだ。王様も口を挟めないらしい。今じゃあ、どっちが
君主か分かったものじゃない」
「ああ、唯一の望みはアリオン様だろう。騎士団長として、我々と同じ立場に居て下さる。あの方がいるから、まだこの国は捨てたものじゃない。早く、ヴィンチセオリ様が戻られるといいのだが・・・」
2人は話しながらため息をつき酒を飲む。
ヴィンチセオリはそんな国民の声を聴くと、辛く体が怒りで震えた。
{セオルドはどこまで権力を欲しがるのか。国民に寄り沿うことが出来ないのか。しかしせめてもの救いはアリオンだ。息子はよくやってくれているらしい。今は、アリオンを中心に信用できる幹部に凌いでもらうしかない。}
ヴィンチセオリは、酒場をでると、その足でインスタラ国に向かった。アリオンからの
情報を得るため、定期的に連絡を取り合った。杖で呪文を唱え、水鏡にアリオンの姿を映してから、お互いの無事も確認しあった。
「父上、いかがですか?そちらはなにか掴めましたか?」
アリオンはヴィンチセオリの体調を気遣いながら、旅の様子を聞きたがった。
「うむ、インスタラ国とアナガイア国に行ってきた。黒装束の者が両国で確認されている。これは、やはり、黒魔法師の者と断言しても良いかと思うのだ」
ヴィンチセオリは、ここ数日で自分が得た情報を元に考えた答えが、黒魔法師イコール闇の組織と結びつくのでないかと結論づけた。闇の中で動きを見せる黒魔法の者たちは決して、お互い自分の名前を名乗らず、いつもフードで全身を隠している。これはもし、自分が捕まった時に仲間を売らない防止にもなるからだ。ヴィンチセオリは、黒魔法師の長はセオルドだと確信した。セオルドの弟子のレオンが王女暗殺未遂に関わっていたことや、魔法省を掌握したがっていたことを踏まえたことであった。
だが、はっきりとした証拠はなかった。ただ、自分の長年の勘とセオルドの行動から判断したことだった。
「父上、あれから御命令のあったように、セオルド様の行動を監視したところ、怪しい行動が何度か見られました。セオルド様の元に夜な夜な、魔法省の幹部や姿を隠した者が集結しているのです。私の部下にも探らせたところ、それは定期的な集まりのようで、場所は元の黒魔法師殲滅の地下です。今はセオルド様の代わりにレオンという者が隊長をしているようですが。また、彼らは父上の言われたようにエレノネーラ国から出ることもあり、どうもインスタラ国とアナガイア国両国に入国しているようなのです。そこでなにをしているかは突き止めてはいませんが」
「アリオン、そこまでは危険すぎる。まだ、奴らの企み、人数などわからないことが多すぎる。うかつに手をだすと自分の身が危ない。後は私が情報をもっと集めよう。お前はエレノネーラ国で王様や王妃様をお守りしてほしい。それと、直属の部下や魔法省の中にセオルドの息がかかっていないものをみつけるのだ。そして、この事を伝え、
万全な体制を整えてほしい。決戦はもう近い。王様にはヴィンチセオリは達者でいると、また、予言の子を探していると伝えてほしい。アリオン。良いか。十分に気をつけるのだ。敵は我々が思っているより強大で強力であろう。軽はずみな行動は避けること。信用できる者をつかうことだ。できるな?」
ヴィンチセオリは血気盛んなアリオンが軽はずみな行動を起こさないか。そして親心から、とても心配だった。アリオンは
「父上、分かっています。決して軽はずみな行動はせず、王様の護衛のみに集中します。ですから、どうぞ、父上もお気をつけて。早くエレノネーラ国にお戻りください。
王様同様、お待ちしていますから」
アリオンはヴィンチセオリへの心配と、早く会いたいという思いが、涙となり水鏡に落ち、水面を揺らしてしまった。アリオンは涙声でそういいながら笑顔を作った。ヴィンチセオリはそんなアリオンの気持ちを苦しくもうれしく思い、
「アリオン。もうしばらく待つのだ。私はこれからあの村に向かう。どうあっても長老を説得せねばこの帝国に未来はない。王様をお守りするのだ、頼むぞ。アリオン」
ヴィンチセオリはそう言うと、魔法を解き、水鏡は消えた。
魔法が消えた後、アリオンはすぐさま、信用のできるジース数名を集め、
ヴィンチセオリが言った王様の護衛強化の指示と、味方を集めに向かわせた。
勿論、軽はずみな行動はさけるようにヴィンチセオリの言葉を添えて・・・。
ヴィンチセオリは黒魔法師の情報のほかに、どうやってシュジュ村の長老を説得しようと思案していたが、いい案は浮かばず、途方にくれた。
その夜、ヴィンチセオリは不思議な夢を見た。ヴィンチセオリよりもずっと年上のマントで顔を隠した、白い長い髭を蓄えた老人が、ヴィンチセオリになにか語りかけている。ヴィンチセオリが聞き返そうとすると老人は
‘運命の子はお前の近くにいる。その子は手に痣を持ち、お前が来るのを待っている。お前が道を示すのだ。;
老人はヴィンチセオリに光の方向を指さした。眩しくて目を開けることが出来ない。
「あなたは誰ですか?」
返事はなかった。ハッと目を開けて回りを見渡すヴィンチセオリ。暗闇の中で鳥の鳴く声しか聞こえない。
「夢か。あの老人はもしかして予見の者?だとすると、やはりエフィが・・・。明日、
シュジュ村に向かうことにしよう」
そう言うと、ヴィンチセオリは夜の闇を照らす月を見上げ再び眠りについた。
エレノネーラ帝国ではセオルド・ドメチが黒魔法師たちを集め
「明日、国境近くの村に行き、レオンが見たというあの子供を連れてこい。レオンが
リーダーだ。歯向かう者は殺して構わん。なんとしてもその子供を連れてこい。レオン、顔は分かっているな」
「はい、我が王。あの子供たち3人を見つければ必ず分かります。我が君の前に予言の子を必ずやお連れします」
レオンはセオルドの命を受け、明日、3人の子供を見た村を襲撃するため、数人の部下を連れ、村に向うこととなっていた。セオルド・ドメチはレオンがいなくなると、満面の笑みを浮かべながら
「明日、予言の子も我が手の中に入る。これで私を脅かすものは何もなくなる。ワハハ」
セオルド・ドメチの高笑いが地下の部屋に響き渡る。その声の中、マントで姿を隠した数名の人影が小声で
「ベキはどうした。セオルド様の勅命を受けて奴が村を襲うのではなかったのか」
ヒソヒソ声は
「噂ではベキは殺されたらしいぞ。レオンに・・・」
「なんと・・・!同胞を簡単に殺すとは、セオルド様の弟子だけの事はある」
マントの男たちは、レオンがセオルド・ドメチの次の後継者だと感じ取っていた。
翌日、村に向かおうとするヴィンチセオリにアリオンから至急の連絡が入った。
「父上、セオルド様の監視についていた者から連絡がありまして、レオンと数名の者があの村に向かっているとのことです。もしかして、あの子のことがばれたのでは」
いつもの彼らしくなく慌てている。ヴィンチセオリはアリオンを落ち着かせてから
「それで、連中はいつ出発したのだ」
「はい、2時間前だそうです。父上、いかがいたしましょう」
アリオンはヴィンチセオリの指示をまちながら、いつでも出発できるように部下を数名待機させていた。しかし、ヴィンチセオリは、今、アリオンの部隊が出発しても間に合わないと考え
「アリオン、私が村に向かう。少なくともお前たちより早く着くことが出来るだろう。
お前たちはセオルドの監視を続けるように。そして王様、王妃様をお守りするのだ」
「分かりました。父上、お気をつけて」
ヴィンチセオリは急いで準備を始めた。早馬で行った方がよさそうだとヴィンチセオリは判断し、すぐにインスタラ国で調達し、1時間後に出発できた。
{インスタラ国からエレノネーラ国国境近くの村まではどう早馬で行っても1時間はかかる。間にあえば良いが・・・}
ヴィンチセオリは早馬を駆り立て、雪と氷で行く手を阻む道を急いだ。
{あの村には、友人と予言の子かもしれぬ子がいる。間に合え}
しかし、国境を超える手前で魔物が出没し、寒さで狂暴化して魔物はヴィンチセオリを襲い、馬を食べようと狙ってきた。執拗に馬を狙う魔物に、ヴィンチセオリは、水魔法で水の濁流を作り魔物を凍らせた。
これでヴィンチセオリは1時間無駄に時間を使ってしまった。ヴィンチセオリは早馬を駆り立て村への山道を急いだ。
王宮では、王妃が自室で物思いにふけっていた。
王妃は最近、魔法を使い、他人の夢に入ることを頻回にしていた。
夢で会うのはいつも同じ子供で、王妃はその子をとても愛おしく感じていた。
たまに、王が王妃に話しかけても、王妃は上の空で、心ここにあらずといった感じであった。
異国から嫁いできた王妃は、王との間に王女をもうけた。しかし、王妃の心を占めているのは嫁いだ王女ではなく、夢で逢うあの子供。
王妃は王にも知られぬ秘密を1人で抱えていた。
今日も窓辺にもたれながら王妃は、昨夜の夢渡りの事を考えていた。
{我が子は大きくなった。もう15歳・・・。本来なら王女にも会わせてやりたいが、
それは夢のまたユメ。あの者に言われるがまま、置き去りにはしたが、今のこの国の現状をみると、私のしたことは良かったのかどうかさえ分からなくなった。王様は何か心配事があるのか悩まれることが多くなった気がする}
王妃は夢渡りで会える我が子の姿を思い出そうと目を瞑った。
エフィは王女襲撃事件から、人が変わったかのように1人でいることが多くなった。
クリスやアニスは変わらず、外へ遊びに行こうと誘うのだが頑なに部屋に閉じこもっている。
原因は村の長老から聞かされたことに端を発する。
ある日、3人は長老に呼ばれた。長老は長椅子に座り、パイプで煙を吐きながら、昔を思い出すように目を閉じて話し始めた。
「エフィお前を私のところに連れてきたのは、アニスとその母であった」
長老は昔を思い出すかのようにゆっくりと語り始めた。
15年前のあの日のことを・・・。
回想シーン
「長老様、娘が森の神木の中に見慣れぬ子ども見つけまして、衰弱していたため、私が回復魔法を施してここに連れてきました。この子は発見時、ほとんど身元を示す物をつけていませんでした。長老様、緑の髪は不吉の証。ここに名前だけ刻まれておりまして」
エフィと書かれている羊紙を長老に見せた。
「うーむ、よく見せてくれ。・・・確かに見慣れぬ子だ。この子がいたのは神木といったな。神木には、古来より魔法の源があると信じられている。その中にいたとなると、何か意味があるかもしれぬ」
アニスの母エミリアの話に耳を傾けながら、籠の中から赤子を出し、その手に痣を見つけると、ハッと表情を変え、ゆっくりと籠に戻した。
「エフィか。エミリア、この子のことは村の秘密とし、他言せぬように皆に通達するのじゃ。それからこの子の世話をお前たちに頼むぞ」
回想シーンから戻る
長老はそう話しを一旦止め、3人の顔を見回した。そして続けた。
「それから私は、お前の世話をアニスの母に頼み、村人以外に見つからぬように
育ててきたのじゃ。お前はアニスとアニスの友人のクリスを友とし、この村ですくすくと
大きくなった。しかし大きくなるにつれお前は、なにか不思議な力を見せるようになった。お前は知らぬことだが、お前の痣は、村やお前に危険が迫ると、痣が光を発し村を覆う薄いオーラとなり村への魔物の侵入を防いでくれた。だがお前には魔法を使えないということにして魔法を教えなかった。だが、村を救ってくれたことは確かなことだ。
だから村人たちはお前を慈しみ、大切に育ててきたのじゃ。これは、エフィお前に
ついて私の知っていること全てじゃ」
長老の言葉に、3人はただ、呆然と聞くしかできなかった。
その晩、エフィはベッドのわきに腰掛け、長老が話してくれたことを繰り返し口にした。
「神木の穴、魔法の源、この痣、僕は何者で両親は?なぜ僕は皆と同じような魔法が使えない。何故」
毎日毎日、繰り返し同じ言葉を言った、だが誰もその問いに答えてくれずそれから3日たった。
その日、エフィは久しぶりに小屋から出て気分転換に湖に出かけた。寒いが空気は澄みきり、エフィは自分が10日前に起こしたあの現象が夢であったかも。という気までしてきた。
しばらく氷の上を歩いたり、空を飛ぶ鳥を眺めたりしていたが、なにかの気配と嫌な感じがして、右手の痣をみると痣が赤く光っていた。
エフィは焦げ臭い匂いを感じ取り村の方を振り返り呆然とした。
村が真っ赤な炎を上げて燃えている。森の動物たちも木の間から出てきて逃げている。
「何故!火事なの・・・。もしかして・・・」
エフィは急いで村に走りもどったが、村の半分以上が炎に包まれ、すでに手の施しようがなかった。エフィは長老のもとへと急いだ。向かう先には、村人が幾人も煙に巻かれ倒れていた。ある者は体に刀傷を受けて倒れ息絶えていた。エフィは涙を拭きながら
{刀?どうして?何があった?アニスや、クリスは無事だろうか}
エフィは友の無事を願いながら、燃えている長老の家に飛び込むと
「長老様。 ご無事ですか。僕です。エフィです」
と、叫んだ。
煙の中を進むと、長老は床に倒れており意識を失っていた。
エフィは長老を背中に乗せると、急いで外に運び出した。長老は外の空気を吸い、
かすかに目を開け
「エフィ。逃げるのだ。都に行き・・・ヴィンチセオリという男を・・・。
お前の運命を知る手助けになるであろう。・・・ヴィンチセオリすまぬ。私のミスだ」
そう言うと、エフィの頬を撫で微笑むと、眼を閉じ息たえた。
エフィは長老の姿に愕然としながら、長老を抱きしめ泣いた。
涙がとめどもなく流れた。抱きしめたエフィの手には、長老の血で真っ赤に染まり、
背中には剣で切られた傷があった。
エフィは、父とも言うべき大きな存在だった長老を亡くしたのだ。
エフィは体の力が抜けていくのを感じた。もうどうでも良かった。
自分の居場所や優しかった村人達を失い、エフィは自暴自棄に陥っていた。
しかし、突如、呆然とするエフィの耳に、アニスの叫び声が聞こえてきた。エフィは
ハッと我にかえり、長老の体をもう一度抱きしめた後、ゆっくりと地面に置いて、声のする方向へ走った。
アニスはクリスと共に、正体不明の黒装束に追われ、森の奥に追い詰められていた。
クリスは傷を負いながらアニスをかばっていた。黒い馬の上から黒装束が、叫んだ。
「お前たちではない。あと1人はどこにいる」
威圧的で容赦のない声。
「それを知ってどうする。お、おまえらに教えるものか!」
クリスは震える声で答えたが、次の瞬間、アニスが背後から黒装束に捕らえられてしまった。
「アニス!」
「この娘がどうなってもいいのか」
「ひ、卑怯だぞ。アニスを放せ。お前たちは何者だ。なぜこんなことをする」
「それはお前には関係のないことだ。さあ質問に答えろ。あと1人はどこだ!」
クリスはアニスを助ける術がなく、かといってこの人数に歯向かうことも、無謀だと分かっていた。
黒装束たちは剣や弓を持ち、クリスに狙いを定めている。そこに
「待て! お前たちが探しているのは僕だろう。2人には手を出すな」
寸での所でエフィがクリスの側に立ち相手を睨みつけた。
「エフィ、どうして出てきた。早く逃げろ!」
「クリス、そんなこと出来ないよ。皆、僕のせいなのだから・・・」
エフィはクリスとアニスを交互に見て、寂し気な表情を浮かべた。黒装束は
「お前だ、わが主人が探しているのは。こちらに来てもらおうか。抵抗はするなよ、 こちらには人質がいるのだからな」
黒装束のリーダーらしき人物がエフィを脅すように笑う。
「エフィ。来ては駄目よ。こいつらはあなたが目当てなの。逃げて!」
「うるさい、小娘だ」
「あっ」
アニスは小さな声を出しながら地面に倒れた。首からは血が流れている。
「アニス!お前たち、許さないぞ。わー」
クリスが捨て身で相手に向かっていく。
「クリス、やめろ。無謀だ。クリス!」
エフィの静止の声も聞かず、クリスは相手に突っ込んでいく。
その動作を薄笑いながらアニスを傷つけた剣がクリスに振り下ろされようとした。
「止めろー!」
エフィの声が周りにつんざく。その声に一瞬ひるんだ隙にクリスはアニスの体を奪い返した。
そしてクリスは見たのだ。エフィの体が黄金に光り手の痣は赤く燃え上がるのを・・・。
「止めろ。ここからすぐに出て行け。でなければお前たちを殺す」
目は、燃える火のように赤く鋭く光る。いつもの柔和なエフィは今ここにはいない。
クリスは背筋が寒くなるのを覚えた。
「何を生意気な。お前のような子供に何ができるというのだ。レオン様、ここはわたしにお任せを」
そういうと黒装束の1人が、エフィに襲い掛かってきた。寸での所でそれをかわし、
エフィは反撃にはいる。痣が紋章に変わり、10日前、湖の氷を溶かしたように、湖の氷が溶け大量の大水となって黒装束たちに襲い掛かる。しかも、その水は決して、エフィやクリスたちに当たることなく、敵とみなした者たちだけを襲った。あるものは水に
のまれ、あるものは渦を巻く水の刃に体を貫かれ倒れた。あと数人だ。
しかし、エフィは急に力がぬけて倒れこんでしまった。体力の限界、魔力の使い過ぎでエフィは意識を失う寸前であった。
「所詮、子供だ。魔力の使い方も知らない。連れてゆけ。我が主がお待ちかねだ」
{くそっ、もうだめか}
エフィは混濁した意識の中で目を閉じた。
その瞬間、どこからか水が大きな渦を巻いて敵を身動きのとれないようにしたのだ。 エフィは薄れる意識の中で馬にのった人影をみた気がした。
その少し前、ヴィンチセオリはもうすぐ村に着こうかという距離まで来ていた。
{どうにかギデオンを説得しなければ}
馬上で、今向かっている村の事を考えると、ヴィンチセオリは気が重かった。
湖が見えてきた。と、同時にきな臭さと、湖の水が天高く渦を巻いて村の方へ飛んで
いくのが見えた。
ヴィンチセオリは水の後を追いかけて見たのが、黒装束の集団に囲まれている3人の子供たちだった。エフィ以外は座り込んでいる。アニスか?ケガをしているようだ。
{遅かったか!大人たちはドコダ。ギデオンは?}
ヴィンチセオリは周りを見渡した。所々火の手が上がり、木造の家が崩れ落ちようとしている。
「死ね!」
黒装束がエフィに刃を下した。エフィの周りには水の名残がエフィを覆っているが、
黒装束を倒す勢いはないようだ。ヴィンチセオリは杖を取り出し呪文を唱えた。
「アーラスラ・ダム」
杖から水の渦が黒装束達とエフィ達を隔離した。ヴィンチセオリは、エフィ達の側に
駆け付けた。それを見て黒装束達は驚いた。
「くそ!!なんだ、この水は・・・。あっ!奴は・・・。ヴィンチ・・・!引き上げるぞ!」
黒装束の数名は、相手がヴィンチセオリと知るとチリジリに逃げていった。
黒装束達が居なくなってから、ヴィンチセオリは、気を失っているクリスとエフィを、火の手がとどいていない村の空き小屋に寝かせ、首に深い傷を負ったアニスに回復魔法を施した。村は焼かれこの3人以外、生存者はないようだった。
村はやっと炎が消え、煙のくすぶっている無残な姿となった。
ヴィンチセオリは3人を寝かせたのち、急いで長老の家に向かった。長老は家の外で息絶えていた。
「ギ、ギデオン。わが友よ。儂が遅くなったばかりに、すまない」
ヴィンチセオリは長老の体を抱きかかえながら、頬に当たる涙を抑えることなく嗚咽を上げた。
{殺したのは黒装束の者共。決して許さない、お主の敵は必ず儂が・・・。子供たちは任せてくれ。}
長老を埋葬してヴィンチセオリは誓った。そしてエフィたちがいる小屋へ向かった。
エフィは夢を見ていた。いつものあの夢を。いつもと違うのは、女の人が何か指しているのだ。あれは木?この村の神木のようだが、炎で燃え尽きたはずの木が、
緑豊かに茂っている。こんなことありえない。
女の人はまた、空を指した。空は青く澄み切っている。暖かい風が心地良い。
ここはどこだろう。聞こうとするエフィに女の人は笑顔で笑いかけ消えていった。
エフィは目を開けた。隣にはクリスがまだ寝ており、アニスは、首に包帯が巻かれ
た状態で、静かな吐息を立てて寝ている。
エフィは2人を起こさないようにソーとベッドから出て、外に出てみた。
焼かれた村は無残な姿でエフィは心が痛くなった。
{僕のせいで・・・}
エフィは神木を見に行こうと思った。あの夢のことが気になり、確認したかったのだ。
エフィは神木に向かった。村はずれにある神木は、そのままの姿でエフィを迎えた。焼けることなく、昔のままの姿で。エフィは神木を見ているうちに頬に涙が流れてきた。
「うわーん、僕は何も出来なかった。長老も村の人も、誰も助けられなかった。僕の力は役には立たない。大切な人を守れないようでは」
エフィは神木にしがみついて嗚咽した。神木は何も語らないが、暖かい温もりを感じた。エフィはそっと涙を拭いた。そして、神木を見上げた。不思議でならなかった。
やはりこの木には何か不思議な力があるのか。そう考えていた時、後ろで声が聞こえた。
「もう、起きて大丈夫なのか。少年よ」
エフィが後ろを振り向くと、白髪の長い髭をたくわえ、マントを羽織った見慣れぬ人物が立って、同じように神木を見上げていた。エフィはこの人物が、自分たちの危機を
救った人物とは知らず、身構えて
「あなたは誰です?さっきの黒装束の仲間なら出て行け。僕はついていかないし、脅したって無駄だ」
エフィはもう一度、さっきの力を使おうと体に力を込めた。が、体はまだ回復していないのか、眩暈を起こして、ゼイゼイと息が乱れただけだった。
それを見たマントの男は
「まだ、無理はするな。あれだけの魔力を使った後だ。私が駆け付けなかったら
お前たちの命はなかったぞ。あの娘も傷は深いが、何日かすれば起き上がれるだろう。それにお前たちは、長老が命をかけて救った者たちだ。命を大切にするのだ」
そう言われて、エフィは始めて、この人物が自分たちを救ってくれた恩人だと知った。老人は静かに語った。
「長老と私は昔からの友であった。間に合わなかったことは残念だ。しかし、長老は最後まで私との約束を守ってくれた」
「約束?」
エフィはこの老人と長老の関係が分からずキョトンとした。
「そうだ。長老はお前エフィを守ると儂に約束してくれた」
「何故?僕を・・・」
「それはエフィ。儂がそなたを探していたからだ。会いたいと願いここに来たが、奴らの方が先に村を・・・。残念だ」
エフィは戸惑いながらも長老の最期の言葉を思い出し
「僕を探していた?・・・でも僕は長老様の最後の言葉に従い、人を探さないと・・・。僕の道標になってくれる人を」
「エフィ。長老の最後の言葉も大切だろうが、この国をどうか救ってほしい」
しかしエフィの耳には入らなかった。エフィは村を失い長老を失い、自暴自棄になっていた。
{なんで僕が・・・?僕に何ができる?国の事なんてどうでもいい。僕の大切な人が、場所がなくなった。僕はこれからどうすればいいの?}
エフィは早くこの場所から逃げたかった。長老のいない村、何もかもから逃げ出したかった。そんなエフィに老人は思い切って言った。
「エフィ。そなたは予言の子だ。我々が長年探していた運命の子」
「えっ?」
エフィは、ただただ驚いた。
「僕が予言の子?・・・僕はただのエフィで孤児です。そんな僕に何が出来るっていうのですか!」
エフィは最後の言葉を振り絞るように言い切った。老人は根気よく
「エフィ。そなたは確かに孤児だ。でもそれと魔法が使えない理由にはならない。
今は使えなくても何かのきっかけがあればきっと・・・」
エフィも、神木を見上げながらそうあってほしいと願った。
「そろそろクリスが目を覚ますかもしれませんから、僕は行きます」
エフィは老人に一礼をして小屋に向かって歩き出した。
小屋に着くとクリスは目を覚まし、アニスの傍らにいた。そして入ってくるエフィともう1人の人物を見た。
「エフィ無事だったか。良かった。その人は?あっ!」
クリスにはこの人物が誰だか分かっていた。長老様の友人であり、エレノネーラ国の
魔法省トップの人。以前来た時アニスと少し会話をした・・・。
エフィは
「クリス。この人が僕らを助けてくれたの」
「ヴィンチセオリ様、ありがとうございます。貴方が助けてくれなかったら、
僕たち全員殺されていたでしょう」
「えっ!ヴィンチセオリ?様?」
エフィはまじまじと目の前にいる人物をみた。
長老が言っていた名前も確かヴィンチセオリという名前だった。エフィはまじまじと
ヴィンチセオリを見ると
「長老様は、ヴィンチセオリ様を訪ねるよう僕に言い残しました。それが貴方ですか?」
「いかにも儂は魔法省のヴィンチセオリだ。この村の長、ギデオンの友であり
エレノネーラ国を追放された男。そうか・・・。ギデオンが、儂を訪ねるように言い残したか」
ヴィンチセオリは、長老の最後の言葉が重すぎて声にならない寂しさを感じた。
2人は、アニスを起こさないように注意しながら、長老が生前言っていた、エフィの
生い立ちについてヴィンチセオリに説明をした。ヴィンチセオリは始終驚きっぱなしで、エフィの顔をまじまじと見て
{15年前に捨てられた子、やはりエフィは予言の子だろう。しかしまだ少年ではないか。あの水を操る魔力は高度な魔法のはず。この子には魔力を感じないが、なにか
理由があるのか。まだ謎が多い}
それから3日後、ようやくベッドから起きられるようになったアニスに、ヴィンチセオリのことや、襲撃後のことなどを長老たちが眠る墓の前で説明をしたエフィたちは、村で唯一残っている神木に行き、今後どうするかの話し合いを始めた。
アニスやクリスは
「村を離れたくない。ここにはみんなのお墓もあるし、神木もあるし」
「うん。僕も育ててくれた村を離れるのは嫌だけど、奴らがまた来たら危険だよ。
ヴィンチセオリ様を入れても4人しか居ない。それに僕は魔法が使えないから、皆の足でまといになる。ヴィンチセオリ様も言っていたけど、隣国で身を隠すのはどうかと
思う。ここよりかは安全だと思うよ。それに隣国には、ヴィンチセオリ様の友人もいるらしいから、しばらくは寝泊まりに困らないし」
アニスは少し迷っていたが
「そうね。ここに留まるのは危険だわ。都にいくとしても、黒装束の正体がわからない限り、近づくのは得策ではないと思う。エフィのことがわからない以上、今はあの人について行くしかないと思うの。ねえ、クリス」
「アニスがそう言うなら、僕も構わないけど。でも本当にあのヴィンチセオリという人は、信用できるのかい?」
クリスは少し不安げでエフィを問い詰めた。
「うん、信用できると思うよ。長老様が生前、残した言葉がそうだから。あの人の所へ行けって」
エフィの言葉を聞いてクリスも覚悟を決めたように頷いた。
「わかったよ。エフィを信用する」
3人は意見が一致したところで、かすかに笑いあった。
小屋の中ではヴィンチセオリが、魔法でアリオンと連絡を取っていた。
杖で呪文を唱えると、水晶にアリオンの姿が映っていた。
「アリオン、わが息子よ。国に変わりはないか?予言の子が見つかった。しかし、すぐに帝国には帰らず、まず危険を避けるため、隣国へ行こうと思う」
ヴィンチセオリは目の前に映し出された息子、アリオンの懐かしい顔と無事な姿を見て、安堵しながら言った。
「父上、ご無事でなりよりです。しかし残念なことに、都はセオルドたち闇の魔法師に完全に掌握されてしまいました。セオルドが今や国を支配し、国王の意見も通らぬ有様、民の者も不安と不満がたまっており、騎士団の職務がふえております」
アリオンは久しぶりに見る父親の顔をみながら、苦渋な表情で答えた。
「やはり、そうか。セオルドは初めからこれを狙っていたのだ。王様はどうだ。お元気か」
「王様はお元気です。王妃様共々にわれらがお守りしておりますゆえ、安心なさってください」
「そうか。それは何よりだ。アリオン、どうか私が帰るまで、国と王様たちを守り抜いてくれ。頼むぞ」
「承知しました。父上」
アリオンは目の前の父親に敬礼するように一礼した。そして、こう聞いた。
「それで、父上。父上がおっしゃった子供が見つかったというのは、やはりあの子供だったのですか?」
「うむ。詳しくは言えぬが、お前が以前、話していた村の子供で、今は少年の年齢だ。黒装束の者たちに襲撃されていたのを、私が助けたのだが、確かにその子の魔力も確認した。やはりあの子が運命、予言の子だろう。私は確信しておるのだ。この子がわが国を救う予言の子供だと」
ヴィンチセオリはそう言うと自分の長い髭を触りあの日のことを思い出した。
「そういうことで、アリオン、私はしばらく、身を隠す。そして、その子は魔法が使えない、なのでその子に魔法を教えるつもりだ。あまり時間もないゆえ、どこまで出来るかはその子自身にかかっておるが・・・」
「分かりました。父上。どうかその子を一人前の魔法師に、そして我が国を救う救世主へと育ててください。私はその日まで、この国を守ります」
「十分、気をつけるのだ。あやつはどこに手下を潜ませておるかもわからぬゆえ、
行動には十分気を付け、私が帰るまでどうか無事でいてくれ」
ヴィンチセオリは、アリオン1人を敵中に置いておくことの不安で胸が熱くなり、
涙をこらえながら、そう言った。
「父上もお元気で。それでは」
アリオンはもうそれ以上、ヴィンチセオリと話をすることができなかった。
慌てて水鏡を消すとアリオンは堪えていた涙が頬を伝うのをぬぐい、声を震わせ泣いた。
ヴィンチセオリも消えた息子の姿を涙ながらに見ていた。元魔法省のトップとはいえ、
1人の父親たるヴィンチセオリは、息子アリオンが亡くした妻の面影とだぶって見えた。
「アリオン、もう少し待っていてくれ。私は必ず帰る。我が祖国エレノネーラ国に」
そう自分に言い聞かせるようにヴィンチセオリは涙をぬぐい、小屋を後にした。
外では、エフィと傷の完治したアニスやクリスが、ヴィンチセオリが出てくるのを待っていた。ヴィンチセオリは慌てて涙の痕がないか、頬を拭った。
そしてわざと明るい声で
「お前たち、どうした?私に何か用か」
エフィは先頭に立ち
「ヴィンチセオリ様、僕たち3人で話し合ったのです。そして決めたのです。僕たち
3人はヴィンチセオリ様に付いていこうって。アニスとクリスは僕の友人です。置いていくわけにはいきません」
エフィはヴィンチセオリとアニス、クリスの顔を見渡しながらきっぱりと言った。
ヴィンチセオリは、エフィとこの友人達を引き離すことに後ろめたさもあり、またエフィのいい修行仲間なるかもしれないと考え
「そうか。わかった。アニスとクリス。私たちはこれから、隣国のインスタラ国へ
向かう。そこは穏やかな国で、わが国の姉妹都市でもある。この村にいるよりはマシだろう。私はエフィに魔法を教えようと思っているのだが、そなた達も一緒に修行するというのは、どうだ?」
アニスとクリスは顔を見合わせ、同時に
「はい、お願いします。もっと高度な魔法が使えるようになりたい。そして大切な人をもう失いたくない」
2人の熱い気持ちを聞いたヴィンチセオリは頷き、エフィにも
「そなたは何の為に、私についてくる?友と同じ思いか。それとも違うか」
エフィはしばらく下を向いて黙っていたが
「僕は、自分の過去を知るため、そして長老の、村の人たちの仇が打ちたい。
そのためなら何だってします。僕は自分の生い立ちを知りません。皆のように魔法も使えません。それが何故か、その理由もきっとヴィンチセオリ様と一緒に行けば分かるような気がします。だから・・・」
「分かった。お前たちは私が責任をもって、隣国へ連れてゆき、そして自分の希望が叶うように手助けしてやろう。辛いことや、厳しいこともあるがお前たちなら乗り越えて行けるはず。共に行こう。私のことは何と呼んでくれても構わん。ヴィンチセオリでも
よいし、師匠でもいいぞ」
そういってヴィンチセオリは笑った。
3人は少し考えていたが
「はい、し・・・師匠」
「師匠か・・懐かしい響きだ。ワハハハハ」
ヴィンチセオリはこういうと嬉しそうに3人を見つめ、眼を細めた。
それから2日後、4人は村のみんなの墓に別れを告げ、国境を越え、隣国の
インスタラ国へと旅を始めた。国境を超えるまでの間、魔物が数匹現れたが、
ヴィンチセオリの魔法とアニス、クリスの魔法で撃退出来た。
そして3日後、無事にインスタラ王国に到着した。
都のエレノネーラよりも穏やかで、住みやすい場所であった。ここで、4人はインスタラ国から少し離れたところに小屋を作り、そこを修行の場とした。
小屋の中はヴィンチセオリの魔法で、いつでも奇麗な水が確保された。インスタラ国の市場で仕入れた野菜や肉で、アニスがスープを作ってくれ、夜にはクリスとエフィは
一つのベッドで寝た。アニスには個人の部屋が与えられた。クリスとエフィはアニスだけずるいと文句を言ったがヴィンチセオリの人睨みで静かになった。
4人での生活は楽しかった。エフィは今まで1人で暮らしていたから、誰かと一緒にいるという、体験は始めてだった。一緒に食事することやお風呂に入ること、眠ること全てがエフィにとって、新鮮なものだった。このまま、時がすぎてもいいと、エフィは何度か思うことがあったが、そのたびに長老の言葉や、夢に出てくる女の人が頭をちらついて、エフィを叱咤するのだ。
こうして昼は修行、夜は団らんといった生活が2か月近く続いた。修行は辛いものだった。何もわからないエフィに、魔法力の話や実践を見せたところで、呆然とするばかりであった。
アニスやクリスは徐々に高度魔法を身につけ始めた。特にアニスは元来の真面目さで今までの魔法に加えて回復魔法と木を操る魔法を習得した。木を自由自在に変形させたり、動かしたりできるのだ。また、思念をビジョンとして、相手に送る技も身につけた。
クリスは飛行魔法を得意としたが、元来、お調子者のため、高度魔法をなかなか習得できず、ヴィンチセオリを困らせていたが、アニスの激励が効いたのか、高度魔法の
一つである火の魔法を習得した。クリスは火を操り、火の渦や火の塊を投げる攻撃技を身につけた。ヴィンチセオリは、時には厳しく、2人を指導したが、2人は決して弱音を吐くことはなかった。
それに比べてエフィは、木や風などの初歩魔法すら習得できずにいた。ヴィンチセオリはなにかきっかけがあれば、何か感じるはずだと確信はあった。
村でのあの魔力はまぎれなくエフィのしたことだ。ただ、何かが彼の魔力を封じていると感じていた。今までエフィが力を発揮したのは、自分や周りに危険が及んだ時だけだった。
ヴィンチセオリは焦っていた。定期的に連絡を取る息子アリオンからは、いい情報が得られないことが多くなっていた。今や、エレノネーラ国はセオルドの支配下で、従わない者に対しては厳しい処罰や牢屋送りが慣例化しているのだというのだ。アリオンも
何度か危険な任務を与えられ、命の危険に晒されたこともあったという。アリオン直属の部下も歯向かった行為で処罰された。その恐怖からセオルドに忠誠を誓う者まで現れる始末であった。
何回目の交信中にアリオンは、ヴィンチセオリに
「父上、この国はもはや我らの祖国ではなく、奴の支配された国となりました。
恐怖で支配された国です。王様はふさぎ込みまれ、王妃さまは床に臥されています。父上、もう一刻の猶予もありません。どうかお早いお帰りを」
ヴィンチセオリは息子のこんな弱気な声を聴いたのは始めてで一瞬、狼狽したが
「アリオン、我が息子よ。いましばらく待つのだ。耐え忍んでくれ。順調に進んではいるが、エフィにまだ徴候がみられないのだ。何かきっかけさえあればと思うのだが、
それが分らぬ」
ヴィンチセオリはしきりに顎髭に手を当てている。アリオンは思い切って
「父上、本当にその子がこの国を救うと予言された子どもなのでしょうか?予言の子ならばなぜ、国の危機に何の魔力も発揮できないのか。もしかしたら、予言の子ではないのかも・・・」
アリオンはエフィが予言の子だと確信できないでいた。
{以前見たときは3人いた。隠し事をしているように感じたのは自分の間違いで、本当に頭が弱い何も知らない子供だったのかも。もしかしたら別の2人のどちらかもしれない。だとすると、父は時間の無駄をしていて本当にこの国を託す相手は、別にいるのかも・・・}
アリオンは父親の過ちを認めたくなかったが、エフィが、何の魔力も示さないということが、何よりの証拠になるのではないかと感じた。
ただ、それを口にするほどアリオンは愚ろかではなかった。
自分の父親を信じていたし、なにより自分は騎士団長である。この国を守る使命がある。予言の子がいないのであれば、自分でこの国を守るしかないと、アリオンは決心した。
「分かりました。父上。こちらのことは心配されず、その子を頼みます。騎士団長の名誉にかけてもこの国は父上がお帰りになるまで、守り通します」
ヴィンチセオリはアリオンの並々ならぬ決心と言葉を聞いて
「すまぬ。もう少し、もう少しだ。なにかきっかけがあればエフィは目覚める。それまで、国を頼む」
と、声にならぬ思いでアリオンとの会話を切った。
あくる日、ヴィンチセオリはエフィを呼び出した。
なにかヒントになるものをエフィ自身がもっていないか確認するために
「エフィよ。お前はこの数か月、魔力の鍛錬をしてきたが、大きな収穫はないままである。そこでお前に確認したいことがあるのだが、お前自身に何か思うことはないか。たとえば、魔法に関する出来事やそれに関連する夢、神木にいたときの記憶や不思議な夢など何か示すようなことはなかったか?」
エフィはずっと夢のことを黙ってきた。
{夢だし、言っても笑われるだけだろう}
そう思っていたからだ。だがヴィンチセオリは信頼できる師匠だ。夢の話がでた以上、エフィはヴィンチセオリに話す決心をし、切り出した。
「師匠、僕は幼い頃から夢を見てきました。数日の割合で、そしてその夢は段々
鮮明にはっきり見えるようになってきました。最初は拾われた時の記憶で泣いている
女の人が見えました。次に見たのは、王女様が襲われたとき、同じ夢を見ました。
同じ女の人が泣いていて、何かを示している夢でした。
3度目は村が襲われた日の晩のことです。やはり同じ女の人で今度は泣いていませんでした。
笑顔で僕に、何かを示したのです。そこは村の神木でした。まわりの景色は温かくまるで春のような日差しでした。空は高く青く澄みきっていました。僕は夢だろうと思い、だれにもこのことは話さずにいました」
エフィの言葉にヴィンチセオリはしばし言葉を忘れ、愕然とした。エフィの夢の意味は分からないが、この夢は何かの意味を成している。
女の人はなにかエフィと関係があるのか、そしてヴィンチセオリがもっと驚いたのは、
エレノネーラ帝国ではありえない風景をエフィが口にしたことだ。エフィが何十年も前のエレノネーラ国の春の温かい日差しや青い空などは知りありえないからだ。
村の神木もなにか関係しているかも知れない。そうヴィンチセオリは考えた。
「エフィ、このことは誰にも話さずにいてほしい。お前の友人にも。危険に晒される
ことも考えねばならぬからな。良いか。私はしばらく、留守にする。その間、2人を頼むぞ」
「師匠、どちらに行かれるのですか?付いていってはいけませんか」
「危険な場所ゆえ、小人数の方が身動きとれやすいのだ。なあに、ほんの1週間ほどだ。それまで、皆で鍛錬に励むのだぞ」
「・・・分かりました。師匠どうかご無事で御早いお帰りを」
「ウム、分かった」
ヴィンチセオリはエフィの頭をなでながら頷いた。
翌日ヴィンチセオリは、3人を残し、馬に乗って出発した。むろん、ヴィンチセオリが向かうのは、母国エレノネーラ帝国で、王と秘密裏で謁見しようと考えているのだ。
国王に会って、予言の子についての確認と国の情報を得るためであった。
そのため、行動は誰にも知られぬようにアリオンにも内緒で潜入した。
久しぶりの母国はヴィンチセオリが去ったころとは全く異なり、空は黒く稲光がとどろき、国民はマントで顔を隠し、みんなセオルドの恐怖支配におびえ、疲れてきって
いた。
いつもは活気のある市場や酒場も、シーンと静まり返り、まるで悪魔の行進を恐れているかのようであった。ヴィンチセオリは城の地下から潜入し、王の玉座の間に入り込んだ。
丁度、そこではセオルドが王に意見をしているところであった。ヴィンチセオリは2人に見えないように魔力の気配を消しつつ、カーテンの後ろに隠れ、会話を聞いた。
「王よ。我が国の民はあなたを愚弄し、貢ぎ物が極端に減っております。これをどうお考えですかな。しかも騎士団のあの追放になったヴィンチセオリの息子、アリオンがこの私に歯向かう始末。魔法省のトップとして見過ごすわけにはいきませんな。今では黒魔法師殲滅の長となった、我が弟子のレオンに反逆者の処遇を一任してはどうかと。いかがかな、王よ」
王は玉座で力なく座り込み、セオルドの話を聞いていたが
「セオルドよ。魔法省のトップとはいえ、そこまでの権限はお前にはないはずじゃ。国民は窮しておる。そこに貢ぎ物など暴動が起きてしまう。また、騎士団についても何の反逆罪が値するというのだ」
弱弱しく王はセオルドを問うた。
「王。騎士団は魔法省が統括する部署であるゆえ、この私が処罰することになんの不満がおありか。大体、騎士団がこの異常事態を招いたのではありませぬか」
王はセオルドの言葉には返答なく
「今日はもう疲れた。この件はまた考えることとしよう。それでよいな。ならば、下がるがいい」
セオルドは王の言葉に一応敬意は示しつつも、不満気な表情で玉座の間を後に
した。
セオルドがいなくなると、王はフーと大きなため息をつき、
「ヴィンチセオリ。お前はいつ戻ってくるのじゃ。私ではもうあの者を制御することは困難だ」
疲れた青白い顔でこぼした。
ヴィンチセオリは、ここまで王が追い詰められていたことに驚愕し、やつれた王の顔をみて、たまらずカーテン奥から王に声をかけた。
「王様、ヴィンチセオリでございます。戻ってまいりました。王様」
その声を聴いた王は驚いた。そして声がしたカーテンの方に向いた。
そこには都を追われたままの姿のヴィンチセオリが立っていた。
「おお、ヴィンチセオリそなたなのか?幻ではあるまいよな。余の願いが届いたのか、わが友よ。こちらに来て、その顔をよく見せてくれ」
ヴィンチセオリはゆっくり王のそばに近づき、涙を流しながら王に
「王様、なんとおやつれになったことか。ただただ、このヴィンチセオリの不徳の
致すところ。申し訳ありません。しかし、お喜びください。王様、予言の子が見つかりました」
王はそれを聞き驚いた。そしてヴィンチセオリに
「なんと!それは真か。それでその子はどこにおる。早く会わせてくれ」
王は興奮のあまり、王座から身を乗り出しヴィンチセオリの周りをきょろきょろと見た。
ヴィンチセオリはそんな王を落ち着かせるように
「王様、予言の子は今ここにはおりません。今やこの都は大変危険なため、ある場所にいます。しかし、その子はまだ魔法が使えないのです。簡単な魔法でさえ使えません。なにか理由があると思い、私は王様をお訪ねしたのです」
「余に?」
王はヴィンチセオリのいっていることが理解できず聞き直した。
「はい、王様。以前王様は予見者から予言されたと、私はお聞きしておりますが、
その時のこと、まだ覚えておられますか?」
「覚えておるぞ。あまりにも不解で謎解きのような不思議な言葉だったからな。
それがどうしたのじゃ?」
「その予言の言葉、すべて私に仰いましたか?」
「ウーム、お前に伝えたことが全てじゃと思うが、しばし、待て。思い出してみよう」
王はそう言うと、手を額に当て数分考え込んでいた。
しばらくすると王は何かを思い出したかのように
「そうじゃ、ヴィンチセオリ。あの予見者はこうも言っておった」
そういって語りだした
‘予言の子、不遇の子。その力、ある女によって封印されたし。封印を解くには、その女の名によって、封印から解放される。‘
王はそう言うと、ヴィンチセオの反応を待った。
「予言者はそう言っておった。余はあまりに恐ろしい言葉ゆえ、心の奥底にしまい込んでおったようじゃ。ヴィンチセオリその子が魔力を発揮できないのは、封印のせいか?」
ヴィンチセオリはやはり・・・。と、いった納得した顔で
「はい。王様、予言の子は3度夢の中である女と出会っております。その女が封印したのかもしれません」
「ヴィンチセオリ、だとすると今度はその女を探すことになるのか。しかし、それでは遅すぎる。この国は一刻の猶予もならぬ。おぬしも知っている通り、国民は絶望し、国は荒れ果て、魔物が都にまで現れる有様」
ヴィンチセオリは苦渋な表情で
「しかし、その女を見つけ出さなければ、予言の子は魔力を発揮できないままで、
この国は救われません。騎士団も頑張っております。魔法省の中には、私の直属の部下もおります。どうか、王様、今しばらくのお時間とご辛抱を」
王は苦渋の顔で、それしか方法がないと分かると、
「うむー。そうでしか方法がないのなら仕方がない。だがヴィンチセオリ、時間は待ってはくれぬ。どうか、急いでくれ」
ヴィンチセオリは膝を折り、王に敬礼しながら
「王様。必ずやこの国をお守りします。このヴィンチセオリ・ダガンの名にかけて」
王はそのヴィンチセオリの言葉に安心した様子で
「分かった。頼むぞ。ヴィンチセオリ・・・。ところでその子の名は何という?」
王は予言の子の名前をヴィンチセオリに聞いてきた。
「名前でございますか。エフィといいます。隣国との境の村に置き去りにされていたのを村人が見つけ育ててきたようです。」
その時、カーテンの奥から小さな叫び声が聞こえた。ヴィンチセオリは身構えながら
「誰だ!姿を見せよ」
カーテンの後ろから姿を見せたのは、王妃であった。わなわなと震える姿で目には涙を溜めており、王に向かって
「王様。お許しください。わたくしが、わたくしが・・・。ああっ」
と、叫びその場に泣き崩れてしまった。王は、慌てて
「王妃。どうしたのじゃ。何故、泣いておる。なにか理由でもあるのか」
王妃は、泣き崩れた姿のままで、15年前に起こした、ある出来事を話し始めた。
それは、王ならず、ヴィンチセオリにとっても驚愕すぎる内容であった。
王妃は
「15年前、私は王様の御子を身ごもっておりました。ある日、臨月の日に御付きの
者を連れて都に出かけました。我が子に何か贈り物をしたいと思ったのです。
その時、マントを羽織った見知らぬ旅人に、こう言われたのです」
“お前の子は不吉な運命を持った子。この国に災いをもたらすであろう。”
私は驚きました。そして慌ててその旅人に
「どうすればよいか。どうすればこの国の災いを止めることが出来るか」
すると、旅人は
“お前は双子を生むであろう。一人は金髪、もう一人は緑髪。この緑髪の子が不吉な影を背負っている。この国の危機を救うには、その子を殺すしか道はない”
王妃は両手を組み祈るように
「わたくしは、あの話を聞いてから、子供の誕生が怖くなりました。でも、誰にも相談
出来ず、出産の日を迎えました」
王は、黙って王妃の話を聞いていたが
「王妃よ、しかし、あの日、誕生したのは、王女だけであったはず。そうであったろう」
王妃の言葉を遮るように言った。
王妃は王の顔を見ながらハラハラと涙を流し
「王様、私は偽りを申しました。誕生したのは双子でした。それもあの旅人に言われた通り、双子の一人は緑の髪をした男児でした。
わたくしは、恐ろしくなって、付き人の乳母にその男児を、どこかに置き去りにするように命じたのです。しかし、わたくしは、いつかその子が、国に危害を加えるのでないかと不安で、私の魔法で我が子の魔力を封じ込めたのです。
しかし、月日が経つにつれ、我が子に会いたい気持ちを抑えることが出来ず、我が子の夢に入り成長を見守ってきました。もし、我が子が予言の子ならば、封印を解くことが出来るのは、私だけです。早く、あの子に会わなければなりません。王様、あの子に会って私の罪をどうか償わせてください」
ここまでの話を王は大変驚いた顔で聞いていた。しかも予言の子が自分の子であることに、息がつまるほど驚いた。それはヴィンチセオリにとっても同じだった。
{あのエフィが王様の子供。王子だったとは・・・}
王は額に手を当てたまま、ヴィンチセオリに
「ヴィンチセオリ、私は今動揺で判断できぬゆえ、そなたに一任する」
今まで沈黙を守っていたヴィンチセオリは、フーと呼吸を整え、王からの命令通りに
「王妃様。エフィ・・様はネックレスを身につけておられました。あれは?」
「あれは私の代わりにエフィを守ってもらえるように魔力を付加させたものです」
「しかし、ネックレスには何の特徴も紋章もついていませんでしたが」
「私の魔法で見えないようにしました。たとえ魔法省トップのあなたでも・・・。
もし身元が必要な時には私が解除するようにしていました」
ヴィンチセオリはここでようやくすべての謎がとけたように決意を新たにした顔で
「王様、王妃様の告白で私は、今はっきりとこれからなすべきことが分かりました。
エフィ、いえ王子さまは今、隣国のインスタラ国に仲間とともにいらっしゃいます。
インスタラ国は王女様の嫁ぎ先。王妃様には、王女様を訪ねるという名目で来て
いただき、王子様に会っていただくことに致します。勿論、騎士団が護衛に付くという正式な形で」
王妃はヴィンチセオリの提案を聞いて、王に
「王様、そうさせてください。それならば、私が隣国を訪問しても怪しまれません」
王は落ち着きをみせ、ヴィンチセオリの話に納得した。
「なるほど、ヴィンチセオリのその案、許可しよう。すぐにでも立つのだ。隣国までは早くても2日はかかる。インスタラ国には、早馬で知らせることとしよう」
王の話を聞くとヴィンチセオリは頭を下げて
「それでは王様、私は先に出発し準備をしておきます。王妃様、どうぞご無事でお会いできますように」
ヴィンチセオリはそう言うと、2人に一礼し、カーテンの後ろに消えた。
王は泣いている王妃を優しく抱いた。
「儂に王子が・・・。この国を継ぐ者がいたとは・・・。王妃よ、そなたは騙された
のじゃ、そなたの落ち度ではない。この国を憂いてしたこと。
後はヴィンチセオリに任せよう」
「王様・・・」
翌日、騎士団の護衛で王妃はインタラ国へと向かった。
それはセオルドの耳にもすぐに入ってきたが、セオルドは王妃がインスタラ国に行くことに不信感を抱いていた。
{なぜ、今、慌てて王女の元に行こうとする。この国を捨てたか?それともなにか
企てがあるのでは。まさかな、今や王は私に逆らうことは出来ず、この国は私の支配下だ}
セオルドは部下の一人を呼んで、
「密かに王妃の後を追え。何かあればすぐ知らせるのだ。また、予言の子らしき者がいれば、殺せ!」
セオルドはもう予言の子を掌握しようとは考えていなかった。むしろ、敵とみなし、抹殺することに切り替えたのだ。ヴィンチセオリは、早馬でインスタラ王国に戻った。
3人は喜んでヴィンチセオリを迎え、旅の話を聞きたがった。
「師匠。旅はどうでしたか。何か良い情報がつかめましたか」
クリスはウズウズしながら、ヴィンチセオリの答えを待った。それは、アニスやエフィに
とっても、同じようで、4人は暖炉の囲み、ヴィンチセオリの話を今か今かと期待しながら、待った。
ヴィンチセオリは、
「そう慌てさせるな。急ぎ旅で疲れた。話は明日することにし、今日はもう休もうではないか」
「えー、残念」
3人は残念そうに答えた。
「分かりました。師匠。明日ですよ」
クリスは最後まで未練たらしく振り向きながら、自分のベッドへ行った。エフィも行こうとしたが、ヴィンチセオリに呼び止められた。
「エフィ、そなたには大事な話がある。そなたの生い立ちや過去の事がわかった。夢を見ていた理由も・・・」
エフィは驚いたように
「師匠、それはどういうことですか?」
ヴィンチセオリは少し考えた様子であったが
「いいや。それも明日話すとしよう。さあ、休むといい」
そのままヴィンチセオリは優しい顔で小屋を出て行った。
エフィはベッドへ入ったがなかなか寝付くことができずにいた。師匠のあの言葉。
大事な話とは何だろう。僕の生い立ちになにかあったのだろうか。
エフィは期待と不安で胸が押しつぶされそうになり、やっと眠りについたのは朝方であった。
翌日、ヴィンチセオリは3人を居間に集めて、テーブルの上にお茶とワインを準備しながら、切り出した。
「まず、お前たちの報告から聞こう。私が居ない間、問題なかったか?アニス
どうだ?」
聞かれたアニスは元気よく答えた。
「はい、師匠。特に問題はありませんでした。エフィと私は日々、師匠から学んだことを復習しながら、過ごしました。食事も3日に1回の割合で市場に赴き、食料を手に入れていましたから」
アニスはそう言いながら、チラリとクリスの方を見て
「でも、ひとつだけ、報告があるとすれば、クリスは修行にあまり身が入らかったようです」
そう言われて、クリスは反論しようとしたが、無駄だと判断し、苦笑いでヴィンチセオリの方を気まずそうに見た。エフィはクスクスと笑いながら、それを眺めていた。
実際、ヴィンチセオリの居ない間、子供たちはうまくやっていた。
リーダーはクリスだが、脱線することが多いため、かじ取りは主にアニスだった。
アニスの一声に、2人は頭が上がらないようで、特にクリスは、アニスの言いなりだった。しかし、クリスもまんざら嫌そうではなかったが・・・。
ヴィンチセオリはそんな3人を見ながら
「そうか、ともかく、何もなくて良かった。どれ、次は私が話すとしよう」
今まで優しげ表情だったヴィンチセオリが表情を変え、真面目でいかに困難な旅であったかを象徴するかのような語り方で話し始めた。
「最初に言っておくが、お前たちは何があっても、私の弟子には変わりないから。
そのように、みんな心してくれ。」
エフィやアニス、クリスは当然のように頷いた。それを見た、ヴィンチセオリは満足し
「まず、私は都の王様や王妃様に会ってきた。秘密裏なことで詳しくは言えないが、王様と王妃様は大変困難な状況にいらっしゃる。都はある人物に牛耳られ、黒魔法術が都を支配している状況だ。これを打破するには簡単なことではない。それは、残っている魔法省の者たちと協力しながら都を奪還する。
そして、ここが一番の大切なことだが・・・」
ヴィンチセオリはここで一旦言葉を切るとエフィをチラリと見てから
「今から15年前、王はある予言を聞かれた。ある子供の出現により、エレノネーラ
帝国は救われるという予言だ」
クリスはここで、質問を入れた。
「師匠。では、私たちはその予言の子を探す旅にでるのですか?」
その問いにヴィンチセオリは首を横に振って言葉を続けた。
「いや。予言の子を探す必要はない。なぜなら、予言の子はここにいるからだ」
2人は、同時に
「えっ!」
「話を続けよう。その子は、以前から不思議な術を見せてきた。最初は王女を救った時、そして2度目は村が襲われたときお前たちを救った力。その予言の子は・・・」
おもむろにヴィンチセオリは立ち上がり、エフィの前に膝をついた。
「エフィ王子」
「えっ!エフィが王子?どういうことですか?」
2人はヴィンチセオリが膝をついているエフィを見た。ヴィンチセオリはクリスの質問の多さに苦笑いしながら続けた。
「・・・・エフィは身寄りがないのではなく、理由があって、15年前、シュジュ村に置き去りにされたのだ。エフィは双子の兄として生まれた。エフィには妹がいる。この国に嫁いだ王女様がエフィの妹なのだ」
これには、エフィも驚いた。
王女様が僕の妹。ならば僕は、王子?流石に、この話には、アニスやクリスも驚愕した。
「エ、エフィがエレノネーラ国の王子?まさか・・・」
2人とも言葉を失ってただただ黙りこくった。シーンと静寂が部屋の空気を包んだ。
「エフィ、お前は以前から不思議な夢を見ると言っていたな。女性出るという夢」
「は、はい」
エフィは急に声をかけられて戸惑いながらも返事もした。
「その夢は、そなたの母親が見せていた夢。そなた会いたさに見せた夢だそうだ。赤子のそなたを捨てた罪を悔やんで、王妃様は自ら、王様に告白された。
王様はそれを許された。だから、王妃様を恨んではいけない」
エフィは下を向いていたが
「僕は、その方を恨みません。むしろ、感謝しています。僕が凍死しないように
人のいるところを選んでくれたこと、こんな良い友人を与えてくれたこと、父代わりの
長老に会わせてくれたこと。感謝しかありません」
エフィは皆と過ごせた日々を思い出しながら答えた。
「エフィ・・・。そうだな。エフィが王子でも何者でも俺たちは友達だ。それはこれからも変わらない。すまない、あまりにビックリして何も言えなくて・・・」
アニスとクリスは、エフィの言葉を聞いてやっと口を開いた。2人はエフィが急に遠い人になった感じがして狼狽していたのだ。
だが、エフィの言葉で今もこれからも3人の友情に変わりがないと確信し、安心した。
クリスはいつもの調子に戻って
「エフィこの、野郎。お前、王子だったのかよ。びっくりだぜ」
エフィの肩を小突いて、エフィを笑いながら睨みつけた。アニスもそんな2人を見て
安堵している。ヴィンチセオリはそんな3人を暖かいまなざしで見つめながら、
今は亡き友を思い出していた。
{長老はエフィの正体を知っていたのか?今となってはもう知る由もないが・・・}
「そうしたら、師匠、エフィのことは様付けで呼ぶべきなのかな。なんだかおかしな気もするけど、命令なら従うよ」
クリスは冗談っぽく言った。
「よしてよ、クリス。僕はなんの変わりのないエフィだよ。今までと同じようにエフィと呼んでよ」
ヴィンチセオリはエフィの言葉に顎に手を当てながら
「そうだな。急に呼び名を変えるのもエフィ困惑するだろうし、他の者に知られるのも不味い。このままエフィでよかろう」
ヴィンチセオリはエフィの顔を見ながら、そう判断した。
「あー。良かった。様付けなんて俺、恥ずかしくって言えないからさ」
クリスは助かったー。と、胸を撫でおろしている。
「師匠、それならエフィが魔法を使えないことも何か理由があるのですか」
ヴィンチセオリは、いつも冷静なアニスが身を乗り出して聞いてくることに驚いた。
「アニス、よかろう、話してやろう。エフィ王子が魔法を使えないのには、これまた
理由があるのだ。エフィ王子は魔法が使えないじゃない。すべての魔力を封印されていた」
それを聞いてエフィも驚いた。自分の力が封印されていたなんて・・・。
アニスはヴィンチセオリに食って掛かるように続けた。
「誰に。ですか?そんなことができる人がいるなんて・・・。確か、魔力を封じることは超高度魔法で、できる魔法師は何十年も前に途絶えたとか」
アニスは高度魔法のことは勉強して知っていた。魔法の訓練をする傍ら魔法書を読み漁っていた。ヴィンチセオリはアニスの勤勉ぶりに感心しながら
「それは・・・王妃様だった。エフィ、そなたの母が魔力を封じた。もちろん
理由はある。先ほど話した、双子の事、覚えておるか。王妃様は生まれてくる赤子の内、緑髪の子が国を亡ぼすと聞かされ、そなたの魔力を封じた。
だが、それでは、この国で生きることが困難と考え、危険に晒された時や、感情が
高まったときのみに、魔法が発動する仕掛けを施していたのだ。
だから、そなたは、魔法は使えなくても、不思議な力は使えたのだ」
エフィはこの師匠の話で全て合点がいった。不思議な力は、いつも身近な人が
危険に晒されたときだった。
王女の時も、村が襲われた時も、そうだ。妹を守るため、友を守るため、あの力は発動したのか。
「じゃあ、エフィはもう魔法は使えないのですか。予言の子がエフィならこれから
エフィの力が必要だというのに」
クリスは口惜しそうにヴィンチセオリに食いついた。
「いいや。一つ方法がある。王妃様が言われるのには、王妃様自身がその封印を解くことが出来るそうなのだ。明日、王妃様はこのインスタラ国に王女様に会いに来られる手はずになっておる。そこで、秘密裏に王妃様と会い、封印を解くことが出来れば、エフィは魔法が使えるようになる。それも高度魔法が。手の痣と共鳴して、強力な魔力を引き出すことが出来るはずだ。そうすれば、エレノネーラ国の危機を救うことも
できるはずなのだ」
「王妃さまが・・・。僕の封印を解く」
エフィは少し戸惑っていた。15年ぶりに初めて会う母親、それも王妃様。
そして封印を解いてもらう。その時、僕はどんな顔をするのかな・・・。
長いヴィンチセオリの話は終わり、皆それぞれベッドに入ったが、3人とも寝られるはずはなかった。
{エフィが王子、それもこの国の次期王。そんなことなんて知らず今まで付き合っていたけどこのままの関係で私たち居られるかしら・・・}
{すごいよなー。エフィが王子だったなんて。魔力が開放したらどんな事ができるようになるのだろう。あっ、その前に封印解除されなくちゃならないか。明日が楽しみだ}
{王妃様が僕の母、王様が父。なんだか夢を見ている気分だ。一変に僕の周囲が変わっていく。僕は僕でいられるだろうか。魔力の開放でおかしくならないかな}
それぞれの思いで明日を迎える。それでもいつの間にか深い眠りについていた。
ヴィンチセオリは、エフィたちに話し終えたことでホッとしていた。
明日、なにもかも上手くいく。仇敵、セオルドが王妃とエフィに狙いをつけていることも気づかずに、ただ、安堵の中でため息をついた。
「これで、上手くいく。なにもかも・・・。母国は救われる」
そんな、ヴィンチセオリの願いをあざ笑うかのようにカラスがかん高く鳴いた。
翌日、朝早く目が覚めたエフィは窓の外を見ながら、期待と不安でいっぱい
だった。今日会う王妃がどんな人か、封印を解くにはどんなことをするのか、封印を解かれたら自分はどうなってしまうのか。変わってしまうのかそれとも変わらないのか、
むしろ期待よりも不安の方が大きかった。
アニスやクリスはそんなエフィとは少し遅れて起きてきたが、2人は至って楽観的に、
昨日のヴィンチセオリの話に興奮醒め上がらない感じで喋っている。
クリスに至っては
「これは、これはエフィ王子。ご機嫌いかかですか」
などと、からかってくる始末。エフィはそんな2人に自分の不安を読まれまいと、笑顔で平静を装っている。
「そろそろ行くぞ。準備は出来たか」
ヴィンチセオリがエフィたちの小屋に入ってきた。3人のリラックスした表情をみて一応の安堵は見せたが、エフィの笑顔に少し不安が帯びていることに気づき
「王子。大丈夫ですかな?今日は忙しくなります。しかし、我々も側に居る故、
安心されよ」
アニスもエフィの肩を持ち、
「そうよ。私たちがついているわ。私たちがエフィを守るから」
「アニス・・・。ありがとう。心強いよ」
「俺だって。エフィを守るよ」
クリスも慌てて、アニスに同意した。その行動に、みんなは大笑いして、その場が和んだ。エフィも力強い味方を得て、嬉しそうだった。
同日、王妃は予定通り、インスタラ国に騎士団と魔法省の同行を伴って、無事到着した。王妃は、嫁いだ王女に王宮内で会い、王女が幸せでいることや再会を喜んだ。王妃はしばらく王女と会談し、義理の息子の王子のことなど、話は尽きなかったが、
王妃がなにかソワソワして落ち着かないことに王女は
「お母さま、どうされたのです。なにか気になることがあるのですか?」
「なんでもありませんよ。王女。他国に来たので落ち着かないのでしょう」
「そうですか。それならばいいのですが。ところでお母さま、夜の晩さん会には出席できますでしょう。王様や王妃様も楽しみにされていますの」
王女は、母親の説明に納得したのか、今夜の事を話し始めた。
「勿論。そうさせてもらいますが、これから少し、都内の散策に出ようと思っています。勿論、お忍びで。だから、その用が終わってから、晩さん会には出席させてもらいます」
王妃は自然な言い方で王女に説明すると
「そうね、早く、帰れるようにこれから参ろうと思います。王女の案内は無用ですよ。お忍びでいくのですから、アリオンを護衛に連れて行くので」
王妃はそう言うと、王女を安心させるようにニコッと笑った。王女も、
「アリオン団長ね。それなら安心ですわ。あの者は、騎士団の中でも群を抜いて力もありますし」
王妃は王女との会談のあと、アリオンを連れて、急いで都から離れ警戒しながら、
ヴィンチセオリとの待ち合わせの場所に急いだ。フードで顔を隠し警戒しながら進む
2人。
「王妃様、今のところ怪しい者は、付いてきておりませんが、ご用心されますよう。
ここを抜けると、障害物がないため、身を隠す場所がございません。待ちあうところまではもう少しかかります」
アリオンは周りに警戒しながら王妃から目を離さなかった。
「分かりました。十分に注意しましょう。アリオン、私が向かっている場所はそなたも知っていると思いますが、国の命運がかかっています」
アリオンは、王様から、王妃様の護衛と、ある場所でヴィンチセオリに会うということ
しか命令を受けていなかった。父上が何故ここに王妃様を呼ばれたのか。
アリオンは久しぶりに会えることを大変楽しみにしており、心躍っていた。
それゆえ、気がつかなかった。2人の後ろから距離を開けながら尾行していた人物に・・・。
その人物は黒装束を身につけ、見えないようにしているが腰に刀を差している。
顔はフードで見えず、付かず離れず王妃とアリオンの後を追っていた。
「あの二人はどこに向かっているのだ?セオルド様は、王妃の行動に何を
不振がっておられるのだろう。まぁ私は命令に従うだけだ」
黒マントの男は、2人の後を追いながらセオルドの命令に疑問を持っていた。
雪が積もっている木々の間を1時間かけて、王妃とアリオンは、ヴィンチセオリの
待つ小屋の前にたどり着いた。
まず、アリオンが警戒しながらその小屋のドアをギィーと音を立てながら開けた。
小屋の中は暗く暖炉の火だけが小屋の中を照らしていた。
アリオンは部屋の中に異常がないか確認し、王妃に声をかけた。
「王妃様、大丈夫なようです。こちらに」
アリオンは王妃を小屋の中に促すと暖炉の前に椅子を置いて座らせた。
「王妃様、ここが待ち合わせの場所でございますか?誰も居ないようですが・・・」
王妃はヴィンチセオリから、この場所を伝えられたことに間違いはないと思いながら、少し不安を感じたので周りを見渡していた。
すると、暗闇の中からランプの明かりが、こちらに向かってくるのが見えた。
その数は3つ4つと増えていく。光は入口からではなく反対側の方からである。
アリオンは剣を手に身構えた。
「久しぶりだな。アリオン、元気でいたか?」
聞きなれた声が返ってきた。その声に、アリオンは反射的に
「父上!父上なのですか」
光から現れた4つの影は、ヴィンチセオリを先頭にエフィ、アニス、クリスだった。
3人は始めてみる王妃に恐縮しながら、ヴィンチセオリの後ろに隠れ、様子を伺っている。
ヴィンチセオリはひざまつきながら
「王妃様、ここまでお出でいただき申し訳ありません。人里離れた場所の方が安全かと判断いたしました」
ヴィンチセオリは続けて後ろのいる3人の子どもたちを紹介するように
「この者たちは私の弟子でございます。アニス、クリス、そしてエフィでございます」
ヴィンチセオリから説明を受ける前から、王妃には分かっていた。
夢で何度会った我が子が今、眼の前にいることに涙を流し
「エフィ。我が子よ。よく顔をみせてちょうだい。ああ、よく王様に似ておられる」
涙を流しながら、エフィを抱きしめた。エフィはされるままで立っていたが
「王妃様、私は感謝しています。こうして命があったのも、私が生き延びてこられたのもあなたの愛情のおかげ。それに国を憂いしたまでの事です」
そう言いながら自然に涙が溢れ
「母上様。会いたかった・・・。会いたかったです」
嗚咽を漏らしながら、王妃としっかり抱きあい、嬉し涙を流した。
ヴィンチセオリら4人は、静かにその光景を見ながら、アニスは涙した。クリスは鼻が痒いのか、しきりに鼻を触っている。
しばらく、時が流れ、ヴィンチセオリは王妃に切り出した。
「王妃様。時間がございません。速やかに王子様の封印を解かねばなりません」
王妃は我にかえりエフィに
「・・・。そうでしたね。エフィ。ヴィンチセオリ殿から聞いていると思いますが、私は
あなたの魔力を封印しました。そのせいで、母国は今、危機的な状況に陥っています。これを打開できるのは、予言の子である、あなただけ。これから、私はあなたにかけた封印を解きます」
そう言うと、王妃は床に杖で魔法陣を描き、その中にエフィを立たせた。そして、魔法で空間から一冊の本を取り出し
「封印の書よ。我が願い聞き入れよ。永い時を経て、我が望み叶えし。この者の封印を解き我が命の代わりに・・・。アンシアリング!」
王妃は両手を天に上げ呪文を唱えた。すると、魔法陣の中が光輝き、その中にエフィは飲み込まれた。光は痣に吸収され、体を覆っていたオーラが消えるのをエフィは感じた。それを、見届けた王妃は優しく笑うと、よろめくように倒れた。
ヴィンチセオリたちは王妃に駆け寄った。
「エフィ。近くにきてちょだい。・・・。どうか、・・・許してね。愚かな母を。そして国を、・・・エレノネーラ帝国を救って・・・」
「王妃様の魔力が尽きようとしている。生命も・・・だ」
慌ててアニスが回復魔法を施したが、未熟な魔力しか持たない、アニスの力では、王妃の命を留めることは不可能だった。エフィは
「駄目です。母上。やっと会えたばかりなのに・・・。僕を置いて行かないで。僕は、僕は、まだ、何もしていない。すべてがこれからなのに・・・。僕は、まだなにもしていなのにー!」
泣き叫ぶエフィの感情に呼名するように、エフィの体が金色に輝いた。
それは、小屋全体を光らせ、あまりの眩しさに4人は目を逸らした。
エフィは倒れている王妃に近づき、その体に手を当てた。手からは温かい光が、王妃の中に流れ込み、生気のなかった王妃の顔色が戻った。
スーと目を開けた王妃は自分が生きていること、目の前にエフィがいることにすべてを悟り
「エフィ・・・。封印が解けましたね。これで我が国は救われます。・・・頼みますよ・・・」
そう言うと、気を失った。
窓の外ですべてを見ていたあのセオルドの部下は
「これは・・・。どういうことだ!早く、セオルド様に報告せねば」
踵を返すと、雪の風の中に隠れ、消え去った。
アリオンは王妃をベッドに寝かせると、側で見守るヴィンチセオリに
「父上。では、この方が王子、エフィ様ですか?まさか、魔力を封印されていたとは・・・。予言の子であるならば、王様がどんなにこの吉報を待たれていることか。私は、先に出発しこの事を王様に知らせなければなりません」
アリオンは立ち上げると、腰に剣を差し、ヴィンチセオリとエフィにお辞儀をして出て
いこうとした。しかし、ヴィンチセオリに止められた。
「待つのだ。今お前が1人で動けば、王妃様はどうするのだ。我々はインスタラ国の王宮には入れぬ。王妃様には休養が必要だ。少しここで休んでいただき、王宮へお連れせよ」
「しかし、父上。その間にも、わが国は滅亡してしまいます。以前、お話したように魔法省は敵の手に落ち、上層部も機能していません。抵抗しているのは、騎士団と父上の旧友の方数名のみです。いま、動かなければわが国は滅亡してしまいます」
国に置いてきた部下や王様の安否が気になると同時に、母国の惨状を少しでも
早く救わねばならない。焦っても仕方がないのは百も承知だ。でもこのままここに居てもなにも変わらない。むしろ、悪化するだけだ。そんなアリオンの焦りはヴィンチセオリも同じだった。一刻も早く母国に帰り、セオルドの暴走を止めなくてはならない。
だが、今帰っても全滅することは火を見るよりも明らかだ。
今は耐え、エフィの魔力を上げることが、母国を救うことにも繋がると、ヴィンチセオリは冷静な判断をした。
「よいかアリオン。お前の使命は王妃様を無事にエレノネーラ帝国にお連れすることだ。余計なことは考えるな。王の命に背いてはならない。分かるな」
ヴィンチセオリは、そうアリオンに念を押して、部屋を出て行った。残されたアニスとクリスは、何も言えず黙ってお互いの顔を見渡した。
エフィは王妃の側で王妃を守るように離れなかった。
翌日、眼を覚ました王妃はエフィと別れる際にこう助言した。
「あなたの魔力は無限大で感情によって左右されます。使い方を間違えば、国1つ滅ぼすこともできる力です。誤った使い方をしてはなりません。いいですね」
「はい、母上。肝に銘じ鍛錬を怠りません。先に国に御帰りください。必ず国を救うため私も参りますから」
「王様と待っていますよ」
その日から、ヴィンチセオリは集中的に、エフィの訓練を行った。エフィの力は杖や呪文を必要とせず、感情が高まると発動することは依然と変わらなかった。痣から光の剣を出すことが出来、それで空間や闇を切ることが出来た。
高度魔法もお手のもので、四大魔法はもとより、回復魔法や物体をあげること、飛行
魔法も可能となった。高度魔法の中でも、エフィが特に得意にしたのが、水魔法で、
水を自由自在に操り、渦や滝、氷の形に変えることが出来た。ただ、感情の起伏によっては、コントロールを失い、失敗することもあったが・・・。
アニスやクリスは各自の魔法力を上げる訓練やコントロールする訓練を自主的に
行った。あの日、エフィの封印が解けた日から、2人は遊ぶこともなく、いつもはお調子者のクリスでさえ、真剣に訓練に励んでいる。
それは、自分たちの敵がどんなに強大だということを、昨夜アリオンから聞き、危機感を持ったからだ。昼食も静かな中で黙々と進み、一言二言世間話をしては、すぐに訓練を再開する毎日だった。そんな中、師匠ヴィンチセオリが
「明日は国境近くの森に行く。訓練の成果を見ておきたい」
翌朝、朝早く4人は薄暗い中、小屋を後にした。まだ、日は上っておらず、4人ともマントに身を隠しながら、無言で前に進んだ。国境近くに着いたのは、昼前だった。
以前、住んでいたシュジュ村にも立ち寄った。村はあの日のままで、中央にある、神木は枯れることなく存在していた。
3人はしばらく神木の前で立ち止まり、その力をもらうかのように両手を幹に当てた。雪が積もるその中で、神木はわずかな温もりを3人に与えた。
食事はエフィが住んでいた小屋でとった。
「これから、国境の魔物退治に向かう。今のお前たちにはいい成果を見せる相手になる。それぞれの特性を生かし、協力して臨むように」
3人は魔物退治に行くことでヴィンチセオリが、3人がどこまで強くなったかを知ることが出来るのだと思った。魔物が倒せないようならば、都の闇の魔法師の力には遠く及ばない。むしろ、味方の足手まといになる恐れがあった。もし、魔物を倒すことが出来なければ、ヴィンチセオリは迷うことなく3人を置いていくことを考えていた。
でもそれは、3人にとって屈辱的なことだった。村が焼かれたあの日、何もできなくて、誰も助けられなくて、辛い記憶だけが残っている。それを忘れるためには、あの黒装束のやつらを倒し、エレノネーラ国を救うことが自分たちの救いにもなることを、3人は誰よりも知っていた。だから、やられるわけにはいかなかった。
3人は次々と出没する魔物を、ある時は自分だけの魔法で倒し、ある時は連携して倒した。エフィは自分の感情がコントロールできず苦戦したが、自分に敵意を向けて向かってくるものには容赦なかった。
30分後には、10頭すべての魔物は殲滅され、雪の上は魔物の血で汚れた。
3人も汗だくになりながら、弾む息を整え、ヴィンチセオリの反応を待った。
「よくやった、お前たち。アニス、そなたは冷静に物事を見ることが出来るが、反射反応や決断力にまだ不足な面がある。全体的にみるのなら、周りの味方の行動にも目をやる必要がある。クリス、お前は先行型で突っ走ることが多い。もっと周りを見て、順応できる力を身につけるのだ。突っ走ることだけがお前の能力ではないはずだ。
エフィ、そなたは感情に流されるときがある。そのため、魔力のコントロールが出来ず、他の者の力を借りなければならなくなるのだ。精神力を鍛えて、自分の感情をコントロールできるようにしなさい」
ヴィンチセオリは、厳しい評価はしたが、弟子たちが十分に訓練の成果を出していることを認めた。
3人はヴィンチセオリに言われた各々の課題に今しばらく時間を費やす覚悟であった。その日のうちに4人はインスタラ国に戻った。
決戦の日は近づいていた。
その頃、王妃を追跡していた部下から一部始終話を聞いたセオルド・ドメチは
「なに!王妃が何者かに魔法を施していただと」
「はい、我が王よ。王妃はインスタラ国に着いたのち、すぐに都から離れ、ある小屋に入りました。遠くて確認できませんでしたが、1人の子どもに何か魔法のようなものを与えていました。その子供は光に包まれ、しばらくすると子供の体が光始めたのです。私は、このことをセオルド様に早くお知らせせねばと、早馬で戻ってまいりました」
周りのマントの群衆がざわめく。セオルドの表情に次に起こるであろう事が容易に想像できたからだ。
「それで、お前は何もせず、そのまま帰ってきたのか」
セオルドは冷酷な表情で男を見つめた。男は、慌てて
「私は、この情報をセオルド様が欲しがると思い・・・セオルド様?何をされます!
私は、あなた様のご命令に従った・・・」
後は言葉にならなかった。セオルドは怒りに燃える目で、剣を抜き、顔色一つ変えずに男の首をはねた。
セオルドは、王妃が何をしたか理解してはいなかった。
だが、なぜか不安な気持ちを拭い去ることは出来なかった。
{王妃はなぜ、インスタラ国に出向いた?王女に会うためだけか?いや、違う。王妃はなにか別の目的があって危険を冒してまで向かったのだ。それはなぜだ・・・。いや、今や私には恐れるものなど存在しない。予言の子など見つかるわけもない}
セオルドはニヤッと笑いながら、闇を見た。
ある晩、ヴィンチセオリはエフィたち3人を、部屋に集め切り出した。
「これから1週間後、エレノネーラ国に向けて出発する。そこで騎士団と合流し、
王様に謁見をする。情報は随時、息子から届いているがまだ不足しているところもあるため、行動は秘密裏に行う。アニス、クリス、エフィそなた達の修行を見ていたが、上達は著しい。だが、まだ闇の魔法師には遠く及ばないだろう。アニスには防御力を上げる魔法をもっと上達してもらいたい。クリスは炎の魔法を私が知る限り伝授しよう。そしてエフィ、そなたは感情コントロールが出来るようになってきた。しかしもっと安定する
ように、感情をコントロールすることを覚えるのだ。いかなることが起ころうが、自分の感情に流されることなく、水のように静かに波打つことなく穏やかに・・・良いな」
「はい。師匠」
3人はヴィンチセオリにそれぞれ言われたことを、これから1週間で会得しなくてならないことを緊張な表情でうなずいた。
部屋に戻った3人は、硬い表情ではあったが、3人共、村の皆の仇が打てる日が近づいたことに緊張とは違う気持ちもあった。
アニスとクリスは両親を失い、エフィは父親代わりの長老を殺された。
これからの1週間がそのポイントになる。クリスは、無理に笑い
「また明日から、師匠にしごかれると思うと今からため息が出るなー。あーあ、今夜はゆっくりしたいよ。ほんと」
アニスもクリスに同調しながら、
「そうね。私たち、この何か月頑張ったわ。とくにエフィはとても上達したと思うわ。四代元素の火、水、風、土が使えることもすごいけど、自然の力を自由に操れるなんてほんとすごい。あっ、もちろん、クリスもとても上達したわよ。でも四代元素の魔法は師匠も使えないわ。それもこれもエフィが運命の子だからなのね。エレノネーラ国に着けば、王様や王妃様にも会えるし、良かったわね。エフィ」
クリスは、ややふくれた顔で
「僕は、ついでかよ・・・。まあ、いいけどな。でもほんとに良かったよなー。エフィ。親にも会えるし、・・・でも親っていっても国王だけどな。そうするとエフィは王子。えっ?そうだ、エフィは王子様だー。わあー、大変だー。僕たちエフィの事、エフィ王子と呼ばないといけない」
クリスは半分真面目、半分おふざけといった顔でエフィにひざまつき、アニスに笑い
かけた。アニスもクリスの言うことも最もだと、言わんばかりに頷いて
「そうよね。エフィは王子様だから様をつけなくちゃならないわ」
「やめてよ。2人共。ぼくは今までと同じエフィがいいよ。王子って柄でもないし」
エフィは慌てて手を振り払いながら2人に言った。クリスは
「分かっているって。エフィはエフィだもの。王子だろうとなかろうと僕たちの仲間だ」
「ありがとう。クリス」
「そう?エフィがそう言うなら仕方ないわ。でも、クリス、エフィは王子様には変わりないのだから、エレノネーラ国に着いたら、ちゃんと王子様と呼ばなくちゃ」
アニスはクリスを軽くにらみながらそう言った。
翌日から新たな訓練が始まった。アニスは防御力をあげて、外傷の傷や毒、麻痺に対抗でき、皆のサポートに回れるように回復魔法の精度を高めた。
クリスは、ヴィンチセオリ自ら、火の魔法を伝授し、炎の柱や炎の塊を投げる魔法。
そして剣に火の属性をつけて、敵に熱傷を負わせる魔法などいくつか伝授された。
エフィは1人で森に入り、穏やかな風や大気を感じながら、自分の感情をコントロールできるように訓練をした。
3人とも毎日がクタクタになるまで訓練し帰ると食事も摂らず、眠ることが多くなった。訓練と睡眠だけで毎日が過ぎ、自然と体力もつくようになってきた。
もともと細身のエフィの体も訓練とともにたくましくなってきた。
その頃エレノネーラ国では、アリオンがヴィンチセオリの指示の元、セオルドの行動を監視していた。信頼できる部下を使い、調べてみると、ここ数か月の間にセオルドは勢力をあげ、今や国王よりも支配力を持つ存在となっていた。
そして部下より、ここ数日、黒装束の者の国への出入りが一層増大している。と、報告を受けた。
アリオンは、それを水鏡でヴィンチセオリに報告して、一刻の猶予もないこと、
早く戻ってきてほしいことを何度も頼んだ。ヴィンチセオリは、1週間の猶予が欲しいとアリオンに伝え、必ず戻るから、なにかあれば、持ちこたえてほしいと指示を出した。
アリオンは騎士団とヴィンチセオリの旧友、信頼できる幹部の者を招集し
「1週間後、父がエレノネーラ国に戻ってきます。それまでは、何かあればこちらで対処してほしいとのことです。皆さんの力が必要です。この国を守るため、力をどうか貸してください」
「アリオン殿、水臭い。我々はヴィンチセオリの友。そして、この国と民を守るのが我らの役目。黒魔法師どもをこのままには出来ないことは、皆、同じ意見。微力ながら力を貸しますぞ」
ヴィンチセオリの友の1人、ジンはそう言うと、剣を取りだし、上に掲げた。
そして
「この剣に集いし、国王の名のもとに我がエレノネーラ国に幸あれ!」
「オー!!!」
地が割れんばかりの声が響いた。アリオンは、それをみて
「父上、私たちはなんとか父上がお帰りになるまで持ち堪えます。どうか、王子を連れてお戻りください」
アリオンはそうつぶやくと、歓声の輪に入った。
1週間の日がたった。ヴィンチセオリとエフィ、アニス、クリスの4人は、エレノネーラ国に向かって出発するため、インスタラ国の王女に挨拶に向かった。
「王女様、我々はこれよりエレノネーラ国に向かいます。そして闇の魔法師を殲滅するため、戦いに赴きます。最後の別れになるかもしれません。どうぞ、お体をご自愛ください」
王女は、ヴィンチセオリの後ろにいる3人の顔を見ながら
「ヴィンチセオリ殿、どうぞ父上、母上を頼みます。あなたに再び会えること信じています。そして母国の未来を頼みますよ」
エフィは初めてみる妹を、何も言わず見つめた。
{双子の妹。お前はなにも知らず、ここで幸せに暮らしてほしい}
アニスとクリスはそんなエフィの表情を複雑な顔で見守った。
ヴィンチセオリ一行は、エレノネーラ国に、最後の決戦に出発した。どんな過酷な運命が待ち受けているともこの時は誰も知らなかった。
覚醒したエフィは今までの気弱なエフィではなく王子としてエレノネーラ国を守る意志を持って戦いに挑みます。村人は最後までエフィを責めることなく殺されました。ギデオン長老はエフィの身を案じ亡くなりました。殺される村人のことを考えると、潔さや悲しみが痛いほど伝わってきましたが、いかにエフィが村人に大事にされていたかを思うと、エフィは強くなると確信しました。次回は完結編です。今後のエフィの活躍に期待してください。