エレノネーラ帝国物語 呪いの子と追放された魔法師ヴィンチセオリ
訳あって捨てられた子供は魔力を封印された国の王子だった。封印したのは母である王妃。なんの意味があるのか?子供は少年となり自分の両親を探そうとするが・・。予言された子供をめぐり、魔法省と黒の魔法師たちが地下でうごめく。国に災害が訪れる時、体に痣を持つ子供が国を滅亡から救う。ついに、予言の子は黒の魔法師と対峙する。殺された恩人や傷つけられた友のために少年は魔力を真の敵に突きつける。
恨み、悲しみ、友を・・・師を苦しめたすべて、今ここで断ち切る。
今、ここで全てを終わらせる!すべての元凶、殺された人々の
エフィは息を整え、目の前のセオルド・ドメチを睨み、光輝くその手を振り上げた。
「やめろー」
閃光は王庭の全てを飲み込んだ。
エレノネーラ帝国は、3つの国で構成されている。永久凍土の魔法の国、エレノネーラ国。短い四季のある、魔法の国、アナガイア国。 四季のある非魔法国、インスタ国。
大陸の中央に位置するエレノネーラ国は、帝国の中枢を担っており、インスタ国とアナガイア国を行き来する人々が往来する国である。だが、エレノネーラ国は永久凍土の為、そこに住む民は、マイナス20℃の寒さに耐えながら生活しなければならない。国の上級魔法師が国の壁面に防寒のための魔法をかけ、結界で寒さを防いでいてくれるが、それでもマイナス5℃の寒さだ。そのため、各家には、温かい暖炉があり、エレノネーラ国特有の、ピコス茶や、エモ茶といった、体を寒さから守ってくれる飲み物がある。食料はいつも不足し、多くは非魔法国、インスタラ王国に頼っているのが実情だ。肉や野菜、果物に限らず衣類やお茶の葉などのエレノネーラ国の全ての生活に必要なものをインスタラ国に頼っている。その代わりに災害や魔物など、対処に困ることなどはエレノネーラ国の魔法師、騎士団の力を借りるといった協力体制で成り立っている。国の中は魔法を使える者がほとんどで、魔法師の魔力には及ばなくても、雪を溶かす火の魔法を持つ者は、家の周りに吹き荒れる雪を一時的に溶かすことも出来るが、すぐに積もる雪の生活に民は疲れ果てていた。そのため、民は国の異常気象を王のせいだと噂する者までいる。そのほとんどが噂に流された一部の民で、ほとんどの者は王家を敬愛している。
エレノネーラ国の魔法は、四大で分けられ、火・風・水・大地があり、その中でも水の魔法は高度で、選ばれし魔法師しか使えず、取得している魔法師は、国の中でも数名しかいない。多くは代々、水の魔法家系の一族か、魔法省に在籍する幹部クラスの者たちだ。火や風や大地は自然魔法で、それなりの訓練をすれば使えるようになる。それゆえ、民は、水の魔法を使えるエレノネーラ国の魔法省に尊敬の念を抱いている。
隣国のインスタラ国は、エレノネーラ国と違い、春、夏、秋、冬の四季があり食べ物も豊富だ。春には花が咲き、夏には水遊び、秋や冬は暖かい家で過ごすこの国は、エレノネーラ国からの出稼ぎも多く、移住する者もいる。
アナガイア国は、エレノネーラ国と同じく雪が降る国だが、年中雪があるわけではなく、雪が解ければ花が咲き短い四季もある。 魔法を使える者もエレノネーラ国寄りは数が少ないが居ないわけでもなく、エレノネーラ国の魔法省と比べると魔力に差があり、高度な魔法は、王家にしか受けつがれていない。エレノネーラ国の王妃は、アナガイア国の出身であり、高度魔法や王家にしか受け継がれない魔法を使うことが出来る。
そんな極寒なエレノネーラ国も、ひと昔までは、四季のある美しい国であった。インスタラ国のように四季があり、花が咲き鳥がさえずる、いい国であった。しかし、ある時を境に、エレノネーラ国は1年中極寒な地となり、魔物がはびこる国となってしまった。アナガイア国も同じように四季を失い、今日にいたっている。両国の賢者がいくら原因を探してもわからず、呪いだと噂する者まで現れた。エレノネーラ国に住む一部の者たちは
「王が呪われた王妃を娶ったからだ」
「魔物の出現は王に恨みを持つ者の仕業だ」
などと、噂を流し、国民の不安をあおっている。
しかし、この噂の根源は、黒魔法師と呼ばれる地下組織が、噂を拡散しているのではないかという魔法省の見解もあり、国の重鎮たちは頭を悩ませている。それに加え、エレノネーラ国とインスタラ国との国境には、魔物が出現する。魔物は口から火を放ち、鋭い爪で通りがかる人々を襲うのだ。頭を悩ませたエレノネーラ国の魔法省は、魔物討伐部隊に、アリオンという若い騎士団長を任務に就けた。そして、そのアリオンの父親であり、そして、魔法省すべてを指揮、統括しているのが、魔法省トップのヴィンチセオリである。齢70歳にして、魔法省すべてを統括している。人望も厚く、王にも絶対的信頼を得ているヴィンチセオリは、高度魔法の1つである、水の魔法を得意とする。杖の先から放たれる魔法は国随一の絶対魔法で誰にも敗れたことがなく、魔法省の幹部も一目置いている。先王の時代から、魔法省のトップとして魔法省を統括しているヴィンチセオリは、亡き妻に忘れ形見アリオンを溺愛していた。亡き妻に似た青い瞳は、ヴィンチセオリの唯一のなぐさめでもあった。28歳という若さで騎士団長を務め、父親似の正義感の強い青年であった。
騎士団長の任につくアリオンは、王族を護衛、魔物の殲滅を担う部隊と、民を守るため都の見張りをする部隊、そしてインスタラ国の窮地に出動する、部隊の3つの部隊すべてを統括する権限を与えられた隊長である。金髪と青い瞳は穢れを知らぬ好青年ではあるが、少々無頓着なところもあり、国中の未婚者の熱いまなざしにも気づかない鈍い所もある。
そんなアリオンは、今、暗闇の中をエレノネーラ国に帰るべく、猛吹雪の中、馬を走らせていた。
「隊長、後ろの隊が遅れています」
副隊長のジースが先頭を走らせるアリオンの隊に伝令に来た。
「ジース、もう少しで国境を越える。魔物が出現する危険が高いこの場所で、止まるわけにはいかない。国境を越えると、大きな湖がある場所がある。そこで落ち合おう。お前が指揮をするのだ」
「了解しました」
ジースは敬礼をすると後ろの隊に戻って行った。
「くそ、この吹雪は異常だ」
アリオンは吐き捨てるように空を見上げた。
隣国のインスタラ国との国境のはざまに、シュジュ村という、少人数が暮らす小さな村がある。村には近くに大きな湖があり、今日も分厚い氷が人の行く手を阻んでいる。それに反して、村の中央には、雪や寒さにも決して枯れない、不思議な大木がある。村人はいつの頃からか、この大木をシュジュ村の神木と呼び、村の守り樹としてきた。シュジュ村には、30人ほどの村人が住んでいる。ほとんどが40代で、あとは老人が多く、皆、成人すると気候の安定したインスタラ国を移り住むため、村を離れるからだ。子供と言えば20歳未満で3人しかいない。
そんなシュジュ村の、いつもと変わらぬ朝、雪が降りしきる道を、いつものように少女と少年が、友人の家に向かって歩いていた。雪が積もり、重くなった樹の雪を落としながら2人の声はにぎやかだ。
「だから俺は言ってやった。母さん、こっちの方が似合うって。そしたら婆さんも同じ意見でさー、母さん今、おめかしして会っているだろうよ。いい歳をして何が楽しのだか」
「ふふ、クリスにはまだ早いわ。おばさんは、まだ若いのだからこれからよ」
「ゲー。うちのはもうおばさん、アニスの母さんの方が、きれいで魔法も使えてすごいや」
「ふふ、ありがとう」
クリスとアニスは風を切る寒さの中でも慣れているのか分厚いコートと手袋で頬を赤くして白い息を吐きながら前に進む。しばらく歩くと神木があり近くに目的の親友の家が見えてきた。最後は2人とも走りだしドアをバタンと開けた。
「おはようエフィ」
「オス、エフィ。今日は湖の氷渡りの競争をするぞ。負けたほうが今日の薪拾い当番だからな」
「お早う。アニス、クリス」
相変わらずの2人に笑顔で答えるエフィ。エフィと呼ばれたこの少年は、緑の髪に緑の瞳の15歳の少年。普通の子どもだが、珍しいのは、右手に変わった形の痣があることだ。エフィは赤子の時に、この村に捨てられていたのを発見され、村人の厚意で、この15年間この家で暮らしている。
そんなエフィに笑顔を向けているのは、アニス・グランチェ。18歳の長い栗色の髪の毛をポニーテールにしている、金色の瞳をした少女だ。フードのあるコートには、雪を乗せており、吐く息は白い。両頬に笑いえくぼがある。声は明るく、コロコロと笑う笑顔は人を魅了させる。
ガキ大将の声で元気一杯のクリス・モードは、アニスと同じ年齢で、茶色の短髪、茶色の瞳で、アニスより少し背が高く、いたずらっ子の顔をした少年。クリスは雪の上を転げたのか、コートにたくさんの雪がついている。
アニスとクリスはエフィの幼馴染で、唯一のシュジュ村の子供達だ。2人の様子を見ながら、エフィは、テーブルに並べられたパンとスープでお腹を満たしている。
「クリス、やめなさいよ。危ないわ。それにエフィは傷がまだ癒えてないのだから」
エフィの左手には、数日前に出来た擦り傷があった。アニスはそれを心配して、クリスに注意した。
「大丈夫だよ、アニス。アニスのお母さんに治癒の魔法をかけてもらったから、痛みもほとんどないよ」
エフィは良くなっている傷を見ながら、アニスの心配そうな顔に笑顔で答えた。
穏やかないつもの朝、変わらない日常。いつの間にか外は雪が弱くなり、日差しが少し出てきた。これは普通ありえないことで、エレノネーラ国は永久凍土の地にも関わらず、このシュジュ村の周辺は首都よりも気候が温暖なのだ。それも神木のおかげだと、村人は尊敬の念を神木に向けている。
「吹雪が収まってきたみたい。急ごう」
エフィは急いで、朝食を口に運んだ。そんなエフィを、アニスとクリスは暖炉の前で、体を温めながら優しげな顔で見つめた。
3人の毎朝の日課は、湖までの散歩だ。湖で分厚い氷の上をかけっこしたり、滑ったりした後、必要な薪を集めるのだ。魔法の使えないエフィには、火を起こすための薪が必要不可欠だった。雪の積もる森の中を仲良く笑いながら歩く3人、時々雲の間から薄光が射し、雪が反射しキラキラと光る。アニスとクリスは、枯れ木の枝に付いている雪をわざと落としながら、キャッキャッと、はしゃいでいる。それを見るエフィも笑っている。空気は冷たいが、凛として清々しい。
そんな2人を見ながら、エフィは毎日考えている思いがふと、頭をよぎるのだ。
{毎日がこんなに幸せでいいのだろうか}
{僕は大人になっても、この村にいたい。でもそれが僕の運命なのだろうか。なにか僕の心が違うと言っている気がする}
エフィは、自分の中の何かが、心にそう訴えている気がしてならなかった。
その頃、エレノネーラ国に向けて、馬を走らせていたアリオンは、ジースとの合流地点である湖のほとりに着いた。
「全隊とまれ!」
合図で馬は一斉に手綱をひかれ、前足を上げて止まる。どの馬も、白い息と荒い息使いをしている。見渡す限り、大きな湖が前に立ちふさがっている。ジースの隊ははまだ見えない。周りを警戒しながら、アリオンの頭の中は、父ヴィンチセオリに報告する事柄で頭がいっぱいであった。
{父上は、私の報告を聞いてどう思われるだろうか?まさかあの方が・・・}
湖のほとりを走りながら、自分の嫌な考えを拭き飛ばすように頭を振る。
その時、湖の近くに小さな村があるのに気づいた。
{あれは・・・。ここにも小さな村があったのか。あまり期待はできないだろうが、一応、情報を得なければなるまい}
「ジースに伝えよ。私はあの村に行ってくる。合流したら後から来るように、5名ついてこい」
「はっ」
アリオンはまだ息の荒い馬の脇腹を蹴ると小さく見える村に向かって走り出した。そこは、エフィ達のいるシュジュ村だった。
同じころ、エフィは前を歩くアニスとクリスを追いながら、天から落ちてくる雪の粒に手を晒し、昔の記憶を辿っていた。エフィの脳裏にわずかに残っている記憶。
空から降ってくる雪に手を伸ばし、天を見上げて小さな声で泣いている。その右手には痣・・・。そしてどこからか聞こえてくる誰かの泣き声。エフィは自分の右手を見た。痣は手首近くに、水の形をかたどっている。痣がいつからあったものかは、エフィ自身にはわからなかった。聞いた話では、エフィを見つけたアニスが見つけたらしい。
エフィは、この痣が煩わしかった。痣が、前触れもなく疼き痛むせいだ。最近では、樹から降りようとして、一瞬ズキッとした。そしてケガをしたのだ。幸いなことにその時は、雪がクッションとなり、エフィはかすり傷だけで大事に至らなかったがー。
{あの時、魔法が使えていたら・・・。}
エフィは、自分が魔法を使えない事にうしろめたさを感じていた。
{僕は魔法界で魔法が使えない異端人}
クリスから聞いた言葉を、何度もつい、口にしてしまう。幸せを感じながらも、エフィは物心ついたころから、そう考えるようになっていた。
近くでは、湖に着いて、割れることのない氷の上では走り回るアニスとクリスが笑い声を上げている。
すると、クリスが、湖の向こう側を指しながら、
「ん?あれはなんだ。あの白い雪煙?何だかだんだんこっちへ来るみたいだぞ。魔物か!」
クリスの怯えた声で、エフィ、アニスはインスタラ国境側の方から立ち上る雪煙に、目を凝らした。確かにそれは、どんどん大きくなる。クリスは、よくよく目を凝らしながら
「あれは‥馬の隊群だ。ん?あの旗の紋章は…。あの旗の紋章は、エレノネーラ国のだ。なんでこんなところを・・・?」
アニスはさらに近づいてくる軍に、眼を凝らしながら、
「クリス、あれは、騎士団よ。どうして?騎士団は魔物を退治する部隊でしょう。
最近、魔物は出ていないのに・・・?でもほんと、こっちに向かってくるわね」
アニスもクリスも、滅多に見ない光景に驚いている。
そう話している間にも、騎士団の群は、どんどんエフィたちに迫っている。
騎士団の先頭の馬上の騎士が、エフィたちに気づき、手をさっと上げた。それに合わせて、一斉に馬はいななき、荒い息を弾ませ止まった。
エフィたちは、少し離れて止まった一行に、警戒心を抱きながら、固まって、事のなりゆきを見守った。
すると、先頭の兜を被った男が、兜を外しながら
「お前たち、村の子供か?聞きたいことがあるのだが・・・」
と、エフィたちの村を指さしながら声をかけてきた。
咄嗟にクリスは、アニスとエフィを守るように、男の前に立ちはだかった。が、顔面は引きつっており、青白い顔だ。そんなことには、お構いなしに、兜の男は、3人を交互に見ながら
「あの村は何という名の村なのだ?」
思いのほか声は、穏やかな口調だった。しかし、アニスとエフィはかたい表情のままだ。
クリスはゴクッと唾をのみ込んで、一歩先に出ると、
「あの村はシュジュ村といいます。あなた方は騎士団の方でしょう。騎士団の方が
この村に何の御用でしょうか」
背一杯の虚勢をはって答えた。兜の男は、クリスの反応に顔色変えずに
「そうだ。私はエレノネーラ国を守護する騎士団の団長、アリオンという者だ。
そうか、ここがシュジュ村か。長老に会いたいのだが、案内を頼めぬか?」
{騎士団が一体何の用で、こんな小さな村に・・・}
3人が黙っていると
「団長、ここで時間を取られますと、国に着くのが遅くなります」
合流してきたジースが後ろから隊を引き連れてやってきた。
{それもそうか}
アリオンはジースの意見に頷き
「長老に会うのは叉の機会にしよう。それでは今、お前たちに聞きたいことがある 15年前、ここ一帯で変わったことはなかったか。また、見知らぬものを見たなどの噂を聞いてはいないか」
エフィはドッキとした。
{15年前?僕がここに捨てられた年だ}
アリオンは、エフィたちの行動、表情、言葉を逃さまいと、3人を見つめた。クリスは手が震えながらも、顔色を変えまいと虚勢をはった態度で
「15年前?・・・僕たちはその時はまだ子供ですから、何も知りません」
クリスは、表情を悟られまいとポーカーフェイスで答えた。
その返事に、アリオンは、苦笑いで、
「ほう。ものをはっきり言う、怖いもの知らずのようだな。まあいい。我々はある子どもを探している。丁度、今のお前たちくらいの歳の子供なのだが・・・」
エフィは一瞬ピクッと体を固まらせた。アリオンはそれを見逃さなかった。
クリスは、慌ててエフィを隠すように、自分が前に立ち、さっきと同じことを繰り返した。
「知りません。そんな子供は村にはいません。いたら僕たちが知っているはずです。村で噂になったこともありません。なんなら村の長老にでも聞いてみたらどうです。大体その子供をどうして探しているのですか?」
アリオンはその質問に答える気はないらしく
「そんなこと、お前たちは知らなくていい」
アリオンはクリスをチラッと一瞥してから、クリスの後ろにいるエフィに
「後ろのそなたはどうだ、知らぬか」
エフィの瞳の奥を探るように聞いてきた。クリスの後ろで震えるエフィは、口が固まったように唾も飲み込むことが出来ず、黙り込んでいた。
すると
「・・・!」
急にエフィは、手の痣が熱くなるのを感じた。見ると痣は、赤く光を放ち始めていた。
{どうして?しかもこんな時に・・・}
エフィは狼狽えた。必死で痣を皆の目から隠すように後ろに回した。エフィが答えないことに副官のジースが
「どうした、早く答えないか。隊長が聞いておられるのだぞ」
と、エフィを問い詰める。クリスは、エフィに異変に気付き、慌ててエフィを遠ざけると、
「ああ、こいつはおれの弟で、少し頭が弱いから、聞いたって無駄ですよ。こいつは何もわかっちゃあいない。・・・とにかくこの村にそんな子供はいないし、居たためしもないですよ」
しばらく、エフィの顔を見ていたアリオンは
「・・・そうか、分かった。邪魔をしたな。・・・皆の者行くぞ!」
クリスの答えに納得したのか、アリオンは手を上げて、隊を引き連れてエレノネーラ国の方に向けて足早に3人から離れていった。
騎士団が湖から遠く離れたのを見送ったクリスは、フーとため息をついて、その場に座り込んだ。アニスとエフィはまだ固まったまま、身動きができない状態だ。
「ドサッ」
雪が落ちる音で、やっとエフィ達は我にかえった。やっと口が利けるようになったエフィは
「クリス、あの人が探していたのは・・・僕のことじゃ」
同じように、緊張が解けたアニスも
「そうよ。どうして言わなかったの。多分、あの人の探しているのは、エフィのことだわ」
その言葉に、クリスは、両手を振って
「駄目だよ。分からなかった?あいつの異様な雰囲気に。本当にあの連中がエフィを探しているのなら、それはなぜなのか。それが分かるまでは、今のことは誰にも黙っておいた方がいいよ。さあ、今日はもう帰ろう」
クリスはそう言うと、スタスタと村の方へ歩き出した。
アニスとエフィは顔を見合わせてから頷き、クリスを追いかけて歩き出した。
歩き出したエフィの体を、風が渦を巻いて通り抜ける。エフィは、後ろを振り向き、今や姿の見えなくなった騎士団の行く手を見た。
{騎士団はエレノネーラ国に向かっていった}
この時、エフィは、あの騎士団長のアリオンとの出会いが、今後の自分の運命を左右するとは、全く夢にも思わなかった。ただ何故か、アリオンの言った子供の事を、今はもう光を放つことのなくなった、冷たい右手の痣を見つめながら、また降り始めた雪に、体を小さくしながら、アニスとクリスの後を追うため走り出した。
「じゃあ、またあとでな。エフィ」
クリスはエフィの家に着くと、踵を返して足早に行ってしまった。アニスは、そんなクリスとエフィを見比べて、
「じゃあね、エフィ」
足早にクリスの後を追いかけた。アニスはクリスに追いつくと、横に並び歩きながら
「クリス、これからどうするの?」
心配そうにエフィの家を振り返りながら、アニスはクリスに意見を求めた。
「どうもしないさ。アニスもさっきの事は内緒だからな」
クリスは自分の家が近くなると、アニスにそう告げ、自分の家に向かって走り去っていった。アニスは、クリスの後ろ姿を見ながら、せめて長老にだけでも伝えるべきではないかと考えたが、頑固なクリスが言うことだから。と、タメ息をつくと、自分も家路に向けて歩き始めた。
アニスたちの姿が見えなくなるまで外で立ち尽くしていたエフィは、2人の姿が見えなくなると、部屋に入り、暖炉の薪に火を付けた。火がパチパチと部屋を暖かくしてくれる。エフィは暖炉の火が燃えるのを見ながら、さっきの出来事を思い出していた。
{さっきの人たちは、なぜ子供を探しているのか?もしかしたら僕のことかも・・・}
エフィは、両親が自分を探しているのかも・・・と、淡い期待を抱いた。だから、今すぐにでも長老に話したいと思った。しかし、クリスの言い分にも理解が出来たため、
悩んだ。その反面、長老は、きっと内緒にしてくれるだろうと考えた。
{両親が僕を探してくれているのだとしたら、騎士団長様が直々に探すのか。一市民の僕を。僕の未来はエレノネーラ国にあるのか?}
「長老なら話を聞いてくれて答えを出してくれるはず。クリスには悪いけど自分の事かもしれないから、聞いておきたい」
「コンコン」
{ビクッ}
ドアを叩く音が、雪に混ざって聞こえてきた。エフィが恐る恐る開けると、ドアの向こうに雪を頭から被ったアニスが立って居た。
「アニス・・どうしたの?」
「エフィ。長老の所に行くわ。付いてきて」
半ば面食らっているエフィの手を持って、長老の家に向かいはじめた。夕方になると気温はさらに落ち、体の芯から冷えてくる。だが今のエフィは興奮していた。自分が考えていたことをアニスが同意してくれて、長老に会おうとしてくれている。それが嬉しかった。アニスは、エフィと長老の家に向かう間、クリスの考えに異論を唱えた。
「だからね。騎士団の事は秘密にするべきじゃないと思うの。村の事は、長老に報
しなくちゃ。それなのにクリスったら、何を考えているのかしら・・・。エフィはどう思う?」
アニスは、エフィの方を振り向きながら聞いた。
「僕は・・・、クリスの考えも理解はできるから、クリスがいいというまでは黙っておこうかと思っていた。でも本音をいえば、長老に相談したいことがあって・・・。あの人たちに関係してくることだから、いつまでも黙っているわけにもいかなくて・・・。どうしようかと考えていた」
「相談?エフィ、何を相談したいの?」
「それは・・・」
エフィが言い出せないことにアニスは何かを勘づいて
「いいわ。別に、話してくれなくても。エフィにはエフィの大事なことがあるのでしょう。でも困ったら必ず相談してね」
アニスは、無理にエフィから聞き出そうとせず、ひたすら前を向いて長老の家を目指した。エフィにはアニスの気持ちが嬉しかった。
シュジュ村のギデオン長老は、エフィが赤子のころから世話になっている、信頼の置ける村の長である。胸元まで伸びる白い髭をたくわ、顔には皺も深く刻まれているが、齢70歳には見えないくらいかくしゃくとしている。村人からは賢者と呼ばれ、村を平和に治めていた。若いころはエレノネーラ国の都に住み、四季のあったエレノネーラ国で友に囲まれ住んでいたが、20年前に永久凍土になったエレノネーラ国を憂い、旅に出た。そこでここシュジュ村の最初の住人となり、30年住み続けている。かつては妻がいて子供たちも居たが、先立たれ、子供は村を出て行ってから、15年前、エフィがここに捨てられるまで、村人を導き、火の魔法で村に恩恵をもたらしてきた。
そんなギデオン長老は、アニスとエフィが、自分の家に向かっているとは露知らず、雪と風が入り込みそうな窓辺の近くで、雪を眺めていた。ため息をフーとつくと、長老は暖炉の火を見ながら、手に持った物を眺め呟いた。
「もう、15年か・・・・。年を取るのも早いはずだ。子供は成長するのが早い」
長老の手にあるのは、大事な物なのだろうか、奇麗に折りたたまれている。どうやらそれは産着のようだ。一見何の変哲もない産着だが、襟の方には細かい刺繍が施されており、布も絹で高価なものに見える。それを長老は大事そうに、撫でながら見つめている。その上にはなにか光るものが置かれている。長老はそれを手に取ろうとしたが、外から声が聞こえてきたため、慌てて暖炉の上の奥の方に、それを押し込んだ。それと同時にドアがドンドンと叩かれた。
「長老様、長老様、いらっしゃいます?アニスです」
長老はドアを開け、雪に埋もれて冷え切っているアニスとエフィを見た。
「おお、寒そうに・・・。早く入りなさい」
長老は2人を迎え入れると、暖炉の上で湯気を出しているピコス茶と呼ばれる甘い飲み物をカップに入れて、暖炉の前で、毛布にくるまれて椅子に座っている子供たちに差し出した。
「アニス、エフィ。2人でどうした?クリスがいないようだが・・・。それに、こんなに
冷えて・・・」
長老は2人を交互に見た。それほど2人の顔色は青白く震えていたのだ。
「フー。美味しい」
ピコス茶を飲んで体が温まったのか、アニスは大きく息を吸い込みながらエフィをチラリと見てゴクリと唾をのむと
「長老様、私たち、さっき湖で・・・」
「湖ですごく大きな鳥を見たのです。鳥なんて本でしか見たことがなくて・・。それでびっくりして・・・。ねえ、アニス?」
エフィはアニスの言葉を遮るように、笑顔でアニスを見て頷いた。アニスは口をもごもごさせながら
「・・・ええ、そうなのです。とても大きな鳥で、あまりにびっくりして、しばらく動けないくらい・・・」
アニスは、最後の方は下を向いて声が小さくした。
「そうか、そうか。それは驚いたであろうな。鳥は吉兆とも呼ばれておる。いい物を見たな。しかし、くれぐれも言っておくが、国境近くには決して近づくではないぞ。最近は何故か魔物が活発のようだから」
2人はコクリと頷いた。それから、2人は今度、村である祭りや魔物の話を長老と話し出した。
部屋は暖かく、飲むピコス茶は甘く、いつの間にかエフィは眠くなってきた。それは、さっきあった出来事の緊張が解けたせいでもあるが・・・。隣を見ると、アニスは、カップを手にしたまま、コクリコクリと体を揺らして、とうとうカップを落として椅子に座ったまま眠ってしまった。それを見た2人は微笑みながら長老のベッドに運び、寝かせた。アニスは軽い寝息を立てながら休んでいる。
エフィと長老は、暖炉で薪がパチパチと音を立てながら燃えている様を黙り込んでみていた。まるで、ここが、世界の中心のような感覚で、お互いの考えを読もうとするように・・・。やがて、その沈黙に耐え切れなかった長老は、ピコス茶を一口飲み一息つくと、暖炉の方を見たまま
「エフィ・・・。お前も15歳になった。これからどうする?村を出るもよし、残るもよし。お前の人生だ。これからのことをよく考えなさい」
急な長老の言葉に、エフィは
「長老様・・・」
エフィは、暖炉を見ながら、前から考えていたことを口にした。
「長老様、・・・僕は一度、3国を回る旅に出たいとおもっています」
「旅に?何がしたいのじゃ?」
急にエフィの口から出てきた言葉に、ギデオン長老は少し狼狽えながらエフィの返事を待った。エフィは、しばらく俯いて考えていたが
「・・・僕は・・・僕は自分の両親を探したいと思います。それで・・・あの・・・もし会えたら、僕がなぜ魔法が使えないかを聞きたいのです」
{そうだ。なぜ僕だけが魔法が使えないのか?それはインスタラ国の人間だから?それとも異端人だから?ずっと不思議だった。会えたら聞きたい。なぜ、僕は捨てられたのか}
最後の疑問は決して聞けないなと確信しながら、エフィは長老の顔を見た。長老は、エフィの言葉を聞いて、最初は驚いたが、それも最もだという顔をして頷いた。そして立ち上がると、エフィの肩を持ち
「エフィ。それはお前にとって、どんな結果をもたらすことになるかわからない。それでも知りたいということか?」
エフィは長老の意味ありげな言葉に気づかず
「はい。どんな結果になっても構いません。僕は自分の事が知りたいのです」
「そうか・・・。儂はお前の決断を誇らしくおもうぞ」
「長老様」
それきり、2人はピコス茶を飲みながら燃える火を眺めた。お互い、考えていることは違っていたが・・・。
木がパキッと音を立てて崩れると、隣の部屋で寝ていたアニスが
「うーん」
と、寝返りを打った。外はまだ雪が降り続いている。
その頃、シュジュ村からエレノネーラ国に向け、歩を進めたアリオンは、吹雪の中で、先ほどの村での出来事を思い返していた。アリオンはあの背中に隠れていた子供の事が、どうしても気になって仕方なかった。元々アリオンは、直感で動くタイプの人間で、彼の直感が、あの子供には何かあると感じ取っていたのだ。だが、今は其れを結論づけるのは性急だ。それを決めるのは、魔法省のトップである父のヴィンチセオリだ。
「団長。先ほどの村、長老や村人には会わなくてよろしかったのですか?」
団員のイアンが、アリオンと馬を並走させながら、村から離れた理由がわからないというような顔で聞いてきた。
「あのまま村にとどまれば、国に着くのが遅くなってしまう恐れもある。それに自分はあのまま、村人や長老に聞いても、答えは同じような気がするのだ。それに見たであろう。あの背中に隠れた少年を。あのような者が何かを知っているはずはなかろう」
アリオンは、イアンと自分にそう諭すように馬を走らせながら言った。
なるほど。と、言った様子で納得したイアンは続けて
「団長。我々はヴィンチセオリ様のご命令で隣国をめぐっておりますが、何か探しているのですか?」
イアンは他の団員と同じように、アリオンが、ある子供を探しているとは知らず、ただ隣国の見回りだと感じているようだ。子供を探しているのを知っているのは、副官のジースのみ。それは、父のヴィンチセオリから、信用できる者にしか言わないように命令されていたからである。ただアリオン自身も、ヴィンチセオリから詳しくは聞いておらず、ただ15年前に、国内外で変わったことがないか、見知らぬ子供を見なかったかだけの確認をするように指示されただけであった。アリオンは言葉を濁し
「イアン、これは隣国の情報収集の一環だ。魔物の襲来があってからでは遅いからな。それに自国の民の暮らしぶりを、王様は気にされている」
吐く息を白くしながら、アリオンはイアンを見つめた。イアンは無言でうなずき、後方へ下がった。それを見ながらアリオンは、騎士団の中に内通者がいないか、日頃から警戒していた。騎士団員は、アリオンが全て選別した信用できる部下ではあるが、黒の魔法師に屈する者もいるやかもしれない。
【黒の魔法師】
アリオンは父から聞いた魔法師についての事を思い出した。国を滅亡させる危険分子。その中で暗躍する黒の魔法師の情報を得ることも、今度の遠征の目的の1つであった。それがこのような結果になろうとは・・。父は何というだろう。アリオンは父親の憂いする顔を想像すると、胸が苦しくなった。しかし、情報は届けなければならない。アリオンの真面目な性格は父親似なのだろう。アリオンは気を張り
「もうすぐエレノネーラ国だ。皆、気を張れ。列を乱すな」
前からくる風に抵抗しながら、馬が吐く白い息とともに、騎士団は前進し続けた。
周りは雪が暴れるように猛吹雪で、一歩前がかすんで見えない。隣を走る騎士団の仲間同士は声をかけ合いながら前に進む。
副官ジースは、先行隊として、前線で馬を走らせながら、自分の幼少時代のことを思い出していた。20年前、ここエレノネーラ国には、四季があり、春には花が咲き、夏には魔法で水龍を出現させ、夜には満天の星が見えた。秋には、紅葉でたくさんの動物たちが木々の間を走り回っていた。冬は両親と温かいピコス茶を飲んで、暖炉の周りで語り合った。国は雪一面になり、雪祭りも開催されていた。それは遠い昔・・・。それがある日を境に、この国は、呪われた冬の国となってしまった。この国だけが・・・。都の民が、この国を呪われた国だと言っているのは知っている。その原因が王妃のせいだという馬鹿げた話も、ジースは信じてはいなかった。だが、今のこの国を見ると、呪われた国だと思う民の気持ちも、わかる気がしてきた。だから団長が探している子供が、何かこの国にとって、重要な子供になるということも想像出来た。だからジースは探している子供のことを、‘運命の子‘と呼んでいた。
「もう少しだ。列を乱さないように進め!」
部下に号令をかけると、ジースは先頭に立ち、馬を走らせた。周りは白一色で、聞こえてくる音は風の音と、体に当たる雪の音だけ・・。
半日走り続けた騎士団は、夕方近くには、エレノネーラ国の城門をくぐり、国内に入ることが出来た。城内は魔物の襲来を警戒し、アリオンの他の部隊が、城壁から常に国境に目を光らせていた。アリオン一隊は、王宮を目指し、どんどん登り坂を上がり、山頂にある王宮内に入った。王宮内に入ると、アリオンは馬から降り
「よし。それでは、各自、休息をとれ。ジース、後は頼むぞ」
羽織っていたマントを外し、腰に刀を携えて、足早に王宮と隣接する魔法省に向かった。
エレノネーラ国には、3国を代表して、魔法省が存在する。魔法省を統括しているのは、アリオンの父親でもある、ガンナ・ヴィンチセオリ、その人である。長い髭と白くなりかけた髪で、杖を突きながら歩く姿はエレノネーラ国の賢者と呼ばれて人望も厚い。
ヴィンチセオリは、魔法省トップという名に負けないほどの魔法力の持ち主で、魔力は魔法省のなかでも、唯一無二の存在である。他の魔法師の追随を許さず、高度魔法である水の魔法はもとより、火・風・大地の魔法も使える。25年間、この国に仕え、マルクス王が皇太子の時から、魔法を教えたり、魔法省の仕組みを教えたりと、教育者でもあった。先代の王から魔法省のトップの座にいるヴィンチセオリは、息子のアリオンはもとより、この国を愛していた。
20年前に永久凍土になった今でも、愛国心は薄れていなかった。むしろ、この国を憂うるばかりに、息子に危険な任務につかせたほどだ。そして、王家にも敬愛の念を忘れてはいなかった。今の王であるマルクス王は、先代の王から、金髪で黄金の瞳を受け継ぎ、国民から厚い信愛を受けていた。マルクス王の妻、ヴィクトリア王妃は、高度な魔力をもつアナガイア王家に生まれ、その魔力はマルクス王を凌ぐほどのものといわれている。特に水と火の反する魔法が使え、治癒魔法にもたけていた。美しい容姿に緑色の慈愛に満ちた瞳をしている。王との間に生まれた1人娘の王女は、金色の髪を腰まで伸ばし、瞳は茶色、すらりとした優雅漂う美しい姫で、今月、隣国のインスタラ王国に嫁ぐことになっている。王は、聡明で美しく優しい妻、美しく育った娘を持ち幸せであった。だが、そんな王にも気になることが1つだけあった。
回想シーン
新年を迎えてすぐのある夜、王は玉座の間で、いつもと変わらぬ風吹吹く風景を見ていた。すると、窓に誰かの姿が写った。王が振り返ると、そこには、見知らぬ老人が立っていた。王は警戒しながらも、顔はフードで見えない、どこか、雰囲気の持つ老人から目を離すことが出来ずにいた。
「そなたは何者だ?一体、どこから・・・」
やっと絞り出した言葉に、老人は、何も答えず
【15年前、運命の子が誕生した。この国の命運を握る子。体には秘めた痣を持ち、闇の者たちの野望を退けることのできる唯一の子。その子を見つけ出さねばこの 国に未来はない。その者、誰も持ちえぬ力でこの国を闇から救うだろう・・・】
杖をつき、白い髭をたくわえた顔の見えない老人は、王に国の未来を予言した。王はその言葉を聞いて、驚いた。この老人は、何者か?そしてこの国に闇が?
王は、言葉を代えて老人に問うた。
「貴方はどなたですか?国の未来を説く、貴方は神通力をお持ちか?」
「・・・我は、長き時代より、この国を見守ってきた者。王よ。闇に覆われる前に、予言の子を探すのじゃ」
「予言者よ、それはどういうことですか。この国に未来はないとは・・・。闇とは・・・」
王は手を振りかざし、目の前のフードを被った老人に聞いた。が、老人は王の問いに答えることなく
「王よ。予言の子を探しだすのだ」
そう言うと、煙のように薄くなり消えていった。王は、しばらくその場に立ち尽くした。そして、ヨロヨロと、王座に座り込むと
{闇の者とは・・・。この国に未来がないとはどういうことだろうか・・・}
王は翌日、魔法省のヴィンチセオリを呼び寄せ、予言者から言われたこと、その言葉を、一部始終話した。王からその事を聞かされたヴィンチセオリもまた、驚きはしたが、平静を保ちながら、王にこう助言した。
「王様、その者の言うことには真実味があります。が、迂闊に信用するのも危険でございます。私が探ってみます」
王はヴィンチセオリの言葉を聞きながら
「そうであるな。・・・だが、ヴィンチセオリ、その闇が、この国を亡ぼすというのか?」
ヴィンチセオリは頭を振り
「王様、それは分かりません。ですが、国に何かあってからでは・・・。それが真実なら早めに手を打たなければなりません」
「では、ヴィンチセオリ、そちにこの件は委ねたい」
ヴィンチセオリはひざまつき
「王様。このヴィンチセオリ、全力を尽くすと宣言いたしましょう」
回想シーン終了
王は、楽しげにウエディングドレスの話をしている王妃と王女を見ながら、あの日のヴィンチセオリの言葉を思い出していた。
その頃、暗く長い廊下を歩きながら、ヴィンチセオリもまた、王との約束の事を思い出していた。あの日、王より話を聞いてから、ヴィンチセオリは、誰にも内緒で、あの夜現れた老人のことを調べてみた。古い文献を読み漁り、都の長老、森にすむ賢者の話などに耳を傾けた。そして、それらを総合して、ヴィンチセオリはあの夜、王の前に現れたのが、何百年前から語り継がれている、予言者・アーロンだと結論づけた。そして、息子アリオンに、{予言の子}に関する情報を得る任務を託した。今日、その息子が帰ってくる。いい知らせを持って帰ればいいが・・・。
ヴィンチセオリは、杖を突きながら、長い廊下を過ぎ、昼間でも灯りが必要な薄暗い部屋に入った。暖炉の火が、ヴィンチセオリの姿を浮き彫りにした。
「モール」
暖炉の火が、一層強く燃え上がり、部屋を一気に明るくし、暖かくした。ヴィンチセオリは、ランプを机に置くと、アリオンが今まで集めてきた情報をまとめた紙を、改めて読み直した。そこには、{予言の子}についての内容とは異なることが書いてあった。実は、ヴィンチセオリは、アリオンにもう1つの任務を与えていたのだ。それが、アーロンの言っていた闇に関することだった。この闇の事は、ヴィンチセオリが、先王に仕える頃から、言われていたことだった。
回想シーン
前王のマーズ王はある日、人払いをした後、ヴィンチセオリに
「ヴィンチセオリよ。この国はそなたも知っておろうが、美しい国であった。花や鳥が楽しませてくれたものだ。だが、いつの頃からか、国は花の咲かない雪の国になってしまった。私は賢者を集めて、問うたことがある。その時、賢者たちは、闇の魔法師の存在を私に教えた。ヴィンチセオリ、そなたに闇の魔法師のことを調べてもらいたい。そして、国に危険をもたらす存在ならば、殲滅せねばなるまい。どうだ、頼めるか?」
「闇の魔法師・・・。王よ、国を危機に陥れるものであるならば、魔法師省としても、見えぬふりは出来ません。このヴィンチセオリ、命に代えましても闇の魔法師の勝手にはさせません。御安心を」
回想シーン終了
それから何十年後、マルクス王の時代になってからも、ヴィンチセオリは闇の魔法師の存在を探し続けていた。ヴィンチセオリは、王に予言をしたあの老人は、{闇=闇の魔法師}の事を伝えたかったのだろうと、推測していた。それゆえ、王の口から、闇の事を言われた時、ドキッとした。しかし、詳細がはっきりしていなかったため、王に憂いを与えるべきではないと、ヴィンチセオリは判断し、言葉を濁した。しかし、息子のアリオンにだけは、事の重大さを話し、隠密に情報を得るように指示した。ヴィンチセオリが、息子だけに打ち明けたのは、魔法省の幹部の中にも、闇に染まっている者の存在を感じとっていたからだった。だが今は、アリオンの報告を聞く方が先決だ。{予言の子}さえ見つけることが出来れば、何もかもうまくいくだろう。ヴィンチセオリはアリオンが、良い知らせを持ってきてくれることを祈り、目頭を押さえて紙を閉じた。
「父上。ただいま戻りました」
アリオンがヴィンチセオリの部屋のドアを叩いたのは、ヴィンチセオリが目頭を押さえたのと同時だった。ヴィンチセオリは、その声を聞くと、慌ててドアを開けて、廊下に立っている騎士団長であり、息子のアリオンに
「おお、待ちわびたぞ。我が息子よ。長き旅ご苦労であった。さあさ、早く入るのだ。まずはその元気な顔を見せておくれ」
アリオンを椅子に座らせると、ヴィンチセオリはアリオンの両頬を包み
「元気そうで安心した。久しく会わないうちに、お前はどんどん亡き妻に似てきたようだ。その瞳はまさに瓜2つだ」
ヴィンチセオリは嬉しそうにアリオンを見た。病気で亡くなった妻、セシル譲りの美しい瞳を持つアリオンは、母親を知らずに育った。その為、父が、母親のことを嬉しそうに話すことがとても嬉しかった。またヴィンチセオリも、アリオンが誠実な人間に育ってくれたことを、誇りに思うのだった。ヴィンチセオリは、火の魔法で部屋全体を明るくすると、エレノネーラ国特有の少し甘く、リラックスできる茶葉でお茶を入れ、アリオンに差し出した。
「さあ、これで英気をとりなさい。他の部下たちはどうしている?休息できるように取り計らったか?さあさ、私にお前が見聞きしてことを話しておくれ」
アリオンは、ヴィンチセオリが入れてくれたピコス茶を飲み、一息つくと
「父上、そう急がなくても、私はどこにも行きませんよ。少し落ち着いてください」
アリオンは、そう笑いながら剣を床に置き、ヴィンチセオリに笑いかけた。
「そうだな、すまぬ。つい、気が焦ってしまった」
ヴィンチセオリも、笑顔でアリオンと対になるように座ると、アリオンの話を聞き逃さまいと前乗りで耳を傾けた。アリオンは、ヴィンチセオリが、どんなに自分の情報を待ちわびていたかを理解すると、表情を引き締めてから、ヴィンチセオリと同じように身を乗り出した。
「父上、まずはご報告ですが、騎士団は誰1人かけることなく無事に帰還いたしました」
「おお、それはなによりの報告だ」
「そしてこれからが本題なのですが」
ヴィンチセオリは、更に身を乗り出し、アリオンの言葉一句一句を逃さまいと緊張した表情で
「父上、子供についてですが、今回の遠征では大きな収穫はありませんでした。どの国でも、皆が口をそろえて言うことは、何も変わったことはないという事でした。インスタラ国でもアナガイア国でも、見知らぬ子供の確認はできませんでした。私はあきらめてエレノネーラ国に帰ろうとしました。ただ・・」
「ただ?何かあったのか?」
「私の勘違いかもしれませんが・・」
「良い。話してくれ」
「はい、では」
アリオンは一呼吸置いてから、ヴィンチセオリの顔をしっかりと見ながら、それでいて声は少しトーンを落として
「インスタラ国からの帰還中、吹雪に隊が離れてしまい、国境近くの湖で合流することしたのですが、そこに小さな村がありまして」
「国境近くに?」
「はい、あまりに小さな村で今まで気づかずにいたのですが、私はそこに寄ってみたのです」
「うむうむ」
「村人には会えなかったのですが、湖近くに子供がいまして、彼らから情報を得ようとしたのです」
「子供・・」
「はい。私は彼らにも同じ質問をしました。変わったことはないか。見知らぬ子供を見てないか。15年前に。と」
「すると、15年前と言う言葉に、子供たちは反応しました。私は、子供たちが何かを隠しているような気がしてなりません。一番幼い子供は、容姿からみると15~16歳くらいでした。近いうちにもう1度、あの村にいってみようと思います」
アリオンはその時の事を思い出しながら、ヴィンチセオリの返答を待った。
ヴィンチセオリはアリオンの報告を聞きながら、手で長い髭を触り、
「うむ、確かに私もその子供のことが気にはなる。お前が言うように、何か知っているのかもしれない。ただアリオン、十分に気を付けるのだ。現在エレノネーラ国内で、不穏な動きがある。と、ある幹部から受けている。村に行くのであれば信用できる部下のみを連れて行くのだ。そして何かあれば水鏡ですぐ知らせるのだぞ」
ヴィンチセオリは、魔法省内での不穏な動きを憂いしながら、アリオンに十分気を付けるように促した。
「はい父上、分かりました」
ヴィンチセオリは、ふと旧友がその辺りに住んでいたことを思い出し
「その村の名はなんという?」
アリオンは記憶を頼りに
「確か・・シュジュ村と・・。そうです。シュジュ村と子供たちは言っていましたが、何か?」
「シュジュ村?」
ヴィンチセオリは、旧知の友が国境近くの村にいることを、何年も前に風の便りに聞いていたことを思い出し
{では長老はギデオンか}
懐かしい名の響き。青年時代に3人で悪ふざけもした、懐かしい思い出・・・。
ヴィンチセオリがもの思いにふけっていることに気づかないアリオンは
「父上。それでもう一件の報告の事ですが・・・」
アリオンは、少し言いづらそうに、机に巻物を広げてから小声で話始めた。
ヴィンチセオリは我に返り
「おお、例の件だな」
今度は椅子にドカリと座り、アリオンの報告を慎重に聞く体制に入った。
「父上、これはインスタラ国のある酒場での情報ですが、その酒場に、夜な夜な怪し
ヴィンチセオリはアリオンの言葉に目を凝らしながら
「酒場に?どういう人物なのか?男か?」
「はい。目撃者によると、その男たちは数人づれで、数日間おきに現れては、酒場のマスターと何か話して地下に消えるようです」
「地下に?」
「はい。地下で何をしているかはわかりませんが、その男たちの格好が異様だったらしく、話をしてくれた者も記憶していたのです」
ヴィンチセオリはアリオンの言葉を一言も逃さまいと身を乗り出し
「それで、どのような格好なのだ?」
「それが・・・。見た者によりますと、全身を黒マントで覆っていた。とか・・・」
「黒マント・・・」
ヴィンチセオリは顎髭に手をやり、しばらく考えた。
エレノネーラ国にも、闇の魔法師の噂は幹部を中心に流れている。人づてから聞いた話では、やはりその者も黒マントに身を包んでいたそうだ。
「・・・それから、その怪しげな男たちが、マスターにある人物の名を耳打ちしていたらしいのですが・・・」
「アリオン?」
アリオンは、何か言いたくないような表情を見せた。それがヴィンチセオリをさらに不安にさせた。
「アリオン、その者の名は?」
アリオンは、まるで誰かがいるかのように、さらに声を落として
「私は到底信じられませんが、その男たちは、・・・・セオルドと言ったらしいのです。すべては聞こえなかったらしいのですが・・・。父上・・・。これは一体どういうことなのでしょうか?セオルドといえばこの国の・・・」
ヴィンチセオリは、アリオンの言葉に、大きなため息をつくと、アリオンに黙るように指を立ててから
「アリオン、お前はそれ以上、関わらなくてよい」
ヴィンチセオリの言葉を聞いて、アリオンは
「しかし、父上!その方がもし、あのセオルド・ドメチ殿ならば、父上とは旧知の友。それもこの国の魔法省の幹部ではありませんか!」
アリオンは、ヴィンチセオリの言葉に声を張り上げて抗議した。だがヴィンチセオリは悲しい顔で
「アリオン、確かにあれとは友であった。しかし、その前に、私は魔法省の長だ。私事で区別することは出来ない。それが真実ならばなおさらだ。どれほど昔からの友だとしても、国に害する者には、私は容赦せずに断罪を与えるつもりだ。しかし、まだ断定はできない。今後は私の方から、奴に探りを入れていくつもりだ。だからアリオン、お前はこの件から手を引きなさい」
「父上・・・」
アリオンは、ヴィンチセオリが、あまり驚かなかったことを不思議に思った。
{もしかして父上は、最初からあの方を疑たがっていたのでは・・。私の話で確信したのではあるまいか}
それと同時に、父親の悲しみを痛いほど感じた。旧知の友で、ライバルであるその人物を疑わなくてはならないとは。だが、その者は、今や闇の魔法師の疑いがかけられているのだ。
{こんな・・・こんな事があってはならない}
アリオンは混乱した。無意識に拳を握りしめ、そこから血がにじんだ。
そんなアリオンを見てヴィンチセオリは
「アリオン、お前の気持ちはよくわかっている。だが私は魔法省を統括する者としてこれが真実だとするならば、放置するわけにはいかない。それは同じ責任ある者としてわかるはずだ。・・・さあ、もう行きなさい」
ヴィンチセオリは、アリオンの肩に手を置くと、静かに諭すように話した。父の強い意志に、アリオンはため気をつき、剣を携え
「では、父上」
「うむ」
ヴィンチセオリは、去っていく息子を見送りながら、誇らしく思った。妻によく似て優しい子だ。
ドアを閉め、フーとため息をつくと、机の上のアリオンが置いていった巻物を持つと、その巻物を握りつぶした。そして
「何故・・・何故なんだ。セオルド!お前に何があった?」
ヴィンチセオリは額に手を当て、友を思い苦悩した。
【闇の魔法師】・・・人の心の隙間や妬みに入り込み、その人物に隠れ操り、国を滅亡させるといわれている悪の根源。
この国が永久凍土になったのは、闇の魔法師のせいだろうと考えた。何十年も前から、探していた人物。それが我が友かもしれないのだ。ヴィンチセオリの中でも、その名前は何度も出てきた。それがアリオンの情報で確信に変わった。ヴィンチセオリは、闇の魔法師殲滅部隊の長としてのセオルドを買っていた。だが、ここ数年のセオルドの様子に異変を感じていたのだ。以前のセオルドは騎士としての誇りと威厳に満ち、部下に慕われる存在であった。ヴィンチセオリの片腕として、幹部の中でも信用のおける人物故、ヴィンチセオリはセオルドに、闇の魔法師の殲滅の任務を与えた。最初こそ、セオルドは闇の情報をヴィンチセオリに随時、報告していた。が、ある日からそれが途絶えてしまった。ヴィンチセオリが何を聞いても、セオルドは生気ない声で
「情報は、何もない」
やせこけた頬と、虚ろな瞳で、セオルドは変わってしまった。王さえも見下す言動も見え、ヴィンチセオリは、セオルドに何か闇を感じていた。
疑惑の中で、この度、アリオンが持ち帰った情報は、ヴィンチセオリが最後まで持っていた希望さえも砕いてしまうものだった。やはり、セオルド・ドメチは闇の魔法師の手先だと・・・。この度のアリオンの情報は、それを決定づけることとなった。ヴィンチセオリは旧知の友が、国に反旗を振るうことが悲しく辛かった。
しかし、自分は魔法省のトップの身。アリオンにも言ったように、個人的な理由で、このエレノネーラ国に住む人々を、危険の晒すわけにはいかない。
もともと穏やかな性格であったセオルドだったが、ヴィンチセオリが魔法省のトップになった20年前から、何かに追われるような表情をみせていた。人が変わったかの様に残酷で、残忍な人格は、ヴィンチセオリをライバルとして見ていただけでなく、ヴィンチセオリを憎んでいるかのようだった。そんな友の変貌ぶりにヴィンチセオリは一早く気づき、そして不信感を抱いていた。
それは、ある夜、ヴィンチセオリが、闇の魔法師の一味と疑われている人物と接触している所を見たからだ。その頃からヴィンチセオリは、セオルドの行動を監視するようになった。セオルドは、怪しげな輩と付き合うようになり、やがてヴィンチセオリの命令さえも無視して、自分の部隊を掌握していったのだ。事実、ヴィンチセオリが危惧していたように、セオルド・ドメチは、黒魔法に手を染め、黒魔法に魅入られたものたちのリーダーになっていた。魔法省のトップの地位を狙う野心は、ヴィンチセオリの予想を超えて、日に日に大きくなっていた。幹部たち数名を抱き込み、ヴィンチセオリを窮地に追い込むようになった。
ヴィンチセオリは、ランプの灯を見つめながら、過去の記憶に思いを馳せていた。
昔、独り身のセオルドは、よくヴィンチセオリの家に滞在した。ヴィンチセオリの妻が
作ったスープを、おいしそうに飲んでは、よくヴィンチセオリとエレノネーラ国の美しい景色について話しながら、赤子のアリオンを膝にのせてあやしていた。
ヴィンチセオリは目を閉じると、さらに色々な記憶がよみがえってきた。若かりし日、セオルドと剣を交えた日の事、ヴィンチセオリの妻が亡くなった時、静かに肩に手を置いてくれたあの日。この国の未来について、お互い熱く語り合ったあの夜の事、ヴィンチセオリには昨日のことのように思えた。その光景を、ヴィンチセオリは目を閉じて、椅子に座ったまましばらく思い返していたが、やがて眼を開けてランプの光をじっと見据えて、決意したかのように、腰を上げた。そして苦しい声で
「セオルド、お前が闇に染まったのなら、それを正すのが友としての私の役目。許せ」
そして王から聞いた予言の言葉を口にした。
「予言の子、この国の命運を握っている子。体に秘めた痣を持ち闇の者たちの野望を退けることのできる子。その子を見つけ出さねばこの国に未来はない」
この予言が本当ならば闇の者というのはセオルド・ドメチということになる。
{セオルド、お前の罪は私自身が償わせよう。それがせめてもの友情だ}
ヴィンチセオリはもう一度、言葉を繰り返した。
「この国を救う唯一の者。運命の予言の子。一体、誰でどこにいる?闇に属する者たちが事を起こす前に、予言の子を探し奴らの野望を止めなければ、友も、この国も終わりだ」
ヴィンチセオリは闇夜を睨んだ。
1人暗闇の廊下を、コツコツと音をさせて歩く者がいた。魔法省の地下にある黒魔法殲滅隊の部屋に入った男は、フードを取り、一番高い場所の椅子に座った。青白い顔をしたセオルド・ドメチその人だった。よく見るとセオルドの前に、1人同じ格好をした者が頭を垂れ、周囲には数十人のフードをかぶった者たちがいた。全員、セオルドが、これから発する言葉を、今か今かと待っていた。セオルドは自分の目の前にいる頭を垂れた人物に、しゃがれた声で
「レオン、奴の息子が帰ってきた。何か情報を得たかもしれぬ。調べるのだ」
頭を上げた人物は、ニヤリと笑うと再び、頭を下げた。セオルドは、満足げにそれ
を見ると、手を口に当てながらしばらく沈黙し、机の上に用意されていたワインを手にし、グラスを回しながら、周りの者たちに聞こえるように
「我が同志よ。予言の子を見つけ次第、殺せ!そして邪魔なヴィンチセオリをトップの座から引きずり落とせ。さすれば、この魔法省を手中にすることが出来るのだ」
セオルドの瞳は、一瞬暗くゆらぎ、苦々しい顔で手に持つワインを振るわせた。
そんなセオルドの顔を、レオンと呼ばれた、20代の端正な外見をしている者が見ている。だがその表情は、ずるがしこく残酷そうな顔つきをしていた。
「セオルド様。私に良い考えがございます。ヴィンチセオリに、何らかの罪を負わせるのです。国を左右する大きな事態につながる事件になれば、さすがに王もヴィンチセオリを庇うことは出来ないでしょう。そして、責任を取らせる形で、この国から追放されるように仕向けるのです」
レオンは薄笑いしながら、師であるセオルドに告げた。レオンの提案を聞いたセオルドは、顎に手を当てながら
「国を左右させる出来事・・・。そういえば、1週間後に、王の1人娘が、隣国の王子と婚姻する祝い事があったな。護衛には奴の息子が王女の護衛に付くはずだ。レオン、これが使えるか?」
レオンは恭しくセオルド・ドメチにひざまずいて、
「十分でございます。魔法省の騎士団が護衛についていながら、インスタラ国に着くことが出来ない事態になれば・・・ましてや、王女に何かあれば魔法省・・・つまりトップであるヴィンチセオリの責任になるでしょう。 ましてや、騎士団長アリオンは
ヴィンチセオリの息子。王女に何かあれば、インスタラ王国に面子が保てないはず。息子の失態をヴィンチセオリは必ずかばい、自ら罪を受けるため国王に懇願するでしょう。ヴィンチセオリは魔法省のトップ、そうせざるを得ないはず。そうなれば魔法省トップの座はセオルド様が継ぐも当然。わたくしめにお任せください」
レオンは怪しい笑みを浮かべると、セオルドに頭を下げた。弟子の言葉にセオルドは
「レオン。頼もしい言葉じゃ。分かった。この件はお前にまかせる故、失敗のないように事を運べ。決して、こちらの素性がばれることのないようにするのだ。よいな」
「我が主よ。仰せのままに」
レオンは、恭しく一礼をしてその場を後にした。セオルドは、これでヴィンチセオリの時代は終わりだ。と、言わんばかりに両手を広げて笑った。
「フフフフフ。ハハハハハ」
暗闇の中で、セオルドの影と残酷な笑いが響いた。周囲のマント姿の影からは
「セオルド様、バンザーイ。暗黒魔法に栄光あれ」
口々に聞こえてくる唸りの声に、セオルドは大満足気に
「長年の大願、今こそ我らの手に!」
と、叫んだ。さらに声は高まり熱気に包まれていく。セオルドは、それを見渡し余の謳歌を感じた。
{これからは私の時代だ。奴の・・ヴィンチセオリなどに偉い顔などさせるものか!}
その頃、アリオンからの報告を受けたヴィンチセオリは、セオルドの企みなど知る由もなく、謁見の間に進んでいた。
{この報告で王はなんと言われるだろうか?}
ヴィンチセオリは心配であった
「王様、ヴィンチセオリでございます。騎士団が帰ってまいりました。まずはそのご報告に参りました」
王は玉座から身を乗り出し
「おお、ヴィンチセオリ待ちわびたぞ。それでなにかわかったのか?」
王座の間に入ったヴィンチセオリは、膝をつきながら
「王様、あまり芳しいご報告はありませんが、まずは人払いを」
「そうだな。しばらく下がっておれ」
王は側近を下がらせると、ヴィンチセオリの次の言葉を待った。
「王様、息子アリオンに、この3国回らせてみましたが、予言の子に関する情報は、なかったそうです。ただ・・・」
「ただ・・・。なんだ。申してみよ」
「はい。ある村で気になる子供がいたそうで・・。息子が申すには、予言の子と同じ年頃の子どもらしく、どこの国での情報よりも、実のある報告だと私は感じました」
「そうか、そなたが言うのであれば、何かあるやかもしれぬ。その子供の事を、調べる必要があるようだな」
「息子をもう1度その村に向かわせます。・・もうしばらくお待ちください」
王はヴィンチセオリの報告を聞いて安堵した。予言の子について少し進展の兆しが見えたからだ。
「・・・ところで王様、もうすぐ王様の御誕生日でございますね」
「おお、そうである。ヴィンチセオリ、私も43になる。そなたに一つ近づくことになるが、まだまだ未熟者ゆえ、力をこれからも貸してほしい」
「王様、このヴィンチセオリを頼りにして下さることは大変な光栄と思います。近く、国を挙げて饗宴を開く予定でございます。そしてさらにおめでたいことに、王女様のご婚礼があるということで、国は二重のお喜びに包まれています」
王は目を細めて
「おお、王女の婚礼の事は、王妃に任せているが、あの子も15歳になった。インスタラ国までそなたの息子に護衛を頼んでいる」
「ははあ、御無事にインスタラ国までお送りいたします」
王は頷きながら
「王女が嫁ぐと王妃が寂しがるかもしれぬ。ヴィンチセオリよ。王妃の話し相手にもなってくれ」
「仰せのままに」
王女の婚礼を1週間後に控えた魔法省で、ヴィンチセオリは、幹部たちと各長と騎士団を集めたてこう命令した。
「皆の者、今度の王女さまの婚礼は、わが魔法省の騎士団が、インスタラ国まで護衛につく。隣国とはいえ、魔物がでる国境を越えねばならぬ。全員、心して責務を全うせよ」
ヴィンチセオリは士気を高めるよう、騎士団の顔を見ながら言った。
「承知しました。ヴィンチセオリ様」
騎士団をはじめ、魔法省の幹部たち、各長は一応に、ヴィンチセオリにひざまずいた。セオルドも軽く頭を下げる。騎士団長のアリオンは
「大丈夫でございます。魔法長様、私ども騎士団が責任をもって、王女様を無事にお送りいたしますゆえ。精鋭をそろえて王女様を護衛いたします」
そんなアリオンを、ヴィンチセオリは頼もしげに見ながら
「そうだな。しかし、念には念を入れねば。この婚礼は国の繁栄をもたらす一大事なことゆえ、なにかあってからでは遅いのだ。王女様も国を離れられるお寂しさもあるゆえ、お前が十分にサポートしてさしあげるのだぞ。よいな、アリオン」
ヴィンチセオリは、今度、隣国に嫁がれる王女の寂しさを考慮して、アリオンにそう命じた。
「承知いたしました」
騎士団長アリオンは、父親であるヴィンチセオリの心配を吹き飛ばすように、笑顔で答えた。
両国は先王の時代から交友があり、良好な関係を保ってきた。インスタラの王子であるジョージ王子とエレノネーラ国のエスメラルダ王女とは幼馴染でもある。一見政略結婚のようだが、2人ともお互いに好意をもっており、15歳になったばかりのエスメラルダ王女が、嫁ぐ話はトントン拍子に進んだ。穏やかな性格なジョージ王子は、自然を愛し、国民に寄り添うことのできる次期国王であった。
婚礼を1週間後に控えたエレノネーラ国のエスメラルダ王女の部屋では、幸せで心一杯の王女が、王妃と婚礼に使うドレスや装飾品の話に花を咲かせていた。
「お父様、お母さま、結婚の儀には遅れないように来てくださいね。それからあちらは、今、春ですからね」
「王女もすっかりインスタラ国に染まってきたな。わかっておる。決して遅れる事のないようにするから、そなたも忘れもののないように、母と相談するのだぞ」
{王女も、早15歳か。ヴィクトリア王妃がこの国に嫁いできてから、もうそんなにたつのか。}
王は王妃との出会いの事を思い出していた。
アナガイア国で行われた舞踏会に、先王の名代として出席し、木の枝に髪を絡ませて困っていたのを助けしたのが、当時のヴィクトリア王女との出会いだった。出会った時から、聡明で美しい王女に好意を抱いていた当時のマルクス王子は、父王から王位を継承して、すぐにヴィクトリア王女に求婚したのだった。
一目ぼれという点では、エスメラルダ王女も変わらない。エスメラルダ王女は、幼少のころに出会ったジョージ王子に、一目ぼれをして以来、ジョージ王子の事が忘れられなく、父であるマルクス国王に、ジョージ王子と許嫁になりたいと願い出、マルクス王は、インスタラ国に使者をだし、約束をとりつけたわけで、ヴィクトリア王妃も、娘である王女が好意をもった相手だからと許した。条件は、お互い20歳になってから。と、いうことで、婚約のみしていたのだが、インスタラ国の王が、病気で先が長くないと医師に言われたため、急ぎ王位を継承してもらう必要があり、その為に、エスメラルダ王女との婚礼を早めたのだ。もし、インスタラ国の王になにかあれば、エスメラルダ王女は、インスタラ王国の王妃となる。マルクス王は複雑な気持ちで、エスメラルダ王女を見つめた。
「母様、式の当日には早く来て準備を手伝ってね。あちらの侍女を使うわけにはいかないから」
「そうね。こちらも、少ないとはいえ侍女を連れてゆきますから、心配はいりませんよ」
「ありがとう、お母さま」
「それより、王女。あなたに渡したいものがあります。これを・・・」
王妃は、机の上の、宝石で装飾された箱をもってくると蓋を開けた。そこには、1つのネックレスが入っていた。銀色の細かい細工のネックレスで、中央には宝石がはめ込まれている。
「お母さま。これは・・?」
王女は渡されたネックレスを手に、不思議そうに王を見た。王も首を振って知らない。といった顔をしている。
「お母さまの国で、王家に代々受け継がれている習慣なの。生まれてきた子供の幸せを願って作るのよ。あなたが生まれたときに、王女の印である銀細工で作ったの」
「そうなの・・・。じゃあ、兄様か、弟がいればその子は、金のネックレスをもらっていたわけね」
王妃は一瞬表情を硬くして
「・・ええ、そうね。あなたに兄か弟がいればね・・・」
王女は、ネックレスをクルクル回しながら首にかけた。そんな王女の様子を見ながら、王妃は胸に手を当てて、自分がエレノネーラ国に嫁いできた日の事を思い出していた。
マルクス王に嫁いだのは20歳のときだった。8歳年上の王と結婚し、王妃となり、15年前に王女が生まれ・・・。
{私は王家を守る為に・・。ああ、なんてことをしたのか。本来ならば王女の側には、もう1人共に喜びを分かつ者がいたというのに・・・・}
王妃は15年経った今でも、あの日の事が忘れられなかった。泣く赤子、大木に降り積もる雪。王女が美しく成長するのを見るたびに、王妃の心は張り裂けんばかりに苦しくなった。王妃はネックレスして喜ぶ王女を見ながら、心の中で見えない誰かに謝るのだった。
{ごめんなさい。ごめんなさい}
涙するヴィクトリア王妃を、マルクス王はいぶかしげに見つめたが、娘の婚礼前での寂し涙だろうと何も言わなかった。
レオンと、セオルド・ドメチの企みから1週間後のシュジュ村のエフィは、あの騎士団との出来事を忘れるように努め、穏やかな日々を友人のクリス、アニスと一緒に送っていた。
毎日、湖の氷の上でスピード競争や、木に登って雪を落として毎日、楽しく過ごしていた。
今日もアニスとクリスは、湖に向かいながら、雪の塊をぶつけあって笑いながら歩いていた。しかしそんな時もエフィは、都に行きたいと心がざわざわとするのだ。
{エレノネーラ国の首都であるシュメールは1度も行ったことのない所だ。知った人もいないけど、アニス達、一緒に来てくれないかな}
やがて、雪遊びに飽きたクリスが、杖を出して空中に浮いて一回転したかと思うと、小さな竜巻を作ってアニスにぶつけ始めた。アニスもそれに応戦するように、二人は
空を飛びながら魔力で競いあっている。それを地上から見るエフィは
「僕はどうして魔法が使えないのかな?」
エフィは、15歳になった、今でも魔法を使うことが出来ず、2人が魔法を自由に使うのを見ていることしか出来ないのだ。エフィは空高くいる二人を見ながら呟いた。
「アニスやクリスのように、空を飛んだりする事が出来たら、どんなに楽しいだろう。昔、クリスが、魔法が使えない人の事を異端人って言っていたけど、僕もそうなのかな・・・・・」
そう考えると、エフィは悲しくなった。悲しくて歩くのを止め、木の根元に座り込んでしまった。
そんなエフィの様子を、上空から見たアニスが、降りてきた。アニスは最近、元気のないエフィを気にしていたのだ。
「エフィ。なにか心配ことがあるの?」
エフィは、自分が無意識に大きなため息をついてしまっていたことに気づいた。
慌てて笑顔になると
「ううん。なんでもないよ。大丈夫」
無理に笑顔を見せるエフィに、アニスは
「エフィはいつも我慢しちゃうから。その悩みは私たちにも言えない事?」
エフィは、アニス達に勘違いされたと思い、慌てて頭を振りながら
「ち、違うよ。僕はただ、2人みたいに魔法が使えたらいいなあって。羨ましくて・・・」その言葉に、アニスやクリスも黙った。自分たちが何気なく使っている魔法が、エフィには辛すぎていたことになっていたなんて・・・。
「ごめん、エフィ。君の事考えなくて・・・」
「本当にごめんなさい。エフィ」
「そんな・・。魔法が使えないのはアニスたちのせいじゃない・・・」
エフィの気遣いに二人は顔を合わせた。すると、クリスが杖を顎に乗せたまま、ふと思い出したように
「エフィが魔法を使えない理由ってもしかしたら・・・」
クリスは、生前、父親が言っていた言葉を思い出した。
「何?クリス。何か知っているの?」
「ううん。昔、父さんが言っていたのだけど・・・」
クリスは言葉を選ぶように
「魔法が使えない人のことは{異端人}って呼ばれているのは前にいったことあるだろ。異端人の人は、何か特別な意味を持って生まれてくることがあるらしい。例えば、他の人には聞こえない遠くの声が聞こえる耳のいい人や、歌で人の心を休める人とか、父さんから聞いたことがある。だから、エフにも、他の人にはない特殊な能力があるのかも。ただ、今はまだ目覚めていないだけかも」
{異端の人の特別な・・?でもその人にそんな能力があることは知らなかった。もし僕が異端人ならいつか僕にも特別な何かが・・・}
エフィはそう考えると、胸の奥がスーと楽になった。そして今度は表情明るく
「そうか‥そうだね。なにか僕にも皆の役に立てる力があれば嬉しいよ。それにね、僕は確かに魔法を使える2人が羨ましいよ。でも魔法が使える2人がいてくれたから僕は助かったって、そう思う」
「エフィ・・・」
{確かにそうだ。アニスが僕を見つけなければ・・・。アニスの母親が魔法を使えなければ・・・。僕は死んでいた。その2人がたまたまシュジュ村にいてくれたからこそ、僕は生き延びた。そうだ。僕は魔法が使えなくても生きている。ここにはアニスやクリスという友達もいる。僕は恵まれている}
エフィは2人の手を握って
「アニス。クリス。僕は魔法が使えないけど幸せだよ。君たちが友達でいてくれる。
魔法は一生使えないかもしれない。でも、もしかしたらいつかすごい力に目覚めるかもしれない。でもどっちでも僕は幸せだよ」
エフィはそう言いながら、アニスやクリスに向かってニコッと笑った。その笑顔に、2人共つられて笑顔になった。そして自然に3人は抱き合い、アニスが
「大丈夫よ。エフィ。魔法が使えても使えなくても、私たちは友達だわ。それはこれからも一生変わらない。だからエフィは、エフィのままでいいの」
「うん!」
三人は顔を見合わせ、笑顔で頷いた、
クリスは場の空気を変えようと、雪をエフィにぶつけてきた。それに応戦するエフィ、見守るアニス。キャッキャッと笑い声と雪が木に積もる音が聞こえてきた。
その声に紛れて、何か遠くの方から、馬のひづめの音と、たくさんの人の叫ぶ声が聞こえてきた。なにかの軍隊が大移動しているかのようだ。
「何の音?」
アニス、クリス、エフィは遊ぶのをやめ、湖際の森の中に隠れて、湖の向こう側を見つめた。
しばらくすると、凍った湖の向こう岸から雪煙が立ち込め、1つの馬車を守るように、馬に乗って国の旗を掲げた鎧の軍隊が、エレノネーラ国の方から現れた。それを取り囲むように、黒い馬に乗った、黒い装束集団が見えた。風に乗って剣を交わす音も聞こえる。
よく見ると、黒の装束集団は執拗に中央の馬車を狙っている。馬車の周囲には、それを守ろうとする者も見えるが、遠くてまだはっきりと見えない。双方は、白い雪煙を立てながら、次第にエフィたちの所に近づいてきた。近づいてくると段々と、人の表情まで見えてきた。
中央の馬車は、2頭の馬に引っ張られていて、中央に王家の紋章が入っている。人影が見えるが、誰が乗っているのかはわからない。でも紋章入りの馬車だから、王家の人間であろう。それを襲撃する者がいるとは・・・・。エフィたちは、雪煙に巻き込まれないギリギリのところまで下がり、事の成り行きを隠れるように見つめた。2つの塊の姿が、次第にはっきり見えるようになってくると、エフィは気づいた。・・・あれは7日前、ここにきた騎士団じゃないか。
「クリス。あれは、あの旗はエレノネーラ国の・・・・」
エフィの言葉にクリスも頷いて
「ああ、確かにあの旗には見覚えがある。エレノネーラ国の旗だ。じゃあ襲われているのはエレノネーラ国の誰かで、騎士団はその護衛に・・・?」
クリスは分からないといった顔で、その光景を見ている。目をこらしながら、ふとアニスは思い出したように
「そうだわ。確か今日、王女様の婚礼の為に、インスタラ王国に向かうためここを通るって長老が言っていたわ。騎士団は王女様の護衛につくって・・・」
「じゃあ、あれは王女様を乗せた馬車を誰かが襲っているってこと?」
「王女様が襲われていることは確かだわ。大変!長老にこの事を知らせないと」
アニスは起き上がり、森に向かって走り出そうとした。それをクリスが、アニスの背中を掴んで止めた。
「アニス!長老を呼んでどうするの?騎士団でさえああなのに、長老に何が出来るっていうのさ。僕たちではどうすることも出来ないよ」
「でも・・・。このままには出来ないわ。そうでしょう?エフィ」
アニスはエフィに同意を求めた。確かに、エレノネーラ国の最強の騎士団が敵わないのに、村の長に何が出来るというのだろう。でもこのままでは王女様が危ないし、最悪のこともある。
意見が一致しない間も、事態は最悪の局面に向かっていた。騎士団は敵の攻撃を避けつつ、王女の馬車を守るため、防御ばかりで反撃ができていない。馬車の後ろの方では、敵を迎え撃っているのか剣の鳴り響く音も聞こえるが、魔物にやられたり黒装束の放つ魔法に倒されたりと騎士団の数は減っている。黒装束の誰かが、魔法で操って国境近くの魔物を暴れさせているのだ。
魔物は、角や6本の手で大きなこん棒を振り回し、次々と騎士団を薙ぎ払っている。もう1体の魔物は、ヒョウのような姿で口からは火を放ち、その火で騎士団の馬は興奮し走ることができないようだ。魔物にやられる者や、落馬して黒装束にやられる者がいる中、同志を助けたい思いもありながら、馬車の護衛のため、その場から離れることが出来ない他の騎士団達は、はがゆい思いで、馬車をどうにか守り通そうとしていた。
しかし、とうとう馬車は、湖中央で行く手を遮られ停車させられた。クリスが目を凝らして見ると、どうにか無事に残ったのは以前、エフィに話しかけてきた騎士団長のアリオンと数名の騎士団員のみのようだ。
「エフィ。あの騎士団長がいるぞ。アリオンとか言ったかな」
クリスに言われて、エフィは目をこらした。確かに馬車の近くで馬に乗っているには、あの騎士団長のアリオンだ。アリオンは魔物の火で馬から落とされ、屈辱的な表情で、黒装束の先頭に立つ男を睨みながら立ち上がり、後ろの馬車を気にしている。黒装束の先頭に立つリーダーらしき者は、アリオンの姿を上から見下ろしながら
「フン!騎士団の長がこのザマとは・・。ハハハ」
笑いながら馬車に近づいていく。アリオンは屈辱に耐えながら
「無礼者、その馬車に近づくな!」
「周りの状況をみて言うのだな」
確かに騎士団はアリオンを含め、小数名の騎士のみで皆、息も絶え絶えだ。
黒装束の男は、冷たく、アリオンを足蹴にして馬車に近づくと、うやうやしく頭を下げながら
「エスメラルダ王女様、お出まし願いますか。・・・それとも引きずり出されるほうがお好みでしょうか。我々としては、あまり手荒いことはしたくないのですが・・・」
そう言いながら、馬車の中にいる人物に声をかけた。馬車の中では2人の侍女を連れた王女が震える侍女を励まし
「大丈夫ですよ。きっと騎士団が助けてくれますから安心なさい。私が出て行ってもお前たちはここに残るのです。いいですね」
「王女様。それはなりません。王妃様から王女様の御世話を仰せつかっておりますのに、私たちだけここで隠れるなんて・・」
侍女は震えながら王女を止めようとした。しかし
「逆賊の言いなりにはなりたくありませんが、私に用があるのでしょう」
王女は立ち上がると、凛とした表情で馬車から降りた。その姿をエフィたちは遠く離れた場所から確認することが出来た。ブルーのドレスに、頭には、きらめくティアラが乗っている。間違いなくエレノネーラ国のエスメラルダ王女だ。エフィは王女の姿をみて、一瞬胸が違和感に襲われた。なんだ?王女の姿は初めて見るのに、何か懐かしさえ感じる。夢にでてくる、あの女の人の雰囲気に似ている。
{僕は王女を知っている。どこで?都に行ったことさえないのに}
それと同時に、手の痣が痛み出した。ずきずきではなく、チクチクと炎を渦巻くように、手の上に浮かび上がっている。エフィは、アニス達に伝えようとしたが、2人共固まったままで血の気がない表情をしている。周りの騎士団も皆、黒装束の者に剣を向けられ、身動きが取れない様子だ。アリオンも同じように剣を向けられているが
「王女様!お逃げください」
と、叫んだ。エフィはどうすればいいかと、クリスとアニスの方を見た。2人は腰が抜けて洋で座り込んだまま、息もしていないように見える。王女はアリオンの言葉を無視して、毅然とした態度で
「無礼者。お前たちは何者ですか。そこを退きなさい」
動くたびに、首から銀色のネックレスが風になびいて揺れる。そんな王女の言葉に、
黒装束のリーダーはひざまつきながらも、残酷そうに笑いながら
「王女様。どうぞご無礼をお許しください。しかしながらわが主が、この婚礼に反対でありまして。大変申し訳ないのですが王女様のお命をいただかなければなりません」
黒装束のリーダーは薄笑いを浮かべながら、王女に剣を向けた。はっと王女は恐怖で顔がこわばる。アリオンは、自分に剣を向けられたのも無視したまま、どうにか立ち上がり王女の前に立ちはだかりながら、
「無礼者。貴様たちは何者だ。なんの目的があって、王女様の御命を狙う?答えろ」
黒装束のリーダーらしき人物は、アリオンの言葉に答えることもなく、冷たい目を向けながら
「うるさい奴だ。お前に用はない。さっさと死ね!」
そう言い放つと、剣をアリオンに向け振り上げた。騎士団の部下たちも団長アリオンを助けようとするが、黒装束の者に剣を向けられて、動きを封じられ、身動きが出来ず近づけない。その背後から、黒装束の部下が剣で王女を狙い、今にも剣を振り上げようとしている。
エフィはアッと叫び声を上げた。と、同時に右手の痣が熱くなるのを感じた。見ると、エフィの手の痣が、まばゆい光を放ち一筋の光となって空に放たれた。その光は湖からでも確認できるほどだった。王女に剣を向けた者も、空に光が上るのをみて一瞬手を止めた。エフィは慌てて、反対の左手で痣を隠そうとした。
{痣がこんな風になるなんて。このままだと気づかれてしまう}
しかし、押さえたエフィの手からあふれ出る一筋の光は、やがて空いっぱいに広がり湖全体を光らせた。
「なんだ。この光は・・・。レオン様」
レオンと呼ばれた黒装束のリーダーらしき人物は
「ええい。狼狽えるな。王女の命を奪えば目的は達成される」
「しかし・・・」
黒装束たちは狼狽している。その光は、騎士団を苦しめていた魔物どもも一瞬で消し去った。士気が上がった騎士団は、光に驚きながらも立ち上がり体制を整えようとしている。突然エフィの手から出た光に驚いたクリスは、光を指しながら
「エフィ・・・。これは一体?」
「分からない。痣から光が・・・、僕どうしたらいいのか」
エフィの焦りも空しく、アリオン達、湖にいる者すべてがこれに気づき、驚愕の声を上げている。騎士団員は押さえられながらも、アリオンに
「アリオン様、あの光は何でしょうか。段々大きくなってきています。敵の攻撃が増してきているのでは・・・」、
誰もが驚き、黒装束の者たちの、アリオンたちを拘束する力が弱まった。そこをアリオンは見逃さなかった。
「今だ!王女様を守れ」
アリオンは、すぐさま動きの鈍くなった黒装束の剣を奪い倒すと、騎士団の部下もこれに続いた。アリオンは王女を立たせると、馬車に乗せ、光の元の方に目を凝らした。
光の元に居るのは・・。あの子だ!アリオンはエフィの姿を捉えた。と、同時に異変が起こった。湖の氷が溶けだし、その上にいる者たちは、次々と氷の中に落ち始めた。永久凍土のこの国で氷が溶けるということは、絶対にありえないことだった。しかし現に、今、分厚い氷は次々と溶けだし、氷の割れ目に、黒装束の集団が叫び声をあげて落ちていっているのだ。馬も、黒装束の人間を乗せたまま、割れ目に飲み込まれていく。しかも、落ちていくのは黒装束の者ばかりで、騎士団の周囲には、金色のオーラが彼らを包み込み、誰も湖に落ちる者はいなかった。黒装束のリーダー、レオンも割れた氷に落ちそうになるが、なんとか体勢を整えてこらえている。結局、氷の割れ目に落ちずに残ったのは、オーラで守られた王女を乗せた馬車、そして騎士団長アリオンと数名の部下。そして巧みに割れ目をかいくぐった黒装束のリーダーと数名のみだった。アリオンは
「なっ、何が起こっているのだ。これはなんだ?ジース!ジースはいないか。王女様を安全な所へお連れしろ」
「はっ」
ジースは、王女の乗っている馬車の手綱を取り、自分の馬を団員に預け、金色の
オーラに守られながら、数名の騎士団員と湖から離れていった。それを見た黒装束のリーダーは
「クソ!」
光が発する方向にいる、子供らしき人影を確認すると
「くっ、仕方がない。引き上げだ。行くぞ!」
割れた氷の隙間に落ちないように、馬を操りながら残党を引き連れ、エレノネーラ国の方角へと走り去っていった。それを見届けるように、湖全体を覆っていた光は、スーと細くなりエフィの痣の中に、吸収されるように消えていった。
アリオンは子供たちの方を気にしながら、部下とともに、王女の後を追うため馬に乗り去っていった。
光が消えると、湖の氷は元どおりに厚い氷で閉ざされ、何事もなかったかのように静まりかえった。エフィの隣にいたアニス、クリスはあまりの出来事にびっくりしながらも
「エフィ!今なにをしたの?」
「今、お前の手からすごい光が出たけど、あれはなんだ。あんな凄いこと、お前に出来るなんて驚きだ。いつできるようになったのさ!」
口々に質問をエフィに投げかけた。しかし当人のエフィは、体中の汗と、虚ろな目をしたまま
「僕・・・分からない。急に痣が光って・・・。僕は一体なにをした・・・んだ・・・」
「おい!エフィ?大丈夫か?エフィ、エフィ・・・」
エフィは、その場で倒れ意識を失った。痣は紋章の形を成しながらまだ発光している。
同じ頃、その光を見た者が村の中にもう1人居た。長老ギデオンだ。湖の方角から上がる光を部屋の中から驚きの表情で見ていた。
{なんだ。あの光は・・・。普通の魔法ではない。高度魔法とも違う、自然を曲げるようなあの魔法の持ち主はまさか・・・}
長老は、驚愕と落胆が入り交ざった複雑な表情で光を見続けた。
その頃、意識の失ったエフィは、また同じ夢を見ていた。いつものあの夢。泣く幼子の自分を、上から見下ろす女の人。優しげだが、泣いているのか顔ははっきり見えない。何かを言っているようにみえる。「ごめんね、ごめんね」と。
女の人の姿が段々見えなくなってくる。神木が光輝いているのが何故か見えた。エフィは叫んだ。
「待って!」
エフィが目を覚ましたのは、自分の家のベッドの中だった。
後から聞いた話では、湖のほとりで意識を失ったエフィを運ぶため、クリスが急いで村の人を呼びに走り、アニスはエフィの体が冷えないように、自分のコートを脱いで、エフィに声をかけ続けてくれた。村に着く途中で、クリスは大人と合流出来、大人たちが、急いでエフィを家まで運んでくれた。エフィをベッドに寝かすと、火の魔法で暖炉に火を付け、部屋を暖めてから、長老を呼びに走った。アニスは自分の母親を呼びに走り、エフィはアニスの母親の、回復魔法を施してもらった。
数分で、青白かったエフィの顔に赤みがさし、村人が呼んできた長老がエフィの側に来た時は、エフィは呼吸も正しく、スヤスヤと眠っていた。長老は大人たちを帰させてから、アニスとクリスに事の成り行きを話させた。アニスもクリスもまだ興奮状態で、上手く言葉にならないが、長老は根気よく話を聞いた。そしてすべてを聞くと、長老はこうなることが全て分かっていたかのように、エフィの顔を悲しい顔で見つめてから、アニスとクリスの方を向くと
「よいか。2人共。湖で会ったことは誰にも言ってはならぬ。むろん、両親にも。なあに心配はいらぬ。エフィは大丈夫だ」
長老の言葉を聞いたクリスは、それでも納得できないのか
「でも、長老様。エフィの手の痣から光が出たのですよ。そしたら湖の氷が溶けちゃって・・・。あれはなんですか?魔法が使えないエフィにあんな力・・・。黒装束の人間が王女様に危害を加えようとして、騎士団の人は王女様を守ろうとして・・・。ああ。もう頭の中は一杯だ。 そう!!長老様、僕たち、その騎士団の人には一度会っているのです。団長はアリオンという名前の人で、子供を探していました」
クリスは興奮のあまり、以前騎士団に会ったことを、長老に話してしまった。アニスは、秘密にしておこうといったクリスを非難する表情で見てから、ため息をつきながら同意し
「そうです。騎士団の人には私たち一度会っているのです。黙っていてごめんなさい。騎士団の人は、私たちくらいの子供を探していました。でも、今はそれよりエフィの方が心配です。エフィの、あの魔法というべきものは、なんだか私たちの魔法とは種類の違うような・・・。私、なんだか怖いわ。エフィが、エフィでなくなる気がして・・・。なんだか遠くに行っちゃうような・・・」
アニスとクリスの突然の告白に、一瞬言葉をなくした長老は、思わずガタンと椅子を倒して立ち上がった。
「子供を探していた?それはいつのことだ?」
「えーと、1週間まえくらいだとおもうけど、アニス、覚えているかい?」
「ええ、そうです。その時、騎士団のアリオンという人は15年前がどうとか聞いてきました」
「それで、お前たちはなんと答えたのだ?」
「僕達、知らないと言ったのです。何も知らないと」
「そうか、それでいい」
長老はホーとため息をついてから
{アリオン?ヴィンチセオリの息子アリオンの事か?確かに騎士団に配属されたと聞いていたが、まさか騎士団長とは・・・。そのアリオンが子供を探していた?と、いうことは、国王からの命令が魔法省に下ったと考えてよかろう。しかし、何のため?数か 月前、ヴィンチセオリとは、水鏡で顔を合わせたが、何も言ってなかった。秘密裏に子 供を探す・・。その意味は何だ?もしや今回の、あの光がエフィだと知られたら、王が 捜している子がエフィだと・・・。そうヴィンチセオリは判断するかもしれない}
長老は、赤子のエフィを見た時から、この子には何かあると感じていた。そして何か過酷な運命が待っていることも感じていた。国を揺るがす運命を背負った子供だと感じていた。何度か、水鏡でエフィの運命を調べようとした事もあったが、何回しても不透明な膜に覆われて、よく見えなかった。
{すべては運命・・・、運命がエフィを求めるのなら、それを止めることは出来ない。が、これが国王に知るところになると、今のようなままにはいくまい。エフィの未来が、しいてはこの村全体の運命が変わるやかもしれない。}
長老はどうすれば、この村とエフィを守れるか、杖を突きながら、暖炉の火を見つつ
自問自答した。が、答えは出てこなかった。
「長老様?」
側ではアニスとクリスが、まだ興奮醒めぬ顔で、疲れて眠っているエフィを見ながら、黙り込む長老に視線を移した。ハッと我にかえった長老は、そんな2人を見て、安心させる表情で
「2人共。これだけは言っておく。エフィ自身は何も変わらない。ただ、あの子の周辺は、これからざわつくことになるだろう。それでもお前たちは、これからも変わりなく、エフィの良き理解者、友人でいておくれ。そうすることがエフィにとって、最も望ましいことなのだ」
長老は2人に温かいまなざしを向けた。アニスとクリスは頷き
「はい、エフィは僕たちの友達で、それはなにがあっても変わりません」
アニスとクリスは、長老の本心を半分も理解できなかったが、これからもエフィの友人でいようと誓った。
「うーん」
エフィが目を覚ました。ベッドから起き上がると、周りを見て、驚きながら
「あれ?僕の家で皆」、どうしたの?
アニスたちは顔を合わせ
「覚えてないの?エフィ。湖での事・・・」
「湖?・・・そうだ、僕そこで・・・」
エフィは思わず、体を抱きかかえるようにして、自分の手をみた。痣はいつものようにエフィの手首にくっきりとある。
「湖・・湖、そこで僕は・・。あーそうだ!」
そして思い出したのか、両手で体を抱くようにした。
そんなエフィをアニスは安心させるように
「大丈夫よ。エフィ。ここには長老様もいて下さるし、私たちもいるわ。心配しないで、もう少し休んだら?」
アニスはエフィを不安がらせまいと、エフィの肩を抱いて笑顔で言った。
「・・・ありがとう、アニス。うん、そうだね。長老様がいて下さるから安心だ」
エフィはベッドに横になり目を閉じ、静かに寝息を立てて再び眠りに入った。
それを見届け長老は
「それでエフィの魔法は、どのようなものだったのじゃ」
クリスはその時のことを思い出すように
「えっと・・突然エフィの痣が光ったと思ったら、空に一本の金色の光の柱が昇って、そしたら湖の氷が溶けてきて・・・。でもなんだか温かい光だった。なあ、アニス」
「そうね。いやな感じのものではなかったわ。私たちには。悪い人には恐怖だったでしょうけど・・・」
アニスはその時の事を思い出して、体が温もりに包まれているように感じたのか、背中に腕を回した。
「そうか。うーむ。奴の息子も無事でよかった」
「奴の息子・・・?誰のことですか?」
アニスは好奇心から長老に聞いた。長老は口が滑った。と、まずい顔をしたが仕方ないといった顔で
「騎士団長のアリオンは、儂の旧知の友の息子なのだ。幼いころから知っている若者なのじゃ。誠実な、いい青年に育ったようじゃ」
長老の告白に2人は驚いて
「あの団長と呼ばれていた人が、長老様のお友達の子ども?世界は狭いですね。
だったらなぜ子供を探しているのか、長老様はお友人から聞いていないのですか?」
クリスは長老をジーと見ながら聞いた。
「そうなのだ。ヴィンチセオリは、友の名だが、奴は何も儂に言わなかった。それは何故か儂にもわからぬ」
長老は暖炉の火を見ながら考えていたが、外が薄暗くなってきたため
「さあ、エフィをもう少し休ませてやろうではないか」
と、2人を連れてそれぞれの自宅に帰らせた。他言無用と何度も念をおしながら・・・。
エフィの家から神木を挟んで立つアニスの家。アニスは夕食後、自分のベッドに座り込みながら今日のことを考えていた
{エフィにあんな力があるなんて・・・。母さんとエフィを見つけたとき、神木の畝の中で弱弱しく泣いていたエフィが・・・。寒空の中、身に着けていたのは産着とネックレスと毛布・・・。そういえばあのネックレスはどこにいったのかしら。長老がもっていった気もするけれどエフィに渡したのかしら・・・・}
「アニス、エフィにスープを届けて頂戴。もう起きている頃でしょうから」
「はあい」
母親の作った夕食のスープを、エフィの家に持って行ったとき、エフィはまだ寝息を立てて眠っていた。
その顔を見ながらそっとエフィの痣に触った。今はもう、何の力も感じない普通の痣だ。あの時、これが光って驚いた。アニスはその感触を思い出すように、もう一度、痣に触れて、そして自分の手を比べた。
同じころクリスも、暖炉の火を見ながら、先ほどの湖でのことを考えていた。
{エフィにあんな魔力があるなんて・・・。驚きだ。あんな魔力の力は、長老様だって、持っていない。上級魔法である水の魔法を、今まで魔法が一切使えなかったエフィが突然に・・・。それにあの痣は・・・。魔法は痣の力なのか?}
クリスは急に、エフィが遠い存在に思えてきた。それでも、自分に言い聞かせるように大声で
「エフィは何があっても友達だ。たとえエフィが何者でも、僕たちの友情には変わりがない。そうだよ、そう。ハハハハハ、おかしいな。分かりきっていたことなのに、改めて考えるとこんな風に思うなんて・・・」
そのころ、黒装束の集団に襲われたアリオン騎士団一行は、小人数となったものの魔物が住む国境を、どうにかくぐりぬけ、何とか無事に王女を、隣国のインスタラ国に送り届けることが出来た。国境を超えると、嘘のような日差しと温かさで、アリオンたちは着ていたマントを脱ぎ
「ここは何度来ても温かく穏やかなところですね。我がエレノネーラ国では考えられないです。団長、見てください。木に鳥が・・・」
部下の言葉にアリオンは苦笑しながら
「そうだな。しかし、お前は知らないだろうが、何十年も前は、エレノネーラ国にも四季があり、それは穏やかな国だったのだぞ」
「それは私も両親から聞いて、知っています。本でも、桜というものを見た記憶があります」
「桜かー。奇麗なピンクの花だったな。インスタラ王国にはある花かもしれないな」
見渡すと、いろんな花が咲き乱れていい香りを放っている。騎士団員たちは、今までの疲れを忘れしばらく佇んだ。自分たちの国となんという違いか。今のような国になったのは20年ほど前のことだったか。アリオンたちは思い思いを巡らせていた。
しかし、いつまでもここに居るわけにはいかない。王女をインスタラ国の王宮にお連れしなくては・・・。
「さあ、皆。歩を進めるぞ」
アリオンは気を引き締めると部下に号令をだし、王女を乗せた馬車は王宮の中に入っていった。謁見の間に、王女と2名の侍女を連れ、インスタラ国の王、王妃に謁見をした。王座の間には王と王妃、王子が無事な姫の姿を見て安堵していた。
「アリオン団長。姫を無事に送り届けてくれ感謝する。」
インスタラ国のジョージ2世王は、アリオンの真摯的な姿に好感を持ちながら、エスメラルダ王女をみた。
「恐悦至極です、王様。それでは姫様。我々はこれで・・・」
{早くエレノネーラ国に帰り、あの襲撃の事を報告せねば・・・}
アリオンは焦っていた。
「アリオン団長、今日はここで休んでいってはいかがですか?」
エスメラルダ王女は王の顔を見ながら、アリオンに留まるように懇願した
「申し訳ありません。王女様。早くヴィンチセオリ様にお知らせする必要がありますので、これで失礼させていただきます。どうぞ、お幸せに」
アリオンたち騎士団は、王女と王、王妃、王子にお辞儀をしていこうとしたが
「なにかあったのか?アリオン団長。王女になにか危険な事でも・・・」
王妃も心配な顔でアリオンを見る。ここで黒装束に襲われたといえば、王や王妃、王子に心配をかけてしまう。アリオンは返事に詰まった。すると王女が機転をきかし
「いいえ、王様。なにもありませんわ。ただ、休みなくエレノネーラ国に向かわすのには忍びなくて・・・。エレノネーラ国は極寒の地ですから、休みなく走らせるのは馬にとっても過酷だと思いまして・・・」
と、上手く誤魔化した。王は頷き
「そうであるな。アリオン。王女もこういっている故、ここは少し休んでいくのはどうか」
アリオンは、王にまで言われると断ることも出来ず
「・・・それでは一刻、休ませていただきます」
「おお、ぜひ、そうなさって」
王妃もアリオンたちを歓迎し、ジョージ三世はエスメラルダ王女と微笑んでいる。アリオンたちは、王の命令で、侍女が準備してくれた飲み物と、温かい布団で2時間ほど滞在した。その間、アリオンは水鏡で、ヴィンチセオリと連絡を取り、王女を無事にインスタラ国に送り届けたこと、途中逆賊の出現があったことを報告した。ヴィンチセオリは水鏡の向こうで大変驚き
「アリオン、それで王女は、部下は無事か?」
「はい、父上、王女様はご無事です。しかし、我が騎士団の数名が魔物に襲われました」
「それは残念だ」
ヴィンチセオリは、魔物がそこまで狂暴化することは信じがたかったが、アリオンの説明を聞いて行くうちに納得した。
「なるほど、その黒装束の者が魔物を操っていたとは!しかし、よく無事で」
アリオンは、その後の突如として出現した光の事は黙っていた。ただ、
「父上、詳細はエレノネーラ国に帰ってからに致します。よい情報があります故」
アリオンはあの3人の子供の事を、ヴィンチセオリに報告するつもりだった。その前に、シュジュ村に寄り、情報を得るつもりだった。今度は大人に話を聞くつもりで・・・。
「分かった。アリオン、では道中気を付けて帰ってくるのだ」
水鏡を消すと、ヴィンチセオリは大きなため息をついた。王女を襲った者たちは何者か。アリオンの良い情報とは・・・。ヴィンチセオリは自室の窓から、猛吹雪を見下ろしながらいろいろ考えた。
{良い情報が、予言の子に関することならば良いが・・・。}
ヴィンチセオリは期待と不安で、もう1度大きなため息をついた。
アリオンたちは、2時間の休息をとったあと、王女に別れの挨拶をして、エレノネーラ国に向かい、馬を走らせた。王女からは、結婚式には王、王妃の参列を待っていると伝言を受けた。結婚式は2日後、早くそのことをお伝えしなければ、アリオンは焦っていた。
{シュジュ村に寄る時間があるだろうか。部下たちも疲労しているはずだ。そうそう時間をとるわけにはいかない}
馬を飛ばし、インスタラ国を抜けると、途端に景色は変わり、猛烈な風吹がアリオン達の行き先を遮る。このような国になったのは、闇の魔法師の仕業ではないかと考える魔法省の幹部も少なくなかった。アリオンは馬上でそんなことを考えながら
「シュジュ村に向かう。ジース、先に行き、長老に会談の申し出をしてきてくれ。子供の事で聞きたいことがあるというのだ」
「承知しました」
ジースは、自分の部隊を連れて、早馬で駆けて行った。アリオンは残された小数の騎士団を率いて国境を越え、シュジュ村の近くの、あの湖に差し掛かった。
「止まれ!」
アリオンは、部隊を止めて馬から降りた。馬は荒息をしながら、体をブルンブルンと震わせている。アリオンはあの事件の場所、丁度湖の中央に立った。
周りは氷に囲まれて何も見えない。何も動かない。凛とした空気の中、アリオンは3人の子どもたちが立って居た場所を見た。そしてあの光が天に伸びていった光景を思い出した。
{この分厚い氷を一瞬で溶かし、魔物を消し去ったあの光はやはり、あの子がしたことか?だとするとあの力は自分の魔力を超えている。もしかすると、父上よりも高度な魔力かもしれない。}
アリオンはひざまつき、氷を叩いてみた。とても分厚くて一瞬で溶けるようには見えない。ましてやそれを再び凍らせるなんて・・・。
アリオンはゾッとした。あの魔法を使ったのがあの子にしろ、これは国にとって脅威だ。その人物によっては国の災いにもなる。この帝国に害あるものならば、騎士団で殲滅せねば・・・。いや、これは黒魔法殲滅部隊セオルド・ドメチ様の管轄だ。しかし・・・・。アリオンは、インスタラ国で情報を聞いた時から、セオルドが信用できる人物か分からなくなっていた。父親の旧友であるが、闇の魔法に属しているかもしれないと父は疑っている。でもあのセオルド様が・・・。
アリオンにはセオルドとの思い出があった。セオルドは、病気で母親を亡くしたアリオンや、最愛の妻を失くしたヴィンチセオリを、誰よりも心配し、何度も見舞ってくれた。
{あのセオルド様が・・・。私に魔法や優しい笑顔を向けてくれたあの方が、黒魔法に・・。そんな馬鹿な・・・}
アリオンはたとえ父親の言うことでも、すぐには信用できなかった。しかし、インスタラ国で聞いた魔法省のセオルドといえばセオルド・ドメチ様しかいない。アリオンは考えると吐き気を催した。頭の中で考えが混乱し、グチャグチャになった。アリオンは頭を振るうと馬に乗り
「行くぞ」
馬を走らせシュジュ村へと入って行った。
シュジュ村では、先馬で来ていたジースが、長老と長老の家で、アリオンが来るのを待っていた。馬のいななき声が聞こえると、ジースは外に出て
「団長、村の長老には話を通してあります。どうぞ」
アリオンは、馬をジースに引き渡すと、剣を腰にさし、長老の家に入って行った。
その間、ジースは他の騎士団員に
「村の回復魔法が使える者が、ヒーリングをしてくれる手はずになっている。お前達も行ってこい」
ジースは、長老の家から5軒離れたアニスの家を指さし、部下に指示した。騎士団の中には、傷を負ったままの者もいて、ジースはこの村に来た際に、ヒーリングができる者がいないか長老に確認しておいたのだ。長老とアリオンだけにして、ジース達騎士団はアニスの家に向かい、ある者はヒーリングを受け、ある者は準備された食事を口にした。
村人は温かく迎え入れてくれたが、どこか警戒しているような表情で、騎士団の対応にあたっているようだった。その頃、長老の家でアリオンは、長老と向き合い、長老が入れてくれた温かいエレノネーラ国特有のエモ茶を飲みながら、たわいのない世間話から始めていた。長老を警戒させないようにアリオンは気を使ったつもりだったが、長老の方から
「アリオン様、村の子どもことで何かお話があるそうで。なにか粗相をしましたかな?」
長老は緊張をほぐそうと、笑いながらエモ茶を口に運び、アリオンをけん制した。
アリオンは【予言の子】の事は部外者に口外できないため
「いや、そうではない。国の人口を調査していているのだ。この村には子供は何人
いる?」
アリオンは、本心を隠しながら長老に問いてみた。
「・・・・3人です」
{3人・・・}
アリオンは最初出会った少女1人に、少年2人の姿を思い浮かべた。その中でも特にアリオンが興味を持ったのは、気の強い少年の後ろに隠れた、まだ幼そうな少年だ。湖でのあの出来事が、あの少年のしたことなら、長老から話を聞く必要がある。
「その子供たちが何か?」
「長老、その3人というのは1人の少女と2人の少年であろう。私はその中の一番幼い少年の事が聞きたいのだ」
アリオンの言葉に、長老はピクッと体を強張らせた。
{やはりきたか}
長老は、騎士団長自ら話があるということで、ある程度は予想していた。きっとエフィの事を聞かれるだろうと・・・。だがなんとしてもエフィの痣のこと、15年前に自分が見たことは隠し通さねばならない。
{あの子にエレノネーラ国が何の用があるのだ?両親が見つかった?いや、エフィが孤児ということは村人以外誰も知らぬこと。では、何を?まさか!湖でのエフィのしたことを勘づかれたか}
長老は笑顔でアリオンに対応はしているが、内心ヒヤヒヤしながら手に汗を握った。
「先日、王女様が逆賊に襲われたことは知っていよう。その時に護衛に付いていた我々を助けたのが年少の子供だった。名はなんという?」
{そこまで知っているのか!隠し通せるか}
長老はエフィの名前を出さまいと口を閉じていたが、アリオンの
「これは王命でもある」
アリオンは王命という言葉をだして長老をけん制した。実際は王命が出ていることをアリオンは知らないが、長老には効き目があった。
「エフィと申します」
王命に逆らえないことは長老も重々承知している。
「エフィ・・・。エフィ、そうか。それがあの子の名か」
「アリオン様、あの子をどうされるおつもりですか?」
長老はエフィの身が心配でならなかった。そんな長老の気持ちを汲んで、アリオンは
「心配はいらない。王命で、ある子供も探しているのだ。そのエフィという子供が気になったので、私はそれをヴィンチセオリ様に伝えるだけ。詳しいことは知らされていない」
長老は友であるヴィンチセオリが自分に言えない事があることを思い
「この村にはそのような王命は届いておりません」
「それは、秘密裏に事を運ぶ必要があるからだ。どこに敵の間者がいるか分からぬからな」
「敵?間者?」
アリオンはしまった!という顔で
「もう、これ以上は話せぬ。長老。エフィをここに連れてきてもらえぬか」
「ここに?」
「そうだ。私が直々に会い、話をしたいのだ」
長老は苦渋の表情で
「分かりました。呼んでまいりますから、しばらくお待ちください」
そう言うと、杖を持ち部屋から出て行った。
長老が出て行ったあと、アリオンは部屋の周りを見渡した。
{素朴な村だ。都とはすべてが違う}
「んっ?あれは何だ?」
アリオンは、隠してあるかのように暖炉の上の置物の後ろに置かれている物を手に取った。
それは布で包まれおり、くくってあった。アリオンは布を解くと、中のモノを机の上に置いた。中を開けるとそれは小さな服だった。
{どうしてこんなものがこのような所に・・・}
アリオンはそれを広げてみた。赤子の服のようだ・・・。年月が経っているのか、ボロボロで少し黄ばんでいるが、奇麗に折りたたまれているその服を、アリオンはしげしげと見た。
{あの3人の者たちの誰かの物か?でもなぜこのように隠してある?}
この産着は、どこの国の物かも分からなかったが、細かい刺繍の細工をみると、高価なもので一般国民では手に入る品物ではないことは分かった。
そして、それ以上にアリオンの目を引いたのは、服と一緒にあった小さなネックレス
だった。アリオンはそのネックレスを手に取りしげしげと眺めた。
エレノネーラ国で作られた物には違いない。金色の細かい細工の施されたネックレスを、アリオンはどこかで見たような気がしてならなかった。どこだったか・・・。記憶はおぼろげでアリオンは首を振り
「うーむ。最近見たことには間違いないのだが・・・」
あきらめて、服と一緒に、元にあった場所に戻した。アリオンは椅子に座り直し、もう一度記憶をたどってみたが何も思い出せなかった。
エフィの家のドアを開けた長老は、急にドアが開いて驚いている3人の顔を見て
「すまない。驚かせたようじゃ。エフィ、騎士団長がお前に会いたいそうじゃ。私の家で待っている」
「待ってください。長老様!エフィ1人に行かせるのですか。僕らも一緒に行った方がいいのでは・・・」
クリスが不安げなエフィの顔を見て長老に提案した。
「いいや、これはエフィの問題じゃ。それに王命なのじゃ。わしらにはどうすることもできない」
王命と聞いてアニスもクリスも言葉を失った。
{王命が出るほどエフィに何があるっていうのだ。ただの子どもで、ただちょっと不思議な魔法を使えただけじゃないか}
クリスはそう言いたいのを我慢してエフィに向かい
「エフィ。怖いなら王命でも構わない、僕は付いて行くよ」
「ありがとう、クリス。正直怖いけど、長老の言うようにこれは僕の事だから、自分で何とかしないと・・・、行ってくる」
エフィは、頭からコートをすっぽり被って、2人に頷くと家を出て行った。
残された3人は椅子に座り、窓から見える、長老の家の方に歩くエフィを眺めた。
アニスは
「長老様。騎士団はエフィに何が聞きたいのですか?あの湖での一件?それなら私たちも目撃者なのに」
「いや、アニス。それだけではないようじゃ。詳しくは聞いてないが、王命で子供を探している様だった」
長老は、この2人になら話してもいいだろうと判断し、暖炉の上に置かれた湯気のたつ
ピコス茶をカップに入れて一息つくと
「アニス、クリス、よく聞くのじゃ。その探している子供はエフィの事かもしれぬ。王が何故、子供を探しているのかはわからないが、もしそれがエフィだとすると、今後あの子にとって待っているのは、苦痛と困難だろう。アニス、クリス。どうかエフィの力になってやってくれ。勿論村人は、エフィの味方だ。だが同世代のおまえ達がいる方がエフィにとってどんなにこころ強いかしれぬ。頼めるか?」
アニスとクリスはお互い顔を見合わせ
「長老様。前にも言ったように僕たちは何があってもエフィの味方です。エフィが
英雄でも逆賊でも僕たちの友情は変わりません。長老様に頼まれるまでもない。なあ、アニス」
クリスはアニスの方を見ながら言った。アニスは、手を口に当ててしばらく無言だったが
「え?ええ、エフィは友人です。ちゃんと守るわ。・・・長老様、1つ確認したいことがあるのです」
アニスはチラリとクリスの方を見て
「クリスにも知っていてもらいたいことなの。エフィを15年前、御神木の所で見付けた時の事なのだけど・・母さんが、あの時、エフィは小さなネックレスをしていたと、最近になって、話してくれたの。母さんはそれを長老様に渡したって・・・。長老様、それをエフィに渡したのですか?」
アニスは手で、ネックレスの大きさを2人に示した。クリスは
「へー。エフィがそんな物、持っていたなんて知らなかったな。捨てた赤ん坊に持たせるなんてなんか意味があるのかな。もしかしてエフィはどこかの王子だったりして・・・アハハ。まさかね」
その言葉に、長老は黙ったままアニスを見た。
{アニスのいうネックレスは、家の暖炉の上に隠している。エフィがその時、身につけていた服と共に・・・。あのネックレスはエレノネーラ国のものだ。それも国民が持てる代物ではない。もっと高貴の貴族か官僚クラスの持つ物だ。}
長老は、アニスの母親から預かった時、直感でそれを隠したのだ。エフィには必要のないものだと・・・。あのネックレスが、エフィの身元を確定させるものならそれはそれでよい。ただ、それがエフィを苦しめるものになるのだけは避けなければならない。
長老は冷たくなったピコス茶を口に運んで一口飲むと神木に祈った。
{どうか。エフィをお守りください}
長老の家に向かいながら、エフィは
{どんなことを聞かれるのだろう。僕のあの力のことだろうか}
頭の中で、色々考えながら歩いていた。いつの間にか御神木のそばまで来ていた。
エフィは立ち止まり、御神木を見上げると、あの日の事を思い出そうと目をつぶった。
15年前のここに捨てられた自分を・・・。記憶は途切れ途切れで、覚えているのは、誰かの声と、頬に落ちた水滴。あれは雪?エフィは頭を振ると、もう1度御神木を見上げて通り過ぎた。
雪がエフィを覆うように降りしきる。魔法も使えない自分には、雪除けの魔法も使えない。エフィは走って長老の家のドアを一度、深呼吸してノックした。
「お入り」
アリオンは、ドアが開くのを待った。
{期待通りのあの子供だろうか}
ドアから入って来たのは、自分が想像したあの子だった。
「エフィです・・・。長老様に貴方の所に行くように言われて・・」
エフィは、オズオズと部屋に入ってアリオンを見た。やっぱりあの時の人だ。
「やっと会えたな。今度は兄というあの少年は、付いてこなかったとみえる」
「クリスは・・僕の兄ではありません。・・・あの時は僕を・・・庇って・・・」
「そうか・・・。まあいい。こっちに来て座ってくれ。立ち話しで済むことではないのでな」
エフィは、アリオンオの言葉に体を強張らせて、近くの椅子に座った。
アリオンは、長老が入れていたピコス茶をエフィに勧めながら
「お前の・・・いや、エフィと呼ばせてもらおう。エフィは今、何歳になる?」
「15歳です」
「生まれてずっとこの村に住んでいるのか?」
「はい・・。いいえ・・。僕は赤子の時に、この村に捨てられていたのを、助けてもらったのです。ですが、それからこの村以外出たことはありません。他の子供もそうです」
「少女と少年のことか」
「・・・。はい。クリスとアニス」
アリオンは、本題に入ろうと、咳払いをすると
「エフィ。この前の王女様の襲撃事件の事は知っているだろう」
「はい、聞いています」
アリオンはエフィの返事に苦笑しながら
「そうじゃない。君たちが目撃者だ。あの事件の事を、すべて見ていたのは他ならぬ君たちだ」
エフィは図星を付かれて何も言い返せない。
「まあいい。それで王女が襲われた時に、君たちがいた方向から光が発せられた。それも知っているな?」
「はい・・・」
「それは誰がやったことか知っているな。・・・勘違いするな。責めているわけじゃない。むしろ我々は助けられたのだから」
エフィは下を向いて、しばらく黙った。この人に本当の事をいっても良いのか。自分がその張本人だと・・・。
「エフィ。これは王様のご命令なのだ。長老からも聞いていると思うが、君に拒否権はない。王命だからな。だがなにも処罰を受けるわけではない。これは王様から御命令を受けた魔法省が動いている。王様の大願なのだ」
「大願・・・?」
「エフィ。これから話すことは長老も知らぬ事」
アリオンは一息間を開けてから
「王様はある子供を探しておられる。15年前に生まれた子だ。その子供は、この国を危機から救うと予言された。だから王様はその子供を探しておられるのだ」
エフィは驚いた。
{何故、この人は僕にそんな話をするのだ。その予言の子と、僕に何の関係があるのか?}
「団長様、僕には団長様の話の意図が分かりません。何故、孤児の僕にそのような大事な話をされるのか」
エフィはあの時の力は、予言の子とは関係ないと考えていた。
しかしアリオンはたたみかけるように
「エフィよ。私は、お前から光が出ているのをこの目で見た。だから聞いているのだ。あの事件の際に、とてつもない魔力を発揮して、我々を助けてくれたのはお前だと。国を
救うほどの魔力を使えるお前が、予言の子の力ではないかと私は考えているのだ」
「!まさか・・・。そんなはずはありません。僕は魔法の使えない異端人です。あの時まで、なんの魔法も使えなかった人間です。そんな僕が、予言にある子供なわけはありません」
エフィは頭をふって否定をした。アリオンはエフィの告白を聞いて
「エフィ、お前は魔法を使えないのか?」
首を縦に振りながらエフィは
「そうです。僕は魔法を使えない。あの時、どうして魔法が使えたのか、自分でも
分からないのです。どうしてあんなことが出来たのか。痣が急に・・・」
「痣?」
アリオンはエフィの言葉に、興味を持った。アリオンは、父親のヴィンチセオリから予言の子の詳細を聞いているわけではなかった。だが、このエレノネーラ国でも隣国でも、痣がある人間のことを聞いたことがなかった。アリオンは
「どこに痣があるのだ。見せてくれ」
エフィは机の下に隠していた右手を、机の上にだした。痣はいつものようにエフィの手首で、水の形をしている。
「これは・・・」
アリオンは困惑しながら、その痣を良く見ようとした。
「エフィ。この痣はいつからあるのだ」
「これは生まれつきの痣だそうです。長老様もご存じです」
「痛むか?」
「いいえ、痛むときや熱くなる時は、僕に危険が迫っている時です。だから、あの時はなぜ熱くなったのかわかりません」
「王女様襲撃事件の時だな」
「はい、そうです。何故だかはわかりませんが、王女様が襲われた時、急に痣が光って、あのような事態に・・・」
エフィはいつの間にか、アリオンに誘導されるがまま、自分の事を話していた。
{なんだか不思議な人だな。こんな質問攻めなのにちっとも嫌な気分じゃない。
むしろ村の大人たちとは違う安心感がある。この人は信用できる気がする}
エフィはいつの間にか、アリオンに気を許している自分がいるのに気づいた。
「エフィ。お前が予言の子どもか、そうでないかは私の判断するところではない。
魔法省のヴィンチセオリ様と王様が私の報告を待っている。お前も私と一緒にエレノネーラ国に来てくれないか」
アリオンの急な申し出に、エフィは
「それは・・・。長老様に聞かなければ。僕では判断できません」
「そうか。分かった。では、長老を呼んできてくれ。私から話そう」
エフィは椅子から立ち上がり、もう一度アリオンの方を向いて
「団長様、予言の子どもが見つからなければこの国はどうなるのですか?」
エフィの質問に、アリオンは一瞬考えたが
「詳しいことは言えない。ただ予言の子どもが見つかなければこの国は危機に瀕するとだけ言っておこう。さあ、長老を呼んできてくれ」
エフィはアリオンの言葉に驚きながら、これ以上質問は出来ないと判断し、コートを被り長老を呼びに出て行った。
エフィが出て行ったあと、アリオンは椅子にドスンと音を立てて座り、頭を抱えた。
「あの子だ。エフィに間違えない。予言の子は・・・。ずっと探していた子が、こんな近くにいたとは・・・」
アリオンはエフィが予言の子だと確信した。
3国を回ってきたが、エフィ以上に魔力を持つ子供の話を聞いたことがない。
アリオンは、早くこの事をヴィンチセオリに、そして王に知らせ、エフィに会わせたかった。だがそのためには、長老の許可が必要だ。
いや、いざとなれば王命として、エフィを都に連れていくこともできる。
アリオンは自然と安堵した笑顔をみせた。やっと使命を果たすことが出来る。
エフィの家でエフィの帰りを待つ長老たち3人は、心配顔で、今か今かとエフィが帰ってくるのを待っていた。そこにエフィが慌てて入ってきた。
「長老様、騎士団長様が、僕をエレノネーラ国に連れていきたいと、長老様の許可をもらいたいと家で待っています」
エフィの急な発言に、アニスとクリスは言葉を失うくらい驚き、長老に至っては
{やはりな}
予感があった様子で、静かにエフィの言葉を受け止めた。
「分かった。では参ろう。今度はお前たちも付いておいで」
と、アニスたちを手招きして杖を突きながらエフィの家を出て、吹雪の中を歩き始めた。歩きながらクリスは、もう我慢できないと言った表情で
「エフィ。それでどんな話をしたのさ。お前をエレノネーラ国に連れて行きたいなんて、どういうこと?」
アニスも
「エフィ、私たちでさえ、この村から出たことはないわ。それはこの村が好きだし、都は危険だと教わったから。もし、エフィが都に行きたいのなら止めないけど、どうなの?行ってみたい?」
エフィは実際悩んでいた。都に行ったら、両親が見つかり、もしかしたら僕が魔法を使えない理由が分かるかも・・。
でも、都は大きくて、この村の何百倍の大きさもある。いろんな人もいる。
第一、騎士団長と都に行ったら王様に会わなければいけない。僕の好きなようには動けないのだ。
エフィは神木を通り過ぎ、長老の家にもうすぐたどり着く距離まで来ても、ずっと悩んでいた。
長老の家に着くと、長老は杖でドアをノックし、3人の子どもを従えて入った。
その時初めて、アニスとクリスは間近でアリオンを見た。長身で精悍な体つき、そして穏やかな表情。初めて見たあの騎士団長その人であった。違ったのは、以前と比べて今日は表情が険しくない事だった。
アリオンは3人の子どもと長老を見て
「やはりあの時のお前たちか。まあこちらにおいで。クリスといったかな。エフィの兄の・・・」
クリスはあのときついた嘘を、アリオンがまだ覚えていることに恥ずかしくなり、下を向いたまま
「あの時は・・・エフィを守ろうとして・・・」
「そうだな。いい兄だ。年下を庇うことは、年上としては当たり前のことだからな」
アリオンは、クリスの髪をくしゃくしゃに撫でると、今度はアニスを見て
「君もクリスと同じ考えだろう」
アニスは、アリオンの目力に負けないように
「そうです。エフィは私たちの友人で大切な弟です」
「そうだ。それでいい」
にこやかに笑った。そして長老の方を向くと
「長老、エフィから話は聞いていると思うが、どうだろうか」
長老に椅子に座るように促しながら、アリオンはさっきエフィに言ったことを、繰り返してもう一度、長老に伝えた。
「エフィをエレノネーラ国に連れていくということですかな」
「そうだ。エフィを一度、ヴィンチセオリ様に会わせたいのだ。私では判断できぬゆえ」
{やはり、ヴィンチセオリか}
長老はしばらく考えていたが
「アリオン様、申し訳ありませんが、エフィはこの村で育った子。王様の要請があれば仕方ありませんが、ヴィンチセオリ殿に会わせるだけならば、あなた様の言葉で十分なはず。今回はお引き取りを」
長老の言葉を聞いてアリオンは
「ウーン。そうか。王命とはいえ、確かに私の話で、ヴィンチセオリ様には報告は出来る。だが、長老よ。いずれヴィンチセオリ様自ら村に赴くか、王命によってエフィに都に来てもらうことになるが、それは承知してくれるか?」
長老は少し間をあけて
「王命ならば仕方ありません。ですがその時は、我々も付いて行くことを許可していただきたい」
「分かった。では今回は、私がヴィンチセオリ様に報告をしよう」
アリオンはそう言うと、机の横に立てかけていた剣を腰にさし、マントを付けると
「では、エフィ。また、会おう」
エフィに微笑みかけると長老の家を後にした。
アリオンが出て行くと
「フー、どうなることかと思った。良かったな、エフィ。連れていかれなくて」
「う、うん」
エフィは頷きながら、アリオンの出て行ったあとを見つめた。エフィは複雑な気持ちだった。
都に行けば、自分が魔法を使えない理由や、親の事が少しでも分かるかもしれないという期待もあったからだ。そんなエフィの気持ちを知らずクリスは
「あ、騎士団が出発しようとしている。見に行こうよ」
と、アニスを誘っている。
確かに外では、休息を取って干し草を食べた馬たちが白い息を吐きながら、いななき声をあげている。騎士団も来た時の、疲れ切った顔ではなく、体力気力十分な表情で馬に乗り込もうとしている。
アリオンはジースに
「出発だ。皆そろっているか」
「団長。皆そろっています」
ジースがアリオンに伝えると、アリオンは馬に乗り、見送りに出てきた長老に向かって
「長老。それでは邪魔をしたな。例の件のことはまた連絡があると思うから、そのつもりでいてくれ。それ!皆の者行くぞ」
アリオンの号令で、騎士団は列を組んでシュジュ村を後にした。
エフィは去っていく騎士団を見ながら
{もし僕が行くと言えば、長老もきっと駄目だとは言わなかったかも。だけど・・・。}
エフィは複雑な気持ちで去っていく、アリオンの後ろ姿をみた。
騎士団の姿が見えなくなったのを確認してから、長老は村人に向かって
「皆、ご苦労だった。しっかりと休んでくれ」
そして
「アニスもクリスも家に帰りなさい。エフィ。お前は私と一緒に来なさい」
長老はエフィにそう言うと、自分の家に入って行った。アニスとクリスは、エフィを見て
「またな。エフィ」
「明日、迎えに行くわ」
手を振りながら自分の家の方へ帰って行った。
エフィはそんな2人を見送ったあと、一息ためいきをつきながら、長老の後に続いて家に入った。
エフィが入ってくるのを待っていた長老は、杖を机の横に置き、暖炉の上のピコス茶を、エフィに入れてくれた。自分はエモ茶の入ったカップを机の上に置いて、エフィに椅子に座るように促した。エフィが座るのを確認すると、エフィの顔をしげしげと見ながら、切り出した。
「で、エフィ。アリオン様とどのような話をしたのだ。お前をエレノネーラ国に連れて行きたいなど言われた時は、儂は正直驚いたぞ」
エフィはどこまで話すべきか悩んだ。
アリオンは、予言の子どもの事は、長老も知らないと言っていた。自分が話すことは出来ない。エフィは長老には黙っておこうと決断し
「あの方には、痣の事や湖でのことを話しました。と、いっても湖の件の事はすでに知っておられましたが・・・」
「痣の事も話したのか。それでアリオン様はどう言われた」
「驚かれていました。湖での事に大変に興味を持たれて、痣を見せてほしいと言われ・・・だから僕は痣を見せたのです」
エフィはアリオンに見せたように机の上に手をだして長老に見せた。
「そしてアリオン様は、僕にエレノネーラ国にきて、王様に謁見してほしいと言われました」
長老はエフィの話す内容に、エモ茶を飲むことも忘れ、聞き入った。
{ヴィンチセオリが、王命で探していたのは子供、その息子がエフィに関心を示したと
いうことは、必ずエフィの事をヴィンチセオリに報告するだろう。アリオンも言っていたが、そうなれば今度は魔法省トップのヴィンチセオリが直々で来るに相違あるまい}
長老は、長い髭を触りながら思案した。エフィをこのままこの村に置いていていいものか。だが他に行く当てはない。エレノネーラ国にいけば、この子の運命が変わるかもしれぬ。上手くいけば両親を探す手掛かりが見つかるかも・・・。長老は机の上で冷めてしまったエモ茶を見つめながら
「エフィ。お前は以前、エレノネーラ国に行きたいと言っていたが、今もその意志は変わらぬか?両親を探したいといった気持ちは今はどうだ」
エフィは、長老が自分の言っていたことを覚えてくれていたことに嬉しく思い、その反面、悩んでもいた。そしてよくよく考え
「いいえ、長老様、僕の故郷はこの村で、僕の家族は村の皆です。どこにも行きません。ここがいいのです。」
エフィの言ったことは嘘偽りではなかった。
しかし、心の隅で自分の出生の手掛かりがつかめるかもという長老の言葉に、魅力も感じた。長老はエフィの真意まではわからなかったが、エフィの言葉に頷き
「そうか。お前の意志を尊重しよう。だが、遠慮はいらぬ。もしお前が望めば、都に行くこともできる」
エフィは頷き
「ありがとうございます。長老様」
エフィの言葉に頷きながら、長老は笑顔で
「さあさ、私の話はここまでだ。お前も家に帰ってゆっくり休むといい」
そうエフィに告げると、ドアまで見送ってくれた。
エフィはマントを身に纏いながらふと、思い出したように
「そういえば長老様、アリオン様は良い方ですね。あの方は良いオーラをお持ちです」
「ほう、エフィはオーラがよめるのか?」
「オーラといっても、その方が持つ気のようなものですが。あの方は温かい気をお持ちです。それでは失礼します」
エフィはマントをきつく体に纏わせると、雪の中を出て行った。
残された長老は、エフィが今言った、良い気というものを考えていた。エフィには魔力はないが、気というものを感じやすい体質、つまり他の人にはない能力があるのかもしれないと・・・。
まあアリオンは、旧知の友、ヴィンチセオリの息子であるから、いい青年に間違いはない。
長老の家族は早いうちに、この村をでていった。今はインスタラ国で商人をしていると、出稼ぎにいっている村人から、数か月前に聞いたことがある。元気でいればそれでいい・・。だからヴィンチセオリの家族が、長老の家族でもあった。アリオンは、まだオムツもとれない赤子の頃から知っている。ただ、ヴィンチセオリの妻がなくなったころから、お互いに連絡を取らなくなり、疎遠になった。理由はなかった。だから青年になったアリオンを見ても面影はあっても、お互い気づかなかったのだ。ましてや、赤子だったアリオンは、長老の事を覚えていなかったが・・・。
その頃、シュジュ村を後にした騎士団は、吹雪の中、エレノネーラ国に向けて馬を走らせていた。アリオンは吹雪の中で馬を走らせながら
{収穫は十分にあった。後は父上に報告をして、どう判断されるかだ。予言の子が
エフィであればいいのだが・・・}
最初に会った時は、友人の背中に隠れる控えめな子供に見えたが、今日会ったエフィはしっかりと自分の考えも口にでき、思慮深い子供に見えた。それにあの魔力は誰も持っていない能力だ。
{たとえ父上でも、自然を曲げる魔法を使えないだろう。異質な魔力、それはエレノネーラ国でもアナガイア国にもない力。エフィが予言の子どもでないにしても、あの魔力をこのまま放置するのは・・・。もし、エフィが予言の子どもでなければ、都に呼んで稽古をつけてやりたい。もしかしたら魔法を使えるようになるかもしれない}
目の前に広がる都を前に、アリオンはエフィの将来を気にかけていた。
「開門―」
アリオンは大きな声で叫ぶと、開いた門から城下に入りそのまま城に向かった。
アリオンは、副官のジースに後の事を頼み、急いで、父であり魔法省トップのヴィンチセオリのもとに駆け付けた。
「父上、アリオン、只今戻りました」
今か今かとアリオンの帰りを待っていたヴィンチセオリは
「おお、よく無事で」
ヴィンチセオリは顔をほころばせて、アリオンの無事な姿を見て喜んだ。
「さあ、こちらに来て温まりなさい。そして話してくれ、一体何があったのだ」
アリオンはヴィンチセオリの勧められるまま、暖炉近くに置かれた椅子に座り、今まであったことを詳細に話し始めた。
「父上、王女様襲撃の一件は、途中に報告して通りです。その時、湖で何があったかをこれからお話しします」
アリオンは、暖炉の火に手を伸ばしながら、椅子に座り、湖でのことをヴィンチセオリに話した。
「王女様と騎士団が黒装束の者たちに襲われ、不甲斐ないことに、王女様を人質に取られました。皆、どうすることも出来ず、最悪の事態を覚悟しました」
アリオンはその時のことを思い出しては、口惜しそうに唸った。
「なんということだ。それでどうなった」
「はい、もう最後かと皆、覚悟を決めたとき、常識では考えられない不思議なことが起こりました」
アリオンは、今でも信じられないように頭を振りながら
「実は、子供に助けられまして・・・」
「子供?どういうことだ。」
ヴィンチセオリはアリオンに話の続きを促した。興奮で眼は血走り、動悸がする胸を押さえながら、ヴィンチセオリはアリオンに、話の先を急がした。
「黒装束が王女様に剣を向けたとき、森の方から光が天に昇り、湖は光に包まれました。すると湖の氷が割れて、黒装束の者たちが落ちて行ったのです。私たちは、金色のオーラに包まれ、守られるように誰も落ちることなく無事でした。その時、私は見たのです。天に上る光を放つ場所に、子供達がいたのを」
アリオンは、今でもその光景が忘れられないといった様子で、頭を振りながら話を続けた。ヴィンチセオリは、アリオンが言っている子供というのが、以前アリオンから聞いた村の子供か否かわからないようにアリオンに聞きなおした。
「子供達?お前が以前話した、あの村の子供のことか?隠し事をしているように見えたといった」
「そうです。あの子供です。その少年から、おびただしいい光が発せられて、溶けるはずのない湖の氷がとけ始めたのです。そのおかげで私たちは、難を逃れることができました。」
アリオンは、ヴィンチセオリの顔を見ながら、興奮気味に言った。
その言葉でヴィンチセオリはさらに身を乗り出し唸りながらこう言った。
「ウーム。溶けない氷と少年か。その子供は誰なのだろうか。それにしても、王女様を襲った黒装束の集団は何者だ。なんの目的で王女様を襲ったのか」
アリオンは首を振りながら、
「分かりません。やつらには混乱に乗じて逃げられました」
ヴィンチセオリは、低く唸りながら、
「仕方ない。それで王女さまにお怪我は?」
「はい。お怪我もなく、すぐに国境を越え、無事に隣国の王宮にお送りしました」
ヴィンチセオリは、それを聞いてほっと胸を撫でおろした。
王女になにかあったら、魔法省の責任となる。騎士団の団長アリオンは、その罪に問われる。
「そうか。それは良かった」
ヴィンチセオリは、心から王女とアリオンの無事を喜んだ。
「父上、これからが本題なのですが、私が良い情報と言ったこと、覚えておられますか?」
「ああ、インスタラ王国でお前が言っていた良い情報。それは・・・?」
「その助けてくれた子供達の事です。私は国に帰る前に、そのシュジュ村に立ち寄りました。子供の事を、長老に聞いておきたかったからです」
「長老?おお、我が友ギデオンの」
「えっ。シュジュ村の長老と父上はお知り合いで?」
「何を言う、アリオン。お前も昔会ったことがあるぞ。まだ赤ん坊のころだったかな」
ヴィンチセオリは昔を懐かしむように、目を細めてアリオンを見た。
「・・・そうでしたか。長老は何もそのことには触れませんでしたが・・・」
アリオンは、シュジュ村の長老の顔を思い出そうとした。言われれば何か奥底に記憶があるような・・・。
「それで長老に会った私は、子供の事を聞いてみることにしました。村に子供は3人で、アニス、クリス、そしてエフィです」
「その中の誰かが、お前たちを救ったという」
「はい。私は湖での出来事が、3人のうちのエフィだと確信し、長老に問いただしました」
アリオンは、ヴィンチセオリの言葉に覆い被るように話を続けた。
「私はエフィと2人で話すことにしました。エフィの話をまとめるとこうです。エフィは魔法が使えない。そして湖での出来事は、エフィの突然の力でエフィ自身が止めることが出来なかった。子どものことも、エフィには話しましたが、エフィは興味を示しませんでした。しかし、私はあの力が、王様が捜しておられる、子どもの力であってほしいと願い、エフィに都に来てほしいと伝えましたが、長老に断られました。しかしエフィの痣は何か意味があるよな・・・」
ヴィンチセオリはアリオンの一言を聞いて、ビクっと体を強張らせ反応した。
「何!痣だと・・・」
アリオンはヴィンチセオリのあまりの反応に驚き、一歩身をひいた。
「は、はい。エフィの手の甲には、水の形をした痣があります。これは幼い時からあった
そうで・・・。いかがされました。父上?」
見るとヴィンチセオリは、体をワナワナと震わせ、両手で机をコツコツと叩き始めた。しばらく叩いたあと、大きなため息をついて
「ア、アリオン。それでその子の年齢は?」
「年齢でございますか?確か15歳と聞きましたが」
「15!・・・」
王は予言された時に、15年前生まれた子供と聞いたらしい。そして体のどこかに痣があると・・・。
{まさか!いや、まだ判断するのには情報が少ない。直に会わなくては、やはり都に来てもらうほか方法はあるまい。}
ヴィンチセオリはそう考えながら
「アリオン、とても重要な情報だ。王様に報告する必要がある。私も、そのエフィという少年に会ってみたいものだ。さあ、今日は疲れたであろう。もう休むがいい」
ヴィンチセオリは興奮と緊張を、アリオンに悟られまいと平静を装って言った。
「はい、ではそうさせていただきます。父上」
アリオンは椅子から立ち上がり、出て行こうと歩を進めたがふと、思い出したように
「そういえば、長老の部屋で、赤子の産着とネックレスを見ました。どこかで見たような気がしたのですが・・・」
「産着とネックレスだと?」
アリオンは立ち止まり、ヴィンチセオリの方を向いて
「どちらも上等なものでした。一般国民が手にすることはできないような」
{産着・・・ネックレス・・・ギデオンはなぜそれを隠していたのか・・・。}
「分かった、下がりなさい」
アリオンが出ていくと、ヴィンチセオリは椅子から立ち上がり、杖を突きながら部屋の中をグルグルと周りながら考えた。
{予言の子どもが見つかったかもしれない。王様に謁見して、早くこの事を報告
せねば・・・。いや、私が見定める必要があるか。ではシュジュ村に向かわねば。アリオンの言っていた産着とネックレスの事も、気にかかる。しかし口実はどうするか。
目立った行動をすれば、奴に気づかれる心配もある。なにか良い策はないか・・・。
それに黒装束の者は一体何者か。王女様を狙ったのは、もしかすると、私の失脚を狙っての事。だとすると黒幕はセオルド・ドメチ!}
ヴィンチセオリは、セオルドが自分の欲望のためなら手段を選ばないことに、恐怖と失望を感じた。
{奴が狙うは、魔法省のトップである私の地位。だから王女様を危険に晒して、私を窮地にたたせようと、こんな大掛かりな事をしでかした。愚かな奴。しかし、儂は心のどこかで、セオルドがこんなことをしでかす人間には、どうしても思えなかった。確かに野心のある男だとは思っていた。だが昔から知っているセオルドは、もっと正義感にあふれた男だった。そんな男をそこまでの野心家にしたのは、私のせいか、黒魔法のせいか?}
ヴィンチセオリ自身、この地位にそれほど執着はなかった。
先王の時代に、前任の魔法省の幹部全員の推薦を受け、この地位に就いたに過ぎない。それほど、この地位を欲しがるセオルドの意図が、ヴィンチセオリには分からなかった。
{トップの座で何をしようと考えるのか・・・・。しかし、今は予言の子を探す方が優先だ。魔法師の中でも自然を操ることのできる者は数少ない。王族か魔法省の中でも、幹部の一部の者のみだ。子供がそんな高度魔法を使うことができるのなら、当然、噂になっていただろう。やはり予言の子?だがもしその子が、国王のいう予言の子だとすると、ギデオンが私に黙っているとは思えない。まさか隠しているのか?
しかも黒装束の者にも、その子供の力が見られたかもしれない。そして、何者かがその子に接近してくるかも・・・}
ヴィンチセオリは、友人である長老にも、予言の子の事は打ち明けていなかった。国王からの秘密裏の命令であったし、友人に余計な心配をさせたくなかったからだ。
しかし、今となってはそんなことを言っている余裕はない。早く真実を長老にも話して
その子供が本当に、予言の子かどうか判断しなくては・・・。
ヴィンチセオリは、とにかく近いうちに、自ら出向くことを考えていた。
ここを無人にするわけにはいかないが、事は急を要する。ヴィンチセオリは、雪がふり続ける闇夜を見ながら大きなため息をついた。
その頃、薄暗い地下のセオルド・ドメチの部屋では、蝋燭に照らされる大きな影と、
小さく震える影が対照的に照らされていた。周りには何人もの影が、中央に膝をつく
レオンを冷ややかに見降ろしていた。レオンを纏うその空気は、罪をさばく牢獄のような冷気をまとっていた。レオンの報告を聞いた、セオルドの声は淡々ではあるが、冷酷に
部屋中の空気を凍らせた。
「それで、失敗したというのかレオン。なんの手土産もなく、おめおめと帰ってきおって」
セオルドは、怒りをあらわにして、弟子であるレオンに言い放った。レオンはセオルドの怒りに震えながら、
「申し訳ありません。我が王よ。もうすこしのところで邪魔が入り、事が運びませんでした。あの子供さえ邪魔をしなければ・・・」
「愚か者!子供になんの力があるというのだ。わしの計画を邪魔する者は殺せ」
セオルドは手に持ったワインを床にたたきつけ、ほえた。レオンはセオルドの怒りに震えながらも、
「恐れながら、その子供の魔法は、私が見たことのないものでした。杖も呪文も使わずに…。あれは自然への反逆です。恐ろしい…」
レオンは言い訳をしようと、見ていないこともペラペラと話し始めた。
レオンの言葉に少し興味を持ったセオルドは
「呪文を使わない?まさか、そんなことはあるまい。この国で魔法を使わない者は、異端者くらいだ。そんな者が溶けるはずのない氷を、溶かすことなどできるはずがない。お前の見間違えであろう」
しかし、セオルドはそう言いながら、なにか思い当たることがあるように
「・・・まさか、予言の子?レオン、その子供のことを詳しく申してみよ」
レオンは、セオルドの怒りが収まったことに安堵しながら、こびへつらうように
「は、はい。私が光に気づいた時には、湖すべてが金色の光に包まれており、急に湖の氷が溶け始めました。その時、光を発していた所に3名の子供がいました」
「なるほど・・・。だが、何故それを、最後まで確認しないで戻った?その場で殺しておけば、憂いの種は減るものを。・・・まあ良い。あとは儂の指示を待て、下がってよい」
どんな処罰を受けるのかと恐れていたレオンは、慌てて、頭をさげ
「・・・わかりました。我が王。」
レオンが退室したあと、影の1つが
「セオルド様、レオンを許すのですか?ヘタをすれば、我々の存在が知られる恐れがあった罪深い者です。奴は黒魔法師の面汚しです。」
セオルドは、カップにワインを注ぎ込みながら考えた。
「確かにそうだ。だが奴は有力な情報を得てもいる。処罰するのは後でも良かろう。それよりも儂は、その子どもに興味がある。もしかすると、我らの敵になるやかもしれぬ者だ。その村に赴く必要がある」
違う影が立ち上がった。
「我が王よ。その役目は私に。必ずやその子どもを捕らえて、貴方様の前に連れてまいります」
「ベキか。標的は国王が言っていた予言の子かもしれぬ。予言の子は1人。3人となるとそのうちの誰かということになる。おそらくヴィンチセオリも、このことを知っているはず。あやつが予言の子どもを見つける前に、我が手中に入れなければ、わしの天下は危うい。行け!この件はお前に一任する」
「必ずや・・・、王よ」
セオルドは満足そうに頷きながら、だがその前に、邪魔なヴィンチセオリをどうにかせねばなるまい。と、考えた。
セオルドは薄暗いランプの灯をみながら、何かいい策が浮かんだ様子で口元をゆがめるとニヤッとし、ワインを飲みほした。
「これから、王に謁見をしてくる。ヴィンチセオリを貶めるいい材料があったからな」
「セオルド様、我らもついてゆきます」
数名の影が、ランプを片手にセオルドの周りに集まった。セオルドはその顔ぶれをみて満足そうに笑い部屋を出た。
セオルド・ドメチの激高を買い、同胞の前で恥をさらしたレオンは、自分と同じ魔法クラスのベキが、次の作戦を任されたことに怒り心頭で、室内から聞こえてくるセオルドの声に両手を震わせていた。
{あの時、邪魔が入らなければ手柄を立てセオルド様に認められていたはずなのに・・・。あの突如放たれた光、あれは何だったのか。それも、その時近くには子供がいた。まさか・・・。いや、どちらにしてもあの村をあのままにはしておけない。ベキが村に向かう前に私がセオルド様に認められるようにしなければ、この身が危ない}
レオンは残酷な笑みをもらし、セオルド達が、王への謁見のため、出てきたのを確認すると、暗闇に身を潜め一行をかわした。
そしてセオルド一行を送るため出てきたベキを見つけると、怒りが抑えられなくなったのかさっと姿を見せた。
一瞬驚いたベキだったが、相手がレオンだとわかるとニヤリと笑い
「ああ、残念なレオンではないか。セオルド様の怒りを買ったせいで、私がお前の代わりに任務を任されたよ。安心しろ、お前のような失敗はしない。私が任務を終えて、セオルド様に報告をするところを指くわえてみているのだな」
「ああ、それは残念だよ、ベキ。お前の手柄を見ることが出来ないなんて・・・」
ベキは、レオンの言っていることが分からないような表情を見せた。
だが次の瞬間、ベキは腹部に鋭い痛みを感じ、そこを見た。いつの間にか、剣が突き刺さっていた。前を見ると、レオンがニヤニヤと残酷な表情でベキを見ている。
「レオ・・・ン。これ・・・は・・・どういう・こ・とだ・・・」
ベキは腹部に剣が刺さったまま崩れ落ちた。そのベキの苦しむ様子を見て、レオンは
「見ればわかるだろう。セオルド様から褒美の言葉をもらうのはこの俺だ。お前は邪魔な存在だ。死んでしまえ」
ベキは、レオンの言葉すべて聞く前に絶命した。レオンはベキの腹部から剣を抜き、
転がせ
「身のほどをわきまえない自分の愚かさを呪え」
剣を腰のさやにしまいながら、顔をゆがめその場を立ち去った。
謁見の間では、王が夜分遅くに謁見を求めてきたセオルドと、魔法省の幹部数名を目の前にして、大きな不安を感じていた。
何故なら、セオルドは今まで何度も、王に無理難題を求めてきたことが度々あり、
王はそれを恐れていたのだ。セオルドは王の前にひざまつき
「王様、こんな時刻に申し訳ありません。ですが、大変な事態がおこりましたゆえ、
こうして無礼と思いながら参上いたしました」
王はセオルドのいう大変な事態ということにいささか疲弊していた。いつもセオルドは急を要す。と、いいながら、実はたいしたことではないことが多かったからだ。
今回も王は欠伸を我慢しながら
「セオルドよ、今度は何の急用だ」
セオルドは王の言葉に顔を隠しながら、ニヤッと笑うと、今度は嘆き悲しむふりをして
「婚礼のため出発された王女様が、何者かの襲撃を受けたことはご存じでしょうか」
セオルドの言葉に王は一気に目が覚め
「セオルド!それは真か?」
身を乗り出してセオルドを見つめた。セオルドはたたみかけるように
「王様。まことに残念な事ですが事実でございます。騎士団が護衛についていながら何たる失態。さらに驚くことに、私の部下が、魔物を操るヴィンチセオリ殿を見たという証言もあります」
王は再び声を漏らして驚いた。
「何!ヴィンチセオリが?信じられぬ」
「まことに。最初は私も到底信じることは出来ませんでしたが、部下は信用できる者ゆえ、こうして報告に参った次第です。とにかく王女様が危険な目に合われたことは、事実です。王様。このまま、ヴィンチセオリ殿を野放しにしてはなりません。この国を転覆させようと目論んでいるのです」
セオルドはついには立ち上がり、先頭に立ち、王に詰め寄った。
そしてヴィンチセオリが魔物を操ったなどと、適当に出まかせを王に伝え、ヴィンチセオリの国への反逆を訴えた。そして、国外追放と魔法省トップの座をはく奪することを求めてきた。
魔法省の幹部数名もセオルドと同意見で、王にヴィンチセオリの追放を迫ってきた。
「ヴィンチセオリが反逆人だとは、余はとても信じられぬ。明日ヴィンチセオリ本人
から聞く故、セオルド、今夜は下がるがよい」
セオルド達がいなくなった後、王は護衛の者に、外で待機するように伝えると、雪が降り続く暗闇を見据えて大きなためいきをついた。
王には分かっていた。ヴィンチセオリがそのような者ではないことを。いかに自分や前王に仕えてきたかを。
だが、セオルドの言い分を否定することも出来なかった。
王女が危険な目に合ったというセオルドの言葉には、信憑性があった。もし虚偽ならば王族を偽った罪で、セオルドの方が罪を問われることになる。
王は王座に座り、頭を抱えた。セオルドの言ったことはどこまでが真実か。
王はヴィンチセオリを、皇太子のころから知っており、とても信用できる人物と感じていた。ヴィンチセオリは前王の時代から、魔法省の長として、国を守ってきた。しかし、その隣には、いつもセオルドの姿があった。2人は協力し、この国の発展に貢献してくれていた。だが、いつの頃からか、ヴィンチセオリの隣からセオルドの姿が消えた。
{あの2人に何かあったというのか?この国の重鎮だった2人が、今では反目しあっている}
しかし、王は、ヴィンチセオリはとても勇敢な騎士で、反逆などを目論む者ではないということをよく知っていた。しかし、セオルドは、ヴィンチセオリを国外追放にすべきだと直訴してきた。しかも、セオルドだけでなく、魔法省の数名が同じ意見だった。
セオルドは黒魔法師や魔物を、ヴィンチセオリが操り、国を危険にさらした罪は大きいと訴えた。しかし、王はまず、ヴィンチセオリの話が聞きたかった。それまでは、このことは王妃にも秘密にしておこうと考えた。
王との謁見を済ませたセオルドは1人、廊下を歩き自室に戻ろうとした。
不意に足元に何かが当たった。セオルドはランプで足元を照らすと、そこに転がっていたのはベキの亡骸だった。セオルドは冷めた目でそれを見下ろし、何かを勘づいたように表情を変えず、杖を取り出しその体を火の魔法で焼きつくした。
「まったく、レオンも面白いことをする。フフフ・・・」
燃えさかる炎を尻目に、セオルドは何事もなかったように立ち去った。
翌日、ヴィンチセオリは昨夜の王の苦悩を知らず、早朝から水鏡を使って、シュジュ村の長老にコンタクトを取っていた。水鏡に映ったヴィンチセオリの顔をみても、長老は予期していたのか、さほど驚かずにヴィンチセオリの顔を見た。
「ギデオンよ。久しいの。達者にしていたか?」
長老も久しぶりに見るヴィンチセオリを懐かしそうに見ながら、それでもヴィンチセオリの疲れた表情を心配して
「ヴィンチセオリ殿、少しお疲れの様子。都でなにかありましたかな」
長老はエフィに関心がいかないように緊張しながらも、平静さを保ちながら友を労わった。
「ギデオン、友よ。今、儂の心は乱れている。というのも、お主がなにか隠しているからだ。なにか友に言うことはないか?」
長老は、ヴィンチセオリが全てを知っていて、カマを掛けていることに気づき、とぼける
ように
「儂がかの?いや、特に何も隠してはおらぬが。ヴィンチセオリともあろう貴殿がどうしたのじゃ。そんなことを聞くとは」
「そうか、ギデオン。お主がとぼけるのであれば、儂が言うしかあるまい。アリオンは知っているな、我が息子の」
「ああ、ヴィンチセオリ殿の亡くなった奥方によく似た、りりしい青年ですな」
「アリオンが昨日、お前と1人の子どもに面会したはずだが」
長老は頬をピクリと痙攣させて
「ああ、そうであったかな。年をとると物忘れが激しくて困る。それで貴殿の御息子がなにを言われましたかな」
あくまでとぼけようとする長老。しかしヴィンチセオリはチャンスを逃さまいと
「エフィといったかな。湖で王女様が襲われたのを助けた子供は。そしてその子は、15年前に、村に捨てられた孤児であるというではないか。どうして友である私に黙っていた?」
長老はとぼけて顔でありながら、真面目な顔で
「そうであったかな。やはり歳をとるといかんな。だが言わせてもらえば、ヴィンチセオリ殿、ここは私の村だ。魔法省のトップで貴殿の友である前に、この村で起きたことは、長老である私が責任をもって対処する。それに孤児はそんなに珍しいことでは
ない。そんな些細なことまで、魔法省に報告する義務があったか。第一、お主こそ、予言の子どもの事を、友である儂にも内緒にしていたではないか!それはなぜだ?」
長老は、最後に不服そうな顔をして、ヴィンチセオリに敬意の言葉を外して、異議を唱えた。ヴィンチセオリは威厳を崩すことはなかったが、一瞬苦しそうな表情をしながら
「ギデオン、そのことは本当にすまないと思っている。だが王命故、友であるお前にも言えなかったのだ。だが、お前の村に予言の子どもかもしれぬ者がいると知った
以上、お前も知る権利がある。ギデオン、よいか。心して聞いてくれ」
ヴィンチセオリは、水鏡の位置をずらし、長老の顔が見えやすいようにして座りなおした。そして一呼吸置くと
「王様は、15年前に、予言者からこの国の未来の予言を受けられた。その時、予言者から、この国はある子供によって救われると言われたのだ。その子供、予言の子には、体のどこかに痣があり、不思議な力が使えるそうだ。勿論王様は、この話を儂にしか話さずこの事は秘密裏にされ、魔法省の極一部の者しか知らない。お前に話したことも私の一存だ。しかし、お前の村で15年前、子供を保護した。という事実があれば、放っておくことも出来ない。今回の王女襲撃の件といい、そのエフィと言う子供には、私も興味をもっている。都に来てほしいというアリオンの要望を断ったのは、何か理由があるのか?それにアリオンが、お前の家で見たというネックレスの出所を知りたいのだ」
ヴィンチセオリの話を聞いて長老は、エフィの運命に落胆した。
{やはりエフィは・・・}
水鏡で見えるヴィンチセオリの表情には、何の嘘も感じられない。
長老は、今聞いた真実を理解しようとしながら、それでもエフィの運命をどうにかしたくて
「・・・。ヴィンチセオリ殿。私はあの子を・・・エフィを国の命運をかけた運命に巻き込みたくない。それはあの子が持っていたネックレスにも関係する。・・・あの子が、私の村で見つかった時、首にはネックレスをしていた。普通の者が持てるはずのない高価なものだとすぐに分かった。神木で見つかったことからも、あの子は何かに守られている。あの子が神木に近づくたびに、神木は光を放つのを私は何度か見たことがあるのだ。エフィがお主たちの探している、予言の子かもしれぬ。だがその過酷な運命にあの子を巻き込みたくないのだ」
長老はそう言いながらため息をつき、ヴィンチセオリを見た。
ヴィンチセオリは長老の気持ちに理解を示しながらも
「ギデオン。お前の気持ちもわかる。だがこれはこの国だけでなく、エレノア帝国
すべてに関係してくる話だ。予言の子が見つからなければ帝国すべてが滅亡する
可能性もあるのだ。それを分かってほしい」
長老は、ヴィンチセオリの言葉に、水鏡から離れ、暖炉の方に歩いていき、燃えさかる炎をみて、暖炉の後ろに隠しておいたネックレスを手にとり
「あの子をお守りください」
ネックレスを握りしめながら、再び、ヴィンチセオリの前に姿を見せた。
「ヴィンチセオリ殿、これがエフィを見つけたとき身に付けていたものだ」
そう言うと、ヴィンチセオリにネックレスを見せた。水鏡から見ようと目をこらすヴィンチセオリは、水波の揺れで詳細なところまでは見えなかったが、確かに高価な物のようだ。金で施された細工は、王族や貴族でしか持ちえない代物であった。
しかも、ヴィンチセオリにはなんだか見覚えがあった。それは息子アリオンも同じことを言っていた気がする。
「おお、それが・・・。何か特徴のある紋章のようなものはないか?ギデオン」
ヴィンチセオリに言われて、長老もネックレスを裏返してみたが、何の変哲のない
ネックレスで特に特徴があるものではなかった。長老は、同じように産着も、ヴィンチセオリに見せたが同じことだった。
ヴィンチセオリは水鏡から目を離し、どこであのネックレスを見たか思い出そうとした。が、最近の記憶ではないため、とうとうあきらめて
「ギデオン、エフィは我々が長年探し求めた予言の子やかもしれぬゆえ、お前の考えもあろうが、王命としてエフィに会わせてはもらえまいか」
ふさぎ込む長老を、ヴィンチセオリはなだめるように、そして王命という強い言葉で説得した。アリオンも王命としてエフィと面会した。ヴィンチセオリにエフィと会わせない言い訳はできない。長老はため息をついて
「了解した。では、都にエフィを連れてゆく手はずを整えよう」
「それには及ばない。私がそちらに行く」
「しかし、それでは魔法省は誰に任せるのだ」
「大切な事ゆえ、他人に任せる事は出来ない。また、お前たちに都に来てもらうことも危険なこと故、私が近いうちに、村に行けるように手はずを整える。それまではエフィを頼むぞ。ギデオン」
「うむ、承知した。ヴィンチセオリ殿がくるまで、エフィは命にかけて守ると誓おう。
その日まで会えることを楽しみにしておくぞ。ヴィンチセオリ殿」
「こちらも。頼むぞ、ギデオン、友よ」
お互い笑顔で別れの挨拶をしてから、水鏡がお互いの姿を消した。
水の入った器を名残惜しそうに見つめたヴィンチセオリは、固い決意をして明日、王に謁見しようと心に決め、ふと息子アリオンの事を考え
「すまぬな。息子よ、父の勝手な考えでお前に寂しい思いをさせることになりそうだ。許しておくれ」
窓辺に立つヴィンチセオリは硬い表情で言いながら、エモ茶を一気に飲んだ。
翌日、マルクス王は、ヴィンチセオリを呼ぶよう、入ってきた人物をみて驚いた。ヴィンチセオリ本人だったからだ。王はヴィンチセオリをじっと見て
「ヴィンチセオリよ。何故、参った?なにか余に言うべきことがあるのか?」
ヴィンチセオリは、いつもと同じ態度ではあるが、少し冷静さを失った様子で
「王様・・・。昨日、王女様が襲撃に合われたと、騎士団長から報告を受け、ここに参りました」
「ヴィンチセオリ、それは余も知っている。セオルドが、昨夜遅く知らせに来たからだ」
「なんですと!セオルドが・・・」
ヴィンチセオリは王の言葉に驚いた。王女の事件を知っているのは、騎士団員と
私だけの筈。どこで知りえたのだ?そんなヴィンチセオリの心を読んだように、王は
「なぜ、セオルドが知っていると思うか。それはセオルドの部下が、お前を見たそうだ。王女が襲われた場所で。それ故、セオルド達幹部は、お前の国外追放を求めている」」
「私を、でしょうか?どういうことでしょう。私は国から出ては居ませぬが・・・」
{やはり・・・}
王はヴィンチセオリの言い分を信じたかった。だが、王女が襲撃されたことは、やはり、本当のことのようだ。王はヴィンチセオリに
「セオルドの部下が見たそうだ。魔物を操るそなたを・・・」
「王様!それは私ではありませぬ。魔物を操ったのは・・・」
「分かっておる。ヴィンチセオリ、誰かが、お前に罪を被らせようとしているのは。誰なのだ。魔物を操り、王女を危険に晒したのは・・・」
「王様。それは・・・黒魔法師の者たちです」
「黒魔法の・・・」
王は誤解が解け安心したのか、王座に座り、改めてヴィンチセオリを見た。
「それではセオルドが言ったように、魔物を操ったのは、お前ではないのだな」
「はい、王様。このヴィンチセオリ、命に代えましても偽りは申しません」
「そうか・・・。分かった」
マルクス王は安堵した。これでヴィンチセオリを追放しなくて済む。ではセオルドが偽りを・・・。
しかし、王はヴィンチセオリの次の言葉で、心臓が止まりそうになった。
「王様。この度の騒動、王女様を危険に晒してしまったことは事実でございます。そして、それは、魔法省の罪、その長である私の罪でございます。どうぞ、セオルドや幹部たちの言うように、私を追放なさってください」
「ヴィンチセオリ!王女を襲った者は、黒魔法師だとそなたは言ったな。それならば騎士団のせいではない。ましてやお前の罪でもあるまい。罪は王女を襲った者に
ある。しかも、セオルドは、お前が魔物を操ったなどと偽りを申したのだ」
ヴィンチセオリはそれには無言で答えず、ただ
「王様、どうか、この私を信じてはくださいませんか。黒魔法師や、この国に仇する者すべてを、このヴィンチセオリ、決して許しはしません。ただ今は、時が欲しいのです」
「ヴィンチセオリ、そなたは先王の時代から、余に尽くしてくれた大事な騎士だ。お前を追放する愚かな王に、私をさせたいのか?それにお前を失っては、私はどうしたらよい?」
「王様、御安心ください。騎士団や私が信用できる者たちが、王様や国をお守りします。ですが、王様この事は内密に・・。敵に悟られては何もなりませんゆえ」
マルクス王は、しばらく苦悩した表情でヴィンチセオリを見ていたが、やがて
「わかった。ヴィンチセオリ。ここはお前に任せる事にしよう」
「それから、王様、予言の子どもについてですが・・・」
「それも何か進展があったのだな」
「はい、息子が予言の子供らしきものを確認したしました。それ故、私が確認してまいります」
「うーぬ。それでそちは、敢えて追放をいう手段を取ったのか」
「はい、追放という形を取れば、敵も油断します。私も自由に国を回ることが出来ますゆえ、王様に命令していただきたい。ヴィンチセオリを追放すると・・・」
王は頷き、廊下にいる護衛の騎士に聞こえるような大きな声で
「ヴィンチセオリ、お前を訴えてきた者は、お前の直属の部下でもある、魔法省の
セオルドと幹部たちだ。何か余に隠していることはないか」
「王様、魔法省の管理をできなかった私の罪であります。どうぞ、王様の判断で
お決めください。私はそれに従います」
「ヴィンチセオリ。そなたを・・・国外追放とする」
王は複雑で悲しい表情で、ヴィンチセオリをみた。ヴィンチセオリは王に頷きながら
「王命、確かにお受けいたしました」
同日、王命によりヴィンチセオリは、国外追放という処罰が国中に知らされた。都中で
「ヴィンチセオリ様が追放?なぜ?」
「なんでも、王様の不興をかったそうですよ」
「だが、ヴィンチセオリ様が居なくなってしまったら、誰がこの国を守るのか?魔法省はどうなる?」
「先王から仕えたヴィンチセオリ様を追放されるとは、王様はどうされたのか」
などを、国民は皆、不安がり心配した。ある者は嘆き、王に怒りを覚える者までいた。魔法省の中にも、幹部は
「ヴィンチセオリ様が追放?ありえまい。それならば私たち幹部も追放されるべきであろう」
「ヴィンチセオリ様、我々もついてゆきます」
「私も」
ヴィンチセオリは心底、嬉しかったが、その中にセオルドの配下もいたため、敢えて声を大きくして
「いやいや、儂が居なくなった後、魔法省を幹部の者に託さねばならぬ。後任にセオルド・ドメチを就けようと思っている。後は彼に託そう」
「セオルドに・・・。いえ、ヴィンチセオリ様がお決めになった事ですから、しかし、あの者は・・・」
最後の方は声が小さくなってきた。
「よいか、長が誰であれ、魔法省がすることは王様をはじめ、王族の方の護衛、国を守ることに変わりはない。私の事は、時折、息子のアリオンを通して連絡を取る故、
宜しく頼む」
「承知したしました。ヴィンチセオリ様」
幹部のほとんどが声をそろえて、ヴィンチセオリに答えた。その中で声を発しなかったのは、セオルド・ドメチを主とする黒の魔法師のみで、口元は、ゆがみ、微笑んでいた。
「セオルド様、ヴィンチセオリが追放されるのは、本当のようです。奴が、自ら我らに話し、後任に貴方様を任命されました。おめでとうございます。主よ」
「そうか、王が我らの言うとおりにしたのだな。魔法省の長に就くのは、もともと私だったのだ、遅いくらいだ。だが、まあいい」
セオルドは当たり前のようにして、誰も居ない魔法省の暗い部屋で、唯一、座ることが許される長の椅子、 ヴィンチセオリがいつも座っている椅子に座り、周りを見渡した。そして、満足げに
「お前たち、私が長になったからは、ここで何がしたい?望みをかなえてやろう」
「ああ、なんと寛大な方。我らの望みは、貴方様が我らの先頭に立ち、この国を暗黒の国にすることです。我らはその手伝いが出来れば、それが幸せであります」
「なるほど、そち達の望みは今、叶う。黒魔法はもうすぐ、この国を黒く覆うだろう、そして、我らの最大の望みである、黒の魔法師の出現も近い」
「セオルド様、それは真でありますか。それはいつになるのですか?」
「まあ、待て。その日は近いとだけ言っておこう」
セオルドは興奮する幹部の顔を見ながら、満足げに答えた。その中で1人だけが、セオルドを見ながら呟いた。
「それがお前の最期だ、セオルド・ドメチ」
同日の夜、マルクス王は、ヴィンチセオリを再び王座に呼び
「ヴィンチセオリ。これで良かったのか。私は大きな味方を失うことになる」
ヴィンチセオリは、苦しい立場にいる王を気遣い
「王様、騎士団は命に代えても王様をお守りいたします。このヴィンチセオリ、今までかけてくださった温情を決して忘れませぬ。この国に危機あれば、いかなるときも王様のご命令に従う所存であります」
王はヴィンチセオリを失うことや、セオルドの事が気にかかり浮かない表情で
「ヴィンチセオリ。必ず、帰ってくるのだぞ。そして予言の子を必ず連れてきてくれ」
「承知いたしました。今度この国に帰る時は、必ず予言の子をお連れ致します」
「頼んだぞ。ヴィンチセオリ」
ヴィンチセオリは王へ一礼するとマントをひるがえし部屋をあとにした。
最後まで、ヴィンチセオリからシュジュ村のエフィの名前がでることはなかった。
ヴィンチセオリが国外追放ということを知ったアリオンは
「どういうことですか!父上。王女様の護衛の失態は騎士団の罪。処罰されるは私のはず。なのに、なぜ父上が罪を問われ国を追われるのですか。どうしても父上が国を出るというならこのアリオンもお供いたします」
アリオンは、自分の失態を父親に負わせることに、怒りを露わにし、ヴィンチセオリに詰め寄った。そんなアリオンをヴィンチセオリは
「いや、それはならぬ。アリオン、お前はここに残り国の内部情報を調べ、私に知らせてほしいのだ。どうも私は、今回の一件が王様の耳に入るのが早いことが気になるのだ。王女様のことは、私とお前しか知らぬはず。それをセオルドは知っていた。何か裏があるのでないかと思う。だから、お前は騎士団に残りセオルドを見張って、なにか奴の動きがあれば知らせてほしいのだ」
「父上、まさか今回の王女様を襲った人物を、セオルド様と考えていらっしゃるのですか?」
アリオンは幼い時にセオルドに遊んでもらったことを思い出し、複雑な心境であった。ヴィンチセオリはアリオンの気持ちを汲みながら
「そうだ。かつては友だった。だがやつは以前から私の地位を狙い、私の存在を疎ましく思っている節がある。私は、今回の王女様の件にセオルドが絡んでいると考えている。だが、これも確証を得ていない。とにかく何か腹にもっている油断ならない奴と
いうことだけは確かだ。アリオン。頼めるか?」
ヴィンチセオリの言葉に、アリオンはインスタラ王国で聞いた黒魔法の名前を聞いたことを思い出し
「父上、分かりました。このアリオン。騎士団長の名誉にかけてもこの国を守り、父上の汚名を晴らせるように情報を集めます」
「うむ、頼んだぞ、アリオン。このことはほかの者に知られぬように、細心の注意をはらい、信用できる部下を使うのだ」
アリオンは、父ヴィンチセオリが、ここまで魔法省の内部に不信感を抱いていたことを今、知った。
「はい、父上」
アリオンはそう言うと、ヴィンチセオリに一礼して、部屋を出て行った。
ヴィンチセオリはフーとため息をつき、椅子にドサッと座りながら、目がしらを押さえた。王女の一件、あの少年の事、セオルドの真意。考えることはたくさんある。
ヴィンチセオリは、窓の外を見据え、この国を憂い、ため息とともに目を閉じた。
2日後、ヴィンチセオリの追放の日が来た。国民は皆、悲しみ、そして落胆した。
人望の厚かったヴィンチセオリは、国の英雄であった。そのヴィンチセオリを追放する王を非難する者までいた。
「ああ、ヴィンチセオリ様が居なければ、我々はどうしたらいいのか。王様はヴィンチセオリ様を何故、追放されるのか。あの方が何をしたというのか」
ヴィンチセオリなきあと、魔法省を統括するのは、セオルド・ドメチであった。
そのことも国民の不安の種にもなっていた。セオルドは、ヴィンチセオリの部下でありながら、日頃より、冷酷な人物として国民の中で有名であり、少しでも黒魔法師の疑いのある者や、自分に歯向かう者を、容赦なく牢屋に送り込んできたことでも知られていたからだ。しかも、牢屋に入れられた者のほとんどは、黒魔法師ではなく、セオルドに抵抗した者、従わなかった者であった。捕まった者は、なにかと理由をつけられ、国外追放または消息不明となっていた。
時がきた。ヴィンチセオリを一目でも見ようと、大勢の国民が王宮に集まった。
あっという間に王宮の周りは大勢の民であふれかえった。誰もが泣いていた。絶望し混乱していた。息子のアリオンは立場上、王の警護のため、ヴィンチセオリの側には行けなかったが、昨日親子で話したことを胸に秘めて悲しみを押し殺していた。
国民に囲まれるヴィンチセオリの所に、悲しみを纏った風を装うセオルドがやってきた。て、ヴィンチセオリを見下した目つきで
「ああ、なんと悲しいことだろうか。王様はヴィンチセオリ殿を嫌っておいでか。」
大げさに手を振り回しながらセオルドはヴィンチセオリの手を握った。そして体をクイと、近づけると
「ヴィンチセオリと言っても構いませんな。魔法省の元トップが国外追放とは・・・・。まあ、これも身から出た錆。これからは、このセオルド・ドメチが魔法省のトップとしてこの国の秩序を守っていきますからどうぞご安心を。まあせいぜい、終の棲み家でも見つけることだな」
ニヤニヤと笑うセオルド・ドメチに、ヴィンチセオリは小声で
「セオルド。お前が欲するものは何だ。権力か、力か、それともこの国自体か。
いずれにしても、上手くはいくまい。セオルド。油断するな。私は必ず帰ってくる。
お前の野望を打ち砕くために。私はいつもおまえを見ているぞ」
ヴィンチセオリはセオルドにそう言うと、セオルドに背を向け、集まってくれた
国民に、最後まで笑顔を絶やすことなく、1人1人の顔を見ながら微笑んだ。
国民の中には、ヴィンチセオリの手を放さまいとすがる者や、涙でしゃがみこんでいる者もいた。そんな国民の姿をみてヴィンチセオリは声高らかに
「皆の者、このヴィンチセオリ、必ずやエレノネーラ国に戻ってくる。それまでの間は魔法省が国王に忠誠を誓い、国民を守るであろう。エレノネーラ国に栄光あれ!」
ヴィンチセオリはマント姿の、白い長い髭を王宮のほうに向けながら一礼し、杖を突きながら、王宮の門に向かった。ヴィンチセオリの後ろ姿を見ながら、ヴィンチセオリの最後の言葉に、セオルドは
{最後まで小癪な奴だ。まあ、追放された奴に何ができよう。この国は、もはや私の手中も同然。最後に笑うのはどちらかな、ヴィンチセオリ。ハハハハ}
雪の中に消えゆくヴィンチセオリを見ながら、体中から黒い影が溢れているセオルドは呟いた。
5年前から頭の中にあったストーリーで、心優しい少年が魔法を使い、国を助ける物語。封印された少年が友の力を借り良き魔法師に出会え運命を切り開くこの話は、頭の中で壮大な景色となって押し寄せ、登場人物たちは勝手に動き回り、私の創造以上にストーリーを深いものにしてくれました。主人公の名は以前から好きだったオリジナルの名前で愛着があり、彼の運命は過酷なものですが、性格が明るいため、ストーリーはそこまでシリアスになることもなく定着地点に収まりました。執筆一作目で自分にとって好きな物語が出来たことは大変、嬉しく思い、共感してくださる方が居れば幸いです。