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夕幽事務所  作者: シンキ
3/3

同業者と呪いの館

 幽霊に打ち勝つ心の作り方、と言う本が書店に置いてあった。

 本を手に取ってペラペラとめくる。

 要約すると、幽霊は人の心の弱さに付け込むことが多いから日々健康に暮らして心を豊かにしようと言う内容だった。

「くだらねぇ」

 本を戻して書店を出る。

 心を強くして幽霊に襲われないってんなら、皆心を強くしてるはずだ。

 確かに幽霊は人の負の感情に反応する。

 だからといって強い心の人間を襲わないと言うわけじゃない。

 それに強い幽霊は人の心の追い詰め方を知っている。

 健康な暮らしでどうにかなるようなモンじゃない。

 まぁこういうのを買うのは情報に振り回されやすいバカなんだろうな。

 そう思いながら事務所のドアを開ける。

「ただいま」

「おう、おかえり」

一応仕事中だというのに、朝日はソファに寝っ転がって何かを読んでいる。

 腹立つなコイツ。

「何読んでんだそれ」

「ん?幽霊に打ち勝つ心の作り方ってやつ」

 目の前に情報に振り回されやすいバカがいる。

「心を豊かにしたら幽霊に勝てるってよ」

「お前、今心が豊かになってるか?」

「いや、昨日金だいぶ使ったから豊かではないな」

「でもお前幽霊に勝ててるよな?」

「そうだな」

「じゃあ豊かじゃなくても勝てるじゃねぇか」

「え、じゃあこの本は嘘書いてんのか?」

「そうだよ」

「うわー、騙されたわ」

 バカだから幽霊が倒せるのか、幽霊がバカが嫌いだから倒せるのかどっちなのだろうか。


コンコン


ドアがノックされる。

 昨日に続き今日も客が来た。

 もしかするとここも有名になってきているのかもしれない。

「どうぞ」

 ゆっくりとドアが開けられる。

 入ってきた相手を見て一目で分かった、霊能力者だ。

 スラリとした背格好の女性で、糸目の隙間から眼光を覗かせている。

「同業者が何しに来たんだ?」

「あら、もうバレてしまいましたか」

「そりゃわかるさ、霊能力者ってのは胡散臭い雰囲気をプンプンさせてるからな」

「それはあなたも含まれてるんでしょう?」

「当たり前だ」

 お互いがお互いの顔を睨みつけ、視線同士がぶつかり合って火花を散らしている。

 いつもだったらやかましい朝日も雰囲気に呑まれて黙っている。

「要件はなんだ」

「私と協力しませんか?」

「は?」

「昨日、私の事務所に依頼が来たのですが、私1人で対処するには少々厳しくて」

「事務所構えてんなら、部下の1人や2人いるだろ」

「私の部下は優秀な者ばかりですが、まだ修行中の身でして、あまり危険なことをさせられないんです」

「なるほど?部下の身可愛さで他の目障りな同業潰そうってわけだ」

「まぁそんな感じですね」

 否定しろよ。

「まぁ分かったよ、ただしこちらにも条件がある」

「お金ですか?勿論協力料としてそれ相応の額を」

「いや、そこじゃない、勿論依頼料も貰うがもう一つ、うちの事務所の名を広めてほしい」

 話を聞く限り、こいつの事務所はうちの事務所より規模が大きい。

 こういったコネを作っていけば、うちにも依頼が入ってくるようになるかもしれない。

「ふむ、まぁいいですよ」

「よし、交渉成立だ。俺の名前は夕闇 黒野。よろしく」

「私は仮島 霊子。よろしく」

 こちらをあざ笑うかのような表情を浮かべている仮島と握手を交わす。

「ところで、さっきからこの事務所に幽霊がいるの気付いてます?」

 仮島は意地悪そうな笑みを浮かべながら、そう告げた。

「え!?」

 慌てて朝日の方に顔を向ける。

朝日も驚いた顔でぶんぶんと首を振っている。

 どういうことだ、朝日にも見つけられない幽霊がいるってことか?

「ほら、そこに座ってらっしゃるじゃないですか」

「え?」

 女性は、座っている朝日を指差す。

「な、何言ってんだ。こいつは生きた人間だぞ」

「そ、そうだそうだ」

「あれ?」

 仮島は、ただでさえ細い目をより一層細くして、朝日に顔を近づける。

 朝日の目が助けてくれと言わんばかりにこっちを見てくる。

「なるほど、これは珍しい」

 朝日から顔を離した仮島が言う。

「あなた、名前は?」

「あ、朝日 昇」

「朝日さん、うちの事務所に来ませんか?」

「「え!?」」

「な、なんで?」

「あなた、霊力が非常に濃ゆいんです」

「れ、霊力?」

「魂が持つ力、と言うべきでしょうか。これが強い人は幽霊に干渉できる。ほとんどの霊能力者が持っている力です」

 仮島がこちらをチラリと見る。

 嫌味かこいつ。

「もちろん霊力は幽霊も持っています。肉体という枷がないからこそ、幽霊は霊力を自在に操り、人間を襲うわけですね」

「なるほどなぁ。じゃあ霊力が濃ゆいとどうなるの?」

「幽霊に対する影響力が変わって来ます」

「影響力?」

「例えば、霊力のレベルを0〜5とした場合、0は幽霊を見ることもできなければ触ることもできない、逆に幽霊もその人に対して干渉できません。1は幽霊を見ることができない上、幽霊には攻撃されます。ほとんどの一般人はレベル1ですね。2は幽霊を感じるくらい、たまにいる私って霊感あるんだよねって言う人はレベル2にあたります。レベル3は幽霊の姿が見えるくらいです。ただ見え方には差がありまして、大体の場合は異形の姿で幽霊が見えます。レベル4は幽霊が見える上、触れることもできます。世の霊能力者のほとんどがレベル4です。そしてレベル5はレベル4よりはっきりと幽霊が見え、そしてより効果的に幽霊を祓うことができます。私のような優秀な霊能力者はレベル5にあたりますね」

「自分で言うのかよ」

「事実ですから」

「じゃあ、俺の霊力はレベルで言うとどんくらいなんだ?」

「50です」

「ん?」

「え?」

「レベル50です。朝日さんの霊力は」

「はぁ!?」

「ほぼ幽霊と同じレベルですね」

「そのレベルだと何ができるんだ?」

「本来私たちが見る幽霊というのはその霊力の差によって視界が歪み、恐ろしい異形として見えるはずなんですが、朝日さんの場合人間と同じ姿で見えるでしょうね。それに、幽霊の方も朝日さんのことを仲間だと勘違いするでしょう。それだけ霊力が濃ければ除霊だって簡単にできますね」

「はぇー、すっごい」

「なるほどな」

 朝日の無茶苦茶な除霊もこれが原因だったのか、しかしレベル50って、何したらそんな霊力になるんだ?

「俺にそんな力があったなんてなー」

「ですから、ぜひうちの事務所でその力を」

「あんたの目的はスカウトじゃ無い、協力して依頼を解決することだ」

「そうでしたね。朝日さん、依頼を解決した後返事を聞きたいと思いますので、前向きな検討をお願いします」

「は、はい」

 仮島は朝日にウィンクをしたが、目が細すぎてどちらの目でウィンクをしたのかわからなかった。

「それでは行きましょうか」

「どこへ行くんだ?」

「廃屋です」

「ハイオク?ガソリンスタンドってことか?」

「バカ」


 その後、タクシーに乗って件の廃屋までやってきた。

「デケェ」

「こんなとこに館があったのか」

 鬱蒼とした森林の中にデカデカと存在するその館はそのオンボロさも相まって不気味さを加速させる。

「じゃあ、入ろうか」

「私は外で待ってますね」

「待てい」

「はい?」

「なんでこの中で最も除霊に馴れてるであろうお前が待機するんだよ」

「館に入って私に何かがあってはいけませんからね」

「俺たちに何かがあってもいいのかよ?」

「はい」

「おい」

「それに、私は外からでも中に干渉ができますから」

「なんで?」

「霊力をちょちょいのちょいで」

「じゃあ俺もちょちょいのちょいできない?」

「無理ですね」

「なんで?」

「霊力が濃ゆすぎると上手く操作できなくなるんですよね」

「つまり?」

「醤油は濃度の調整によって様々な料理に使えますが、ソースは一度入れるとほとんどソース味になるでしょう?」

「なる、ほど?」

 こいつ適当言ってるな。

「まぁとりあえず入ってください」

「おい押すな押すな!」

「あららららららら!」

「「ぐぇっ!?」」

 仮島の思ったより強い腕力によって俺たちは館に入ることになった。

「はぁ、やれやれ」

「まじかよ〜」

 体についた砂を払いながら立ち上がる。

 外がでかけりゃ当然中も広い、幽霊だけじゃなく人間も住み着いてそうだ。

「中は思ったより綺麗だな」

「なんだか寒いな。もう帰ろうぜ?」

「なんだよ朝日、ビビってんのか?」

「うん」

「ははっ、そりゃ……え?」

 マジかコイツ

「お、俺ホラー苦手なんだよ」

「今更何言ってんだよ」

「幽霊は別に怖くないんだよ、雰囲気がさ」

「あー所謂作り物のホラーが怖いってやつか?」

「そうそれ」

「馬鹿馬鹿しい、お前の想像することなんて起きるわけないだろ、俺が保証する」

「そうかぁ?」

「とりあえず、行くぞ。どうせそこの扉もう開かないだろうし」

「えっ?あっ、ほんとだ!?」

 靴を履いたまま館を探索する。

 普通の家と変わらないような部屋もあれば、豪華な書斎やピアノが置いてある部屋もある。

 どの部屋を見ても埃一つない。

「窓も曇ってないな、施錠もしっかりされてる」

「すごいな、こんなとこ住んでみたいな」

「別に今から住んでもいいんだぞ?」

「勘弁してくれ」

「ところでさっきから気になってたんだけどさ」

「なに?」

「なんで靴脱いでんの?」

「いや、ここ日本だし」

「ここは廃屋だぞ?」

「いやだからといって…」

 どこかから何かが割れた音がする。

「ヘアッ!?」

「なんの音だ?何かが割れたような音だが」

「なんでビビンねぇの?!」

「とりあえず行くか」

「マジかよお前!?」

 音が聞こえた部屋に入るとそこはキッチンだった。

 床には皿の破片が散乱している。

「皿の破片…」

「なんだよ、拾うのか?」

「そんなバカな真似するかよ。にしてもこの皿、粉々になってるな、何かすごい力で叩きつけられたみたいだ」

「じゃあこの館に何かがいるってことか?」

「幽霊しかいねぇだろ」

「あっ!?黒野!」

「ん?うわっ」

 顔を上げると、突然包丁が飛んできた。

 包丁が空を切る音が耳元を掠める。

「危ないな」

「皿が浮かんでる!」

「おぉ、すげぇ」

「さっきからなんなんだよその冷静さ!?」

「物飛んでくるくらいなら小学生でも避けれる」

「に、逃げよう!」

「まぁ、そうするか」

 キッチンを出て、廊下を走る。

 廊下には黒いシミが大量にできており、なにか文字のようなものが見える。

「カエレ、コロス、ヤメロ、コンニャク、って書いてあるな」

「ぎゃあぁっ!?怖い!!」

「玄関、は無理だろうしどうする?」

「ジェロニモーーーーーーっ!!!」

 朝日が映画でしか見ないような脱出の仕方を見せる。

 破片に気をつけながら俺も脱出する。

「お二人、生きてましたか」

「お助けぇ!」

「どうするんだ仮島?」

「ちょちょいのちょいですよ」

 仮島が手を捻ると、館が捻れた。

 信じられない光景だが、現実に起きている。

 朝日も霊力を活かせばこんなことができるかもしれないかと思うとゾッとする。

「これでよし」

「なぁ、俺たちが手伝う必要あったか?」

「ありますよ、あなたたちが中を引っ掻き回してくれたおかげでこの館の仕組みがわかりましたから」

「仕組み?」

「幽霊と館が同化していました。館自体が幽霊ということですね、相手が幽霊だったらやりようはいくらでもあるので」

「だからって捻れるもんか?」

「私は対象の霊力を操れるので」

「死ぬかと…思った……」

「これで依頼完了か?」

「そうですね、後は私がなんとかしておきます。今日のところは帰りましょう」

「疲れたぁ」

「ところで朝日さん?」

「はい?」

「返事は決まりましたか?」

「あっやべ」

「忘れてたのかよ」

「じゃあ今決めてください」

「辞めときます」

「そうですか」

 仮島の反応は俺が思ってたよりさっぱりしたものだった。

 ただ、目からなんとも言い難い光が漏れた気がする。

「では解散」

 そう冷たく言い放つと、仮島は風のように消えた。

 俺たちを山に放置するあたり、やっぱり怒ってるんだろうな。

 あいつ、金払わずに逃げそうだな。

「とりあえず、帰るか」

「だな、腹減った〜」

「ラーメン食おうぜ、奢ってやる」

「お、やったぁ!」

 その後食べたラーメンは味はそこそこだったが、山道を40分かけて歩いたこともあってかなり美味かった。

「にしても、すごかったな、あれ」

「あれ?」

「あの、雑巾搾りみたいなやつ」

「あぁ、あれかぁ」

「俺もできるのかな?」

「さぁ」

「でもさ、正直俺たちがいなくてもあの人1人で解決できたと思うんだけど」

「それは、そうだな」

 仮島は何か別の理由で俺たちに協力を仰いだのだろうか。

「もしかして」

「もしかして?」

「俺たちを排除したかったとか?」

「……ぷっ」

「あははははは!そりゃないわ!」

「だよなぁ!ははは!」

 とりあえず弁明するとすれば、俺たちは疲労のせいでテンションがおかしくなっていた。

 翌日、俺たちがひどい筋肉痛になったのは言うまでもない。

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