9,寄らせてもらうよ
しばらく空を進んだ後、行き先が決まったのでアジサシの馬車は外海の上空を走っていた。
再び第二大陸に降りてせっかく撒いたチギャーレに再度補足されては面倒だから別の大陸に行こうか、とも話したのが、降りても問題ない村が一つあるので、そこに行くことにしたのだ。
これから向かう先は、サフィアの隠れ里。
外海に面した村で、森の中にあり目隠しの魔術に守られて普通は認識できない村だ。
普通、この世界の村やら国やら、人の集まり住む場所は、大小の差はあるがその土地に坐した土地神に守られている。
村ほどの大きさだと別の守り神に守られていることもあるのだが、これから向かうサフィアの隠れ里はそういったものではなく自分たちの技術で身を隠している村だ。
普通地図に乗らない隠れ里の場所も知っているのはアジサシの移動性能がやたら高いのと、チグサが魔術にある程度の知識を持っているせいで目隠しの魔術を見つけられるからだ。
魔術と魔法は似ているが全く違うものであり、魔法使いは多いが魔術師となると途端にその姿を見なくなる。
というか、魔法使いと違い魔術師たちは基本的に人目につくことを嫌うので、人とは離れて暮らしている物が多いのだ。
「そろそろ見えて……来たね。気付いているみたいだし、降りようか」
「あい」
この村も、魔術師が作った隠れ里である。
こうした隠れ里はアジサシが知っているだけでも何か所かあるが、そのどれもが人と離れて暮らす亜人たちの村になっている。
とはいえ全ての人間を毛嫌いしているわけではなく、アジサシに関しては別に自分たちに害はないし、他の人間に村の位置を教えたりもしないという信頼があるからか、立ち寄っても嫌な顔はされない。
この村で暮らす亜人たちはある意味で「上位種」とでも言うべき種族が多いから、その余裕もあるのだろう。
「こんにちは、ちょっと寄らせてもらうよ」
「あぁ、ゆっくりしてけ。何かに追われていたのか?」
「そう。飛べない時に追われてね、少し面倒だった」
当然のように知られている情報にも、今更驚かない。
頭から伸びる角につけられた飾りがしゃら、と音を立てて揺れ、その人はそのまま村の奥へと去って行った。
アジサシはこの村に来る時、基本的に本来の入口である森側ではなく海の方から村に入る。
そして村の奥の方へは行かず、開けた海側で店を開いて休憩してまた海側から村を出るのだ。
あまり深く踏み込まないようにしてはいるが、向こうから寄ってくるのであれば拒否することはない。
この村に来る商人はアジサシくらいなので、買い物はしたいのだろう。
無くても生きていけるがあったら便利、なんて言いながら買い物をしていく村人と笑って会話をしながら、チグサはとりあえず二階の窓から屋根の上に出た。
「ふぁ……」
「団長、寝るなら中にしろ」
「えー……こんなにいい天気なのに?」
「店開けてるのに店主が見えるところで昼寝するな」
「誰も気にしちゃいないだろう。他の村じゃやらないよ」
窓から文句を言ってくるアンドレイと軽く言い合って、ため息を吐いて去って行ったアンドレイに勝利したチグサは屋根の上で寝転がった。
程よい木漏れ日と心地良い風に一気に眠気が訪れて、結んだままの髪が邪魔だとか、そんなことを考える間もなく意識が落ちた。
チグサが悠々と昼寝をしている間に村人は買い物を終えて、アジサシの面々は焚火を用意してここで一泊する支度を整えた。
中々昼寝から起きてこないチグサに突撃したのはカタリナとコリンの二人で、二人に突撃されたチグサがやっと起きてきたところで遅めの昼食兼早めの夕食が取られることになった。
「次は?第二大陸でやりたい事とかも特にないだろ?」
「イツァムナーに寄って行こうかと思っていたけれど、今回はやめておこうか。となると……」
「はい!第一大陸で仕入れたやつ美味しかったからまた食べたいです!」
「魔導器仕入れてもいいかもね、少し前に売れたっきりだし」
「どっかで布と糸買いたいな、刺繍したい」
「サーちゃんおかわり」
各自やりたい事、行きたい場所を声に出す団員たちの声を聞きながら、チグサはまだ少しぼんやりする脳内をのんびり纏める。
何か面白いモノの出現予想はあっただろうか、と考えていたところで、段々暗くなってきた空に星が走るのが見えた。
「……ん?そういえば、流星龍の出現ってそろそろかい?」
「あー……今年か。まだ時間はあるはずだが……早めに行くか?」
「そうだね、逃したら次はいつか分からないし。……うん。なら、向かいつつ買い物を済ませようか。第一大陸に向かって、モーショボーとデルピューネ、スレイプニルを通って第五大陸に入ろう」
「了解」
予定を決めて、明日の朝早くに出発することにする。
第一大陸はまた陸路を進むことになるが、今回のような面倒事は早々ないのでまぁ大丈夫だろう。
なんて考えながら夕食を食べ終えて、チグサはこの村で売れた物の確認をすることにした。
そうなると自動的にギーネも作業になるのだが、それほど量は無いので夜が更ける前には終わるだろう。
昼寝もしたし、チグサは夜それなりに起きているつもりなので、予想外に時間が掛かるようならギーネは寝させるつもりでいる。
そうなると何故かアンドレイが夜更かしに付き合うことになるのだが、何故か毎回そうなのでなんでそうなるんだ、という疑問はもうとっくに消え失せているのだった。