71,やんなっちゃったか
アジサシが薬屋・リコリスにやってきて一日目は、お互い欲しい物を伝えて用意にどれくらいかかるかを考え、日程を組むだけで終わった。
何せアジサシは急いでいないので、ゆっくりしていってください!という言葉に甘えることにしたのだ。
リコリスには客が泊まるための離れも存在しており、チグサたちはいつもそこを借りていた。
カタリナとエリオットはいつも通り馬車で寝ているが、それはアオイたちも把握していることなので特に触れずにいい距離感で放っておいてくれている。
リコリスは迷いの森と呼ばれる森の中心にあるので訪れる客は少なく、それ故かお客が来るとすごくもてなしてくれる。具体的には、毎食豪華な食事が離れの建物に届けられる。
アジサシは普段サシャの作る美味しい料理を食べているが、リコリスで出される料理も非常に美味しい。系統の違う美味しさなのでどちらが上というわけでもなく、サシャも他人の作る料理を楽しんでいた。
そんなわけでアジサシだけでのんびり過ごすのとは違うが、人目を気にしないという点では同じようなものだ。お互い気心の知れた仲なので、街とは比べ物にならないほどにくつろげる。
馬たちも仲のいい小鳥と遊べて嬉しそうだし、リコリスの敷地内には泉もあるのでそこで遊んだりもしていた。
「……おや、カタリナが居ない」
「向こうで猫集会してるぞ」
そんなわけでのんびり過ごさせてもらっているのだが、離れからアジサシ馬車に移動してきたら、いつもならそこで昼寝をしているカタリナの姿が見えなかった。
思わず首を傾げると、今日は一人で昼寝をしていたエリオットが泉の方を指さすので、そちらに視線を向ける。
「あ、本当だ。猫集会」
向いた先にはカタリナとシオンが居る。何をしているのかは知らないけれど、猫集会であることに変わりはない。
そもそも猫集会自体何をしているのかは分からないし、そういうもんだろう。
「気付かれた」
「猫は敏感だからなぁ……」
「エリオットを呼んでるよ」
「おれかよ。お嬢じゃねえのか?」
「いいやボクじゃないね。手でゴーグル作ってるから」
「はぁ。仕方ねぇ行くか」
「甘いねぇ」
「行かないと後が怖いからな」
なんやかんや言いつつ結局のところ甘いだけだ。
そんなわけで自分を呼ぶ猫の声に答えてお迎えに行った猫に甘い戦士の背中を見送って、チグサはあくびを溢した。
元々カタリナが寝てるなら混ざって昼寝をしようかなぁ、と思って来たので、少し眠い。
現在時刻は昼過ぎ、昼食を食べ終えその満腹感と午後の陽気で一番眠くなる時間である。
やる事があればそこまで眠くもならないけれど、チグサは基本行商をしている時以外はやる事がない。
何せチグサの能力値は鑑定に偏っているので、中身も全部知っている自分たちの馬車の中では何を見る必要もなく暇なのだ。
このまま惰眠をむさぼろうかな、などと怠惰な事を考えつつ二階の窓から屋根の上に出て座り、寝転がろうとした……ところで、下からチグサを呼ぶ声がした。
まだ寝転がる前だったのでそのまま移動して下を見ると、そこにはアオイが居る。
「寝るとこでしたか?」
「いや、他にすることがなかっただけだよ。どうかしたのかい?」
「やんなったので出て来ました!!」
「やんなっちゃったか」
ぺかぺかの笑顔で元気に言い放つ様は頼れる最上位薬師様ではなく、初めて会った頃のアオイちゃんのままである。
独立前から知っている身としてはこちらの顔の方が見慣れているけれど、それでもやっぱり変わらないなぁとどこか安心する気持ちもある。
「なのでチグサさん!お茶しませんかー!」
「いいよー!」
元気なお誘いに元気に返事をして、馬車の屋根から飛び降りる。
屋根と言っても一階の屋根だし、立って歩けるほどの高さはあるが家と比べれば低いのでそこまで危険でもない。
それに、チグサはよくこうして飛び降りるので慣れもあって怪我はしない。アンドレイは良い顔をしないのでアンドレイが見ているところではあまりやらないが。
ともかくそうしてアオイと合流して、母屋の方で用意されているらしいお茶会に参加することにした。
「あ、チグサさん。どうぞこちらへ」
「ありがとうね。……それにしてもいい香りがするなぁ」
「ふふふ、ちょうどアップルパイが焼けたところなんです」
軽い足取りで進むアオイの後ろをついて行って母屋のキッチンダイニングに入ると、そこでは着々とお茶会の準備が進められていた。
チグサも促されるままに椅子に座り、オーブンからパイを取り出している少女……否、少年を目で追う。
今は人の姿を取っているけれど、本来の姿は小鳥であり、それもあってか幼さの残る小さな姿をしている。まぁ、小さな姿のまま、というのはチグサもそうなので、あまりそのあたりには触れないでおこう。
なんて考えながらちょろちょろと動き回る様子を見ていたら、焼きたての美味しそうなアップルパイが出てきた。
湯気と共に香り立つお茶も注がれて、一気に空気がどこかのサロンにでも来たかな、とでも言いたくなるような香りに包まれた。
ただ惰眠をむさぼろうかと思っていたところからは考えられないような優雅な午後だ。なんて思いつつフォークを刺したアップルパイはサクサクなパイ生地とたっぷりの林檎で大変美味だった。




