8,さて、どうしようね?
ガルダを出発した後、数日かけていくつかの村に行き、頼んでいた皮の加工が終わった頃にガルダに戻って加工済みの皮を受け取り、今度は第二大陸へと進んでいた。
ガルダから来たから陸路でのんびり進んでいたのだが、今はのんびりとはとても言えない速度で平原を爆走しているところである。
「あっはっはっは!」
「笑ってる場合かよ……」
「カタリナ、これどうするの?」
「しらーん」
見張り台にいるエリオット以外が皆馬車一階の前方、御者台の傍に集まっているから、今日は凄く賑やかだ。こんなことになっている原因は馬車の後ろをついて来る魔獣だ。
倒せる相手ではあるのだが討伐の為にエリオットとコリンを下ろすためには減速する必要があり、そうなるとあれは確実に馬車にぶつかってくるから、馬車の破損は免れない。
そんなわけでどうにも出来ずに平原を爆走しているのだ。
不運だったのは人目の多い関所を通るため馬たちの足飾りをつけたままにしていたせいで、空へ逃げることも出来ないという点である。
「はぁ……笑った笑った。エリオーット!距離は!?」
「変わってねぇよ!」
スピードの出し過ぎでずっと笑っていたチグサがようやく復活して、一階の窓から三階の見張り台へと声を張り上げる。
すぐに返事が返ってきて、どうすんだ、と続いた声に首の後ろを掻いた。
「さて、どうしようね?」
「おい」
「団長……」
「アンドレイ、使えそうな魔法陣はあるかい?」
「無い。攻撃したって逃げないだろう、あれ」
「そうだよねぇ。ボクもそう大した魔法は使えないし……」
そうぼやいて、チグサはいつも羽織っている外套の内ポケットから細い棒のようなものを取り出した。
これは魔導器という、魔法を扱うための道具だ。
チグサの持っているものはタスクと呼ばれる一番小さいもので、腰ほどまでの長さのステッキ、背丈を越えるほどの大きさもあるロングステッキなど、ざっくり三種の大きさに別れている。
魔法使いは一部魔法に特化した種族を除いて皆魔導器を持っており、ちょっとした魔法だけなら使う、という冒険者も多いので杖を持っていること自体は珍しくはない。
チグサは魔法使いを名乗れるほどの才はないが、そこそこ便利に魔法を使えるくらいの才はあるので杖は常に持ち歩いていた。
が、残念なことに魔法使いを名乗れるほどではないので、この状況をどうにかすることはできない。
アジサシ魔法使いが居ないことをここまで悔やむのも珍しい、なんて考えながらタスクを懐に仕舞い直して、もう一度どうしようね、と声を出した。
「セダム、あれは?」
「チギャーレ。最高速度が同じくらいで助かったなー」
「……ぶつかるまで止まらないタイプだね?」
「おう。素材はそこそこ価値があるが……馬車の修理費を全部補えるほどにはならねぇかな」
「そう。まぁ、そうだろうね」
アジサシ内で一番動物、魔獣に詳しいセダムが言うのだから、恐らくその通りなのだろう。
チグサの目もそれと変わらない結論を見せているので、あれ一体を倒したとて損の方が大きくなる。
が、これはどちらかというとアジサシ馬車の価値が大きすぎるせいだ。普通の馬車であれば、馬車が全壊して買い直しになっても問題ないくらいの値段にはなるだろう。
「うーん……どうにか足環だけでも外せればいいけど」
「どうだ、カタリナ?」
「むりー」
「無理らしいぞ」
「速度緩めたらすーぐ追いつかれるぞ!」
上からエリオットの声も降ってきて、チグサは両手を首の後ろに回して首を傾げた。
本当に緊急事態であれば、アジサシ九人と馬二頭の無事さえ確保できれば馬車など捨て置け、というつもりなのだが、今回は正直まだまだ余裕があるのでどうにか馬車も無事に済ませたい。
チグサがいよいよ目を閉じて脳内の情報整理に入ったので、アンドレイは馬車の中を見渡した。
いつの間にやらサシャが二階に移動したようで、二階の窓からエリオットと話している声が聞こえる。
コリンは飛び出していい、という指示を待っているのか、剣を片手にソワソワと後ろを気にしている。
「せめてもっと奥なら、村の方に助けを求められたんだけれど……」
「そうだねぇ、この辺の村には近付けない方がいいし」
「カタリナ、救援の見込みは?」
「誰もいない。叫べばモルモーに聞こえるかも?」
「それはそれで面倒そうだ。……アンドレイ、近くに大きな川ってあったっけ?」
「さっき超えたのが一番大きいが……少し遡れば深いところもあったはずだ」
ならやってみよう、とチグサが言うのと同時に、カタリナが進む方向を調整して馬車が揺れる。
コリンが転がって行ったのをレウコスが回収に行ったので、そっちにを気にしつつアンドレイは窓から後ろを確認した。
「旋回しても結局距離は変わらず、か」
「どっちも減速するからねぇ」
「むしろ全力じゃないのにチギャーレと同じ速度出るのが狂ってる」
ひとまず方針が決まったので、馬車の速度と対照的に会話はのんびりしたものだ。
馬車を操るカタリナに余裕があるのも他団員が落ち着いている理由である。この程度、普段空を進む馬車の手綱を握っているカタリナからすれば特別何か難しいわけでもない。
「川見えたよー」
「もっと上流……うん、あのあたりだ」
「うい。みなのもの掴まれー」
いつも通り緩いカタリナの声に従って、各自その辺の壁や柱にしっかり掴まる。
直後にいつもとは違う浮遊感に襲われ、その後着地の衝撃が訪れた。
身体が浮いたチグサはアンドレイに引き寄せられてどうにか無事だが、コリンはまた転がって行ったようだ。
「沈んだが……まだ動いてんぞ!」
「足環外そう!」
「うおー」
目論見通りチギャーレは沈んだらしいが、まだまだ追ってくるようなので今のうちに馬車を止めて馬たちの足飾りを外して本来の姿に戻す。
急いで再度馬車に乗り込んだところで水音が聞こえて、馬車が動き出す。
「……浮くよー」
「よーし!やっと逃げれた」
後ろをついて来るずぶ濡れのチギャーレを置き去りにして空に駆け上がった馬車の中、チグサは馬たちの足飾りを仕舞いながら軽く笑って息を吐いた。