53,出かけるのは四人だけだね
ガルダでの用事は一日で終わり、そのまま出発しようか、という話になった。
ろっくんのことについては、次にガルダに来た時に確認することとする。向こうは向こうで、しばらくアジサシを思い出すこともないくらいには忙しい日々になるはずだ。
ガルダにはそこそこの頻度で来るし、次回もそう遠くはならないだろう。
そんなわけでガルダを出て、次の目的地はキマイラだ。
同じ第三大陸にある国だが、ガルダから直線で行こうとすると魔物の大量発生区域に突入してしまうので、それを迂回して移動する必要性がある。
帯状に伸びている危険地帯を、今回は左側から迂回することにして、今はのんびりと草原を進んでいる。
急ぎの時は見つかろうとも追いつかれない速度でまっすぐ突っ切ることもあるのだが、今回はそこまで急いではいないので、馬たちの足輪も外さずに迂回して進んでいるのだ。
とはいえ、危険地帯が近いことに変わりはないので、チグサが屋根の上でごろ寝するのは阻止されてしまったが。
「……あぁ、レウコス。レース買いに行くかい?」
「いいの?」
「ウエディングドレスに随分使っただろう。棚にまだ隙間があったよ」
「じゃあいくつか見繕って来ようかな。髪飾り作りたいんだよね」
「いいんじゃないかい?前に作ってたものは全部売れてたしね」
仕方がないので一階で転がっていたら、暇を持て余したらしいレウコスが傍に来たのでレウコスの遊び道具が纏めてある棚を眺めてそんな話をする。
楽しくなっちゃったレウコスが大量の布とレースを消費したのは知っているので、ガルダに引き続きキマイラでも仕入れに行かせることにした。
キマイラにはレウコスお気に入りのレースの専門店があるので、恐らくそこで気に入ったものをいくつか買ってくるだろう。
その間にチグサは行く場所があるので、今回もいくつかの組に分かれて行動することになりそうだ。
まぁ、アジサシがどこかに滞在している間は大体そうなのだけれど。
「チグサ、せめて座れ踏むぞ」
「おやアンドレイ。君はボクとね」
「分かってる」
転がっていたら軽く蹴られたので、抗議の意味を込めて足を掴みつつそれを支えにして身体を起こす。
ちゃんと座って乱れた髪を手櫛で直し、隣に座ったアンドレイに在庫リストを渡した。
「さて、他はどうするかな……カタリナは馬車に残るだろう?」
「んー。寝てるー」
「ゆっくりお休みー。で、コリンはどうする?」
「探索してきてもいいですか!?」
「絶対迷うじゃん……オレの荷物持ちする?」
「します!!」
ちょうど降りてきたコリンに話しかけたら、ちゃんと聞こえていたらしく元気な返事が返ってきた。が、キマイラはとんでもなく迷いやすい国だ。一人で行かせたら二度と戻ってこれない可能性がある。
レウコスはある程度歩きなれているし、大変な迷い方をすることはないので、二人で行くのなら安心である。ちなみに迷う時は迷う。キマイラで迷子になるのは仕方がない。
地元民でも迷うことがあるのがキマイラだ。階段を上がっていたはずなのに、いつの間にか下り坂を歩いていることがあるのだ。
そんな話をしている間に、馬車は順調に進んでキマイラが見えてきた。
今日はもう夕方なので、宿に泊まって活動は明日からになるだろう。
「ギーネはどうする?どこか行って来たければ店番を変わるよ?」
「うーん……いや、特には。キマイラは前回来た時に回ったし」
「そうかい。サシャー?」
「あたしも残るよ、買い出しはガルダでしたし。セダムとエリオットも残るって」
「了解、じゃあ出かけるのは四人だけだね」
直前のガルダで各々欲しい物を揃えていたこともあり、今回は残る者の方が多くなった。
キマイラでの営業が明日だけか明後日もあるかは分からないが、チグサたちが帰ってくるころには依頼も全て終わっていそうな予感がする。
なんて話をしている間にキマイラに到着したので、いつも泊まっている宿に直行して部屋を確保し、今日はもう休むことにした。
宿でいつも通り二つ部屋を借りて、各々好きに寝支度を整える。
エリオットとセダムは飲みに行ってくるらしいので背中を見送って、チグサは風呂に入ってゆっくり温まってから部屋に向かった。
部屋の中ではサシャがくつろいでおり、チグサが戻ってきたのを見つけてすぐに身体を起こす。
「はい、団長座って」
「はいはい……」
一緒に風呂に行ったのにチグサを置いてさっさと部屋に戻ってしまったサシャは、部屋でヘアケアの用意を整えていたらしい。
捕まると長いんだよなぁ、なんて思いつつ、逃げる方が面倒なので指定された椅子に腰を下ろしてされるがままに任せる。
「好きだねぇ、髪の手入れ。自分の髪は伸ばさないのかい?」
「それは邪魔になるし、自分の髪色は別に好きでもないしね。団長の髪は綺麗だから好きだよ」
「そういうものかい?……サシャの髪も綺麗だと思うけれどね」
白を一滴垂らしたような、淡い水色。チグサの目の水色とは違う色調。
その色に対しての感情は、それなりに複雑なのだろう。彼女の父親と同じ色なのだと前に話してくれたことがある。
なので、深くは触れずに、髪に触れられているせいか凄い眠いのをどうにか堪えようとあくびを一つ零した。




