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50,ゆっくり食べな

 チグサが連れてきた小さな客人は、馬車に乗る前に少し移動して小川で丸洗いされた。

 馬車に積んである石鹸も使ってしっかり丸洗いされて、伸びるに任せていた髪も短く綺麗に整えられる。

 ぼろ布のようだった服も新しくされて、清潔で身体に合った大きさの物を着せられた。


 当然のように施されるそれらに驚いて目を丸くしている間に全て終わっていて、いつの間にか手には食事を持たされている。

 何が起こったんだ、と理解が追いつかずに固まっている客人の横にはギーネが座っており、何か訳知り顔で頷いていた。


「びっくりするよね、怒涛過ぎて」

「実感籠ってんなぁ」

「僕も圧倒された側ですから」


 笑いながらそう言ったギーネが自分の分のスープを口に運んでいるのを見て、客人は恐る恐る持たされていたスープに口を付けた。

 そして飲み込んでから一拍置いて、勢いよくがっつき始める。


「一気に食べるとお腹痛くなるよ。まだあるし、誰も取らないからゆっくり食べな」

「分かる、食べ過ぎて吐いたとき絶望したんだよなぁ、勿体ない……って」

「お前も実感籠ってんな」

「ははは。拾われ組だからね、ギーネもオレも」


 食うに困り泥水をすすったこともある者たちがなにやら穏やかに話しているのを聞いてか、客人がスプーンを口に運ぶ速度もだんだん落ち着いていく。

 その様子を眺めて、器の中身が空になってスプーンが止まったところでチグサが声をかけた。


「そういえば君、名前はあるのかい?」

「名前……六番」

「それは名前ではないねぇ。でもまぁ、到着したら名前も貰えるだろうし、今新しく名前を付けるのはやめておこうか。こういうのは、強い縁を築くところでもらうのがいい」

「じゃあうちにいる間はろっくんね」

「ろっくん……?」


 急に与えられた仮名に戸惑っている客人、もといろっくんをふかふかの毛布で包んで眠るように誘導し、やってきた眠気に当然負けた様子を見て、危険のない場所に転がす。

 彼を連れていく場所はアジサシの中では既に共有されている。元々寄っていく予定もあった場所なので、久々に知り合いの顔を見がてら寄り道していくのも特に面倒ではない。


「で、なんか教えることはある?」

「いいや、特には。本人が興味を持ったことを軽く教える分には、まぁ個人の判断で好きにしていいよ。多分勝手に積み荷に触ったりもしないだろうしね」

「着飾っていい?」

「あんまり派手に商品を使わなければ好きにしていいよ。……あと、嫌がったらやめてあげてね」


 寝ているろっくんを眺めつつ、これから一緒に旅をする少しの間の注意事項を共有する。

 彼がアジサシの馬車に乗るのは少しの間だけなので、特別教えないといけないこともない。

 ろっくんはあくまでお客人であり、アジサシの業務に関わるわけではないのだ。


「ガルダまで、順調にいけば六日くらいかな?伸びても十日までは掛からないだろうし、何にしてもそう多くの事は出来ないさ」

「それもそうか」


 目的地は、ここからそう離れてもいない。アジサシの馬車ならば少し急げば三日か四日くらいでも移動しきれる距離である。

 あまり急ぐ必要もないし急いでいるところを見せたくもないので、今回はそこまでの速度は出さないが。


「さ、ボクらも寝ようか。明日も移動だからね」

「寝ずの番はしとく。全員寝ていいぞ」

「じゃお言葉に甘えて。なんかあったら起こしてくれ」

「おう」


 エリオットが夜の間焚火の様子を見つつ警戒をしてくれることになり、他の者たちは各々好きに眠りにつく。

 カタリナとサシャは馬車の中で眠るようで、外で寝ようと思っていたチグサも二人に腕を引かれて馬車の中に入っていった。



 そして翌朝、出していた物をしまい込んで馬車に乗り込み、アジサシは目的地に向けて出発した。

 二階の窓から外を見ているろっくんは、流れていく景色が珍しいのかずっと外を見ている。

 傍には常に誰かしらが居るので問題も起こらないだろうと判断して、チグサは一階に降りた。流石に客人がいるのに屋根で寝るのはどうかと思ったのだ。


 現在、見張り台にはセダムとコリンが立っている。

 二階の雑魚寝スペースでエリオットが寝ており、ろっくんの傍にはレウコスとサシャが居た。

 一階に降りると、御者台の傍にはアンドレイが居て、地図を広げてなにやらカタリナと話をしている。


 ギーネはどこか、と探してみると、増えた積み荷の隙間に納まって、在庫から引っ張り出したらしい本を広げていた。

 近付くと、チグサに気付いて顔を上げる。


「団長」

「何か面白い本はあったかい」

「リストを確認してたら、知らない本が一冊。いつ仕入れたんですか?」

「どれ?」


 何か珍しくて面倒な物が紛れ込んだかな、なんて思いつつ、ギーネが指さす本を手に取る。

 見覚えは……ある。が、乗せた覚えはない。


「勝手に乗ってきたんだね。ガルダに着いたら、ギルドにでも卸そうか」

「了解、カバー持ってきます」


 本と言うのは、人よりもよっぽど長く世界に存在し続けたりする。

 そのせいか、たまに自分で持ち主を選んで勝手に所有されに来る本もあるのだ。

 そういう類のものは、基本的に開いてもいいことはあまりないので、開かずちゃんと処理できるところに持ち込む方がいい。


 アジサシには時折こうして知らぬ本が紛れ込むので、彼らが勝手に移動するのを予防できる素材で作ったカバーをかけて、勝手に開かぬようにベルトを締めて、そうして持っていくようになっている。

 カバーの素材はチグサがしっかり選んだもので、加工自体はレウコスがやった。


 ついでに装飾を増やしたり染めたり柄を入れたりしていたけれど、無加工品よりそちらの方が本がおとなしいことがあるので好きにさせている。

 本も、丁寧に着飾らされるのは悪い気はしないらしい。

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