49,うちにはいらないかな
ヴォハーミャの解体が終わったのは昼を過ぎて日が少し傾き始めた頃だった。
毒のある部位はしっかりと密封して保管し、一応タグもつけておく。アジサシ内にこれを知らずに触れるものはいないが、まぁ念のためだ。
そうして作業を終えて、解体した物を順番に馬車に積み込み、持っていけないもの、持って行っても価値がつかないものはこの場で燃やしてしまう。
残していくとこの辺りに魔物などが寄ってきてしまうし、もしかしたらそこから本来よりも強い魔物も生まれるかもしれないので後片付けはきちんとやらないといけない。
そんなわけでしっかりと片付けまで終わらせたら、馬車に乗り込んで移動を再開することにした。
まだこのくらいの時間であれば進んでもいいだろう、という判断だ。
野営をするのにももう少し進んだ方がいい場所があるから、ということで馬車に乗り込み全員いることを確認したのだが、カタリナが何かをじっと見つめて動かない。
すぐに動かないあたり危険なものではないようだが、何かが気になっているらしい。
しっかりと耳を向けている先には、林がある。そこに何かいるのだろうか。
「カタリナ?どうしたんだい?」
「だんちょ、人いる」
「人?」
「ん。子供」
あそこ、と指さされた先には木があるので、その陰に隠れているのだろう。
それにしても子供とは。どこかの村から遊びに来ている、と思うには、周囲の村との距離が離れすぎている。
チグサとカタリナの会話が聞こえたのかアンドレイが傍に来たので、振り返って見上げると、馬車の出入り口を指さされた。行ってみるか、という確認だ。
「うん、見に行ってみようか」
アジサシは商人なので利のない人助けはあまりやらないが、村から飛び出した子供が迷子になっているのなら村まで送るくらいの善性は持ち合わせている。
一応問題があればすぐに出発できる準備は整えておいて、チグサとアンドレイは揃って馬車を降りた。
先ほどカタリナが指さした木まで歩いていって、その裏を覗き込む。
そこには、小さく縮こまって身を隠している子供がいた。ぼろ布のような服からは、貧相な身体が見えている。
こちらに気付いたその子供と目が合うのを待って、チグサはいつも通りに声を出した。
「君、こんなところで何をしてるんだい?」
「……あんたたち、あれ倒したのか」
「あれ?ヴォハーミャの事かい」
「知らない……あそこにいた、でかくて強いやつ」
一体いつからここに身を潜めていたのやら、ヴォハーミャの討伐に気付いていなかったのなら、アジサシが戦闘と解体をしている間は眠っていたのかもしれない。
それとも、どんな音がしようとも出てはいけないと思っていたのか。その思いだけで少しも向こうを覗かなかったのなら大したものだ。
「倒したよ。解体もした。それで?君はあれが居たから動けなかったのかい?」
「……そう、だ。他のやつは、みんなあれにやられた」
「他の奴……」
「なぁ、あんた。俺のこと、連れてってくれよ。何でもする、何でもする、から」
意識の切り替えが早いな、なんて思いつつ、チグサは子供をじっと観察する。
……さて、この辺りで奴隷が合法なところはどこがあったか。第二大陸は割とその辺厳しいので、違法奴隷だろうか。
……いや、ぼろ布を着せられているけれど、手足を縛られてはいないから、一応奴隷ではないのか。そういう扱いはされていたのだろうが、法の隙間をすり抜けている奴らに捕まっていたんだろう。
手足と首には何かをつけられていたような跡があるので、枷ではなくロープか何かを繋がれていたのかもしれない。取ったのか、取れたのか、見られると面倒だから移動中は外されているのか。
まぁ、それをやっていた連中はみんなヴォハーミャにやられてしまったらしいので、気にしても仕方ないか。
「頼むよ、俺は帰る場所もないし、行く場所もないんだ」
「ふぅん……何でもやるって、本当に?」
「本当だ。飯が食えるなら、生きていけるならなんだってやる。どんなにしんどい仕事でもやるから、だから連れてってくれ。あんたら、あのでっかい馬車の商人だろ?」
アジサシの事も知っているらしい。
チグサがしっかりと子供を観察し始めたのを見て、アンドレイはため息を吐いた。悪癖だ。拾い癖ともいう。
「……ま、うちにはいらないかな」
「そんな……」
「その代わり、君に適性がありそうなところに連れて行こう。言っておくけれど、すごいしんどいよ」
「……連れてって、くれるのか」
「そんなに長い旅にはならないけれどね。それでも良いっていうならおいで」
チグサが差し出した手を、子供はためらいなくつかんだ。
それを笑いながら引き上げて立たせて、馬車へと向かう。
「まずは丸洗いかな。その状態で馬車に乗せるのはちょっとね」
「あーあ、レウコスが気付いたぞ。もう服取りに行っただろう、あれ」
「そうかも。さて……おーい!お客さんを乗せるよー!」
当然のように受け入れているアジサシの面々を見てか、子供は驚いたように目を見開いている。
それでも止まったりはしないあたり、心は決まり切っているようだ。




