46,それはめでたい
思ったよりも長くなったイツァムナー同盟諸国での滞在を終え、アジサシは現在第二大陸を第三大陸方面に向けて進んでいた。
速度はかなり落として、馬車を牽引する二頭の馬、ルムとニムがのんびり歩くくらいの速度しか出していない。まぁ、それでも人が歩くよりかはずっと早いが。
そんなわけでかっぽかっぽと長閑に草原を進んで、とりあえず適当に村を目指していた。
イツァムナー滞在中にかなり色々仕入れたが、イツァムナーの中ではそれほど売れることはなかったので、現在アジサシ馬車には商品が満載なのだ。
これを減らしつつ第二大陸を目指す、というのがとりあえずの予定になっている。
屋根の上で寝転がって日光浴に励んでいるチグサを止める者もいない。
そんな実に平和な移動は途中野営も挟んだが平和なまま終わり、アジサシはヤコの村に到着して、馬車を開店状態にした。
「なんだかいつもより賑やかなようだけれど……何かあったのかい?」
「実はな、村の若者同士が結婚したんじゃよ。今は結婚式の準備中でな、それでみんな張り切っとるんじゃ」
「おや、それはめでたい」
どうやらいい時に来たらしいな、とチグサがのんびり考えていたら、一人の女性が駆け寄ってきた。
急ぎの買い物かと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。
話していたご老人が言うには彼女がこの度結婚した新婦であるらしく、となれば用事は結婚式のことだろう。
「あの、アジサシさん!」
「はぁい、どうしたんだい?」
「実は、ウエディングドレスがまだ仕上がっていなくて……!修繕ってお願いできますか?」
「おや、それは大変だ。レウコス!お客さんだよ!」
村に来て早々に画材を持って散策に出ていたレウコスを呼び戻して、女性の話を詳しく聞く。
彼女が着る予定のウエディングドレスは、彼女の祖母と母も着たもので、大切にしまわれてきた。
結婚式までに、とサイズを合わせたり調整をしていたのだけれど、思っていたよりも大変でそれがまだ終わっていないのだと。
結婚式は明後日なので、それまでに終わらせないといけないが、終わるか分からない。そんな時にアジサシが来たから、頼ることにしたらしい。
アジサシはただの旅商人ではなく「移動型万能店」なんて名乗っているので、こういう依頼を受けることもある。
「とりあえず、実物を見てもいいですか?」
「はい、もちろんです!」
アジサシで裁縫関連はレウコスの専門なので、話を聞いてすぐにレウコスは画材をしまって女性についていった。
ついでに暇だったチグサも後ろをついていき、レウコスの仕事を眺めることにする。
チグサがついてきたことは女性もレウコスも気にしていないようで、そのまま女性に家に行ってドレスの実物を確かめた。
大切にしまわれてきたという話だったが、その説明に違わず、ウエディングドレスは綺麗な状態で置かれていた。ただ、サイズ合わせがまだ終わっていないというのも確からしい。
ドレスの周囲には裁縫道具が置かれていて、直している途中なのが見て取れる。
レウコスは早速ドレスの布地などを確認して、修正点を聞いていた。
チグサはと言うと、裁縫などでは特に役にも立たないので、ドレスをじっくり鑑定していた。
作られたのは四十七年前、当時の流行りのデザインというわけでもなさそうなので、昔からの伝統的な作りだろう。
そのおかげか今見ても古臭く感じることはない。布も奮発したのか、それなりに良い物を使っているようだ。
「団長、布足したいんだけど、店の在庫漁って良い?」
「質としてはダィガ布がいいだろうね。それなりに量はあったはずだから、ギーネに言って出してもらうといい」
「はーい」
チグサがドレスの鑑定をしている間に、レウコスはドレスの修正点を聞いていたらしい。
どうやら布が足りないらしいので、今アジサシの在庫にある中で最も品質の近い白い布を教えて、後はレウコスに任せることにした。
質があっていたとしても、細かい色味などでレウコスのお眼鏡に適わない可能性もある。
そうなったら店の在庫を色々引っ張り出してみないといけないな、なんて考えながら、他に必要な物を考える。
詳しいところはレウコスに任せていれば問題はないだろうが、それはそれとしてチグサは単に暇なのだ。暇を持て余した結果だが、多少の助けにはなるだろう。
ということで、ドレス本体ではなく装飾品についての話を女性の母に聞いて、それも見せてもらうことになった。
「団長、ダィガ布とリボンとかレースとか、勝手に使うよ」
「いいよー。使った量だけある程度把握しておいておくれ」
「はーい。……よっしゃ、じゃあ始めましょうか」
「は、はい!」
チグサがベールや手袋の鑑定をさせてもらっていたら、使う布を決めたらしいレウコスがウキウキで戻ってきてドレスに手を加え始めた。
レウコスはそもそも小物づくりや裁縫、刺繍が趣味なので、ドレスの修繕は楽しくて仕方ない仕事だろう。
女性ともどうしたいか話し合いつつやっているようなので、放っておいても大丈夫そうだ。
ただ、これは今日は夜通し作業していそうだな。なんて考えつつ窓の外に目を向けると、アンドレイとセダムが村の男性陣とどこかへ歩いていっていた。
あっちはあっちで、結婚式に向けての作業を手伝っているのだろう。




