42,行くと思うかい?
誰かが後ろからついてきていて、こちらを見ている感覚がある。
それを無視してのんびり仕入れを続けていたら、少しずつその気配が近付いてきた。
まだ姿を捉えるほどではないので、引き続き無視して行動する。とはいえ仕入れが順調すぎて物が増えてきたので、一度アジサシ馬車に戻って荷物を置いてくることにしよう。
というわけでのんびり馬車に向かって歩き始めたら、気配の主が近付いてきた。
チグサがアジサシ馬車に戻ることを悟ったのか、その前に確保する心積もりなのだろう。
そう予想を立てつつ一定の速度で歩いていたら、後ろに人が現れた気配がして、それと同時に身体が引き寄せられた。
「……呼んだら来てねって言ったのに」
「その点に信用はないからね」
「酷いなぁ」
呼ぶ前に来たアンドレイに引き寄せられて、後ろに現れたのだろう人物から引き離されたようだ。
荷物の無事を確認しつつ振り返ると、その人物とチグサの間にはコリンが立っていた。まだ剣は抜いていないが、いつでも抜ける姿勢で柄に手を添えている。
何とも頼もしい護衛だなぁと思いつつ、持っていた荷物をアンドレイに押し付けて、ずっとついてきていたのだろう人物に声をかけた。
「さて……この間と同じ人だね。ボクに用事みたいだけれど、何の用かな?」
じっと目を凝らしてみると、前回現れたのと同じ人物であることが分かった。
なのでまぁ、返事はあまり期待できないが、それでもいいのでとりあえず聞いておく。向こうの目的がはっきりしない事には対策も出来ないので。
「……聞きたいことがある」
「おや、何だい?」
「ここでは、いけない」
前回とは何が違うというのか、今回は返事が返ってきた。
声的に男かな?などと考えながらアンドレイの様子を窺うと、すっごく嫌そうな、苦い顔をしていたのでそのまま前に視線を戻した。
コリンは相変わらず警戒状態を維持している。何があっても警戒維持、とでも言われていたのだろう。
「ついて行くと思うかい?」
「……ここでは、いけない。おれは、連れてくるように言われているだけだ」
「なるほどね」
思わずじとりとした目をアンドレイに向けると、正面から見返される。
何も悪いとは思っていない顔だ。チグサがその「連れてくるように言っている」人物のところまで行ってから呼ぼうと思っていたことも分かっていて、それでもなお悪いとは思っていない顔だ。
文句を言いたいところではあったが、ここで押し問答を繰り返しても意味はない。
なので、いったん文句は後回しにして、正面を向いた。
……アンドレイが怒る気はするけれど、その程度でチグサの行動は変わらないのだ。
「なら、仕方ない。ついていくから案内してくれるかい」
「おい団長」
「そうじゃないと話が進まないだろう。このまま放置はしたくない、がアジサシの総意な訳だし、他に簡単に済むような方法があるかい?」
案の定、アンドレイは苦い顔をしている。予想通りだ。なので、無視する。
ちらりと確認するだけして正面に目線を戻し、そのまま歩み寄る。
背中に視線が突き刺さるが、止めてはこないようだ。チグサが一度言い出したら聞かないのはアンドレイが一番よく分かっているので、不満ではあるが諦めたのだろう。
「まぁ、一人で来いと言われると流石に難しいけれどね」
「…………案内、する」
「うん、よろしく頼むよ」
コリンの肩をポンと叩いて、追い越して進む。
後ろから二人がついてきているのをなんとなく把握しながら程々の距離を保って外套の人物を追いかけて、細い路地をどんどん進んでいく。
アンドレイに預けた荷物が不安だな、と思うほどの細い路地も通ってしばらく進んでいくと、少しだけ開けた空間に出た。
建物に囲まれた中庭のような空間だ。目的地は、ここから入れる地下へ続く扉らしい。
「コリン、外で待っていなさい。ついでに荷物も頼むよ」
「分かりました!」
「一時間経ってもボクらが出てこなかったらアジサシ馬車まで行って報告。その後の指示はエリオットに任せる」
「分かりました!」
コリンに指示を出して、アンドレイに渡していた荷物をコリンに受け渡す。
そして、扉に続く階段を下りて、扉の前で待っていた外套の人物を追いかけた。
扉の先は、地下室らしく薄暗い空間だ。さらに階段が続いており、その先は部屋になっているらしい。
ここに住んでいるのが魔女や魔術師であれば空間を歪めて快適な場所にしているだろうから、そういう相手が待っているわけではないようだ。
ここは、魔女が住むには魔力が薄い。キニチ・アハウは国内が全体的に魔力が高いが、ここはむしろ薄められている状態に見える。
そういう場所を好む魔女も魔術師も当然いるけれど、そうなると今度は守りが薄い。
なんてあれこれ考えながら階段を下っていき、外套の人物がこちらに背を向けて置いてある大きな椅子の正面に回って何か声をかけている様子を眺める。
ここから更にいくつか扉があるが、それほど広くはなさそうだ。
「ボクに何か聞きたいらしいけれど、何かな?鑑定依頼ならアジサシの馬車まで持ってきてほしいのだけれどね」
天井に蜘蛛の巣が張ってるな……なんて、室内の観察を続けながら椅子に向かって声をかけると、椅子が回転してこちらを向いた。
座っていたのは、壮年の男性だ。これと言って目に付く特徴はなく、特に見覚えもない。
こっそりアンドレイをつついてみたがペシと一度背を叩かれただけだったので、アンドレイも見覚えはないらしい。
何が飛び出すのやら、と小さくため息を吐きつつ、チグサは男性の言葉を待つのだった。




