38,面倒ごとの予感か?
ガルゴレ殿のお屋敷ですることは、基本的には貴族相手の商談ということになる。
アジサシが見繕った商品を持って行って、相手がそれを気に入れば取引が成立する。当然で基本の商談だ。そして、ガルゴレ殿は変にケチをつけてくることもなければ悪だくみをすることもなく、けれどこちらの提示したものを妄信的に受け入れることもしない。
なのでまぁ、貴族を相手にするときの練習相手としては、これ以上ない相手なのである。
チグサが次回はギーネを強制連行しようとしている理由はそこであり、アジサシ団長の代替わりがあるとすれば次代はギーネになるので、その練習をさせようと思っているのだ。
レウコスはそれとは少し別で、もちろん貴族相手の商談練習というのもなくはないのだけれど、それよりもガルゴレ殿の奥方とお嬢さんがレウコスの制作物を気に入ってくれているので、直接会わせてみようという思い付きが強い。
まぁ、そんなわけで、他の貴族連中とは比べ物にならないくらいの気楽な商談であり、チグサとしてはかなり気軽に、近況報告くらいの気分でお屋敷に足を踏み入れた。
基本的についてきているアンドレイも同じくらいの気分だろう。礼儀さえ弁えていれば大丈夫な相手ならば、緊張しすぎる必要は全くない。
「さてアンドレイ、どれから出す?」
「布から」
「だよねぇ」
お屋敷にお邪魔して、使用人の女性に通された部屋の中。
そこで持ってきた商品を広げて、ガルゴレ殿と奥方に見せる順番を決めていく。
特に道中で相談などはしなかったが、アンドレイとチグサが考える順番は基本的に同じなので、この順番決めは認識の確認くらいのものだ。
そんなことをやっている間にガルゴレ殿と奥方が部屋にやってきたので、チグサは笑顔で挨拶をした後に、さっそく持ってきた商品を広げて説明を始めた。
さて、チグサとアンドレイがガルゴレ殿のお屋敷に行っている間も、アジサシ馬車は通常通り営業を続けている。
ギーネが店番としてカウンターの内側に座り、他の面々は各々商品の出し入れを手伝ったり個別の依頼をこなしていたりする。
その中でもカタリナは、特にすることもないので人目のつかない馬車の二階などで寝ていることが多い。移動時以外は自由時間なのがこの茶トラ猫である。
そんなわけで一階の騒がしさも何のその、開け放った窓から入ってくる風を感じつつ、馬車二階の一段高くなった床の上でゴロゴロと転がっていたところ、外から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「うなぁーん」
「にゃぁーん」
外套のフードをしっかり被りなおして窓の外を見ると、そこには白黒の猫が居る。
返事をすると屋根に上がって窓辺まで来たので、こつと額を当てて、鼻をすり合わせた。
んるる、とご機嫌に尻尾を上げる白黒猫の後ろからは、別の猫もやってきている。
「にゃん」
「うるなぁん」
「みぅ」
「なぁーお」
続々と集まってきた猫たちが窓辺に並んでいるので、カタリナが一歩下がって床に腰を下ろした。
猫たちが集まってきているのはアジサシの面々ならば察しているだろうから、しばらく上には来ないでおいてくれるだろう。
「見つかった?」
「なぁーん」
「どこにいた?」
「にゃん」
「うみゃあ」
「んなぁーぅ」
口々に報告してくれる猫たちの頭を順々に撫でながら、カタリナは足に着けてある小さな鞄の中からメモ帳を取り出して、聞いた内容をメモしていく。
このメモ帳は特に市販のものではなく、アジサシ内で使うためだけに適当な紙を纏めてあるものなので、ちぎってしまっても問題はない。
ちぎったメモは最初に来た白黒の猫に咥えてもらい、下に居るエリオットに渡しに行く。
その間に別の話も聞いてメモを取っていき、急ぎでないものは全てチグサが帰ってきてから渡すことにした。
アンドレイが居ればチグサの代わりにアンドレイに渡すのだが、今日は二人揃って不在なので仕方がない。
「にゃぁーん」
「うん、ありがとう」
「ぅみゃ」
「にゃにゃーん」
「まぁーお」
「んるるる……」
エリオットにメモを渡して戻ってきた白黒猫から別の依頼を聞かされて、カタリナは首をひねる。
迷子の捜索依頼は割と聞くところではあるけれど、ここまで頻発するのは少し珍しい気がする。
なんて考えながら、とりあえずエリオットから猫経由で聞いた迷子の特徴を集まっていた猫たちに共有して、捜索してもらうことにした。
「えりおーっと」
「なんだ?猫は帰ったのか?」
「探しに行ってもらった。迷子多いねー」
「そうだな。元々イツァムナーは人も多いが……なんだ、面倒ごとの予感か?」
「そうならないといいねー」
去って行った猫たちを見送って、一段高い床にごろりと転がりつつはしごに向かって声を出すと、すぐにエリオットが登ってきて傍に腰を下ろした。
胡坐をかいた膝に顎を乗せてぐるぐると喉を鳴らしつつ、だらりと脱力する。
「だんちょ、夕方に戻ってくるかなー」
「ガルゴレ殿ならそう長く拘束はしねぇだろ。盛り上がったら分からんが」
フードの上から頭を撫でられながら、カタリナはチグサに報告することと順番をのんびり考える。
考えていたが、エリオットの体温と頭を撫でてくる手に敗北したので、全てを後回しにして寝ることにした。
カタリナは猫なので、何よりも快適な昼寝が優先されることなのだ。




