37,ついてきたっていいのにね
コリンの新しい剣が出来上がるまで、そして角ウサギの皮が鞣し終わるまで、アジサシはイツァムナーの中でのんびり仕入れと商売を繰り返すことになった。
どちらも時間のかかる用事だ。しばらくは急ぎの用事もないし、商売で忙しくはあるが移動はせずにのんびりしてもいいだろう、とチグサが予定を決めたので、アジサシ団員は何も言わずにそれに従っている。
そんな、アジサシからすると割と珍しい移動のない日々の中で、チグサとアンドレイは元々の目的だった用事は全て済んだので、ガルゴレ殿のお屋敷に招待されていた。
ガルゴレ殿の屋敷はイツァムナー同盟諸国の盟主国であるカブルと、キニチ・アハウにそれぞれあるのだけれど、今回はカブルの屋敷に呼ばれて参上している。
お屋敷に呼ばれた際に、チグサは他の団員のことも誘ったのだけれど、全員から振られたせいで同行しているのは有無を言わさず連れてきたアンドレイだけだ。
レウコスあたりは問答無用で連れてきても良かったのだが、まぁ本人が嫌がるので仕方ない。
「ガルゴレ殿相手なんだから、ついてきたっていいのにね」
「まぁ、レウコスとギーネは連れてったっていいと思うが」
アンドレイからも同意を得られたので、次はどちらかを強制連行するか、とのんびり予定を考える。まぁ、次がいつになるのかも分からないけれど。
なんならガルゴレ殿に事前に話を通しておくか、なんてことまで考えて、馬車の窓にかけられている布を指先で避けて外を覗いた。
この馬車はいつものアジサシ馬車ではなく、ガルゴレ殿が移動のために用意してくれたものだ。
お屋敷にお呼ばれするときはいつもお迎えをよこしてくれるので、好意に甘えて大人しく貴人用の馬車に乗り込み運ばれている。
ガルゴレ殿が、アジサシに対してここまで良くしてくれるのには、当然理由がある。
今となってはそれなりに昔の事だ。あれは、もう十年以上は前のことになるだろうか。
アジサシの馬車が二度目の改造……つまりは今の馬車になったばかりの頃だったはずだ。
その頃、アジサシはイツァムナー同盟諸国、その中でもキニチ・アハウには立ち寄らないように行動していた。
理由は簡単で、当時のお偉いさんにちくちく嫌な事を言われて、商売をするにも妨害を受けて、何かにつけ嫌がらせを受けたからだ。
面倒臭い、というのがアジサシの総意であり、面倒臭いから立ち寄らない、と結論を出すのは当然だった。
チグサとしては、まぁあの頃のお偉いさんがアジサシを嫌った理由も、分からないわけではない。
アジサシはふらりと訪れてふらりといなくなる商人だ。そちらに客を取られるくらいなら、国の中で完結して金を回してほしいと思うのも、まぁ分かる。
分かるが、普通にうざいなとは思った。外の商人の出入りを嫌うなら、それをしっかり取り締まる仕組みを作ればいいものを、それをせずに嫌がらせをしてきたので普通に信頼もなかった。
そんなわけでキニチ・アハウは避けていたが、イツァムナー同盟諸国の中でもトルには時々立ち寄っていた。
トルは内海に面した流通の拠点だ。アジサシが各地から物を持って商売をしようとも、トルでは特に珍しいことでもなかったので、キニチ・アハウで遭遇するような面倒ごとはなかった。
なので、もしイツァムナー同盟諸国に寄るならトルに、というのが当時の基本だったのだ。
そんなわけで当時はアジサシが来たとなればトルに寄っていく人がいる、という状況になっていた。
トルには人も物も集まるが、アジサシが持ってくるものは内海に隣していない村の特産品などもあるので、珍しい品も多かったのだ。
そんなわけでイツァムナーの他の三国とは関わりを薄くしてあれこれやっていた頃に、ガルゴレ殿がキニチ・アハウの新しいお偉いさんとなった。
そして彼は、わざわざアジサシのところに足を運んで、前任者の行動について謝罪をして、正式にキニチ・アハウで商売をするための書類と証明書と証明印を作ってよこしたのだ。
イツァムナー同盟は他に比べて類を見ないほど密な同盟だが、それぞれ別の国でもある。
そんなわけで現状の、アジサシがトルに独占されている状況はどうにかしたかったらしく、なにやらキニチ・アハウのお偉いさんたちのごたごたもあって、まずは謝罪を、という話になったらしい。
これには流石のアジサシも真面目に団員会議を開き、チグサの目からしても、カタリナとエリオットの目からしても、彼が何か嘘をついてこちらを騙そうとしているわけではない、という認識が示されたので、キニチ・アハウにも立ち寄るようになった。
そんな経緯もあって、ガルゴレ殿は十年以上経った今でもアジサシに気を使ってくれている。
アジサシが来たとなればすぐに広場の開けたところにアジサシの馬鹿でかい馬車が留まれる場所を確保してくれるし、お屋敷に呼んだ時には迎えの馬車を用意してくれるほどに。
「お詫びどころか、もはや借りの方が大きいよね」
「向こうはそう思ってないみたいだけど?」
「いやはや……縁ってのは複雑だよねぇ」
なんて、アンドレイと話している間に馬車はガルゴレ殿のお屋敷に到着していた。
静かに開いた門から屋敷の敷地内へと入っていく様子を窓から眺めて、チグサはゆっくりと息を吸う。
いつもとは違う形だが、これもまた商売だ。なら、しっかりやらなければ。




