30,それはちょっと面倒だね
行先を決めた翌日。アジサシは朝から活動を開始して、第五大陸のムスペルを出発して人目のない場所まで進み、空を飛んで第一大陸に渡った。
人目を避けて内陸部へ進み、馬たちに足環をつけて空路から陸路に切り替えて進んでいく。
しばらく平和に(第一大陸特有の魔物の多さに時々進路を変えながらも、まぁ平和に)進んでいたのだが、そろそろ昼休憩の場所を決めるか、と言い始めたところで、馬車の中が少し騒がしくなった。
二階でくつろいでいたチグサが立ち上がるのと同時に、エリオットの声が聞こえてくる。
「なんか居るぞ」
「何が居る?」
「小さいの。……あぁ、角ウサギだ!」
「群れか多いな」
見張り台の上にいるエリオットとセダムが前方を確認して声を張ったので、チグサは窓から身を乗り出して前の方を確認した。
叫ばれている内容通りに、馬車の前方には額に一本角の生えたウサギが群れを成してあたりを警戒するように耳を立てている。
「気付いてるだろうに逃げねぇな」
「カタリナ、どうする?」
「避けてくー」
「はーい」
角ウサギはそこまで強い相手でもないので、倒そうと思えばまぁ倒せる。
が、あそこまで群れを成しているのならばどこか近くの国で討伐依頼が出ているだろうし、そうなるとその辺を面倒にしてしまうので緊急時以外は無視して進む方がいい。
なんて考えながら前を確認していたチグサの服を掴んで馬車の中にひっこめたアンドレイが、同じように軽く前を確認してから一階に降りて行った。
もう一回外を覗こうかと思ったけれど、怒られる気配がしたのでやめておく。
「お?」
「どうしたんだい」
「白混ざってねぇか?」
「おや、それはちょっと面倒だね」
大人しく下に降りるか、と思っていたところで見張り台からエリオットの声が聞こえてきて、流石に無視できなかったので再度窓の外に顔を出す。
目を凝らして馬車の先方にいるだろう角ウサギの群れを黙視する。
「いる!カタリナ大きく回避行動!突撃される前に逃げるよ!」
「あい」
声を張った直後に揺れた馬車からはじき出されないように、しっかりと窓枠を掴んでおく。
その体勢のまま角ウサギの群れの方を睨み続け、一体だけ混ざりこんでいる白い体色の一回り以上大きな個体が動くか、こちらに向かって来ているかを確かめる。
「団長」
「ひとまず来てない。ここから一番近い国は?」
「距離で言えばスレイプニル、進行方向で言うならデルピューネ」
「デルピューネか……ちょっと距離あるなぁ」
「どうする?」
「戻ろう。カタリナ、スレイプニルまで戻るよ!」
「あーい」
チグサの横に戻ってきたアンドレイと話していく先を決め、ぐるりと旋回した馬車から飛び出さないように体勢を整えて、上に向かって声を張った。
「セダム!エリオット!個体数を出来るだけ数えておいて!」
「おう!」
「了解」
「コリーン!」
「はーい!ここです団長!」
続いて、どこにいるだろうかと声を張り上げてコリンを呼んだところ、すぐ後ろから声がした。二階に居たらしい。
回避と急旋回で姿勢を保ち切れず馬車の中を転がっていたらしく、壁際からひょっこり顔を出したコリンの髪の毛はボサボサになっている。
「ドスギーバ、詳細の把握は?」
「でっかくて強い角ウサギですね!」
「うーん正解」
言いつつ手招きして、コリンを横に呼び寄せる。
チグサの前に回って窓から顔を出したコリンが落ちないように、アンドレイが服を掴んで同じように窓の外を見ている。
「そういえば前から聞こうと思ってたんですけど、普段角ウサギの方で呼んでる理由って何かあるんですか?」
「ギーネが呼ばれたかと思って反応するから」
「あ!なるほど!」
馬車が旋回したことによって後方に見えるようになった角ウサギの群れを見つつ、多少余裕のできた会話をする。
今衝突回避をしている相手は、通称角ウサギ、正式名称をギーバという魔獣である。アジサシでは基本正式名称で魔物も魔獣も呼ぶのだが、ギーバだけはややこしすぎて角ウサギと呼んでいるのだ。
あんまりない通称呼びを、コリンはちょっとだけ疑問に思っていたらしい。
アジサシ団員となって既に数年が経っているのに、よく今まで疑問を放置していたな、という謎の関心も一緒に湧いてきて、チグサは何となく目の前の頭を撫でた。
「あの白いのはあんまりいないやつですよね!」
「そう。ドスギーバは……倒したことはあるだろうけれど、それほど頻度もないしね。コリンが乗ってからあったっけ?」
「一、二回はあるだろ」
角ウサギが追ってくる様子はないので、窓から外を見るのはやめて馬車の中に戻る。
二階に置かれている棚から一冊の本を引っ張り出して、雑魚寝用に少し高くなっている床に腰を下ろした。
ついてきたコリンにも隣に座るように促して、持ってきた本の中から目的のページを開いてコリンに渡す。
「ギーバの詳細!」
「そう。ちょうどいいから読んでおきなさい」
「はーい!分かりました!」
元気のいい返事を聞いている間に、見張り台からはセダムが降りてくる。
ちょうどいいのでセダムに解説を頼みつつ、馬車の現在地を確認して急遽目的地となったスレイプニルに着いた後の予定を考えることにした。




