27,おはよう
チグサが数日振りに目を開けて、まず見えたのはこちらを覗き込んでいるカタリナの顔だった。
近いな、と少し困惑している間にその後ろからアンドレイが顔を出してにっこり笑ったので、背筋の冷える感覚に襲われ、とりあえず一回目を閉じた。
「二度寝するな」
「……おはよう」
怒られたので目を開けて、何かが腹の上に乗っている感覚がするのでとりあえずそれを掴んで確認する。
……今回の件の原因である花のような形をした魔道具だ。原因になったものを腹の上に乗せておかないで欲しい。それとも、そうする必要があったのか。
「はぁ……今回、ボクはそんなに悪くないと思うんだけどな……」
「とりあえずそれについての説明をしてくれ?」
「うーん……人に夢を見せるための道具?ボクがあんなに深く眠ったのは、想定外だったみたいだけれど」
魔道具を目線の高さまで持ち上げて、見える情報を整理して声に出す。どうやら本来の動きとは違う動きをしたらしいことは分かったが、どうしてそうなったのかは分からない。
目の奥がちりつく感じも無いし、隠されている情報があるわけではなさそうだ。
発動の条件も分からないし、チグサはあの時これに魔力を込めたりもしなかった。
故に、自分の所為ではない、と主張していきたい所存だ。そんな気はなかったし、こちらとしても想定外の事で怒られるのは嫌だ。
心配と迷惑をかけた分は謝るけれど、発動に関しては悪くないはずである。
「トクティラ?」
「……それは、もともと私たちが作った道具だ。今に至るまで残っているのは、少し驚いたけれど、効果は変わっていないようだね。本来は私たち夢魔族が発動させるもので、他では起動できないようになっていたはずなんだけれど……年月が経って、誤作動を起こしたらしい」
「お、これはボク悪くないのでは」
「君だから引き寄せられた、って可能性も高いんだけどね」
「トクティラ?君、味方にはなってくれない感じかい?」
よっこらせ、と身体を起こすと、トクティラの寝台を囲んでいたアジサシ団員の顔がようやく全員分見えるようになった。
広いベッドが気に入ったのかゴロゴロしているカタリナが片手にじゃれついてきたので好きにさせておいて、後ろの方からこっちを見ているギーネとコリンの様子を確かめる。
特別顔色が悪いとか、何か不安そうな様子がある団員はいないようだ。
トクティラと面識のなかった二人も大丈夫そうなので、何か焦る必要もない。……まぁ、カタリナがこれだけ好きにしているなら大丈夫だ、と理解もしやすいだろう。
駄目な所には姿すら現さない警戒心の強い猫なので。ゴロゴロしてられるくらいには安全であるという、何よりも強い証明である。
「ふぅ……で、とりあえず聞いておきたいんだけれど、全員ボクと自分の出会いを見返していたってことでいいのかな?」
「どっちかって言うと団長よりの視点だったけど、まぁそうだったかな」
「知らない前情報が見えたりもしたけど……基本は知ってる範囲だったね」
「そっかそっか」
別に知られたくない事があるわけでもないが、知らんでいい事は結構あるので、それならば安心だ。
脳内の情報が良い感じに整理されてきて、そろそろ立ち上がってもふらつく事は無さそうなので寝台から降りる。
ついでにカタリナも引っ張って、寝台から降ろした。
「もう行く?」
「他に用事がなければ」
「うーん……それなら、少しだけ残ってくれる?」
「……分かった。先に出てくれるかい?」
カタリナとアンドレイの背中を押して、アジサシ団員へ退室を促す。
アンドレイからは鋭い視線がビシビシ飛んできているので、後で何があったか伝えるついでにお説教も受け取っておこう。その方が後が安全だ。
そうして二人きりになった部屋の中。改めて椅子に座り直して、チグサはトクティラに向き直った。
小さく欠伸を零した様子から、トクティラの活動時間がもうそろそろ限界なことは察していたので、そう長くはならないだろうと思いつつ話を促す。
「で、なんだい?」
「いや、ちょっと確認したくてね……君、本当に視るつもりはないの?」
「……無いよ。それに触れるつもりはない。前にも言っただろう?」
「そうだね……そうだけど、うーん……まぁ、君がそういうなら、私としては納得するしかない、か」
昔、トクティラと初めて会った時にもした問答だ。
納得したのかしていないのか、煮え切らない返事だがそこはチグサの気にするところではないので、とりあえず手に持ったままだった魔道具をトクティラに差し出した。
「これはそっちで管理してくれる、ってことでいいのかな?」
「それは、そうだね。本来私たちの物だし」
「じゃあよろしく。二度目があったら、流石にアンドレイにしばかれる」
魔道具をトクティラに受け渡して、チグサは今度こそ席を立った。
トクティラがチグサに視ないのかと聞いてきた物の詳細は、聞かない方が良いだろう。
そこに触れると今のように好き勝手に世界を飛び回る移動型万能店を続けるのは難しくなってしまうので、チグサは触れないと決めたのだ。




