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追憶:チグサ

 ふわふわと、水の中を漂っているような感覚がする。

 なんだか懐かしい記憶を思い出していたような気がする。

 向かう先が分からない。どこへ行けばいいのか、と考えていたら、どこかに光があることに気が付いた。


 どこにあるのかも分からないのに、行く方法は分かるので、ひとまずそちらに向かってみる。

 相変わらず、水の中にいるような感覚だ。

 そんな感覚のなかでふわふわと移動していたら、光の下に辿りついた。


「まだ彷徨ってるんだね。あの子たちとの出会いがあれば、道筋は足りると思ったんだけどな」

「……トクティラ」

「うん、私が分かるってことは、埋まって来てはいるんだね。チグサ、何が足りないか分かる?」

「ボク自身かな。アンドレイと出会う前に、重要な所がある」

「なるほど、じゃあそこを見に行こうか」


 光の中心に浮かんでいた夢魔族の知り合いを見て、今何が起こっているのかが何となく把握出来た。

 眠りに落ちる直前に伝えたことを、しっかり理解して……かは分からないが、とりあえず実行してくれたらしい。


「十四歳くらいに合わせてくれるかい?」

「了解、さ、行こう」


 トクティラに手を引かれて、この空間から移動する。

 トクティラの周りに合った光が強さを増して、眩しさに目を閉じたら次の瞬間には別の場所にいた。

 どうやら、チグサの記憶を俯瞰して見ているようだ。



 チグサの両親は旅商人で、チグサは生まれた時から旅をしていた。

 両親はごく一般的な旅商人で、ごく一般的な思考と良心を持った人達だった。

 多くの人が夢見るように不老不死の秘宝などを探し求めもしていたけれど、商売を疎かにしてまで求めるほどに心を奪われてもいなかった。


 そんな、ごく一般的な両親のもとで生まれ育ち、チグサは生まれ持った目を育てながら旅をして、十四歳の時に当時は治療不可能だった病にかかってそのまま死にかけた。

 チグサ自身は、その時のことはあまり覚えていない。高熱でぼんやりとしていたし、その後の方が大変だったから、何となく自分の事として認識出来ていないのだ。


 ともかく、チグサは十四歳で一度死にかけた。と、いうより、本来そこで死んでいた。

 治療法がないと聞いた両親が嘆き悲しんで、娘を助ける方法を探し求めたことを、後から話で聞いた。

 それもまぁ、普通の事なのかもしれない。そこまでは確かに、両親は普通の事をしただけだった。一人娘が死にゆくのをどうにかしようとあがいて、結果として、彼らはその手段を手に入れてしまったのだ。


 不老不死の秘薬と呼ばれるそれを手に入れて、両親は半信半疑ながらも藁にも縋る思いでそれをチグサに使った。

 秘薬は不完全なものではあったが、チグサの病を治して健康体にするには十分な効力を持っていて、薬の効果でチグサはうっかり死に損なったのである。


 娘が元気になったことを両親はとても喜んだが、その数か月後には揃って他界した。

 心労と過労が原因だった。はやり病で、揃ってぽっくり逝ってしまった。


「死ぬはずだったボクが生きて、あの人たちが死んでしまうのか」


 ぼそりと呟いた言葉に返事はなくて、チグサはのんびり考え事をした。

 チグサに使われた秘薬は、不完全なものだった。つまりチグサは不老不死にはなっていないのである。これは、瓶に少しだけ残っていた薬を確認して得た情報なので間違ってはいないはずだ。


 それを飲んだからか、薬のことは詳細に把握出来た。

 不老ではなく、不死でもない。けれど死ぬはずだった人間を健康体にしてしまうくらいの効果はあり、老化の速度が変なことになるくらいには秘薬だったのだ。




「なるほど、確かに大事な記憶だ」

「これの所為で、ボクはいつまで経っても小娘のままだよ」

「老いては……居るのかな?私たちはそもそも老いに不理解だからなぁ」

「十年経って、ようやく一歳分歳を取るくらいの変化らしい。老化速度が十分の一だ」


 考え事を終えて移動を始めた記憶の中のチグサを眺めながら、トクティラが興味深そうに呟く。

 チグサの中のとても重要な要素がここにあるので、これを回収しなければ目覚めることも出来ないのだろう。


「これ、他の子は知っているのかい?」

「アンドレイが詳しく知ってる。あとはまぁ、何となく察してはいるんじゃないかな」

「なるほど。彼は本当に君の根幹に関わるんだねぇ」

「ははは。……ちなみに、アンドレイ怒ってた?」

「起きたらしばらく休みは無いと思う」


 そろそろ目覚めることも出来るだろう、という予感がしたので、とりあえず自分の身の安全に関わる事を聞いておいた。

 アンドレイは何だかんだチグサに甘いが、怒ると怖いのだ。他がチグサをそこまで強く怒れない分、アンドレイが本気で怒って首根っこを捕まえてくるのである。


 わざとやったわけでもないし、発動条件の分からない物だったので止め方も分からないし、仕方ないのでは。どうにかしてお説教回避を……と悩むチグサの肩に、トクティラはそっと手を乗せた。


「無理だと思う」

「そう言わないでトクティラも助けておくれよ。前に面倒なおつかい熟しただろう?」

「だから今助けてるんだよね。まぁ、あの道具に当たったのは不運だと思うけど」


 助力は期待できなさそうだ。

 つまり、チグサは言い訳をしつつ粛々と仕事をするしかないという事だ。

 これから数日大変になりそうだなぁ、と思いつつ、薄れる景色を見送って、浮上する意識に引っ張られる身体をそのままに、チグサは数日振りの起床を迎えた。

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