追憶:コリン
ギーネの加入から約四年が経った頃。
アジサシはとある小さな村に立ち寄って、商売をしつつのんびりとした平和を謳歌していた。
この四年でギーネは店番を任せられるようになり、馬車に荷物を詰め込む技術がとんでもなく向上し、馬車は変わっていないのに積載量が増えるという謎の現象を引き起こした。
そんなわけで商品を色々と詰めるようになり、前よりも村で不足がちな物を運んで来られるようになったのだ。
その結果村をのんびりと巡ることも多くなり、今回もその村巡りの途中だった。
平和だなぁ、とのんびり呟いた屋根の上のチグサに、ギーネはカウンターの内側から声を掛ける。
「団長、あれ放置で良いんですか?」
「いいんじゃなーい?エリオットも本気で逃げてないし」
「エリオットさんは子供相手に本気は出さないでしょう……」
視線の先では、エリオットが一人の子供にひたすら声を掛け続けられていた。
腰にしがみついて、剣を教えて!!とひたすらせがまれているのである。
もうすでに小一時間はこの状態だし、何なら昨日の夕方村に到着した時から言っていた。
よく飽きないなぁ、とアンドレイもひと言言ったきり放置しているし、エリオットもなんだかんだ放置しているのでそのままでいいんだろう、とチグサは思っている。
エリオットやセダムがああして村の子供に懐かれるのは、ままある事だ。
「だんちょ」
「おやカタリナ。おはよう」
「おはよ。エリオットこっち見てるよ」
「あぁ、あれは助けを求める目だねぇ」
「助けてあげてくださいよ……」
ぽかぽかの日差しを浴びてお昼寝に興じていたカタリナが起きて来て、寝転がっているチグサの腹の上に頭を乗せてくる。
フードで隠れて分かりにくいが、その視線の先にはエリオットがいる。
こちらもゴーグルで隠れて分かりにくいが、付き合いは長いので困った顔をしているのが見えた。
分かって放置しているチグサにギーネが困った声を出しているが、ギーネ本人も助けに行く気はないらしい。
それを指摘すると店番だからという免罪符が掲げられることを、チグサもカタリナも知っている。
「うーん……教えてあげればぁ?」
「めずらし」
「いつもは放置なのに」
ギーネとカタリナが好き勝手言ってるのは放置して、子供に引っ付かれたまま寄って来たエリオットに視線を向けたチグサが、そのままその腰にへばりついている子供に視線を動かす。
子供はチグサの方を見て目をキラキラさせているので、とりあえずエリオットに視線を戻した。
「エリオット的にはどう?強くなりそう?」
「……まぁ、多分強くはなるだろうな」
「だよね、ボクもそう思う」
だからいいんじゃない?と気軽に言ったチグサに、アンドレイが出てきた。
チグサは基本、アジサシ外部の人間に何かを教えることは無い。
それを職業にしている人間がいる以上、無償で何かをするのは良くないという思考があるのだ。だから、これは中々珍しい発言である。
「ところで君、親は?」
「いないです!捨てられてたらしいです!」
「なるほどね。ボクらと一緒に来る気はあるかい?」
「冒険ですか!?」
「冒険もあるね」
「行きます!」
「よーし。じゃあボクはとりあえず村長に話を付けてくるから、エリオットに剣でも習っておきなさい」
「分かりました!!」
身体を起こして子供と目を合わせたチグサが気軽に何かを言い出したので、アンドレイはとりあえずチグサを捕まえた。村長と話をつけるよりもこちらが先だ。
とはいえ、エリオットとチグサが「多分強くなる」と言ったのだからきっと強くはなるのだ。
戦力強化は悪い話ではないし、それは構わないが急に言うな、という怒りである。
最終的にはチグサの思惑通りになるとしても、一旦文句は言っておこうという強い心を感じる。
頭を掴まれて「あー」と大して危機も感じてい無さそうな声を出しているチグサを放置して、ギーネはふと思ったことを声に出した。
「人が増えるなら個人ロッカーも増やさないとですよね……」
「お、作るか?」
「アンドレイさんが暇になってからですね」
アジサシの大工仕事は大体アンドレイの仕事なので(というかアンドレイの仕事が見事すぎて他が手出しする隙がないので)アンドレイが暇になるまでロッカーは増えないのだ。
ちなみに、木の板は在庫として積んであるので作製に問題はない。
「そういえば、君名前は?」
「コリンです!!よろしくお願いします!!」
「お前ちょっと音量落とせ……」
心なしかげっそりしているエリオットはスルーして、レウコスはコリンの個人ロッカーに付ける用の名札を作り始めた。
チグサが特別目立っているだけで、アジサシは揃いも揃って自由人の集まりである。
「剣教えてください!!」
「わーった、わーったから落ち着けよ」
「剣!!」
「落ち着けって!!ギーネ、木剣出してくれ!」
「はーい」
騒がしくしている間にチグサとアンドレイは村長に話を付けに行っており、コリンはそのままアジサシの一員となった。
アジサシの賑やかさが一気に倍増した気もするけれど、楽しいからいいか、と全員が言わずとも思っていたので、特に何も問題はなかった。




