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追憶:ギーネ

 サシャが加入した後、アジサシの馬車は二度目の改造を行い、現在の三階建て巨大馬車になっていた。

 そして完全に今の移動型万能店アジサシ、というスタイルが確立し、珍しい物を求めて秘境を訪れることも増えていた。


 アジサシとして収入も安定し、行動も安定していた。故にサシャの加入から六年ほど、アジサシに大きな変化はなかった。

 次に人が加わったのはサシャの加入から六年、アジサシが始まってから十年が経った頃だ。


 移動のついでにと立ち寄った街でふらりと散策に出たチグサが、アンドレイを呼びに馬車に戻ってきたので何かあったらしいぞ、とアジサシは非常事態に備え始めた。

 大体碌なことにならないが、不利益で終わりもしないのがチグサの拾ってくる厄介ごとだ。


 今回は何を見つけたのやら、とアンドレイが諦めをにじませてついて行った先には、路地裏に座り込んでいる少年がいた。

 ここでは、そう珍しい存在でもない。誰もが見ないふりをして(もしくは本当に視界に入ることも無く)通り過ぎていく存在だ。


 アジサシは綺麗事では動かないので、今まで同じような少年少女をスルーしてきた。

 服と呼んでいいのか微妙なぼろ布を纏って、光のない目をして、ただそこで息をしているだけの存在。

 アンドレイならばいつも通り見えないものとして通り過ぎるのだが、チグサがわざわざアンドレイを呼んだのはあの少年が理由らしいので、今回はそうもいかないのだろう。


「で、どうするんだい?」

「とりあえず、ちょっと試したい事があるんだ」


 そう言ってチグサは、ポケットから二つの石を取り出した。

 片方は綺麗なだけの石、もう片方は綺麗でもないが魔道具の素材として価値が高い石である。


「……なんも知らないやつに目利きをさせようって?」

「ボクの目が、あの子は出来るって言うんだよね」

「なるほど」


 散策中にチグサのセンサーに引っかかったが故に、アンドレイを連れて来て試してみることにしたのだろう。

 彼女の目は彼女の意思に反して情報を持ってくるので、今回のようなことはたまにあるのだ。

 一人で行くよりアンドレイを連れて行った方が話が早いから、と連れてこられることも初めてではない。


「ねえ、君」


 少年の前にしゃがんで、チグサはおもむろに持っていた石を見せる。

 少年の目がそちらへ向いたのを確かめて、ゆっくりと声を発した。


「どちらか一つ、君にあげる。どっちがいい?」


 ぱちり、と瞬きをして、少年が石を見比べる。

 時々ちらりと視線が上がるのは、チグサの様子を気にしているらしい。

 何がしたいのか分からない、という顔だ。なんて冷静に少年の様子を観察している間に、そろりと細い腕が持ちあげられる。


 少年が指さしたのは、価値の高い方の石だった。

 それを見て、チグサがアンドレイを振り返る。目が合って、その眼がやたらキラキラしているのを見て、アンドレイは全てを諦めてため息を吐いた。


「君、ボクと一緒に来ない?」

「……どこに?」

「どこと言うと、馬車になるね。ボクらは旅商人だから、世界中のどこにでも行くのさ」


 言いながらチグサは少年の手に石を乗せる。

 そしてそのまま、空いた手を少年に差し出した。


「どう?衣食住……着るものと食べるものと、温かい寝床を約束するよ」

「……行く」

「よし!ボクはチグサ、こっちはアンドレイだ。君の名前は?」

「ギーネ」

「よろしくギーネ」


 手を取ったギーネを引き上げて、チグサが笑う。

 その様子を眺めながらアンドレイはとりあえず飯を食わせて、宿の風呂に入らせている間に服の支度をしよう、とこれからの予定を考えていた。



 ギーネを連れ帰ると、流れるようにサシャが動き出した。もう何も聞かずに動きだしたので、驚いて固まったギーネを復活させる方が大変だったくらいだ。

 エリオットとカタリナが揃って様子を見に来て何も言わずに昼寝に戻っていったので、レウコスとセダムも動き出して、店番にセダムとアンドレイを残して宿に移動した。


「レウコス、お風呂連れて行ってあげて。ボクは着れそうな服見繕ってくるから」

「はいはーい。髪もそろえる?整えるだけで見違えるでしょ」

「その辺は本人の希望を聞いておくれ」

「了解」


 サシャの作った料理を黙々と食べているギーネを眺めながら、レウコスはチグサを見送った。

 レウコスもチグサに拾われてとりあえず宿で風呂に入らされたので、今回もそうだろうとは思っていたのだ。


 その後風呂に入れられたギーネはそのままレウコスに髪を切られ、風呂から上がる頃には綺麗になって別人のようになっていた。

 その状態でとりあえず、とおいてあった服を着せられて、サイズの合った服を探すために服屋に連れていかれることになった。


 服は仕入れもするので知り合いの店があるのだ。

 そこに行って店の店主に合いそうな服を持ってきてもらい、着替えも含めて用意する。


「細いからこれだとちょっと大きいねぇ」

「中に何か着る?襟シャツとかどう?」

「飾り付けていい?」

「レウコスは後で本人に聞きな」

「ギーネ服に飾り付けていい?」

「後でって言ったでしょうに」


 やいのやいの言いながら服を選んでいるチグサと服屋の店主に、ギーネは驚いて固まっていた。

 そんなギーネに横から襟に飾りをつけたいらしいレウコスが話かけており、この場は中々に混迷としている。

 ともかくこうしてギーネはアジサシの馬車に乗ることになり、移動中の暇な時間にチグサからあれこれと知識を詰め込まれることになるのだった。

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