追憶:サシャ
アジサシが移動型万能店として活動し始めて一年ほどが経ち、だんだんと名前が知れ渡り始めた頃の事。
有名になるにつれて、アジサシの元には色々な情報が集まるようになってきていた。
助けを求める声なども聞こえるようになってきて、勝手に集まる情報の他に、それらを精査するための情報収集に力を入れるようになってきた時期でもあった。
「んなぁーぉ」
にゃぁ にゃーぅ うなぁーん に まぅ
街に住んでいる猫たちが集まって、アジサシの茶トラ猫ことカタリナと賑やかに話をしている。
獣人は同種の動物と話が出来るのだ。カタリナは猫獣人なので猫と会話ができ、アジサシの中でも特殊な情報網を持っているのである。
「どうだい?」
「ほんとみたい。行く?」
「そうだね、無理をする気はないけれど、無理そうな人数でもないみたいだし」
「うい、じゃあ移動の準備する」
「頼んだよ」
今回は、とある村で外に働きに出た若者たちが戻ってこない、と相談を受けたのが始まりだった。
ちょうど暇だったこともあり調べてみたら、どうやら人攫いがこのあたりに潜んでいるらしいという話になり、その根城やら何やらの情報が正しいのかを確かめていたのだ。
善意と正義感だけで動くほど善人でもないが、こちらに損害無くどうにか出来るならどうにかするか、と思う程度には人の心もある。
なので、今回は手を出していくことにした。
ちょうど暇だし、というなんとも雑な理由もある。助けに行くのだから、理由は何でもいいだろう。
「アンドレーイ」
「はいはい、準備は出来てる」
「流石。じゃあ行こうか」
チグサが興味を持った時点でこうなる予感はしていたので、アジサシの面々は既に準備を終えていた。
アジサシの行き先は大体チグサの興味で決まるのだ。何度もやっていれば、誰でも流れを把握して準備をするくらいには慣れるものである。
スムーズに出発準備を整えて、アジサシの馬車は動き出した。
人攫いの拠点には夕方に到着した。そこからカタリナの索敵によって中の人数を把握し、エリオットとセダムとアンドレイが拠点の制圧に行くことになった。
アンドレイは最近暇な時間で魔法陣の勉強を始めた結果、戦力として連れて行かれがちである。
馬車にはチグサとカタリナ、レウコスが残り、基本的には身を潜めて待つことになる。
こちらにはニムとルムも居るので、いざとなれば逃げられる姿勢だ。
最近暇な時間に魔法の練習をし始めたチグサと獣人の身体能力でその気になれば多少は戦えるカタリナがいるので、そこまで危険はない。
なので馬車の方は気にせずに拠点に侵入し、見張りを倒して堂々と進む。
侵入してすぐにアンドレイが別行動で村人が捕らわれている部屋の把握へ行ったので、エリオットとセダムは合流を待ちながら人攫いを倒しておくことにした。
アンドレイが戻ってくるまでにそう時間はかからず、人攫いも大して強くも無ければ人数がとても多いわけでもないので、夜明けまでに片が付いた。
アンドレイとエリオットが人攫いを縛り上げて村人を開放している間にセダムが馬車に残った三人を呼びに行き、今回の件はこれで終わり……の、予定だった。
村人たちに自力で帰れるかと聞いて、縛り上げた人攫いを町の警備隊にでも受け渡して……と後処理を考えていた中で、レウコスがチグサを呼びに来た。
何か問題でもあったかとついて行ってみたら、向かった先には一人の女性がいた。
「どうしたんだい?」
「村人は同じ村の人たちで纏まって帰るって話になったんだけど……」
「あ、あたし、帰るところなんてない。攫われたんじゃなくて、売られたから」
「なるほどー?」
なら、また別の対応が必要そうだ。
帰る場所が無いという人に出会うのも、別に初めてではない。
そういう場合、基本的には適性を見て知り合いの誰かの所に連れて行くのだが、今回はチグサの様子が違った。
何かを考えるように座っている女性を眺めて、カタリナを呼び寄せる。
どうしたんだろうかとレウコスが考えている間にカタリナが来て、レウコスの影に隠れるように様子を窺い始める。
そして、その後チグサの影に移動した。
「君、何か得意なことはある?」
「得意……?料理なら、出来るけど」
「よし、帰るところが無いならうちの馬車に乗るといい」
「えっ?」
「アンドレイさーん。団長が人増やすってー」
なんか知らんが団長のセンサーに引っかかったらしい、と考えるのを後回しにして、レウコスはとりあえずアンドレイを呼んだ。
困ったらアンドレイ、チグサがなんかやったらアンドレイ。それがアジサシの教えである。
呼ばれて駆け付けたアンドレイがとりあえずチグサの頭を掴んで状況を説明させているので、レウコスはとりあえず混乱で固まっている女性にアジサシの説明をして、ついでに自己紹介もしておいた。
アジサシ内で初期からずっと改善点として上がりつつも、何だかんだそのままにされてたのが料理面である。なので、もし乗ってくれるのなら有難い。
そんな説明をして、ひとまず後始末をしに街まで行くことにした。
加入云々は後でのんびり話せばいいということになったのだが、最終的にはすぐにアジサシに加わることになった。
野営で美味しい食事が食べられる幸福に気付いてしまったアジサシ団員が総出で勧誘した結果である。
最後の一押しは、膝の上でくつろぐカタリナだった。やはり猫は強いのだ。




