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追憶:アンドレイ

 がやがやと賑わう街の中心から、少し離れた所。

 旅人はあまり近付かない治安のそれほど良くないところで、少女はその男に声を掛けた。


「死ぬつもりなら、その命ボクにくれないかい?」


 改めて考えてみるととんでもない第一声だ、というのは、チグサとアンドレイ双方が思っている事だ。

 けれど、そんなとんでもない第一声だったからアンドレイは見知らぬ少女の方を振り返った。

 こんな治安のよくない所にいるにはふさわしくない、綺麗な服と整えられた髪。少女らしい丸みの残る輪郭に似合わない、鋭い光の宿った目。


「あんたに渡してどうなる」

「さぁ?それはこれから過ごしてみないと分からない」

「……何をする気だ?」

「旅商人」


 呆れてため息を吐いたアンドレイを気にした様子も無く、チグサは笑って見せた。

 今を基準にすると、まだまだ粗の目立つ笑い方だ。それでも歳不相応に商人らしい笑みだった。

 アンドレイがチグサの誘いに頷いた理由など、大したものは無い。ただ、少女の瞳に目を惹かれてしまったから、それだけだ。それだけで差し出せるくらいには、軽い命だったのだ。




 チグサがアンドレイを拾って、自己紹介と宿の部屋確保と食事を終えた後、まず行ったのは馬喰の所だった。

 馬車も無ければ馬もいない、何もない状態でチグサはアンドレイを道連れにしたのである。


 これには流石にアンドレイも驚いた。あんなにも商人の顔をしていたくせに、まだ何も始めていないとは思っていなかったのだ。

 せめてここまでの道中で売買した品くらいはあるだろうと思っていたのに、それすらなかったのだ。


「多少の経験はあるもんだと思ってたぞ……」

「多少で良いなら、経験はあるよ。両親が旅商人だった」

「親は?」

「死んだ。件の流行り病だよ」

「あぁ……なるほど」


 少し前まで、世界のかなりの範囲で広まっていた病がある。

 掛かったら絶対に死ぬ、なんてものではなかったが、弱ったところに駄目押しの一手を食らって死んでいった者も多かった。

 そして、身内の不幸に心をやられて回復出来ない者も多かった。


「……お前幾つだ?」

「十五」

「見えねぇなぁ……いや、見た目はまぁ、そんくらいだけどよ」

「親について回って、色々見てきたからね。……さて、良い馬はいるかなー」


 話を雑に切り上げて、チグサは馬を見て回り始めた。

 その後ろを付いて行きながら、アンドレイはチグサを観察することにした。

 行動、所作の一つ一つが丁寧だ。しっかりと教育を受けているし、人に見られている事を意識している。見られることに慣れている。


 そして、親の死を引き摺っていない。両親を同時に無くしたのなら、もっと心細く思っても良さそうなものだが、強がりでも何でもなく割り切っている。

 よく分からん、と結論付けて、アンドレイは考える事を放棄した。

 もう手を取ってしまった後なのだから、詳しい事は今後暇な時に考えればいいのである。


「……アンドレイ!」

「なんだよ急に大声出して」

「あの子たちがいい、あの子たちにしよう!」

「子たちって……まさか二頭も買うのか?そんな金あるのかよ」

「多分ギリギリだ。全力で交渉しようね」

「なんでそこまでして二頭買おうとするんだよ……」


 前を歩いていたチグサが急に腕を掴んで来たと思ったら、そのままの勢いで馬喰と馬の値段について交渉を始めた。

 交渉にも慣れているらしい、と気付いたついでに、どうしても馬を二頭揃いで欲しいらしいという事にも気が付いた。


 チグサが見ていたのはよく似た栗毛の馬二頭で、アンドレイからするとどこをそんなに気に入ったのか分からないのだが、それでもチグサの熱量に押されて何も言えぬまま、とりあえず交渉を見守る。

 馬喰を丸め込んだチグサの勝利に終わったようで、苦笑いの馬喰とほくほく顔のチグサの対比に思い切り笑わせて貰った。


「で、なんで二頭だったんだ?」

「馬喰との会話は聞いてたかい?」

「半分くらいは。で、なんでこいつら?」

「そうだな……よし、早速外に行こう」

「先に多少の説明くらいしろよ……」


 馬喰との会話で、この馬たちが二頭一緒に扱わないと暴れて手が付けられなくなる、というのは聞いていた。馬喰が言う前にそれを言い当てたチグサが、二頭まとめて買うから値引けと交渉していたから、それはもうしっかりと聞いていた。


 けれど、別に無理してこの二頭を買わずとも、別の馬を一頭買ったらそれでいいのではないかと思ったのだ。

 何せこれから、何かと物入りになるはずだ。今無理して二頭買うのには相応の理由が必要だろう。


 そう思っていたアンドレイは、機嫌よく馬を連れて歩いて行くチグサの後を追いながら、とりあえずため息を吐いた。

 考えがあるのならさっさと教えてくれればいいものを、一つも説明を寄こさないのだ。


「どこまで行くんだー」

「もう少し。そこの森の中に少し開けた場所があるから、そこにしよう」


 見た方が早い、と言い切って説明を放棄したチグサは、目的地だった森の一角でようやくアンドレイを振り返った。

 そして、それはそれは見事なドヤ顔で馬たちの足環を外し、その毛並みが変わるさまを自慢するように見せびらかした後、自分も見惚れていた。今考えるとバカな流れである。


 そんなバカな流れで、アジサシは始まった。

 アンドレイがチグサのオリジナルスキルについての詳しい説明を受けたのはそれからしばらく経った後で、それまでは両親から習ったという目利きがやたらと得意なのだという認識だった。


 ちなみに、本来の能力値を考えれば破格だったとはいえ馬を二頭も買った結果アジサシ最初期の財政は中々厳しく、しばらくは荷馬車も無い状態での行商になった。

 馬二頭と人二人だったので、鞍を付けて馬に乗って移動してたのである。

 これはアンドレイとチグサしか知らない、一番最初の記憶だ。

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