26,生きた分だけ
アジサシの馬車がムスペルに到着すると、すぐに人が寄ってくる。
けれどもそれに断りを入れて、馬車を止めることなく夢宮、夢魔族の住む施設のある一角へと馬車を進めて行った。
ここに来るまでの話し合いで、後々の面倒を回避するために通常通り店も開けて、アンドレイと他数人だけで夢魔族の元へ行くという案もあったのだけれど、それはそれで面倒くさそうだったので全員で馬車に乗ったまま行くことにしたのだ。
後々の面倒事は全て目覚めた後のチグサにどうにかしてもらう事とする。何せ彼女が引き起こした面倒事なので。
そのあたりはきっと、文句も言わずにやるだろうという確信がアンドレイにはあった。
これでも長い付き合いなので、お互いの考えくらい読めるのだ。
なんて考えている間に馬車は進み、大通りと違い静かな一角へと入っていた。
そのまましばらく進んで行くと、大きな建物が見えてくる。それが夢宮だ。
入口が見えてきたので馬車の速度を落として、ゆっくりと門番に近付く。
「アジサシの皆さまですね?」
「……はい」
「どうぞ中へ。トクティラ様がお待ちです」
言われた言葉に、アジサシの面々は顔を見合わせた。
夢宮の中は、どこか浮世離れした、落ち着かない雰囲気が満ちている。
それこそ、夢の中にでも居るかのようだ。
そんな夢宮の中をチグサを背負って進み、最奥にいる夢魔族の元へ向かう。
何故かは知らないが、既にこちらの来訪は知っているようなので遠慮はいらないだろう。
起きているのか、という期待を持ちつつ進んだ先には、円形の巨大な寝台の上で目を閉じて横たわる美しい男が居た。
「起きてるわけじゃないのか」
「この人が……ムスペルの夢魔、ですか?」
「そう。十何年か前に、この人の頼みで物を探したことがある」
あの時から寸分も変わっていない寝顔を見て、アンドレイは小さくため息を吐いた。
そして、寝台の傍にあるソファにチグサを転がす。起きているなら話も早かったのだが、寝ているのならばまたここからどうするのかを考えないといけない。
ここに踏み入れられている時点で、連れて来たことに間違いはないのだろう。
と、考えていたら。
微かな衣擦れの音がして、皴ひとつ無かった寝台のシーツがズレた。
振り返ると、上半身を起こしたムスペルの夢魔、トクティラと目が合う。
「やぁ、こんにちは?」
「どうも。来た理由は、もう知ってるみたいだね?」
「大まかには、ね。こちらに寝かせてくれる?」
アンドレイとトクティラの顔を交互に見ていたコリンが、言われてすぐにチグサの身体を寝台へと移動させた。
ついでに、ギーネが布で包んだ例の魔道具を横から差し出している。
素手で触ったところで特に害も無いのだが、まぁ一応、ということで布に包んでおいたのだ。
流れるようにチグサの腹の上に置かれた魔道具の布を取り払って、トクティラが花のような形の魔道具を手に取った。
何かを確かめるように触れて、チグサの腹の上に戻す。そこが定位置になったらしい。
「この子は今……夢を見ているみたいだ」
「夢?」
「そう。己のこれまでを、見返している」
アンドレイの外套を潜り抜けて、カタリナが寝台に半分身体を乗り上げた。そしてチグサの頬をつついている。
どこか緊張気味だったギーネとコリンがそれを見て肩の力を抜いたので、カタリナは好きにさせておく。この茶トラ猫が好き勝手にしたところでここの主は怒らない。
「起きるまでに、どれくらいかかる?」
「……今のままだと、これまで生きた分だけ」
「団長今何歳?」
「今年……三十五」
「三十五年寝たままはちょっと」
見た目で言えば十代後半くらいにしか見えないが、チグサもそこそこ歳は重ねた大人である。
なにせもうそこそこ長くアジサシの団長をやっているのだから、その分だけの歳は取る。
もうアジサシの十代はコリンしかいないのである。平均年齢はそこそこ高めだ。
「どうにか出来ないかい?」
「そう、だね……終わりは、どうにでもなるかな。今この場所を見せられればいい。問題は、中間。あまり空白が多くてもいけない」
するり、とトクティラの長い指がチグサの前髪を攫う。
露わになった額を、カタリナがつつき始めた。
「間は、うん。君たちで埋めよう」
「俺たちで?」
「そう。八人分の出会いがあれば、隙間も十分埋まるだろうから」
古い順に、と言われて、流れるようにアンドレイが押し出される。
押し出されなくても横にいたのだから、意味も無く押すな、とアンドレイは振り返ってセダムを睨んだ。
それも笑って流されて、チグサの横に身体を横たえる。
やたらとでかい寝台なので、三人も乗っているのにまだ余裕はありそうだ。
カタリナはチグサとアンドレイの間でぐーっと伸びをして、邪魔にならない場所まで移動していった。
「で、どうしたら?」
「目を瞑って。あとは、私が誘導しよう」
言われるがままに目を瞑り、魔力の流れに身を任せる。
すると、まるで意識を持ったまま眠るかのように、脱力する身体を知覚した。




