16,取ってこようか?
リコリスの建物の中、店のカウンターに置かれた椅子に腰かけて、チグサは出されたお茶を飲む。
向かい側にはアオイが座っていて、同じようにお茶を飲んでいる。
その横には、真っ白な髪に黄金色の目をした可愛らしい少女が座っている。相変わらず、若干の警戒心を感じるのは仕方のない事なんだろうか。
「セルリアちゃんはまたちょっと大きくなったかい」
「そうですねぇ、成長期ですかね。十歳って成長期ですかね?」
「十歳なら……ちょうどそうじゃないかい?」
お互いよく覚えていない事なので、首を傾げつつ多分そうだろう、と結論を出す。まぁ、子供なんてずっと成長期みたいなものだろう。
目の前の友人の元で数年前から暮らしている少女は、今回もアジサシから本を買っているようだ。
選んでいる本はあの歳の子が読むには難解な気もするけれど、その辺はこちらから口を出すことでもないので特に何も言わないでおく。
「アオイちゃんは、今は何を作っているんだい?」
「急ぎは特にないので、なんとなーく気になったことを試してるだけですねぇ」
「君のその思い付きで一体いくつの薬が作られたんだろうねぇ」
「ははは、そんなに作ってないですよ。依頼されて作ったのがほとんどなので」
きゃらきゃらと楽しそうに笑って言うアオイに、チグサも釣られて笑う。
アオイ・キャラウェイ。彼女はこの世界の薬師の頂点に立つ者だ。
この迷いの森の奥にある薬屋にまで辿り着けた者に依頼され、あらゆる薬を作っている。
「アジサシはどこに行ってたんですか?ガッペングレーって第五大陸でしたっけ」
「そうだよ、第五大陸の奥地の方へ行っていたんだ。……あ、流星鱗いるかい?」
「そんなに気軽に言うもんじゃないですよね!?」
叫んだアオイに反応がいいなぁと笑って、チグサは懐からメモを取り出した。こうして話していると忘れそうになるので、早めに今回こちらが買いたい薬だけは伝えておかなければいけないのだ。
メモを渡すと軽く確認した後流れるように横に居た白髪の少女、彼女の右腕であるコガネへとそれが渡されて、確認の為かコガネは隣の部屋へ去って行った。
「あ、そうだ。私もあれば買いたい素材がありまして……」
「おや、どれだい?」
アオイが欲しがるのはいつだって珍しい素材なので、アジサシにも積んであるかどうかは分からない。
基本的な薬の素材は薬屋リコリスの敷地内で育てられているので、普段は使わない、それでいて街の素材屋には売っていないものをアジサシで探すのだ。
「スキュシ鉱石なんですけど、ありますかね」
「んー……どうだったかな、確認してこよう」
彼女が求めるということは薬の材料ということになるが、とても薬の材料になるとは思えない物の名前が出てきた。
まぁ、それもいつもの事だ。アオイが作る薬は大抵人の理解の域を超えているので、深く考えても意味はない。
そのくらい出来ないと最上位薬師なんて座には付けないのだろう。
「おーい、ギーネ」
「はーい。どうしたの団長」
建物から出てアジサシ馬車に近付き、いつも通りカウンターの内側に座っているギーネに声を掛ける。
そのままカウンター越しに在庫の有無を問うと、緩やかに首を振られた。
「在庫無いよ、去年売りきって以降補充してない」
「あら、そうかい」
あった気がしたのは古い記憶だったようだ。
希少な素材は基本的に「前に採取したことがあるはず」という所で記憶が止まるので、売ったかどうかを覚えていないのが問題なのだろう。
分かってはいるけれど、直らない癖だ。まぁ在庫確認はすぐに出来るので問題はないが。
「取ってこようか?次に行く場所も決まっていないからね」
「あ、じゃあお願いしても良いですか?」
「勿論」
依頼を受けて素材の採集に向かうのも、アジサシの基本業務の一つなので問題はない。
ついでに在庫を増やそうと考えながらギーネに次の目的地を伝えると、家の方からコガネが出てきた。
「在庫、一箱ならあるけど、それ以上は作らないといけないかな」
「なるほど……なら、スキュシ鉱石を取ってきた帰りに積もうかな。お願いしてもいいかい?」
「はーい、作って待ってますね」
予定が決まったので、手を叩いてアジサシ団員を集める。
馬たちはリコリスの敷地の中を散歩しているようで、その背に見慣れた姿が乗っているので声はかけないでおいた。昔一時アオイをアジサシ馬車に乗せたことがあるのだが、その頃から彼女のお供と馬たちは仲が良いのだ。
わざわざ邪魔はしなくていいだろう。きっと聞こえているし、そもそも彼らはどこに行くにも文句は言わずに馬車を引いてくれる。
そんなわけで団員を集めて、チグサは次の目的地を声に出した。
「第六大陸、霊氷山に行くよ」
普段ならリコリスに来た時は一泊していくのだが、今回は早々に目的地が決まったこともあり宿泊はしないと全員が察したらしい。
馬車を再度移動形態へと変化させて、各々出発準備をし始める。
その素早い動きを見ていたアオイがおわぁ~と緩い感性を上げているので、チグサはその頭に手を置いた。
かなり小柄なチグサがこうして簡単に頭を撫でられるくらいしか身長差が無い相手と言うのは、かなり貴重だ。アオイが出会った頃からあまり体躯が変わらずに嬉しく思っているのは、チグサの中だけの秘密である。
「じゃ、行ってくるね」
「はい、お願いします。薬とモエギのご飯を用意して待ってますね」
「楽しみにしてるよ」
笑って、チグサは馬車へ乗り込んだ。
前の方へ移動するとカタリナが馬たちに牽引用のハーネスをつけ終えて御者台に座ったところだった。
見送ってくれるアオイとコガネ、そしてセルリアに手を振って、アジサシは再び空へと舞い上がった。




