13,天体観測だ
アジサシが野営を始めて数日が経ち、各自好きに過ごしていた昼過ぎ。
チグサはいつも通り馬車一階の屋根の上で昼寝をしていたところを、飛んできた魔力に起こされた。
攻撃ではなく、自分を呼び付けているのであろう魔力だ。
魔力の主には覚えがあるが、滅多にやって来ない事なので少し驚きながら体を起こし、馬車の淵に移動して下を見る。
そこには、真っ黒な毛並みの馬がこちらを見上げて佇んでいた。
「どうしたんだいニム」
声を掛けると、ニムは嘶いて身を翻す。
ついてこい、という事らしいので、屋根から地面に飛び降りて髪を纏めながら真っ黒な尻尾を追いかけた。
背中に乗れと言ってこないのは、急ぎのようではないからだ。
そんなことを考えながら髪を纏め終わって歩く速度を上げ、それに合わせて速度を上げたニムを追うと、美しい湖が見えてくる。
特別冷え込む時期には氷が張ることもある湖だが、今はそんなことも無く、寒さに強い人なら泳いで楽しめるだろう場所だ。
ここは馬たちのお気に入りの場所で、カタリナにねだって連れて来てもらうことも多い場所のはず。
「カタリナとルムがどこかに居るんだね?」
たてがみを撫でながら問えば、肯定するような呼吸が返ってくる。
どこかで寝ているのか、遊んでいるのか。
恐らく風邪を引く前に回収してくれと言いたいのだろうから、水辺を探すのが良さそうだ。
のんびり湖の周りを歩いて行くと、木陰になっているところに真っ白な馬が見えた。
まず寝ているルムに身体を預けて寝ているカタリナを見つけ、次にその間に丸まっている青みがかった白色の毛玉を見つけ、なるほどと声が漏れる。
「確かに、放って置いたら風邪を引きそうだ」
歩き寄って毛玉を退けると、それを日向の方に投げる。
あれはイヴェワコという魔獣で、触れている物の熱を奪うという性質を持っている。
急激に奪われるわけではないけれど、寝ている間に触れられ続けるとかなり身体が冷えるので、ただでさえ冷え込むこの土地ではなるべく遠ざける方がいい。
「カタリナ、起きて」
「……ん、ごはん?」
「いや、まだ昼だけれどね。イヴェワコが寄ってきているから、馬車まで戻ろう」
「うい……ふぁ……」
カタリナが起きるとルムも起きて首を持ち上げたので、そのまま皆揃って馬車まで戻る。
イヴェワコは周りに熱を奪えるものが無いと凍えてしまうから、ニムが見つけてすぐに弾き飛ばさなかったのは優しさだろう。
それはそれとして自分の相方と世話係に風邪を引かせる気も無かったから、チグサを呼びに行く間だけは許してやろうと、まぁそんな思考だったのだろうなぁ、とチグサはのんびり考える。
まだ眠そうなルムが逸れないように傍に寄り添っているニムを見て、思わずちょっと笑いが零れた。
「……ごめん、何でもないから睨まないでよ」
「団長がニムに怒られてる」
「いつまで経っても勝てないねぇ」
ルムとニムはチグサを選んではくれたが、どちらかと言うと向こうが上の関係性はずっと最初から変わらない。
多分彼らの中でのチグサはいつまで経っても世話の焼ける小娘なのだろう。
カタリナは馬たちの世話と御者の腕を見込まれてアジサシに乗った分、チグサより頼りにされている。
別に文句はないけれど、少しだけ悲しくはある。いつまで私は小娘なんだろうか、と考えながら戻って来た馬車は、なんだか賑やかになっていた。
「あ、団長戻って来た」
「どうしたんだい?」
「流星龍の予兆出てるよ。今日あたりから空見てないと」
「おや、本当かい?……本当だ。仕掛けはもう撒いてあるよね?」
「終わってるよ」
どうやら今回の目的の相手が早くもお出ましらしい。
まだ予兆だけだが、予想より少し早いことに変わりは無く、こういうことがあるから待機期間は長めになるんだよなぁと内心でぼやく。
この予想との誤差で逃した素材がいくつかあるので、こういうことがあるとより一層待機開始が早まって行くのだ。
「よし、なら今日は全員で天体観測だ」
「昼の見張りは?」
「ルムとニムがするって」
「ならいいか。火消すか?」
「いや、前に消さなくても見えたし大丈夫だろう」
慌ただしく進んで行く支度は日が沈む前には終わり、夕食を食べながら満天の星空を見上げてのんびり雑談に興じる。
夜が更けるごとに眠そうな団員が増えて行き、全員で天体観測だと言いはしたがコリンとサシャとセダムが寝落ち、レウコスも大分眠そうになってきた。
「今日は来なさそうだし、寝たっていいよ?」
「明日以降起きてる時間もあるから……」
寒さ対策に包まっている暖かそうなブランケットも眠気を誘う原因だろうけど、その辺は言ったらいけないんだろう。
どうにか頑張るレウコスに眠気覚ましのお茶なんかを渡したりして、その日はそのまま朝になった。
朝日が昇るのと同時にレウコスが眠りにつき、しばらくしてサシャが目を覚まして寝落ちたことを謝りつつ食事の支度を始める。
それを見つつチグサが眠り、まだ起きていた面々は空腹を満たしてから眠り、あと数日は続くであろう長い夜に向けての休憩時間が始まった。




