11,しばらく野営だ
モーショボーにはもう一日滞在することになり、二日目はチグサもアジサシ馬車に残って店番をすることになっていた。
というのも、鑑定の依頼が何件か来ていると探索に出ようとするチグサをギーネが止めたのだ。
アジサシは移動型万能店なんて大層な名前を名乗っている関係上、物を売るだけでなくその技術を求められることも多い。
チグサの元に舞い込むのは大抵鑑定依頼で、昨日来た分でギーネが分かる物は既に鑑定して返したそうだが、分からなかった物は明日来てくれと言ってあるらしい。
そう言われてしまえば店の仕事をするしかないので、チグサはアジサシ馬車の入口横に椅子を出して鑑定依頼を受け付けることになった。
わざわざチグサの所に鑑定品を持ってくるお客というのは、アジサシに興味がある客だったり粗探しをしようとする悪客だったり、鑑定結果に文句をつけてアジサシの評判を落とそうとする輩だったりと色々面倒なのだが、まぁ文句は言っていられない。
そもそも普通、物の鑑定なんてのはギルドに頼めば済む話なのだ。
なので、先ほど挙げた面倒な客の他にギルドで鑑定結果が出なかった面倒な物も持ち込まれることがある。
「何かあったらよろしく頼むよ」
「おう。任せろ」
面倒事を回避するためにエリオットがすぐ後ろに待機しているので、一声かけてから目の前に机を用意する。
そこに鑑定受付、と彫られた板を置けば、すぐに物を抱えた人がやって来た。
最初のお客は他で鑑定結果が出なくて困っただけだったので特に問題は無く、そこから数人も大した問題は無く、迷惑な客はエリオットが追い払ってくれるので何とも平和な時間が過ぎていく。
少しばかり困ったのは、冒険者らしい少女が持ってきた物を見た時だ。
「うーん……残念ながら、ボクじゃ分からないな」
「わー……そっかぁ……」
「すまないね、お役に立てなくて」
「いえ!ギルドでも駄目だったから、駄目かなーとは思ってたんです!」
目の奥がちりつくのを無視しながら、買い取りも出来る、と少女に伝える。
持っていても仕方ないからと売ることにしたらしい少女に詳どこで見つかった物かを詳しく聞きながら、再度その小さな置物を観察してざっくり値段を付けた。
「ありがとうございました!」
「いえいえ、今後もどうぞご贔屓に」
頭を下げて去って行った少女に手を振って、買い取った置物を馬車の中に置きに行く。
そのついでに馬車の二階でのんびりくつろいでいるカタリナの様子を確認して、二階の少しだけ床を高くしてある部分で丸まって寝ていたので声はかけずに下に降りた。
「カタリナが団子になってた」
「あぁ……まぁ昼寝の時間だなぁ」
ちょうど日差しの当たる位置、ぽかぽかの陽気に抗うことは出来なかったのだろう。
エリオットとそんな話をしながら店のカウンターに並ぶお客を捌いているギーネを眺め、一瞬目くばせで手伝えと言われたので肩をくすめて馬車の中に戻った。
「さて、何をお探しかな?」
ギーネの横に腰を下ろしてお客に声を掛け、次の鑑定依頼が来るまでは店番に専念する。
元々アジサシの店番はチグサの仕事で、ギーネが馬車に乗ってからは徐々にギーネに任せるようになったのだ。今ではすっかり任せきりだが、ギーネからは少し不満げな目が向けられることも多い。
まぁ、その気になればアジサシは全員店番くらい出来るのだが、こうもお客が流れ込んでくるとチグサとギーネ以外はカウンターに寄りつかない。
二人いればどうにかなるから、と他の面々は言うが、明らかに目が合わないので逃げているのは明白だ。
そんなことを考えつつお客に頼まれた物を棚から引っ張り出し、カウンターに置く。
順調に人が捌けてはいったが、それでも次から次へ人が来るので、なかなか大変な一日だった。
そんなモーショボーを出て第一大陸の他の国も巡り、アジサシ馬車は現在第五大陸にやってきていた。
第一大陸と第五大陸は間を海に遮られてはいるが隣り合っており、その間を結ぶ船も多い。
アジサシは毎度空を飛んで大陸間を越えるが、馬車でなくても熟練の魔法使いは飛んで渡れるらしいくらいの距離感だ。
第五大陸について地に足を付けたのは、人が立ち入らない奥地と呼ばれる高い山の連なる場所の一角。
人の寄り付かない場所ではあるが、アジサシとしてはそれなりに馴染みのある土地だ。
カタリナとエリオットはこういう人の来ない場所の方がくつろげるから、秘境にやたらと立ち寄るのが一部にしか知られていないアジサシの特徴でもあるので。
「さて……カタリナ、大丈夫そうかな?」
「……ん。何回も来てるから、向こうも慣れてる」
「じゃあここでしばらく野営だ。あぁ、ルム、ニム、ちょっと待って」
予定が決まった途端ハーネスを外せと主張してくる馬たちに寄って行き、牽引用ハーネスを外す。
軽く跳ねるように歩き出した馬たちはカタリナが見ておいてくれるらしいので、残りの八人でさっさと野営の支度をすることにした。
ここでしばらく、長ければひと月ほどのんびり過ごすことになるので、それなりにしっかりとした準備が必要なのだ。