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10,裏切ったなコリン

 外海から第一大陸に入り、地上に降りて馬たちに足飾りをつける。

 純白と漆黒が愛らしい栗毛になったのを確かめて馬車に乗り直し、ここから陸路を進んで行く。


「お、レウコスが薄着だ。第一大陸に来たって感じがするね」

「何その判断基準」


 呆れたように笑ったレウコスは着ていた上着を脱いで箱の上に乗せている。

 細工師であるレウコスは、普段少しでも手先が冷えると動きが鈍るから、と上着を羽織っていることが多い。まぁ、単に寒がりなのもあるのだろうが。


 そんなレウコスが上着を脱ぐくらいには、第一大陸は暖かい。

 他の大陸と比べると非常に高い魔力量と、温暖な気候。そしてやたら滅多に多い魔獣や魔物。それが第一大陸の特徴だ。


 もう一つ、最たる特徴が大陸の端の方にあるが、そっちは一旦置いておく。

 二階に上がって窓の方に歩いて行くと、窓枠に腰かけていたアンドレイに呆れた目を向けられた。


「団長、第一大陸にいる間は屋根で寝るなっていつも言っているだろう」

「わざわざ待ち伏せしてるなんて、暇なのかいアンドレイ」


 止められてしまったので仕方なくアンドレイの足元に腰を下ろし、渡された地図を確認する。

 アンドレイが指さした位置が今いる場所だろうから、思ったよりも進んでいるようだ。

 今日の昼には着くかな?なんて思いつつ地図を返して、ついでに買い物のリストをアンドレイに渡しておく。


「ん?俺が行くか?」

「うん。ちょっと見たいものがあるから」

「了解」


 基本的に仕入れ何かはチグサが行くが、アンドレイに任せてしまっても問題は無いので、今回は頼むことにした。

 チグサが仕入れに出ない時は、大体国の中を見て回っている。


 どこに行っているのかアジサシ団員にも伝えずにフラフラしているのだが、皆慣れているので行ってくると一声かければそれでおしまいだ。

 緊急時には連絡が取れるようにもなっているし、よほどのことが無ければ呼び戻されることもない。


「さて……つく前に着替えてしまおうかな」

「はいはい、じゃあ指示は出しとく」

「頼んだよ」


 一階へ降りて行ったアンドレイの背中を見送って、チグサは個人のクローゼットを開けた。

 その中に納まっている、普段は絶対に着ない可愛らしいワンピースに着替えて髪を解けば、アジサシ団長とは別人に見える、というチグサのお忍びスタイルである。


 靴は降りてから履き替えよう、と手に持って梯子を下りると、すぐにサシャが寄ってきた。

 逃げようと試みたが、広いとはいえ馬車の中。


「サシャ、あのね、別人に見えさえすればいいんだよ」

「可愛くしたって問題ないでしょ」

「無いけどね、必要もないんだよ」


 サシャの手には髪飾りと櫛が握られており、捕まったら長いことを知っているからチグサはどうにか逃げようとする。

 しかし行く手をコリンに塞がれて、いよいよ逃げることは出来なくなった。


「くそ、裏切ったなコリン!」

「夕飯はお肉ですよ団長!」

「簡単に買収されおって!」


 言い合っている間にチグサはサシャに捕まり、なすすべなく下ろしただけの髪を弄られる。

 こうして髪を弄れるほど長いのがチグサくらいで、次に長いのがサシャ。アンドレイの髪はギリギリ上半分が結べるくらい、他は皆結べない長さなので、遊ばれるのは大抵チグサだ。


 遊ばれる心配のないコリンが夕飯で買収され、装飾は大体好きなレウコスが寄ってきたらもうどうにもならない。

 アンドレイが笑いながらこっちを見ているのでそちらを睨んでおいて、チグサは早くモーショボーに着くことを願うのだった。




 馬車がモーショボーの中に入ったので、チグサは化粧までやろうとするサシャとレウコスから逃げるように馬車を降りた。

 最後まで笑って助けてくれなかったアンドレイには後で文句を言うことにして、人混みに紛れて大通りを歩く。


 モーショボーは第一大陸で最も第二大陸に近い国で、土地の魔力が高く魔獣や魔物などの脅威が多いせいで街や村がない第一大陸の特性上、多くの旅人が立ち寄る国だ。

 物も情報も多く流れ込んでくるから、少し離れていただけで見慣れない店が増える。


「やぁ、こんにちは?」

「お嬢ちゃんが来るような店じゃねぇよ」

「星の粉は役立ったかい?」

「お陰様で。上行きな」


 増えた店の間、細い路地の中を進んでさびれた階段に座っている男に声を掛ける。

 男が退いたら階段を上がり、錆びた扉を押し開けた。

 部屋の中は外装と違って丁寧に磨かれた上品な調度品が並んでいる。


「あら、こんにちは?」

「どうも、久しぶりだね」


 そんな部屋の中に一人、特別光も当たっていないのにキラキラと輝く髪を靡かせた女性が座っている。

 チグサの目の奥が、少しだけチリチリと違和感を発する。けれど無視できる程度の些細なものだ。


「また妙なものを見つけたのね」

「まぁね。分からなかったけれど、入用かい?」

「そうね、貰っておこうかしら」


 チグサが無言で机の上に置いたものを見て、女性は穏やかに微笑んだ。

 代わりとばかりに小瓶が机の上に現れて、チグサはそれをポケットにしまう。


「流星を楽しんでいらっしゃい」

「ありがとう。見られたら知らせに来るよ」

「楽しみにしているわ」


 笑い合って部屋を出ると、男が扉のすぐ前に居た。

 そのまま階段を降りるチグサについてきて、再び階段に座り込む。

 なんとも頼もしい魔女の下僕に手を振ってみたら、嫌そうな顔で追い払われた。


 その後いくつかの店やら知り合いの家やらを巡り、日が沈むころにチグサはアジサシの馬車が止まっている宿の前に戻ってくるのだった。

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