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99.あれから二年②

投稿が大変遅くなりまして申し訳ございません。今までにないくらい長文です。


※最初の投稿から大幅に加筆修正しています。

「今日だな。やっと………やっとだ。」

「泣くのはまだ早いです。まだこれからなんですから。」

 

 涙を浮かべて声を詰まらせる父親の肩に優しく手を置く息子は、言葉とは裏腹に妹の帰還を今か今かと心待ちにしていた。


 超難関任務遂行後、忽然と姿を消したエミリアは一枚のカードを自室に残していた。

 表には自筆で『しばらく旅に出ます』、裏には『青い花と悪魔の鳥』と他筆で記されていた。一見すると不可解なメッセージカードは、グランド一族であれば誰もが一度は目にした事がある代物であった。アリアナが任務で使用していたものであり、もとをたどればモネが作製したカードである。

 青い花はモネ、悪魔の鳥はクロウネ(ミレーナ)であり、互いの異名を記したカードには“表裏一体”という奥深い意味が隠されている。そして偽善者を許さない二人の想いも込められているのであった。


『人は善と悪の両方を持ち、己の弱さと悪を知り、認め受容してこそ、本当の善を知り得て、真の強者となる。さもなければ本当の善を知らない、ただの偽善者である。善と悪は表裏一体であり、常に心構えをせよ』


 エミリアがこのカードをアリアナから渡された時に伝えられた言葉。アリアナがモネから受け継いだ暗殺者の心構えであった。互いに互いが善人と悪人を貫き通したモネとクロウネは、カードに記されたように一心同体であり、きっと二人は真の強者であったに違いない。二人の生き様をあやかりたいエミリアは真の強者を目指すために、武者修行の旅に出たのであった。

 そして旅の途中で、オーウェンと約束を取り交わしたが故に、修行半ばでグランド家に帰還することとなる。


◇◇◇

 ライドはエミリアが旅立った後に、レンから自殺未遂の経緯を一部始終報告されていた。衝撃の報告内容に動転するライドは、もはや理性を失い殺意がむき出しになっていた。


『許さない!絶対に許さないからな!お前にリアは渡さない!何が王子だ!愛する人も守れなくて、この腰抜け野郎が!!』


 声を震わせながら怒鳴り声を上げるライドは、かつてないほど冷静さを欠き、心はズタズタに傷ついていた。それでも直ぐに平静を装い、『取り乱してすまない』とレンに謝罪はするものの、感情のない冷たい目を見ていると、レンは胸が抉られるような思いであった。同じく兄として妹弟を救えない事実はあまりにも辛く、さすがにこたえるものがある。

 ライドは内に秘めた荒れ狂う怒りが、そう簡単には治らなかった。けれど以前から、冷めた怒りの感情を心の奥に閉じ込めているライドは、さらけ出さないようにずっと我慢していたのだ。主君であるライオネルに憎悪を抱き、危うく牙を剥かないようにと常日頃から一定の距離を保ち、決して懐に入られないよう徹底した主従関係を貫いて、隠し持つ本性を明かさぬように努めていた。だがもはやそんな必要はないと思うほどに怒り心頭であった。どんなに最強で天才だと言われようが、たった一人の妹を守れなければ何も意味がない。己の無力さに腹が立ち、自己嫌悪に苛まれて悔し涙を流すライドは意気消沈していた。表情からして生気を失っているライドにレンは自分の抱いた感情を吐露する。エミリアを大切に思うが故の強い意思を伝えるのであった。


『二度とこのような事は起きてはいけません。今後またエミリア様が苦しむのであれば、あのお方から奪い取ってでも、私は一生大切にお守りしたいと思っております』


 ライドはレンの心意気に強く胸を打たれて目には涙を浮かべていた。エミリアの気持ちを十分に理解して覚悟を決めてくれているレンの想いが嬉しい反面、今直ぐには応えられない現状が申し訳なさすぎて却って心が痛み、ライオネルへの負の感情が増すのであった。


 一方で、クライシスとマリアンヌにもオーウェンから報告が上げられていた。二人はあらゆる手段を尽くして、エミリアを王太子妃として迎え入れる準備をしていたが、衝撃的な事実に愕然としてしまい仕事が手につかない。大泣きして王宮から去って行ったエミリアをひどく心配していたマリアンヌは、終いに嗚咽を漏らしながら自責の念に苛まれていた。


『必ず守るって、アリアナに約束したのに。元はと言えば私の考えが甘いからこんなことになったのよ。もっとライオネルにしつこく言って聞かせれば良かったの。想いを伝えることすら許されない関係だって、何度もアリアナに言われてわかっていたのに、私が止めないから、こんなことに。ごめんなさい、クライシス、やっぱり無理よ。あの子にはエミリアのすべてを背負う覚悟なんてない。だいたいエミリアのことをあの子は何も知らなすぎる。もしこれからすべてを知り、その上で共に背負って生きていくのよ。どう考えてもあの子では背負いきれないわ。あんなにもみっともなく泣いて、根性なしに育ったあの子には到底無理な話なのよ。せいぜいこの国に本来の姿で戻って来られるよう最善を尽くすことが、私たちがエミリアにできる最初で最後の償いだと思うわ。ライオネルには諦めてもらいます』


 涙ながらに心情を吐露するマリアンヌは、意見を述べてクライシスに同意を求める。沈痛な面持ちで頷き返すクライシスはオーウェンから渡された国軍辞職願の書類に承認せざるを得なかった。

 その後ライオネルが、バルツバーグ公爵令嬢キアラとの婚約を破棄、婚約者をエミリア以外望まない姿勢を貫いたことで、見兼ねたオーウェンは現状を踏まえた上で早々に打開策を提示する。完全に妃候補から外すのではなく二年の猶予期間の後に、エミリアの判断で決定する内容であった。娘の気持ちを最優先にしたい意思を伝えられて、特例で承認された打開案は、明日判決の時を迎えるのであった。


 損なこととは露知らず、ライオネルとゴードンは消息を絶ったエミリアに気を揉んで、ありとあらゆる手立てを講じながら捜索活動と妃に迎え入れる計画を着々と進めていた。

 しかし計画が進むに連れて、長年ずっと目を逸らし続けてきた現実と真剣に向き合わざるを得ないライオネルは、自分自身への怒りと悔しさが止まらず、もはや抑えが効かない感情は破壊的な行動で発散されていた。東棟から轟く重低音が聴こえてくると、慌てて駆けつけるのが日課となっていたゴードンと近衛兵は、廃墟と化した東棟の壁が崩れ落ちる音に嘆息を漏らすのであった。

 そんな破壊行為に見兼ねた近衛騎士団団長ファレルは、ライオネルの弱い精神力を鍛える目的で近衛騎士団訓練所で行われる早朝訓練に参加させていた。だが心身共に鍛え上げられても尚、一抹の不安が拭えないライオネルは表情を曇らせる。

 急に視野が広がり見たくても見えなかったものや、その逆も然りで、見たくないものまで、何もかもすべて見えてしまい、知れば知るほどエミリアの存在が遠ざかっていくような気がしてならなかった。


 彼女が負った数々の深い傷は、自分の考えの甘さがもたらしたものも数知れない。悪魔の目と罵られて、誹謗中傷や陰口を叩かれるのは日常茶飯事であり、王子からの溺愛が、令嬢達に恨み、妬み、嫉みの感情をもたらして、陰湿で執拗ないじめを助長させていた。社交界に一度も姿を現さないことから好奇な目で見らては、“引きこもり公爵令嬢”と嗤われていた彼女は、鬱憤や怒りの捌け口にされていたのだ。一生に一度の晴れ舞台でさえも、開演前に姿を消した彼女は、葡萄酒に染められた純白のドレスが全てを物語っていた。王子から贈られたドレスを捨てられず、染み抜きをしても残る跡は、彼女の心に残る深い傷のように消えない。

 ただの肩書きでしかない公爵令嬢の身分よりも、与えられた職務を全うする彼女は、暗殺者や工作員、諜報員、刺客など複数の顔を持ち、血に染まる手が秘密と危険の多い裏社会を生きている証であった。誓約により忠義を尽くす諜報員に就く彼女と、自分の間に立ちはだかる身分差の壁。


『頂点と底辺は、一生涯まじり合うことはありません』


 エミリアが己を律するために、距離が縮まると必ず警告する言葉があった。

 聞き流していた言葉を今頃になって思い出して、言葉の意味を今更思い知ることになるとは、取り返しのつかない過去に罪悪感が重くのしかかるのであった。

 何度も胸に押し寄せる感情は、諦めと悲しみの両方であった。もはや思いを断ち切り諦観している自分自身の思考回路に呆れてしまう。殻にこもり現実から逃げ続けた代償は、想像以上に大きいのであった。

   

◇◇◇

 笑顔溢れる子供達から抱きつかれる女性は、この場所を訪れる時だけはありのままの自分をさらけ出していた。


「シスター!お久しぶりです!」

「あら!お久しぶりですわね。」


 エミリアはグランド家に帰還する前に、オリビア国で唯一の孤児院に訪れていた。

 三ヶ月に一度、支援物資を大量に寄付するエミリアは、シスターに絶大たる信頼をおいていた。本来の姿で訪問するエミリアの存在自体は一切隠し通すことなく、もはや気付かれても良いと思っているので、堂々と奉仕活動をしていたのだが、なぜか不思議なことに、この二年間全くもって気付かれていなかった。

 そして修行の旅に出たエミリアは、相変わらず多忙な日々を過ごしていた。

 無益な争いを無くす為に、時にはキールッシュ帝国で暗殺業、時にはユニタスカ王国で諜報活動など、他国で新たな武術を学び腕を上げたエミリアは大いに活躍していた。

 この一年はユニタスカ王国でライラ女王陛下の護衛と、更にはジルアン王婿陛下と共に毒薬研究、新武器開発に勤しんでいた。

 そしてつい先日、サディアブル一族根絶の祝杯を上げたばかりであった。ライラ、ジルアン、カイアス、リリーローズ、ゼン、グレンなど、大勢の仲間たちと共に歓喜に酔いしれた日は決して忘れることなく、エミリアの心にしっかりと刻まれていた。これにより固く締結された三国同盟は揺るがないものとなるに違いない。

 ミレーナがこの世を去ったあの日から、もう二年の月日が経とうとしていた。漸く肩の荷が降りた気がするエミリアは安堵の息をついていた。レンを含む国軍全員と約束した“争いのない世の礎”に一歩近づいた気がして、じわじわと嬉しさが込み上げるのであった。



 孤児院でオルガンの音色と讃美歌を歌う子供達の綺麗な澄んだ歌声を聴きながら、シスターから渡された一冊の絵本を手にする。


『殿下から寄贈された絵本です。先々月に出版されたばかりの本ではありますが、もう既に教本となり子供たちには広く知れ渡っているそうですよ』


 手にした絵本をゆっくりとめくるエミリアは、吹き出して笑っていたのに、瞳からは涙の雫が止まらなく落ちる。


 絵本のタイトルは“青い花と黒い鳥”

 表紙を飾るのは雄大な湖と小高い丘の上に可憐に咲くネモフィラ、陽の光で輝く空を悠然と自由に飛ぶ黒い鳥の絵。絵本のタイトルにもあるように、善と悪を考えて、向き合い、自分で見極める力を養う絵本であった。


 悲しき過去を連想させる物語。ライオネルの執務机にカードを置いたのはエミリアであり、永遠の別れの日にライオネルに真実を告げた言葉が、彼の思想を変えて絵本に反映されていた。


『このカードは、善とは何か、悪とは何かを考えさせるために作られたそうよ。私を愛しているのなら、悪に目を背けるのか、それとも向き合うのか、これから一生十字架を背負って生きる覚悟があるのか、貴方の考えで判断してほしい』


 全力を尽くした二年間の集大成とも言える絵本は、彼の想いがすべて描かれているのであった。


◇◇

 深い森にかこまれた湖のほとりには、青い花がさいていた

 青い花は、ほかの花にくらべると小さくて、だれも見てくれない

 だんだん大きな花にかこまれて、おひさまの光が見えなくなり、青い花はくらくて、こわくて、さびしくて、泣いていた


 深い森にすむ黒い鳥は、泣いている声がうるさくて、湖のほとりにとんでくると、泣いている青い花に大きな声でおこった


『うるさいぞ!泣いているおまえたちを食べてやる!』


 黒い鳥は青い花をぜんぶ食べてしまった

 そのようすを見ていた大きい花たちは、黒い鳥が森にもどっていくと、青い花の悪口をいいはじめた

 青い花が消えてなくなってしまったのに、まわりの花たちはかなしむどころか、たのしそうに歌を歌い、みんなよろこんでいた


 うるさい歌声がきこえて、森にもどった黒い鳥は、また湖のほとりにとんでくると、こんどは大きい花たちに小さな声ではなした


『おまえたちが青い花をいじめていたのだな。よくわかったぞ』


 黒い鳥に食べられずにすんだ大きな花たちは、『黒い鳥に勝った』とおおよろこびして、おまつりのような、うたげがはじまる


 よるおそくまでさわいでいた大きな花たちは、おひさまが空高くのぼっても、みんなねむくてねむっていた


 すると、大きな音をたてて、たくさんの鹿が走り回り、あっというまに大きな花たちはぺっちゃんこにつぶされていた

 黒い鳥が、森にすむ鹿におねがいをして、悪口をいう大きな花たちを、ふみつぶしてもらったのだ


 ふみつぶしただけだから、生きる力がある花は、のちにまた生きかえり、きれいな花がさく

 けれど食べてなくなってしまった青い花は、もう生きかえらない

 悪いことをしたとあやまり、自分をせめて心をいれかえるときめた黒い鳥は、湖のほとりにおひさまの光がたくさんあびられる場所を作った

 休まずはたらいて、ようやくできあがったすてきな場所を見た黒い鳥は、にっこりと笑い、眠ってしまう

 黒い鳥は、そのままうごかなくなり、そのうち土になって消えてしまった

 しばらくして、黒い鳥が作った小さな丘に、いちめん青い花がさきはじめる

 

『どんなことがあろうともわたしは、あなたを許します』


 ささやくように祈る青い花は風で大きくゆれると、真っ青な空にゆうぜんととぶ黒い鳥が、青い花をみつめながら、『ありがとう』とささやいて、空高くまいあがり消えていく


 おひさまは、キラキラとかがやいて、にこやかに笑っていた

◇◇


 ライオネルは、ネモフィラの花言葉にかけて、人と人との絆を大切にする心を、絵本を通して国民に伝えようとしたのだ。


 涙が止まらないエミリアは孤児院を立ち去り、グランド家の邸宅へと馬を走らせていた。



いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。

仕事の転職とかでバタバタしてしまい、投稿が遅れましたが、あと残り1話をできる限り早く投稿しますので、最後までよろしくお願いいたします。

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